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ボクが殺すよ
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馬車の中。
ランプの明かりを消した暗闇。
「領主様はどうしてボクを強くしようとするの?」
とベッドに横になったナナナが尋ねた。
「見返りがあるからだよ」と俺は答えた。「全ての教育は見返りがあるからやるんだよ」
子どもがいたからわかる。
教育は見返りがあるからやるのだ。
「見返り?」
暗闇の中でナナナが尋ねた。
「君が幸せになることが見返りなんだ」
と俺は言った。
「幸せ」
不確かなモノを触るように、恐る恐る彼女が呟いた。
幸せが何なのか俺にもわからない。
だけど彼女の夢を俺は知っている。
「みんながお腹いっぱいにご飯を食べれるようになることが夢だとナナナは言っていたよね?」
「うん」とナナナが頷く。
「夢を叶えるためには自分の力で不幸を乗り越えて立ち向かう強さが必要なんだと思う」
「強さが必要」
確認するようにナナナが呟いた。
「強くなるのはナナナ自身で、夢を叶えるのもナナナ自身なんだよ。夢を叶えれば幸せになれるのか俺にもわからない。だけど夢を叶えて不幸になるわけがない」
誰かのことを思い、誰かの幸せを願う優しい夢である。それを叶えて不幸になるわけがないのだ。
「俺ができるのは君を幸せにすることじゃなくて、幸せになるために支援することだけなんだ。強くしているのは幸せになるための支援だよ」
と俺は言った。
領主様ありがとう、と闇の中で声が聞こえた。
「ボク、強くなるね」
目的地に向かいながら、魔物を倒してナナナとアニーは強くなっていった。
そしてついに目的地に辿り着いたのだ。
ヘップが住んでいる屋敷。
俺の家よりも小さいけど、ザ・貴族の屋敷である。
誰にも気づかれないように俺達は認識阻害の魔法がかけていた。
本当に自分がやる教育が正しいのか? 間違っているのか? 俺は不安で仕方がない。いつでも教育には答えがないのだ。
俺がわかっていることは、同族を殺され、犯され続けている憎しみや悲しみはナナナのモノであること。
仲間が死んでいるのなら供養したい、と思っているのはナナナであること。
俺がヘップを殺して獣人を供養するのは簡単だった。解決も早いと思う。だけど、それは俺の課題じゃない。
俺の課題は街から追い出した獣人を取り戻すことだった。もっと言えば街に獣人を受け入れることだった。
獣人が死んでいるのなら俺の課題は消滅する。
俺がヘップを殺したところで、俺が獣人を供養したところで、満足するのは俺だけだった。そんなの意味がない。
課題に取り組む人が、問題を解決しないといけない。
そう俺は考えている。
だけど、それが正しいのか俺にはわからない。
わからないから不安にもなる。
ザ・貴族の屋敷に足を踏み入れた。
そして俺達はヘップが獣人をオモチャにしている部屋に向かった。
ちょうど、と言えばいいのか? それとも運悪くと言えばいいのか? ヘップは死んだ獣人の子を犯していた。
ナナナと一緒に暮らしていた幼い子だった。
こんな世界で嫌なモノはいっぱい見て来たし、気持ち悪いモノもいっぱい見て来たけど、ヘップがやっている行為は描写したくない。できればナナナにもアニーにも見て欲しくはない。
認識阻害の魔法をかけている俺達にヘップは気づいていなかった。
ナナナが真っ直ぐヘップのことを見ていた。
獣人の不幸を見ていた。
妹のように可愛がっていた女の子を見ていた。
「神子《みこ》」とナナナが呟いた。
我慢ができずに「俺が殺すよ」と言ってしまった。
もうナナナに同族が犯され続けているのを見せるのは無理だった。
ナナナは首を横に振る。
「ボクが殺すよ」
と彼女が言った。
「憎いなぁ」
と彼女が呟いた。
初めて彼女から憎悪の言葉を聞いた。
日本にいた頃の俺なら許すことを求めたかもしれない。許せなくても殺してはいけない、と言っていたかもしれない。
だけど、それはちゃんと法律というルールがあって、自分でやらなくても裁きがある国の話である。
この世界には裁きはない。弱い人は法律で守られていない。
不幸に争えなかったら、さらに不幸になる。
だから不幸を乗り越えてほしい、と俺は思った。だから強くなってほしかった。
彼女は爪の武器を装備した。
そして何も着ていないヘップの背中を切り裂いた。
血が飛び散る。
「なんでボク達はオモチャにされなくちゃいけないんだよ」
と彼女は叫んだ。
そして何度もザクっとヘップの背中に爪を立てた。
最初の一撃でヘップは死んでいる。
だけど何度も何度も彼女は攻撃した。
「ボク達だって生きているんだ。ボク達だって人間なんだ。ボク達だって痛いんだ。ボク達だって苦しいんだ」
ザクザクザク、とナナナはヘップの背中を切り裂いた。
もうミンチ肉である。
アニーがナナナの背中を抱きしめた。
ナナナの攻撃が止まった。
俺もナナナを抱きしめた。
「ナナナが憎むなら、俺も一緒に憎んであげるよ」
と俺は言った。
「ナナナが悲しむなら、俺も一緒に悲しんであげるよ」
と俺は言った。
「ナナナが痛いのなら、俺が傷を癒してあげるよ」
と俺は言った。
「ナナナが苦しいのなら、俺も一緒に苦しんであげるよ」
と俺は言った。
コクン、と小さくナナナが頷いた。
アニーは震えた腕でナナナを強く抱きしめていた。
ランプの明かりを消した暗闇。
「領主様はどうしてボクを強くしようとするの?」
とベッドに横になったナナナが尋ねた。
「見返りがあるからだよ」と俺は答えた。「全ての教育は見返りがあるからやるんだよ」
子どもがいたからわかる。
教育は見返りがあるからやるのだ。
「見返り?」
暗闇の中でナナナが尋ねた。
「君が幸せになることが見返りなんだ」
と俺は言った。
「幸せ」
不確かなモノを触るように、恐る恐る彼女が呟いた。
幸せが何なのか俺にもわからない。
だけど彼女の夢を俺は知っている。
「みんながお腹いっぱいにご飯を食べれるようになることが夢だとナナナは言っていたよね?」
「うん」とナナナが頷く。
「夢を叶えるためには自分の力で不幸を乗り越えて立ち向かう強さが必要なんだと思う」
「強さが必要」
確認するようにナナナが呟いた。
「強くなるのはナナナ自身で、夢を叶えるのもナナナ自身なんだよ。夢を叶えれば幸せになれるのか俺にもわからない。だけど夢を叶えて不幸になるわけがない」
誰かのことを思い、誰かの幸せを願う優しい夢である。それを叶えて不幸になるわけがないのだ。
「俺ができるのは君を幸せにすることじゃなくて、幸せになるために支援することだけなんだ。強くしているのは幸せになるための支援だよ」
と俺は言った。
領主様ありがとう、と闇の中で声が聞こえた。
「ボク、強くなるね」
目的地に向かいながら、魔物を倒してナナナとアニーは強くなっていった。
そしてついに目的地に辿り着いたのだ。
ヘップが住んでいる屋敷。
俺の家よりも小さいけど、ザ・貴族の屋敷である。
誰にも気づかれないように俺達は認識阻害の魔法がかけていた。
本当に自分がやる教育が正しいのか? 間違っているのか? 俺は不安で仕方がない。いつでも教育には答えがないのだ。
俺がわかっていることは、同族を殺され、犯され続けている憎しみや悲しみはナナナのモノであること。
仲間が死んでいるのなら供養したい、と思っているのはナナナであること。
俺がヘップを殺して獣人を供養するのは簡単だった。解決も早いと思う。だけど、それは俺の課題じゃない。
俺の課題は街から追い出した獣人を取り戻すことだった。もっと言えば街に獣人を受け入れることだった。
獣人が死んでいるのなら俺の課題は消滅する。
俺がヘップを殺したところで、俺が獣人を供養したところで、満足するのは俺だけだった。そんなの意味がない。
課題に取り組む人が、問題を解決しないといけない。
そう俺は考えている。
だけど、それが正しいのか俺にはわからない。
わからないから不安にもなる。
ザ・貴族の屋敷に足を踏み入れた。
そして俺達はヘップが獣人をオモチャにしている部屋に向かった。
ちょうど、と言えばいいのか? それとも運悪くと言えばいいのか? ヘップは死んだ獣人の子を犯していた。
ナナナと一緒に暮らしていた幼い子だった。
こんな世界で嫌なモノはいっぱい見て来たし、気持ち悪いモノもいっぱい見て来たけど、ヘップがやっている行為は描写したくない。できればナナナにもアニーにも見て欲しくはない。
認識阻害の魔法をかけている俺達にヘップは気づいていなかった。
ナナナが真っ直ぐヘップのことを見ていた。
獣人の不幸を見ていた。
妹のように可愛がっていた女の子を見ていた。
「神子《みこ》」とナナナが呟いた。
我慢ができずに「俺が殺すよ」と言ってしまった。
もうナナナに同族が犯され続けているのを見せるのは無理だった。
ナナナは首を横に振る。
「ボクが殺すよ」
と彼女が言った。
「憎いなぁ」
と彼女が呟いた。
初めて彼女から憎悪の言葉を聞いた。
日本にいた頃の俺なら許すことを求めたかもしれない。許せなくても殺してはいけない、と言っていたかもしれない。
だけど、それはちゃんと法律というルールがあって、自分でやらなくても裁きがある国の話である。
この世界には裁きはない。弱い人は法律で守られていない。
不幸に争えなかったら、さらに不幸になる。
だから不幸を乗り越えてほしい、と俺は思った。だから強くなってほしかった。
彼女は爪の武器を装備した。
そして何も着ていないヘップの背中を切り裂いた。
血が飛び散る。
「なんでボク達はオモチャにされなくちゃいけないんだよ」
と彼女は叫んだ。
そして何度もザクっとヘップの背中に爪を立てた。
最初の一撃でヘップは死んでいる。
だけど何度も何度も彼女は攻撃した。
「ボク達だって生きているんだ。ボク達だって人間なんだ。ボク達だって痛いんだ。ボク達だって苦しいんだ」
ザクザクザク、とナナナはヘップの背中を切り裂いた。
もうミンチ肉である。
アニーがナナナの背中を抱きしめた。
ナナナの攻撃が止まった。
俺もナナナを抱きしめた。
「ナナナが憎むなら、俺も一緒に憎んであげるよ」
と俺は言った。
「ナナナが悲しむなら、俺も一緒に悲しんであげるよ」
と俺は言った。
「ナナナが痛いのなら、俺が傷を癒してあげるよ」
と俺は言った。
「ナナナが苦しいのなら、俺も一緒に苦しんであげるよ」
と俺は言った。
コクン、と小さくナナナが頷いた。
アニーは震えた腕でナナナを強く抱きしめていた。
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