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勇者登場

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 帰り道。
 馬車に1日揺られれば、街に帰れた。
 すでにバランが警備している範囲に入っているのに、窓の外を見ると巨大魔物が10体の群れを作っていた。

 あのバカはアレでも感知能力が異常に長けている。巨大魔物が現れたらすぐに感知することができる。強い魔物なら遠い森に住んでいても把握しているぐらいである。
 それにバランの異常な跳躍力なら街からココまでジャンプして10分もかからずに来れるだろう。
 だけどバランがコッチに向かっている気配はなかった。

 他の魔物と戦っているのか?
 そう考えた瞬間に体全身に鳥肌が立った。
 バランなら大きいだけの魔物なんて一瞬で倒すことができる。
 コッチに向かって来ていないという事は、バランでも苦戦する何者かと戦っている可能性がある。

 その何者とは誰か?

 最悪な事態が起きているような気がした。

 馬車を降り、巨大になったゴブリンを瞬殺しながらバランに念話をかけた。
 念話は一方通行である。スキル持ちしか相手に電話することができない。だから緊急事態に仲間は俺に連絡が取れない。

「バランか?」と俺は心で呼びかけた。

「小次郎、早く来てくれ」
 とバランの心の声が聞こえた。

「なにがあった?」

「強いネエちゃんが現れて、街から人がいなくなって、結界も壊されて、俺とミナミで頑張ってる」

 支離滅裂で意味がわからん。
「わかった」
 と俺は言った。

 俺は馬車に戻り、2人に今から俺だけ街に戻ることを伝えた。

「2人は街に戻らずにココにいてくれ」と俺は言った。

 アニーとナナナが不安そうな顔をしている。

「大丈夫。ちょっと先に帰って様子を見に行くだけだから」
 と俺は言う。

 2人を守るようにユニコーンに伝えた。すでに馬車には強力な防御魔法と認識阻害の魔法をかけている。

 チェルシーに念話をかけた。
「チェルシー」と俺が心で呼びかけた。

「小次郎か?」
 と慌てた猫の声。

「どうなってる?」

「勇者が現れた」
 とチェルシー。

 やっぱり思っていた最悪な事態が起きていた。
 王様は俺を討伐しに来たのだ。

 勇者が召喚されて街に被害が出た時点で、国として独立するためのプランは変更する。

 現在は国として独立するために、貿易戦略《ぼうえきせんりゃく》を行なっている。
 だけど街が攻撃された時点で、悠長《ゆうちょう》なことは言っていられない。
 今すぐに国として独立する必要があった。
 国になれば王様と俺の立場が一緒になり、簡単に手出しができなくなる。

 魔王を召喚して王都を攻撃する。そして他の国には魔王から守ってほしかったら、独立に同意するように求める。

 だけど魔王を召喚する前に、街を襲ってる勇者をどうにかしなければいけなかった。

「ミナミとバランが勇者と戦っている。街の結界はすでに壊された。領民は避難している。俺は避難できなかった奴がいないか確認している。だから褒めろよ」
 とチェルシー。

 現状がわかった。

「チェルシーありがとう。俺もすぐに戻る」

 ワープホールを使って街に戻った。

 異常なまでの砂煙。
 建物は壊され、街のどこかでドン、ドン、ドン、と大きな雷音が聞こえた。

 俺は上空を飛び、雷音がする場所に向かった。

 バランとミナミが戦っている。
 英雄2人VS勇者1人。

 勇者の格好は、日本で見慣れた女子高生の制服だった。
 女子高生が聖剣を握り、英雄2人と戦っている。

 バランとミナミは倒され、最後の勇者の一振りで終わり、という場面だった。
 俺は腰につけていた剣を久しぶりに抜き、バランとミナミを守るように勇者の前に立った。

 女子高生が振った剣を俺は受け止めた。
 キーン、と剣と剣がぶつかり合った音がする。衝撃波で近くの建物が壊れた。

「小次郎」
 とミナミの声が聞こえた。

「ようやく来たか」
 とバランの声が聞こえる。

 俺は女子高生の顔を見た。
 息が止まった。
 彼女は俺の知っている人だった。
 
 俺の妻だった。

 日本にいた頃の妻である。
 最後に彼女を見たのは2022年。
 あれから10年の月日が流れている。
 だけど彼女は若い姿だった。
 俺だって若い姿である。コッチに来て若返ってしまったんだろう。
 だけど、どうして女子高生の制服なんて着てるんだろうか?
 なぜ彼女が異世界に来ているんだろうか?
 パニックだった。

「カヨ?」
 と俺は彼女の名前を呼んだ。

「どうして私のことを知ってるの?」
 名前を呼ばれた彼女が驚いている。
「王様が言っていた通り、個人情報を抜き取るスキルがあるのね」とカヨが呟いた。

 そんなスキルねぇーよ。

「俺のこと覚えてないのか?」
 と俺が言う。

「アナタのことなんて知らないわ」
 とカヨが言った。

「ミユはどうしたんだよ?」
 ミユというのは娘の名前である。

「ミユ? 誰のこと?」
 彼女が眉間に皺を寄せた。

「俺達の娘だよ」

「俺達の? なに言ってんの? キモっ」とカヨが言った。

 完全に娘のことも俺のことも忘れているみたいだった。
 
 勇者は俺を殺すために聖剣を振った。

 俺は彼女を倒すことができない。できる訳がない。ずっと恋焦がれた家族が目の前にいるのだ。
 戦える訳がなかった。

 攻撃を受けるたびに衝撃破が街を破壊する。

「なんでこんな事をするんだよ?」
 と俺は言った。

「故郷に帰るためだから仕方ないでしょ」

「こんなことをしても日本には帰れない」
 と俺が言う。

「アナタ、日本人?」

「そうだ」
 と俺が答える。

 ふん、と彼女が鼻で笑った。
「個人情報を抜き取ったんだから知ってて当然よね」

「そんなスキルはねぇーよ」
 と俺が言う。
「俺はカヨのことをずっと昔から知っている。お前と結婚して7年にもなるんだぞ」

「はぁ?」とカヨ。
 彼女が若い顔を歪めた。
「私、17歳ですけど。まだ女子高生ですけど。結婚する気も結婚したこともありませんけど」

 どういうこと?

 今、目の前にいるのは17歳のカヨ?

「めっちゃキモっ」
 と女子高生が聖剣に全力の魔力を込めた。

 彼女が俺に嫌悪感を抱いたことは雰囲気でわかった。
 それにしても俺のことを殺す気満々じゃん。

 逃げたら街が全壊するんじゃねぇ?

 光を放った聖剣が巨大になっていく。

 俺も自分の剣に魔力を込めた。

 そして彼女が聖剣で俺に攻撃してきた。

 俺は彼女の攻撃を受け止めた。

 剣と剣がぶつかる衝撃波だけで街がズボボボボと壊れていく。
 
 彼女の剣を俺は受け止めた。
 
 だけど街が壊れてしまった。

「最悪」
 と17歳のカヨが言った。
「全然、殺せないじゃん」

 俺はダメージも負わなかった。
 彼女は魔力のほとんど使い切ってしまったみたいだった。
 カヨはワープホールを作り、黒い渦の中に入って行く。

「ちょっと待ってくれ」
 と俺は彼女を引き止めた。
 だけどカヨはワープホールの中に入り、消えてしまった。
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