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獣人の女の子をモフモフする

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 本当は教育のことはセドリッグにまかせるはずだった。だけどナナナはセドリッグを嫌っている。ジィジィが放つ臭いがたまらなく嫌いらしく、犬のように歯を剥き出して威嚇する。
 よしよし大丈夫このオジちゃんは怖くないんだよ、といくら説明しても無理だった。

 ナナナに教えなければいけないことは沢山あった。だけど1番先に教えたかったのは文字である。
 文字が読めないと不便である。目が見えない、耳が聞こえない、と同じぐらいに不便である。そこに何が書かれているかわからない。相手の意思が読み取れないのだ。

 チートな俺はコチラの世界に来た時からコチラの文字は理解できた。日本語とは違う文字と認識しているけど、スラスラと文字が読めたのだ。

 俺の仕事机の隣に、ナナナの勉強机をくっつけた。
「この文字は『あ』って読むんだ」
 
 あ、あ、あ、あ、とナナナは言いながら不器用にチョークを握って、iPadぐらいの大きさの黒板にミミズがのたうち回ったような文字を書いては消して書いては消してを繰り返す。

「チョークを握る時は人差し指と中指と親指で握るんだよ」
 と俺が言う。

 ナナナには俺が何を言っているのかわからないらしく、首を傾げながらチョークを握り直した。だけど握り方が変なままである。
 俺は立ち上がり、ナナナの手元まで行ってチョークを握り直してあげた。

「こうやって持つんだよ」と俺は言う。
 
 彼女と目が合った。
 クリッとした目玉が俺を真っ直ぐに見つめていた。
 昨日見た彼女の記憶を思い出す。

 クシャクシャと大げさにナナナの頭を俺は撫でてあげた。
 彼女が目をつぶり、気持ち良さそうに笑った。

 大丈夫。これからは俺がそばにいて君のことを支援するから。
 言葉は口にしなかったけど心からそう思った。

「領主様は優しい匂いがする」
 と鼻をクンクンしながらナナナが言った。

「洗濯の香りづけに花でも混ぜてくれているのかな?」
 と俺が言った。

「違うよ。そうじゃなくて、体から優しい臭いがしてるんだよ」

 鼻をクンクンしながらナナナが俺の体臭を嗅いだ。
 俺の体臭なんて嗅いでどうするんだよ。
 ナナナは俺の胸に顔をくっ付けてクンクンクンクンと思いっきり嗅いでいた。

「落ち着く」
 と彼女が言った。

 こんなことで落ち着くのなら俺の体臭を瓶に詰めてあげたいぐらいだった。
 俺は彼女の頭を撫でる。

「もし」と俺は言った。「貴族に買われた仲間を助けに行くならナナナは付いて行きたい?」

「行きたい」
 彼女は顔をあげて迷わずに口にした。

「みんな領主様のところに来れるの?」

 俺は頷く。

「嬉しい」
 とナナナが言った。
「ボクだけが幸せになるのがイヤだったんだ」

「でも」と俺は言った。「仲間を助けに行っても、すでに殺されているかもしれない。それでもナナナは仲間を助けに行きたい?」

「行く。絶対に行く」

 そっか、と俺は呟いた。
 獣人の女の子達が殺されていても彼女を連れて行こう、と俺は決めた。

 俺の課題は街から追い出した獣人を、再度受け入れること。
 殺されているなら俺の課題は消滅する。

 だけど獣人達が殺されていても彼女の課題は残ったままになるんだろう。死んだ仲間を供養することが彼女の課題になるのかもしれない。もしかしたら獣人殺しの貴族を殺すことが彼女の課題になるのかもしれない。もしかしたら不幸と立ち向かうことが彼女の課題になるのかもしれない。もしかしたら、その全てなのかもしれない。
 課題とは解決するべき問題のこと。

 ナナナが成長するなら、俺は残酷な場所に彼女を連れて行く。
 大人が支援するというのは、子どもの成長を促《うなが》すことだと俺は思っている。
 子どもが自立するために支援することが、大人の役目だと俺は思っている。
 もし彼女に危険があれば、その時は俺が対処するだろう。

「絶対にナナナを連れて行く」
 と俺は言って、ナナナの頭を撫でた。

 頭を撫でていると耳をモフモフしたい衝動にかられた。
 耳を触ってええでっか? と関西弁で確認する前に俺の手が彼女の垂れ耳に触れた。

 柔らかい。
 なんて言えばいいんだろうか? 柔らかい皮膚に少し硬い毛。それが感触のコントラストになっていて、堪《たま》らない感触を出している。
 触っているだけで気持ちがイイ。
 俺は両手で彼女の両耳を触った。

 ナナナは俺の胸にギュッと顔をくっ付け、顔を左右に振り始めた。
 バサバサバサと動く音が聞こえて、彼女のお尻を見るとナナナの尻尾が大きく左右に振られていた。
 これって嬉しいってことなんだろうか?

 左右に振れる尻尾を見ていると、あの尻尾もモフモフしてみたいという衝動にかられた。
 尻尾も触ってかまえへんか? と変な関西弁で尋ねることもなく、俺は彼女の尻尾に手を伸ばした。

 意外と尻尾は硬い。

「あぁー」
 とナナナが鳴いた。
 犬っぽく鳴いたのではなく、人間の女性らしい喘ぎ声だった。

 なんで尻尾ってこんなに硬いんだろう? と思いながら付け根の方に進んで行く。

「領主様、ダメ」
 ナナナが顔を真っ赤にして潤んだ瞳でコチラを見ていた。

 あっ、と俺も気づく。

 ついつい触ってしまった。
 モフモフしたいという衝動に負けて彼女のことを触りまくってしまった。
 これってセクハラじゃないか?
 しかも尻尾って性感帯なのか?

「ごめん」
 と俺は謝った。

「領主様がしたいのなら……ボクは別にいいよ」
 とナナナが太ももをモジモジさせながら言った。

 そこで俺は何かに見られている事に気づいて、ゆっくりと扉の方を見た。
 扉の隙間からギョロリとした目がコチラを見ていた。
 浮気がバレた時と同じように血の気が引いた。

 えっ、コレって浮気なの?
 いやいや俺は別に、そんなつもりじゃないっていうか、ただ頭を撫でてあげたかっただけなんです。その延長線上に尻尾を触っただけなんです。

 扉が開いてアニーが部屋に入って来た。
 ゆっくりと彼女が俺達のところに近づいて来る。

「……どこから見てたの?」

「ずっと」
 優しい口調でアニーが言った。
 その口調が怖い。

「これは、違うんだ。ほら見て。すごく触りたくなる耳だろう。尻尾だって触りたくなる。そういう国に生まれたんだ」
 俺は鋭利な角度から日本のせいにした。

 アニーはオジキするような形で俺に頭を出してきた。
 これはどういう事だろう?

「同じようにしてください」

 俺は恐る恐るアニーの頭を撫でる。

 きめ細やかな黒髪はツルツルで、触り心地がよかった。

「もっとクシャクシャって撫でてました」

「はい」
 と俺は頷き、彼女の頭を撫でた。

 ミナミじゃなくて良かった。もしミナミなら爆裂パンチが炸裂していただろう。

「かゆいところはございませんか?」と俺は尋ねてみた。

「ございません」とアニーが言う。

 満足したのか、アニーが顔を上げた。

「お尻は後で触ってもらいます」
 とアニーが言う。

 お尻を触ってよろしいんでしょうか。

「あんまり妻以外の女性とは、過度なスキンシップは取らないでください」
 と彼女が言った。

 やっぱり怒ってるんじゃん。
 目が鋭い。

「……ごめん」と俺は謝る。

「領主様に触って貰っちゃダメなの?」とナナナが尋ねた。

「そうですよ。小次郎様に触ってもらえるのは妻の特権なんです」

「妻って?」

「旦那様の子どもを産む人のことを言います」
 とアニーが言った。

「それじゃあ君は領主様と交尾して、子どもを産むの?」
 とナナナが尋ねた。

 アニーが顔を真っ赤にして俺をチラッと見た。

「……そうですよ」
 めちゃくちゃアニーが照れている。

「それと私の名前は君じゃありません。私の名前はアニーと言います」
 と彼女が言った。

「アニー」と覚えるようにナナナが言った。
「ボク、ナナナ」とナナナが言う。

「よろしくねナナナ」とアニー。

「よろしく、アニー」とナナナ。

「……それで何をしに来たの?」
 と俺は尋ねた。

「はい」とアニーが言って、俺に体を向けた。
「小次郎様が仕事をしながらナナナに勉強を教えていると伺ったので、私が代わりに教えてあげようと思って来ました」

「それは助かる」

 アニーはナナナの隣に椅子を持って来て文字を教え始めた。
 俺は書類に目を通す。
 
 ある事を思い出して、勉強を教えているアニーを見た。
 彼女も俺の視線に気づいた。

「明後日、アニーの誕生日なんだよね?」
 と俺は尋ねた。
 ミナミからアニーの誕生日だと聞いていたのだ。

「はい」とアニーが言った。

「何か欲しい物はある?」

 彼女は少し考える。

「誕生日の夜に小次郎様の部屋に行ってもいいでしょうか?」
 とアニーが手をモジモジさせながら言った。

「いいよ」
 と俺は言う。
 そこでプレゼントを渡してあげよう。
 でも何のプレゼントを渡せばいいのだろうか? その答えを聞いていない。

「交尾するのか?」とナナナが尋ねた。

「しねぇーよ」と俺は思わずツッコム。

「なんで? 妻でしょ?」
 とナナナ。

「2人の約束で、私が16歳になってから、……するんです」
 と照れ臭そうにアニーが言った。

「あっ、そうだ」
 思い出したように、……あるいは照れ隠しから話を変えるようにアニーが言う。
「明日のマラソン大会は私も参加します」

「マラソン大会?」
 とナナナが首を傾げる。

「みんなで走るんです」
 とアニーが答える。

「ボク、走るの大好き」

「ナナナもマラソン大会に参加したらいいよ」
 と俺は言った。

「でも獣人は……」
 とアニーが言う。

「大丈夫。俺が魔法でナナナの姿を変えるから」
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