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現在編② 融和
Side Story 11 - Boy Runs Into Boy
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幸が出て行ってから二週間が経ち、幸は依然として見つからないまま……。
以前から予定していた高校の同窓会へ行く日を迎えた。いつもなら同窓会なんて行く気にもならないけど、今回は特別だ。なんせ、あのクラブでの事件を引き起こした張本人が来るんだから。
あの日、男たちを唆して幸を襲わせたのは俺らの元同級生の女二人。そのうち一人は俺が一時期付き合ってた女だった。最悪だ。男三人はすでに傷害罪で起訴されたが、女二人は事情聴取を受けただけだった。あいつらにも警察に太いコネだあったってことだろう。あいつらを教唆犯として立件できなかったのは悔しいが、他にやり方はいくらでもある。あいつらの弱みは握ったし、親の不正の証拠も掴んだから正攻法で社会的に潰すこともできる。けど今日はそれをネタに、今後一切幸に手出しをしないよう釘を刺すだけだ。あいつらに温情をかけるつもりは更々ない。ただ追い詰めすぎて、また幸を攻撃されることだけは避けたい。
もちろんそれだけじゃ俺の気は収まらないから、同窓会でちょっとした仕掛けも用意してある。ただのお遊びの延長みたいなもんだけど、自尊心の塊で世界は自分中心に回ってると勘違いしてる女には堪えるだろう。
それを事前に打ち合わせるため、同窓会の会場となるホテル近くのカフェで瑠偉たちと落ち合うことになっていた。
カフェの入口で煌と行き合い、先に来ていた瑠偉の席へ向かう途中、後ろから「啓?」と声を掛けられ振り返る。「やっぱり、啓だー」とテンションの高い声ではしゃぐ女は、高校時代ストーカー並みにしつこく俺に言い寄っていた元同級だった。同窓会に行けば会うかもしれないと覚悟はしてたけど、まさかここで会うとはついてない。
「久しぶりだねー。もしかして啓もここで待ち合わせ?」
どう対処するべきか煌に目配せする間も、女はひとりはしゃいでいる。
「わー、煌も一緒なんだー。もしかして瑠偉も?」
「……えーっと、それはねー、どう、だったかなー?」
「あ、瑠偉もあそこにいるー。あ! 咲も一緒だ」
咲は高校を卒業した今でも連絡を取り合うダチのひとりで、今回の仕掛けの協力者でもある。
「いいなー、私も一緒していい?」
「あ゛?」
「だって咲だけずるいもん。私、啓の隣に座りたい。いいでしょ? 啓」
勝手に話を進めるのも、呆れるほど図々しいのも昔のまま。未だに俺に執着してそうなのも怖い。ここではっきり拒否しないと同窓会でもずっと付きまとわれそうだ。
この面倒くさい女に気を取られ過ぎていた俺は、目の前にウエイターがいたことに気付かなかった。ぶつかる寸前で、ウエイターがこっちを振り返る。
「幸……」
ずっと探してた幸がそこにいた。
恋い焦がれすぎて幻を見てるのかと自分の目を疑ったけど、見れば見るほど本物の幸で。幸が携帯番号もバイト先も変えて俺を切った現実が急に押し寄せてきて、それからはもう幸の顔が見られなかった。
注文を取る幸の声に耳を澄ませる。その元気そうな様子に落胆してしまう俺はやっぱり自分勝手なやつなんだろう。幸の不幸を願ってるわけじゃない。幸には幸せでいて欲しい。笑っていて欲しい。ただそれが俺のそばであって欲しいと願ってしまう。
幸の声を一言も逃さずに聞いていたいのに、どさくさに紛れて隣に座った女がなんやかやと話しかけてきて邪魔をする。べたべたと触ってくるのも鬱陶しい。幸の前で女を怒鳴りつけることもできず、俺の太腿に置かれた女の手をさりげなく外した直ぐ後だった。
「ゆ、幸ちゃん」
動揺した煌の声がして、幸に何かあったのかと咄嗟に顔を上げた。
幸は泣いていた。
俺の方を見て、声も立てず、ただはらはらと涙を零していた。
「幸……」
俺の声に幸がはっとして目を見開いた途端、涙が堰を切って溢れ出す。
その後すぐ幸は逃げるように店の奥へ行ってしまい、俺はただ幸の背中を目で追いかけることしかできなかった。本当は走って追いかけたいけど、俺にはその権利も資格もないことが悔しい。
けど幸は俺の方を見てた。俺の声に反応してた。
それって俺の妄想でもただの願望でもないよな?
「ねえねえ、啓。さっきのウエイターって啓の知り合い?」
あの幸の涙は……俺にまだチャンスがあるってこと?
俺、まだお前のこと諦めなくてもいいのかな? 幸……
「けど、なんか変な子だったよね。いきなり泣いたりしてさー」
「黙れ」
言うと同時に、俺の腕を揺さぶっていた女の手を叩き落とす。
「きゃっ……」
「さっきからべたべた触ってんじゃねえよ、気持ちわりぃ」
「ちょ、啓、それは言い過ぎだって」
「ご、ごめんね、啓。私、悪気があったわけじゃ、」
「大体、お前なに? 変なのはお前だろ? 頭おかしいんじゃねえの?」
「啓! お前ちょっと落ち着けや」
「うるせー、これが落ち着いていられるか」
やっと幸に会えたのに、落ち着いてなんかいられない。
幸、お前は今何を考えてる?
今もまだ泣いてる? お前が泣いたのは俺のせい?
俺のせいなら、ごめん。けど、俺のせいなら、嬉しい。
幸、会いたいよ。
幸に会ったらまず謝って、それから話を聞いて欲しい。幸の話を聞きたい。
幸を抱き締めて、幸に抱き締めて欲しい。
幸……
しんと静まり返ったテーブルで幸に思いを馳せる俺を隣の女がどんな目で見てたかなんて、このときの俺にはどうでもよかった。
女が幸にお門違いの文句を言いビンタまでしたと知ったのは随分経ってからだ。教唆女といいストーカー女といい、俺の周りには頭のおかしい女しかいないのかと頭を抱えた。これからも同じようなことが起きるかもしれない。事が起きてから対処するのでは遅すぎる。幸の身の安全を確保するためにはどうすべきか、真剣に考えるようになったのはそれが切欠だった。
以前から予定していた高校の同窓会へ行く日を迎えた。いつもなら同窓会なんて行く気にもならないけど、今回は特別だ。なんせ、あのクラブでの事件を引き起こした張本人が来るんだから。
あの日、男たちを唆して幸を襲わせたのは俺らの元同級生の女二人。そのうち一人は俺が一時期付き合ってた女だった。最悪だ。男三人はすでに傷害罪で起訴されたが、女二人は事情聴取を受けただけだった。あいつらにも警察に太いコネだあったってことだろう。あいつらを教唆犯として立件できなかったのは悔しいが、他にやり方はいくらでもある。あいつらの弱みは握ったし、親の不正の証拠も掴んだから正攻法で社会的に潰すこともできる。けど今日はそれをネタに、今後一切幸に手出しをしないよう釘を刺すだけだ。あいつらに温情をかけるつもりは更々ない。ただ追い詰めすぎて、また幸を攻撃されることだけは避けたい。
もちろんそれだけじゃ俺の気は収まらないから、同窓会でちょっとした仕掛けも用意してある。ただのお遊びの延長みたいなもんだけど、自尊心の塊で世界は自分中心に回ってると勘違いしてる女には堪えるだろう。
それを事前に打ち合わせるため、同窓会の会場となるホテル近くのカフェで瑠偉たちと落ち合うことになっていた。
カフェの入口で煌と行き合い、先に来ていた瑠偉の席へ向かう途中、後ろから「啓?」と声を掛けられ振り返る。「やっぱり、啓だー」とテンションの高い声ではしゃぐ女は、高校時代ストーカー並みにしつこく俺に言い寄っていた元同級だった。同窓会に行けば会うかもしれないと覚悟はしてたけど、まさかここで会うとはついてない。
「久しぶりだねー。もしかして啓もここで待ち合わせ?」
どう対処するべきか煌に目配せする間も、女はひとりはしゃいでいる。
「わー、煌も一緒なんだー。もしかして瑠偉も?」
「……えーっと、それはねー、どう、だったかなー?」
「あ、瑠偉もあそこにいるー。あ! 咲も一緒だ」
咲は高校を卒業した今でも連絡を取り合うダチのひとりで、今回の仕掛けの協力者でもある。
「いいなー、私も一緒していい?」
「あ゛?」
「だって咲だけずるいもん。私、啓の隣に座りたい。いいでしょ? 啓」
勝手に話を進めるのも、呆れるほど図々しいのも昔のまま。未だに俺に執着してそうなのも怖い。ここではっきり拒否しないと同窓会でもずっと付きまとわれそうだ。
この面倒くさい女に気を取られ過ぎていた俺は、目の前にウエイターがいたことに気付かなかった。ぶつかる寸前で、ウエイターがこっちを振り返る。
「幸……」
ずっと探してた幸がそこにいた。
恋い焦がれすぎて幻を見てるのかと自分の目を疑ったけど、見れば見るほど本物の幸で。幸が携帯番号もバイト先も変えて俺を切った現実が急に押し寄せてきて、それからはもう幸の顔が見られなかった。
注文を取る幸の声に耳を澄ませる。その元気そうな様子に落胆してしまう俺はやっぱり自分勝手なやつなんだろう。幸の不幸を願ってるわけじゃない。幸には幸せでいて欲しい。笑っていて欲しい。ただそれが俺のそばであって欲しいと願ってしまう。
幸の声を一言も逃さずに聞いていたいのに、どさくさに紛れて隣に座った女がなんやかやと話しかけてきて邪魔をする。べたべたと触ってくるのも鬱陶しい。幸の前で女を怒鳴りつけることもできず、俺の太腿に置かれた女の手をさりげなく外した直ぐ後だった。
「ゆ、幸ちゃん」
動揺した煌の声がして、幸に何かあったのかと咄嗟に顔を上げた。
幸は泣いていた。
俺の方を見て、声も立てず、ただはらはらと涙を零していた。
「幸……」
俺の声に幸がはっとして目を見開いた途端、涙が堰を切って溢れ出す。
その後すぐ幸は逃げるように店の奥へ行ってしまい、俺はただ幸の背中を目で追いかけることしかできなかった。本当は走って追いかけたいけど、俺にはその権利も資格もないことが悔しい。
けど幸は俺の方を見てた。俺の声に反応してた。
それって俺の妄想でもただの願望でもないよな?
「ねえねえ、啓。さっきのウエイターって啓の知り合い?」
あの幸の涙は……俺にまだチャンスがあるってこと?
俺、まだお前のこと諦めなくてもいいのかな? 幸……
「けど、なんか変な子だったよね。いきなり泣いたりしてさー」
「黙れ」
言うと同時に、俺の腕を揺さぶっていた女の手を叩き落とす。
「きゃっ……」
「さっきからべたべた触ってんじゃねえよ、気持ちわりぃ」
「ちょ、啓、それは言い過ぎだって」
「ご、ごめんね、啓。私、悪気があったわけじゃ、」
「大体、お前なに? 変なのはお前だろ? 頭おかしいんじゃねえの?」
「啓! お前ちょっと落ち着けや」
「うるせー、これが落ち着いていられるか」
やっと幸に会えたのに、落ち着いてなんかいられない。
幸、お前は今何を考えてる?
今もまだ泣いてる? お前が泣いたのは俺のせい?
俺のせいなら、ごめん。けど、俺のせいなら、嬉しい。
幸、会いたいよ。
幸に会ったらまず謝って、それから話を聞いて欲しい。幸の話を聞きたい。
幸を抱き締めて、幸に抱き締めて欲しい。
幸……
しんと静まり返ったテーブルで幸に思いを馳せる俺を隣の女がどんな目で見てたかなんて、このときの俺にはどうでもよかった。
女が幸にお門違いの文句を言いビンタまでしたと知ったのは随分経ってからだ。教唆女といいストーカー女といい、俺の周りには頭のおかしい女しかいないのかと頭を抱えた。これからも同じようなことが起きるかもしれない。事が起きてから対処するのでは遅すぎる。幸の身の安全を確保するためにはどうすべきか、真剣に考えるようになったのはそれが切欠だった。
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