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彼女の居場所が俺の背中だった頃
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ずいぶん昔のことを思い出していた。
まだミナミは子どもで、両手両足が無くてだるまさん状態だった頃。
ミナミの切断された手足を取り戻す方法を俺達は探して冒険していた。
はじめはミナミをロープでグルグル巻きにして背負っていたけど、ロープが食い込んで痛がるし、すれ違う人が驚くので、これはやべぇーってことで箱に入ってもらって背負うことにした。
日本で流行っていたとある漫画の主人公と同じスタイルである。
ご飯の時は宿の部屋で食べた。彼女が店で食べるのを嫌がったのだ。
ミナミにご飯を食べさせるのは俺の役目だった。
チェルシーの肉球は人に食べさせることには不向きだった。
食べさせる時は倒れないように俺の胡座の上にミナミを座らせた。
「その食べさせ方、なんかアレだぜ」
とチェルシーが言った。
「ミナミ、顔が真っ赤だぜ。怒ってるんじゃねぇーの?」
ちなみに、この食べさせ方になるまで、色んな食べさせ方を試した。
始めは普通に座らせて食べさせていたけど、手足が無くなった彼女はバランスを保つことができず、ゴロンと転がってしまう。
壁にもたれさせても横に転がってしまった。
寝ながら食べさすと誤飲する。
だから俺が彼女を支えることになった。
真正面で支えると顔の距離が近くて食べさせにくいので胡座をかいて、その上に乗せたのだ。
「怒ってなんかないよ」
とミナミが言った。
「ただお兄ちゃんに密着されて熱いだけ」
この時の彼女はチェルシーの前でも俺のことをお兄ちゃんと呼んでいた。
「たしかに小次郎は体温高いもんな。見るからに毛皮がうっとうしい」
とチェルシー。
「それはチェルシーだろう」と俺が言った。
基本的に俺達はダブルの部屋を借りた。2つのベッド。1つは俺が使い、もう1つはミナミが使った。
真っ暗闇になってしまうのが怖いと彼女が言うから、ランプは自然に消えるまで付けっぱなしにしていた。
部屋はオレンジの光に包まれていた。
夜になり、シーンという文字が浮かびあがるぐらい静寂になると彼女は泣いた。
俺に気を使ってか、声を殺して泣いた。
家族は死に、友達は死に、住んでいた故郷が無くなり、手足すらも無くなった。
無くしたモノを思い出してしまうのだろう。
この当時の彼女は12歳だった。まだ子どもなのに彼女は色んなモノを無くしていた。
ミナミが泣いているとチェルシーが彼女のベッドに入って行く。
そして彼女の頬にスリスリして、彼女の涙を舐めて拭き取った。
それは猫らしい仕草だった。
彼女が泣き止むとチェルシーはミナミの近くで丸くなった。
ミナミが泣き止んで、しばらく経つとチェルシーから寝息が聞こえた。
「ごめんね。お兄ちゃん」
と彼女がポツリと呟いた。
「何が?」と俺は尋ねた。
「起きてたの?」
とミナミが言う。
彼女は眠っている俺に謝りたかったらしい。
「起きてたよ」と俺が言う。
「お兄ちゃんの冒険の邪魔して、ごめんね」
俺はミナミの方に顔を向けた。
彼女は困った表情をしていた。
「お兄ちゃんの迷惑になってるよね、私」
自分がいることで俺の迷惑になっていると彼女は考えているらしい。
どこにいるかわからない魔王を探しての冒険だった。魔王の被害は出ているのに、その魔王が見つからない。うまく隠れているのか、それとも特殊な結界を張っているのか。
そんな魔王を探す冒険なので、別の目的で動いていても迷惑にならない。
だけど、その事を彼女に伝えても納得しないだろう。
それじゃあご飯を食べる時は迷惑じゃないのか?
戦いながら自分を背負うことは迷惑じゃないのか?
排泄物の処理をするために浄化の魔法をかけ続けるのは迷惑じゃないのか? 女の子だから排泄行為を手伝うのは拒絶された。だから浄化の魔法で処理続けている。出すタイミングがわからないので俺はずっと魔法をかけ続けていた。
色んな場面で私は迷惑になってる、と彼女は考えているだろう。
きっと俺が同じ立場でも考える。
「迷惑だよ」と俺は言った。
「……そうだよね」と彼女が言う。
「手足が戻ったら、迷惑料を含めて俺に返してくれたらいい」
「……でも手足が戻らないかもしれないじゃん」
「俺はお前を買ったんだ。手足が戻らなくてもミナミは俺のモノだぞ。俺のモノだから大切に扱う。俺のモノだから俺から離れようとするな。お前は俺のモノなんだ」
「……お兄ちゃん」
と彼女が呟いた。
「悲しくて苦しくて当然なんだ。ミナミは色んなモノを失ったんだから」と俺は言った。
「だけどミナミには俺がいる。これから先どんな事があっても俺はミナミを見捨てない」
俺の近くは安全な場所なんだ、と彼女に伝えたかった。
「私、お兄ちゃんのそばにいていいの?」
と不安そうに彼女が尋ねた。
「当たり前だろう」と俺は言った。
それからしばらくして、彼女は眠った。
ミナミを背負って色んな魔物と戦ったり、色んな街に行って手足が戻る情報を探し回った。
そういえば、お店で情報屋を待っている時に綺麗な女性に言い寄られたことがあった。たぶん美人局だったと思う。
箱に入ったミナミは椅子の上に置いていた。中から外が見えるように小さな穴が空いている。チェルシーは箱の上で丸くなっていた。
そこに綺麗な女性がやって来て、俺に喋りかけてきた。
もの凄く私のタイプであること、これから一緒に食事をしませんか? みたいなことを女性に言われた。
「お兄ちゃん?」
とミナミが呟いた。
「こういう時は、なんて言うかわかるか?」
とチェルシーが小声で彼女に喋りかけた。
2人の声は女性には聞こえていないみたいだった。
「小次郎に女を近づけさせたくなかったら、もっと言葉を覚えなくちゃいけねぇ」
とチェルシー。
「あの女の人に何て言えば去ってもらえるの?」
「粗大ゴミあっちに行け、って言えばいいんだよ」
「粗大ゴミあっちに行け」
「もっと大きな声で」とチェルシーが言う。
「粗大ゴミあっちに行け」とミナミが声を張った。
さすがに綺麗な女性も声に気づいたらしく、箱を見た。
でも箱が喋るとは思っていないらしく、首を傾げた。
もしかしたら今まで聞こえていたけど、箱と猫が喋ると思っていないから近くの人の声だと思っていたのかもしれない。
「お兄ちゃんに近づくな粗大ゴミ。あっちに行け」
とミナミの声。
「この箱から声が聞こえませんか?」と女性が箱を指差す。
「あっちに行け、って言ってんだろうが粗大ゴミ」と威嚇してチェルシーが言った。
うわぁ、と驚いた女性が、椅子から立ち上がり、逃げるようにして俺から去って行った。
へへへへへ、とチェルシーが笑う。
「あの驚きかた最高」
「変な言葉をミナミに教えるな」
と俺が言う。
「言葉を教えているだけじゃねぇーかよ」とチェルシーが言った。
そういえば彼女の汚い言葉遣いはチェルシー仕込みだったことを思い出す。
まだミナミは子どもで、両手両足が無くてだるまさん状態だった頃。
ミナミの切断された手足を取り戻す方法を俺達は探して冒険していた。
はじめはミナミをロープでグルグル巻きにして背負っていたけど、ロープが食い込んで痛がるし、すれ違う人が驚くので、これはやべぇーってことで箱に入ってもらって背負うことにした。
日本で流行っていたとある漫画の主人公と同じスタイルである。
ご飯の時は宿の部屋で食べた。彼女が店で食べるのを嫌がったのだ。
ミナミにご飯を食べさせるのは俺の役目だった。
チェルシーの肉球は人に食べさせることには不向きだった。
食べさせる時は倒れないように俺の胡座の上にミナミを座らせた。
「その食べさせ方、なんかアレだぜ」
とチェルシーが言った。
「ミナミ、顔が真っ赤だぜ。怒ってるんじゃねぇーの?」
ちなみに、この食べさせ方になるまで、色んな食べさせ方を試した。
始めは普通に座らせて食べさせていたけど、手足が無くなった彼女はバランスを保つことができず、ゴロンと転がってしまう。
壁にもたれさせても横に転がってしまった。
寝ながら食べさすと誤飲する。
だから俺が彼女を支えることになった。
真正面で支えると顔の距離が近くて食べさせにくいので胡座をかいて、その上に乗せたのだ。
「怒ってなんかないよ」
とミナミが言った。
「ただお兄ちゃんに密着されて熱いだけ」
この時の彼女はチェルシーの前でも俺のことをお兄ちゃんと呼んでいた。
「たしかに小次郎は体温高いもんな。見るからに毛皮がうっとうしい」
とチェルシー。
「それはチェルシーだろう」と俺が言った。
基本的に俺達はダブルの部屋を借りた。2つのベッド。1つは俺が使い、もう1つはミナミが使った。
真っ暗闇になってしまうのが怖いと彼女が言うから、ランプは自然に消えるまで付けっぱなしにしていた。
部屋はオレンジの光に包まれていた。
夜になり、シーンという文字が浮かびあがるぐらい静寂になると彼女は泣いた。
俺に気を使ってか、声を殺して泣いた。
家族は死に、友達は死に、住んでいた故郷が無くなり、手足すらも無くなった。
無くしたモノを思い出してしまうのだろう。
この当時の彼女は12歳だった。まだ子どもなのに彼女は色んなモノを無くしていた。
ミナミが泣いているとチェルシーが彼女のベッドに入って行く。
そして彼女の頬にスリスリして、彼女の涙を舐めて拭き取った。
それは猫らしい仕草だった。
彼女が泣き止むとチェルシーはミナミの近くで丸くなった。
ミナミが泣き止んで、しばらく経つとチェルシーから寝息が聞こえた。
「ごめんね。お兄ちゃん」
と彼女がポツリと呟いた。
「何が?」と俺は尋ねた。
「起きてたの?」
とミナミが言う。
彼女は眠っている俺に謝りたかったらしい。
「起きてたよ」と俺が言う。
「お兄ちゃんの冒険の邪魔して、ごめんね」
俺はミナミの方に顔を向けた。
彼女は困った表情をしていた。
「お兄ちゃんの迷惑になってるよね、私」
自分がいることで俺の迷惑になっていると彼女は考えているらしい。
どこにいるかわからない魔王を探しての冒険だった。魔王の被害は出ているのに、その魔王が見つからない。うまく隠れているのか、それとも特殊な結界を張っているのか。
そんな魔王を探す冒険なので、別の目的で動いていても迷惑にならない。
だけど、その事を彼女に伝えても納得しないだろう。
それじゃあご飯を食べる時は迷惑じゃないのか?
戦いながら自分を背負うことは迷惑じゃないのか?
排泄物の処理をするために浄化の魔法をかけ続けるのは迷惑じゃないのか? 女の子だから排泄行為を手伝うのは拒絶された。だから浄化の魔法で処理続けている。出すタイミングがわからないので俺はずっと魔法をかけ続けていた。
色んな場面で私は迷惑になってる、と彼女は考えているだろう。
きっと俺が同じ立場でも考える。
「迷惑だよ」と俺は言った。
「……そうだよね」と彼女が言う。
「手足が戻ったら、迷惑料を含めて俺に返してくれたらいい」
「……でも手足が戻らないかもしれないじゃん」
「俺はお前を買ったんだ。手足が戻らなくてもミナミは俺のモノだぞ。俺のモノだから大切に扱う。俺のモノだから俺から離れようとするな。お前は俺のモノなんだ」
「……お兄ちゃん」
と彼女が呟いた。
「悲しくて苦しくて当然なんだ。ミナミは色んなモノを失ったんだから」と俺は言った。
「だけどミナミには俺がいる。これから先どんな事があっても俺はミナミを見捨てない」
俺の近くは安全な場所なんだ、と彼女に伝えたかった。
「私、お兄ちゃんのそばにいていいの?」
と不安そうに彼女が尋ねた。
「当たり前だろう」と俺は言った。
それからしばらくして、彼女は眠った。
ミナミを背負って色んな魔物と戦ったり、色んな街に行って手足が戻る情報を探し回った。
そういえば、お店で情報屋を待っている時に綺麗な女性に言い寄られたことがあった。たぶん美人局だったと思う。
箱に入ったミナミは椅子の上に置いていた。中から外が見えるように小さな穴が空いている。チェルシーは箱の上で丸くなっていた。
そこに綺麗な女性がやって来て、俺に喋りかけてきた。
もの凄く私のタイプであること、これから一緒に食事をしませんか? みたいなことを女性に言われた。
「お兄ちゃん?」
とミナミが呟いた。
「こういう時は、なんて言うかわかるか?」
とチェルシーが小声で彼女に喋りかけた。
2人の声は女性には聞こえていないみたいだった。
「小次郎に女を近づけさせたくなかったら、もっと言葉を覚えなくちゃいけねぇ」
とチェルシー。
「あの女の人に何て言えば去ってもらえるの?」
「粗大ゴミあっちに行け、って言えばいいんだよ」
「粗大ゴミあっちに行け」
「もっと大きな声で」とチェルシーが言う。
「粗大ゴミあっちに行け」とミナミが声を張った。
さすがに綺麗な女性も声に気づいたらしく、箱を見た。
でも箱が喋るとは思っていないらしく、首を傾げた。
もしかしたら今まで聞こえていたけど、箱と猫が喋ると思っていないから近くの人の声だと思っていたのかもしれない。
「お兄ちゃんに近づくな粗大ゴミ。あっちに行け」
とミナミの声。
「この箱から声が聞こえませんか?」と女性が箱を指差す。
「あっちに行け、って言ってんだろうが粗大ゴミ」と威嚇してチェルシーが言った。
うわぁ、と驚いた女性が、椅子から立ち上がり、逃げるようにして俺から去って行った。
へへへへへ、とチェルシーが笑う。
「あの驚きかた最高」
「変な言葉をミナミに教えるな」
と俺が言う。
「言葉を教えているだけじゃねぇーかよ」とチェルシーが言った。
そういえば彼女の汚い言葉遣いはチェルシー仕込みだったことを思い出す。
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