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2章 赤ちゃんと孤児とオークキング

第13話 赤ちゃんのお風呂

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 俺達が隣国に入るためには入国料や手続きが必要だった。
 一見さんはお断りの国らしく、入国するには住民に責任者が必要になるらしい。責任者、と言い回しが合っているのかはわからないけど、俺達がこの国で悪事を働けば俺達のことを招いた責任者も罰せられるらしい。
 ややこしい手続きは老夫婦がやってくれた。それどころか入国料も払ってくれた。
 無知な俺達だけでは隣国には入れなかった。もし老夫婦を助けなければ入国もできなかっただろう。

 入国してからも老夫婦には色々と面倒を見てもらった。家を探してもらったり、ご近所に一緒に挨拶回りにも行ってくれたり、冒険者ギルドにも案内してもらった。
 老夫婦にとっては助けたお礼なのかもしれないけど俺達にとっては異世界に来てから、こんなに親切にされたのは初めてのことだった。老夫婦には足を向けて眠れない。

 老夫婦の帰り際に妻は水袋に入ったミルクを渡した。
「色々とお世話になりました。コレは残りですが、どうぞお持ちかえりください」
 と美子さんが言って、ミルクの入った水袋を渡す。
 俺はネネちゃんを抱っこしていた。赤ちゃんは俺の腕の中で眠っている。
「これはエリクサーじゃないんですか?」と老紳士が言った。
「はい」と妻が答える。
 妻はエリクサーだと認めている。いや、それミルクっすよ、と俺は言いたい。
「こんな貴重なモノを人に渡したらダメですよ」
 と老紳士が笑った。
「お金は結構ですよ」と妻が言う。
「お金はちゃんとお支払いします」と老紳士。「お二人も物入りでしょ? お金はもらってください」
「……わかりました」
 と妻は言った。
「それと、何か困った事があったら私達に言ってください。必ず助けになります」と夫人が言った。
 妻と俺は頭を下げた。
 
 その日のうちに老紳士は大金を持ってやって来た。小袋にどっさりと金貨が詰まっていた。
 夜な夜な金貨の枚数を数えたら200枚もあった。10ヶ月分の生活費である。これは彼等が多めに金貨を支払ってくれたのだろうか? エリクサーの値段が俺達にはわからなかった。

「これからもミルクは売りますか?」
 と俺は恐る恐る妻に尋ねた。
 ミルクを売れば生活が楽になるのだ。
「絶対に売らない」と彼女が言う。
「どうして?」
「体からエリクサー級の回復薬が出るってことがバレたら、どうなるかぐらい考えたらわかるでしょ? 連れ去られて家族と離れ離れになるわよ」
 と妻が言う。
 俺は彼女が連れ去られることを想像した。絶対に売っちゃダメだ、と今更ながら思う。
「あの夫婦だから売ったのよ」と彼女が言った。


 俺達が借りた家はボロボロの一軒家だった。稼ぎが少ないけど、3人暮らしだから少し広いスペースが必要だった。木で作られたログハウスで、一階は生活スペースになっている。二階は物置である。
 我が家は民家が立ち並ぶ場所から少し離れた場所にあり、周りは雑草が生い茂っていた。

 俺は妻のミルクを飲んでから調子がよかった。美子さんの母乳は一定時間が過ぎると効果が消えるアイテムじゃなく、半永久的に持続するアイテムらしい。……妻の母乳のことをアイテムって言うのは、ちょっと笑っちゃう。
 ミルクを飲んでから生命力が溢れ出してる感じがするのだ。正月前みたいにウキウキした気分が続いているような感じである。あけましておめでとうございます。

 それに俺の能力も上昇していた。魔法を出した後のアイドリングタイムは短縮されているし、魔力量が増えているので火力も上がった。能力が上がった分だけ、クエストは比較的に楽になった。

 ネネ姫はミルクを飲んではネンネ、飲んではネンネを繰り返している。
 薬物《ミルク》を過剰摂取し続けている我が娘は将来とんでもないパリピになるんじゃないか、と俺は思う。パリピっていうのはパーリーピーポーのこと。すごい力を手に入れた陽気魔人になるんじゃないか、と俺は想像した。

 毎日仕事から帰って来て何もできないピェ~ン状態だったのが、冒険者という仕事に慣れて来たというのもあるし、能力が上昇したおかげで少し余裕が出て来て、休みじゃない日でも育児に参戦できるようになってきた。
 そして俺は初めてネネちゃんを沐浴《もくよく》させることになった。
 沐浴とはリラックスさせるための入浴みたいな意味だったと思う。
 赤ちゃん用に買った桶に、水と火の魔法をバランスよく出して、ぬるめのお湯を出す。
 まだまだ寒い時期でネネちゃんを裸にさせると「寒いがな、ワレなにしとんねん」と訴えるようにオギャーオギャーと泣き叫んだ。

「頭を持つ手は耳を塞いで」と美子指導員が隣で指示を出してくれる。
 俺は彼女の指示に従う。ネネちゃんの小さい頭を手の平に乗せ、その手で耳を塞いで桶に入れる。

 オギャーオギャー、と泣き叫んでいたネネちゃんをお湯に入れる。
 ええお湯やがな、とご満悦な顔をした。可愛い。目だけがキョロキョロと動いている。

 美子指導員がガーゼと泡立ちが少ないクソ石鹸を濡らした。
「関節のところや首周りにミルクのカスや垢が溜まってるから重点的によろしく」と美子さん。
「了解であります」と俺は言う。
 石鹸をつけて、ハムみたいにムチムチになっているネネちゃんの足や腕を洗う。
「お客様、お痒いところございませんか?」
 と俺はネネちゃんのムチムチボディを洗いながら尋ねた。
「遅い」と美子指導員にお叱りを受ける。「もっと早く洗わないとお湯が冷たくなるじゃん」
「すみません」と俺は先輩指導員に謝った。
 
 フン、とネネちゃんから鼻息が聞こえた。
 赤ちゃんの小さな鼻の中から大きな鼻クソが飛び出した。
「鼻クソだ」と俺は言って、化石を発見した学者のように鼻クソを摘んだ。
 嬉しい。こんな大きな鼻クソが入っていたんだ。息が苦しかっただろう。
「記念に持っておこうかな」と俺が言う。
「汚いから捨てなさい」と美子さん。
 鼻クソすらも可愛かった。

「それじゃあひっくり返して」と妻が言った。
「お好み焼きみたいに?」と俺は尋ねた。
「お好み焼きみたいに」と美子さんが言う。
「ひっくり返す想像ができん」と俺が言った。まだ首がすわってないのだ。ひっくり返すのが怖い。

「仕方ないわね」
 美子さんは言って、俺からネネちゃんを受け取り、赤ちゃんをひっくり返した。
 ネネちゃんが驚いた顔をしている。
 小さなお尻。キャワイイ。
「背中も洗ってあげて」と美子さんが言った。
 そして背中を洗って、桶から出すとタオルで包むように赤ちゃんを巻いた。
 
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