3 / 49
2-1
しおりを挟む
あたしは一体なにを考えていたのだろうか。自分の単純さに、短絡的な思考に嫌気が差す。
千屋さんは気にくわないどころか、憎いと言っても過言ではないし、同じ空間にいたくないくらいだ。怒りに任せて、入部します、だなんて……。
あの後、練習に参加せず帰宅した。明賀先輩が、
「一度冷静になったほうがいい」
と言うので素直に従うことにした。あのままではあたしがなにをしでかすか分かったものではなかったからだ。
夕飯を食べ、お風呂に入ってから自室のベッドで寛いでいると、ふと、帰るべきなのは千屋さんのほうだったのではないかと思い始めた。あいつはあんな態度で……と千屋さんの顔を思い浮かべてすぐに思考を打ち切った。なにもわざわざ嫌いな奴のことを考えて不機嫌になる必要はない。
だれかに相談したら、
「入部しなければいんじゃない?」
と言われるだろう。でもそれはできない。そもそも、一度自分の口から出た言葉を易々と覆すのは嫌いだ。千屋さんと同じくらい嫌いかもしれない。損な性格だとは思うが、どうしようもない。それに、あたしのことをなにも知らない千屋さんにいろいろ勝手に決めつけられるのも気に食わない。
「もう来ないかと思って心配したわ」
翌日の放課後に体育館へ行くと、笑顔の明賀先輩が出迎えてくれた。最初は変な人だと思ったが、千屋さんを見た後だと独特な雰囲気に癒やされる。
「来ますよ、そりゃあ。入部したわけですし」
今日もあたしは学校指定のジャージに学校指定の体育館履きとダサい格好だが、我慢するしかない。ジャージは次の休みにでも揃えたい。
「まだだれも来てないんですか」
セパタクロー部のコートはすでに設営されていた。昨日と同じように体育館隅にひっそりと。
「そうね。まあ、あとは千屋さんだけなんだけどね」
「え……。もしかして部員はたったの三人なんですか!?」
明賀先輩が寂しそうに頷いた。
「それって部として認められているんですか?」
「試合に参加できる人数がいればそこは問題ないわ」
「試合って何人でやるんですか?」
「一チーム三人ね」
そういえば昨日明賀先輩がそんなことを言っていた気がする。千屋さんのことで頭がいっぱいになってしまってすっかり抜け落ちていた。
「三人制の試合をレグ種目っていうの。他にも二人制のダブル、四人制のクワッドなんてのもあるけど、女子はレグつまり三人制だけね」
明賀先輩はそれ以外のルールについても教えてくれた。コートの広さはバドミントンと同じで横六・一メートル、縦一三・四メートル。それを二分割して自コートは六・一メートル×六・七メートルとなる。ネットの高さは一・四二メートル……。一度には覚えられないからその都度聞くことにしよう。
試合の概要は分かったが、たったの三人で練習できるのか、大会の規模は、そもそも大会があるのか。
あたしの様々な疑問は、黙って入ってきた千屋さんを見て消え去った。
「揃ったわね。さ、練習しましょうか」
各々で自由に準備運動を開始した。その間に、体育館には他の部活の人たちが集まりはじめ、にわかに騒がしくなった。
バスケ部、バレー部、バドミントン部で体育館の八割を使用していて、残りをあたしたちセパタクロー部が使っているようだ。各競技で使うコートは天井から吊り下げられた大きな緑色のネットで区切られ、ボールが他のコートへ侵入しないようになっている。
マイナースポーツだからか、勝手に肩身が狭く感じてしまう。
「じゃあまずは基本中の基本、リフティングから」
準備運動を終えたのか明賀先輩がボールを持ってあたしに説明をはじめた。
「変わったボールですよね」
昨日はじっくり見ることができなかったが、改めてみると、普通の球技で使うボールとはまるで違う。
「そうね。材質はプラスチックで、編み込むような作りだから穴も空いているし、中は空洞よ」
明賀先輩は右手の人差し指をボールの穴に突っ込み、ぐるぐると回している。そういう持ち方もできるわけだ。
「で、リフティングだけど、手は使えないから当然足でやる。ちょっと見てて」
明賀先輩がボールから手を離し、ボールが床に落ちる直前で右足の内側を使い蹴り上げた。ボールが真上に上がり、落ちてくる。蹴り上げ、落ちてくる。何度も、何度も。
「とまあ、こんな感じ。必ず足の内側を使うこと。リフティングは全ての基本だから、これをマスターしてね。目標は一〇回。頑張って」
明賀先輩は早口に説明をすると、あたしにボールを渡し、千屋さんと練習をはじめてしまった。
ボールの表面をなでるとつるつるしている。試しに両手で挟み込んで潰すように押し込むとわずかにゆがんだ。表面は固く、アタックを変な場所で受けると痛そうなことは容易に想像できた。
一人取り残されたあたしは、とりあえずコートから出て壁際まで移動した。
やることはサッカーのリフティングと一緒で、足の使い方はサッカーでパスするのと一緒だということは分かった。頭では理解しているが、やってみると難しい。ボールはすぐ右へ左へ、明後日の方向へ飛んでいく。必死に追いかけて蹴り上げても、これまたどっかへ飛んでいくから全然続かない。とても十回なんてできそうにない。
コートでは二人が練習している。千屋さんが助走をつけてジャンプし、空中で回転し、蹴る。明賀先輩は千屋さんと同じタイミングでジャンプし、右足をネットより上にまっすぐ突き出している。千屋さんがアタックしたボールは明賀先輩の足より遥か上を通り相手コートに叩きつけられた。明賀先輩の今のプレーはバレーボールでいうところのブロックのようだ。もっとも、千屋さんのアタックの打点が高く、ブロックの体を成していなかったが。
本当に足だけでバレーボールをやっているんだなあ、よくあんなことができるなあと感心しながら見ていたら、二人が休憩に入った。自分の練習がおろそかになっていたことに気がつき、あたしはすぐに練習を再開した。
……やはり上手くいかない。明賀先輩ももう少し説明してくれればいいのに。その明賀先輩は千屋さんと談笑している。千屋さんは相変わらず無愛想だし、ペットボトルのお茶を飲みながらリフティングしている。とんでもない新入生だ。
だが、リフティングは綺麗だ。中学のとき、陸上で速い人を何人も見てきたが、その人たちは全員フォームが綺麗だった。それと同じで、千屋さんのリフティングは一種美しさを感じさせる。むかつく奴だが観察してやらんでもない。千屋さんは右足内側を天井に向けるように足を折り曲げている。さらに膝から下が地面とおおよそ平行になるまで持ち上げている。ボールを蹴るときはその状態を維持しつつ、足を上下に動かしている。
早速取り入れるが、ボールは相変わらず変な方向へ飛んでいく。もう一度千屋さんをじっくり見ると、さらに分かってきた。足首だ。千屋さんは足首すら動かしていない。きっとこれがボールのコントロールにつながるわけだ。
フォームを改良すると、ボールが真上に上がった。この調子で四回、五回と重ねていく。
「へえ、様になってるわね」
いつの間にか明賀先輩が横にいた。あたしは驚いて力んでしまい、ボールが変な方向に飛んでいった。
「見てました? ちょうど一〇回でした」
「見てたわよ。こんなにあっさりできちゃうなんて、さすがね。じゃあ今度は五〇回、目指しましょうか」
「五〇……」
あたしが抗議の声を上げる間もなく明賀先輩は練習に戻った。あたしも実践的な練習をしたいのだが……。こんな片隅で地味なことじゃなくて。
現金なもので、リフティングの回数が増え、コツを掴んでくると楽しくなってくるものだ。二〇、三〇、とできるようになってきたが、今日の練習時間は終わりとなり、連続五〇回達成は持ち越しとなった。
千屋さんは気にくわないどころか、憎いと言っても過言ではないし、同じ空間にいたくないくらいだ。怒りに任せて、入部します、だなんて……。
あの後、練習に参加せず帰宅した。明賀先輩が、
「一度冷静になったほうがいい」
と言うので素直に従うことにした。あのままではあたしがなにをしでかすか分かったものではなかったからだ。
夕飯を食べ、お風呂に入ってから自室のベッドで寛いでいると、ふと、帰るべきなのは千屋さんのほうだったのではないかと思い始めた。あいつはあんな態度で……と千屋さんの顔を思い浮かべてすぐに思考を打ち切った。なにもわざわざ嫌いな奴のことを考えて不機嫌になる必要はない。
だれかに相談したら、
「入部しなければいんじゃない?」
と言われるだろう。でもそれはできない。そもそも、一度自分の口から出た言葉を易々と覆すのは嫌いだ。千屋さんと同じくらい嫌いかもしれない。損な性格だとは思うが、どうしようもない。それに、あたしのことをなにも知らない千屋さんにいろいろ勝手に決めつけられるのも気に食わない。
「もう来ないかと思って心配したわ」
翌日の放課後に体育館へ行くと、笑顔の明賀先輩が出迎えてくれた。最初は変な人だと思ったが、千屋さんを見た後だと独特な雰囲気に癒やされる。
「来ますよ、そりゃあ。入部したわけですし」
今日もあたしは学校指定のジャージに学校指定の体育館履きとダサい格好だが、我慢するしかない。ジャージは次の休みにでも揃えたい。
「まだだれも来てないんですか」
セパタクロー部のコートはすでに設営されていた。昨日と同じように体育館隅にひっそりと。
「そうね。まあ、あとは千屋さんだけなんだけどね」
「え……。もしかして部員はたったの三人なんですか!?」
明賀先輩が寂しそうに頷いた。
「それって部として認められているんですか?」
「試合に参加できる人数がいればそこは問題ないわ」
「試合って何人でやるんですか?」
「一チーム三人ね」
そういえば昨日明賀先輩がそんなことを言っていた気がする。千屋さんのことで頭がいっぱいになってしまってすっかり抜け落ちていた。
「三人制の試合をレグ種目っていうの。他にも二人制のダブル、四人制のクワッドなんてのもあるけど、女子はレグつまり三人制だけね」
明賀先輩はそれ以外のルールについても教えてくれた。コートの広さはバドミントンと同じで横六・一メートル、縦一三・四メートル。それを二分割して自コートは六・一メートル×六・七メートルとなる。ネットの高さは一・四二メートル……。一度には覚えられないからその都度聞くことにしよう。
試合の概要は分かったが、たったの三人で練習できるのか、大会の規模は、そもそも大会があるのか。
あたしの様々な疑問は、黙って入ってきた千屋さんを見て消え去った。
「揃ったわね。さ、練習しましょうか」
各々で自由に準備運動を開始した。その間に、体育館には他の部活の人たちが集まりはじめ、にわかに騒がしくなった。
バスケ部、バレー部、バドミントン部で体育館の八割を使用していて、残りをあたしたちセパタクロー部が使っているようだ。各競技で使うコートは天井から吊り下げられた大きな緑色のネットで区切られ、ボールが他のコートへ侵入しないようになっている。
マイナースポーツだからか、勝手に肩身が狭く感じてしまう。
「じゃあまずは基本中の基本、リフティングから」
準備運動を終えたのか明賀先輩がボールを持ってあたしに説明をはじめた。
「変わったボールですよね」
昨日はじっくり見ることができなかったが、改めてみると、普通の球技で使うボールとはまるで違う。
「そうね。材質はプラスチックで、編み込むような作りだから穴も空いているし、中は空洞よ」
明賀先輩は右手の人差し指をボールの穴に突っ込み、ぐるぐると回している。そういう持ち方もできるわけだ。
「で、リフティングだけど、手は使えないから当然足でやる。ちょっと見てて」
明賀先輩がボールから手を離し、ボールが床に落ちる直前で右足の内側を使い蹴り上げた。ボールが真上に上がり、落ちてくる。蹴り上げ、落ちてくる。何度も、何度も。
「とまあ、こんな感じ。必ず足の内側を使うこと。リフティングは全ての基本だから、これをマスターしてね。目標は一〇回。頑張って」
明賀先輩は早口に説明をすると、あたしにボールを渡し、千屋さんと練習をはじめてしまった。
ボールの表面をなでるとつるつるしている。試しに両手で挟み込んで潰すように押し込むとわずかにゆがんだ。表面は固く、アタックを変な場所で受けると痛そうなことは容易に想像できた。
一人取り残されたあたしは、とりあえずコートから出て壁際まで移動した。
やることはサッカーのリフティングと一緒で、足の使い方はサッカーでパスするのと一緒だということは分かった。頭では理解しているが、やってみると難しい。ボールはすぐ右へ左へ、明後日の方向へ飛んでいく。必死に追いかけて蹴り上げても、これまたどっかへ飛んでいくから全然続かない。とても十回なんてできそうにない。
コートでは二人が練習している。千屋さんが助走をつけてジャンプし、空中で回転し、蹴る。明賀先輩は千屋さんと同じタイミングでジャンプし、右足をネットより上にまっすぐ突き出している。千屋さんがアタックしたボールは明賀先輩の足より遥か上を通り相手コートに叩きつけられた。明賀先輩の今のプレーはバレーボールでいうところのブロックのようだ。もっとも、千屋さんのアタックの打点が高く、ブロックの体を成していなかったが。
本当に足だけでバレーボールをやっているんだなあ、よくあんなことができるなあと感心しながら見ていたら、二人が休憩に入った。自分の練習がおろそかになっていたことに気がつき、あたしはすぐに練習を再開した。
……やはり上手くいかない。明賀先輩ももう少し説明してくれればいいのに。その明賀先輩は千屋さんと談笑している。千屋さんは相変わらず無愛想だし、ペットボトルのお茶を飲みながらリフティングしている。とんでもない新入生だ。
だが、リフティングは綺麗だ。中学のとき、陸上で速い人を何人も見てきたが、その人たちは全員フォームが綺麗だった。それと同じで、千屋さんのリフティングは一種美しさを感じさせる。むかつく奴だが観察してやらんでもない。千屋さんは右足内側を天井に向けるように足を折り曲げている。さらに膝から下が地面とおおよそ平行になるまで持ち上げている。ボールを蹴るときはその状態を維持しつつ、足を上下に動かしている。
早速取り入れるが、ボールは相変わらず変な方向へ飛んでいく。もう一度千屋さんをじっくり見ると、さらに分かってきた。足首だ。千屋さんは足首すら動かしていない。きっとこれがボールのコントロールにつながるわけだ。
フォームを改良すると、ボールが真上に上がった。この調子で四回、五回と重ねていく。
「へえ、様になってるわね」
いつの間にか明賀先輩が横にいた。あたしは驚いて力んでしまい、ボールが変な方向に飛んでいった。
「見てました? ちょうど一〇回でした」
「見てたわよ。こんなにあっさりできちゃうなんて、さすがね。じゃあ今度は五〇回、目指しましょうか」
「五〇……」
あたしが抗議の声を上げる間もなく明賀先輩は練習に戻った。あたしも実践的な練習をしたいのだが……。こんな片隅で地味なことじゃなくて。
現金なもので、リフティングの回数が増え、コツを掴んでくると楽しくなってくるものだ。二〇、三〇、とできるようになってきたが、今日の練習時間は終わりとなり、連続五〇回達成は持ち越しとなった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
バスト105cm巨乳チアガール”妙子” 地獄の学園生活
アダルト小説家 迎夕紀
青春
バスト105cmの美少女、妙子はチアリーディング部に所属する女の子。
彼女の通う聖マリエンヌ女学院では女の子達に売春を強要することで多額の利益を得ていた。
ダイエットのために部活でシゴかれ、いやらしい衣装を着てコンパニオンをさせられ、そしてボロボロの身体に鞭打って下半身接待もさせられる妙子の地獄の学園生活。
---
主人公の女の子
名前:妙子
職業:女子学生
身長:163cm
体重:56kg
パスト:105cm
ウェスト:60cm
ヒップ:95cm
---
----
*こちらは表現を抑えた少ない話数の一般公開版です。大幅に加筆し、より過激な表現を含む全編32話(プロローグ1話、本編31話)を読みたい方は以下のURLをご参照下さい。
https://note.com/adult_mukaiyuki/m/m05341b80803d
---
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる