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大切なお金

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 アニーの威嚇は幼い子が無理して怒っているようにしか俺には見えなかったけど、弱い魔物には通用するようになった。
 魔物に通用するなら普通の人間にも通用するだろう。

「がんばったね」と俺が言う。
「威嚇を覚えたのは君が努力した成果だよ。アニーが一生懸命に修行をしてくれて俺は嬉しい」

 子どもがいたので、結果ではなくプロセスを褒めることの方が重要だと俺は知っている。
 結果を褒めると子どもはズルをしてでも結果を出そうとする。だから、その結果に至《いた》るまでの努力や頑張りを褒めるようになった。
 頑張っていたら結果は後から付いて来るものだし、もし結果が付いて来なくても努力の精度が上がれば次には結果が付いて来るようになるだろう。

「はい」
 昨晩の大胆さが嘘のように、褒められたのが恥ずかしいのか照れ臭そうにアニーが返事をした。     

「それじゃ街に戻ろう」

「はい」

「街に戻って魔石をお金に換金しよう」

「はい」と彼女が頷いた。

 セドリッグと相談して、お金のことは俺が教えることになっていた。
 お金のことを知らなければ、お金持ちにもなれないし、気づかないうちに騙《だま》されるだろう。お金について教えるのは生きて行くには必要なことだった。
 

 馬車に乗って街に帰った。
 これからお金の堅苦しい話をするぜヒハハハ、この子にお金の話が付いて来れるかなグヘヘへと思いながら魔石を買い取ってくれる店に向かって歩いている最中に、バカと猫に出会ってしまった。

「小次郎、帰って来てたのかよ」
 と犬という文字が書かれたTシャツを着た猫が喋りかけて来た。

 隣にはドワーフのくせに全ての毛を失ったハゲがいた。しかも上半身裸である。なんで服を着ねぇーだよ。
 
 無視しよう。こんな奴等がいたらアニーに大切なお金の話は出来ない。

「おはようございます。バラン様、チェルシー様」

「喋りかけたらバカが感染《うつ》る」
 と俺は言って、アニーの腕を引っ張った。

「バカって感染るのかよ? 最近、咳が多いと思っていたらバカが感染っていたのかも」
 とバランが言う。

「だいぶバカが進行してるわ」とチェルシーが言った。

 魔石を買い取ってくれるアイテム屋に辿り着く。
 後ろを振り返った。

「なんで付いてくんだよ?」
 と俺はバカと猫に尋ねた。

「お前が帰って来てると思って待ってたんだよ」とチェルシーが言う。「最近、遊べなかったから一緒に遊んでくれよ」
 猫がモジモジしながら言った。
「ハゲはただ付いて来ただけだから、無視してくれていい」
 と猫がバランを指差す。

「俺だって、小次郎と一緒に遊びたい」とバランが言った。

 小学生かよ、と俺は思う。

「これからアニーにお金について話さなくちゃいけないんだ。どっか行ってくれ」

「お金のことだったら俺だって教えられる」
 とバランが言う。

「だまれ。帰れ。お前が知っている知識なんてクソの価値もねぇー」と俺は言った。

「寂しいことを言うなよ。俺達もお前のお金の話を教えてくれよ」とチェルシー。

「嫌だ。帰れ」

「そうじゃないとココでバランがウンチしちゃうぞ?」

「俺、ウンチするのか?」

「するな」

「なぁ?」とチェルシーが言う。

「わかった。黙って聞いとけよ」

 ダンジョンで取った魔石をアイテム屋でお金に換金してもらった。

 馬車の中でアニーがどれぐらいのお金の知識があるのか俺は聞いていた。
 作った製品をエルフの代表が売って買い出しに行くのが年に1度だけあるらしい。だからアニーはお金のことは知っているけど使ったことがない。エルフの村では誰かが作った農作物や狩でしとめたお肉は村全員の所有物だったらしく、お金は流通していなかった。

 全ての魔石を換金すると金貨1枚になった。
 彼女がコインを爆弾でも扱うように慎重に受け取り、俺に差し出した。

「これは君のモノだ」
 と俺は言った。

「……でも」とアニーが言う。

「いらなかったら俺にくれ」とチェルシー。

 俺はチェルシーを睨む。

「わかったよ。そうカリカリするなよ」

「でもお金を貰っても何をしていいかわかりません」

「俺の口にお金を入れてくれたらケツの穴から出してみせる」
 とバランが言い出す。

「ハハハハハ、最高」とチェルシーが言う。

 俺はバランを睨む。

「なんで俺が睨まれているんだ?」

 無視しよう。

「お金を使って何ができると思う?」
 と俺はアニーに尋ねた。

「物を買う、ですか?」

「それじゃあ、なぜお金で物が買えるかわかる?」

「……」
 アニーが首を捻った。

「お金に価値があるってみんなが信じているからだよ」
 と俺は言った。

 ハハハハハ、と大声でバランが笑い出した。
 俺は睨む。

「えっ、ココは面白いところじゃないの?」

 全然、面白いところじゃない。

「とりあえず邪魔になるから、店を出よう」
 と俺は言って店を出た。

 そして次の目的地に向かって歩き始めた。
 バカ2人も俺達の後に付いて来ている。お前等、仕事はどうしたんだよ?


「みんなお金に価値があると信じているから、価値があるだけなんだ」
 と隣を歩くアニーに俺は言った。

 これはバカが感染った状態なのか? と後ろでバランがチェルシーに尋ねている。
 どう見てもバカが感染っている状態だろうが。お前のせいだからな、とチェルシーが言っている。

 めちゃくちゃ耳障りである。
 無視しよう。

「でもお金の価値が無くなることはないですよね?」とアニーの質問。

 俺は首を横に降った。

「価値が無くなることはある。お金の発行元である国が崩壊する、あるいは財政破綻《ざいせいはたん》すればお金の価値は無くなったりすることもある」
 と俺は言った。

「それでもみんなが価値があると信じていれば使えるんじゃないですか?」

 いい質問である。
 俺は首を横に振った。

「お金に価値が無くなれば他国から物を買うことができなくなる。お金の価値が下がれば他国から買った物の値段が上がり、国民の生活が苦しくなるんだ」

 小次郎の話がわかるか? とバランがチェルシーに尋ねた。
 そんなことよりクソしてぇーよ、とチェルシーが言う。
 俺もだ、とバランが言って2人が笑い合っている。

「お金の価値が無くなったら他所の国から物が買えなくって大変、ってことですね」

「そうだよ」と俺が言う。
 この子、賢い子。頭を撫でてあげたい。
 あと後ろの2人は死んでください。早くトイレに行ってください。もう2度と付きまとわないでください。

 アニーは大切そうにお金を持っていた。

「そのお金どうするんだよ? 俺が貰ってやるよ」とチェルシーが言う。

「大事に取っておきます」とアニーがお金を取られないようにギュッと握りしめた。
「勇者様と手に入れたものなので」

「お金は貯めるより、増やした方がいい」と俺は言った。

「えっ? 増やせるんですか?」

 ちょうど目的の店までやって来た。
 へへへ、アニーをお金持ちにしてやろう。
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