異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして３人の孤児を弟子にする。

１章 パパになる

第8話 穴

　カパカパ、と馬の足音が聞こえた。
　足音は俺達に近づいている。
　もしかしたら、と俺は思う。
　騎士団ではなく、ケンタウルスかもしれない。
　足は馬で胴体は人間だから、ケンタウルスもカパカパと足音がするだろう。
　馬の足音は俺達の近くで止まった。

「奴等は近くにいるぞ」と人間の声が聞こえた。
　奴等、と特定の誰かを探している。
　
「この穴は覗いたか？」と威圧的な声が聞こえた。
「まだ覗いてません」と比較的に若い声が聞こえた。

　彼等は穴に明かりを灯した。

　妻が強く目をつぶった。
　ネネちゃんはオッパイを飲んでいる。
　俺は赤ちゃんの小さい背中に触れた。

「ゴブリンが死んでいるだけです」
　と若い声は言った。
「この近辺を探せ。そう遠くには行っていないはずだ」と威圧的な声が聞こえた。

　俺達は地割れの穴の中にいた。
　穴の中に魔法で横穴を作り、枯葉で穴を塞いでいた。
　枯葉の隙間から、誰かが灯した明かりが見えた時は気づかれたのではないかとドキドキした。

　やっぱり騎士団だった。俺達の事を見つけて、どうするつもりだったんだろうか？　見つからなくて良かったことだけはわかる。

　ホッ、と一息ついた瞬間、「ミャー」とネネちゃんが泣き始めた。
　冷や汗が溢れ出す。
　
　ネネちゃんが泣き始めたと同時に、「ゴブリンが来たぞ。構えろ」という叫び声が地上から聞こえた。

　地上で固い物がぶつかったり、魔物の悲鳴や人間の叫び声が聞こえた。

　ネネちゃんは泣き止み、スヤスヤと寝息が聞こえた。
　俺は妻とネネちゃんを抱きしめた。
　赤ちゃんの泣き声がバレていない事を願った。

　穴の中は土の匂いがして、首元にニュルリとした感触があった。だけど外よりは暖かい。
　でも妻は震えていた。

　大丈夫、と俺は美子さんの耳元で囁いた。
　俺達は穴の中で時間が過ぎて行くのを待った。