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現在編② 融和
最終話 意地っ張りな俺とヘタレなあいつ
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恭介の登場があまりにも強烈で、夢じゃないのはわかってるのに現実とも思えなくて。俺は呆然としたまま啓に手を引かれ、恭介のマンションへ連れて行かれた。
啓に後ろから抱えられるようにしてそソファーに座ってからも、俺は呆けたまま。
「実はさー、俺、啓の従兄弟なんだ」
「ふーん、そう」
にこにこ笑って種明かしをする恭介に、ことばの意味を理解しないまま相槌を打つ。
「本当だよ? ね、啓。俺ら従兄弟だよね?」
「ああ。不本意ながら、恭介の母親と俺の母親が姉妹なんだ」
「またまたー、啓ってばほんとは嬉しいくせにー」
二人とも仲良さそうだな……
けど従兄弟だもん、当然だよな。
うん、啓と恭介が従兄弟なら当然……
従兄弟……?
……ん?
従兄弟?
従兄弟!
「えええ! 啓と恭介って従兄弟なの?!」
突然クリアになった頭でことばの意味を理解して、思わず叫ぶ。
「あはは……、幸也やっぱ聞いてなかったんだ」
「や……、聞いてた、けど……」
「心ここにあらずって感じだったもんねー」
「幸、大丈夫か?」
後ろから啓に顔を覗き込まれ、頬がぼっと火照る。たぶん俺の顔は真っ赤になってる。
「だ、だ、だいじょ、ぶ」
全然大丈夫そうじゃない答えを返しながら、両手で顔を覆う。正気に戻ったおかげで直面したくない現実が怒涛のごとく押し寄せてきて、頭の中はパニック状態だ。
ヤバい。ヤバいぞ。都心の一等地にある人気カフェで啓といちゃついてたのもヤバいけど、その前に俺めっちゃ泣いてめっちゃ喚き散らしてたんだった。そっちのがヤバい。一体なに言ったのか全然覚えてねえ。拓真さんに別れ話されたときもかなり取り乱した覚えあるけど、たぶん、いや絶対、あの時より酷かった自信ある。思い出せ、俺。なに口走った?
「幸がピンとこないのはしょうがねえよ。だって俺と恭介、全然似てねえし」
「まあねー。俺、啓みたいに俺様じゃないしー」
「は? なに言ってんだよ、この腹黒王子がっ! 幸、騙されんなよ。こいつ、こう見えて食えねえ奴だかんな」
てか俺、なに平気な顔して啓に抱っこされちゃってんの?!
「やだなー、腹黒だなんて。俺、超いいやつなのに」
「笑顔で堂々と客を脅迫するようなやつが腹黒じゃなかったら何だっつーんだよ」
「ええー、あれは啓たちを守るためにやったんだよ? ほら俺、超いいやつだから」
「じゃあなんで教えてくんなかったんだよ。幸、ずっと恭介んとこいたんだろ? 俺に教えてくれたって、」
「だって、まさか幸也が啓の姫だなんて思わないよ-。俺がいくら聞いても姫が誰なのか教えてくれなかったのは啓でしょ?」
「ちっ……、幸、帰るぞ」
「え、帰るって……、え、ちょ……ま、」
俺はまたもや何が何だかわからないまま、いい笑顔の恭介になぜか「お大事にー」と見送られ、啓に引っ張られるようにして恭介のマンションをあとにした。
・
・
・
そして今、俺はひとり、啓のマンションのリビングの革張りソファーに座っている。啓はというと……
「幸、まずは謝らせて欲しい。あの夜、幸を……無理やり抱いたこと、本当にごめん。反省してる。二度としない」
俺の目の前に正座をし、額を床に擦り付けていた。いわゆる土下座ってやつだ。
「ちょ、啓、やめろよ、そんなこと」
「幸を傷つけて、泣かせて……ごめん。すぐに謝る勇気がなくてごめん」
「啓、まじでやめろって。あれは俺も悪かったんだ。嘘、ついちゃったし……けど、俺、ほんとに疚しいことなんて全然ないから」
「わかってる。ごめん。俺……」
やっと頭を上げてくれた啓が、俺を見て泣きそうな顔で笑う。
「俺、幸のことがずっと好きだった。あんま伝わってなかったかもしんねえけど。幸が好きで好きで、好きすぎて、俺すげえ不安で。幸が俺のこと好きでいてくれる自信なんて全然なかったから」
自信過剰で俺様な啓がヘタレなことを言う。
「幸がずっと様子おかしかったのは、拓真さんとなんかあるからじゃねえかって勘繰って……俺、幸のこと、あんな無理やり……、もう別れようって言われんじゃねえかって、怖くて。謝ることもできなくて、逃げて、ヤケんなって酒飲んで……また幸のこと傷つけた」
啓は俺にとって正義のヒーローみたいな存在で、啓にはできないことなんてないんだって思ってた。弱音なんて吐かないと思ってた。
「ごめん、幸。傷つけてごめん。泣かせてごめん。嫌われても仕方ないことばっかやったけど、俺、幸のこと諦められない。諦めたくない」
だから啓が悩んで傷ついてるのに気付かなかった。気付こうともしなかった。自分のことで手一杯で、啓のことを思いやることができなかった。ごめんね、啓。俺の方こそ、ごめん。けど今は、ごめんよりも伝えたいことばがあるから……
「俺、啓が好きだ」
啓がはっとして目を瞠る。
「好きだよ、啓。ずっと前から、俺、啓のことが好きだった」
「ほ、んとに?」
「うん。ほんとに。啓が好き。大好き」
俺を映す啓の目が、みるみるうちに喜びの色に染まる。
「俺も。俺も幸が好き。すげえ好き。幸っ」
勢いよく抱きついてきた啓の背中に腕を回し、啓の肩に顔を埋めて目を閉じる。
ずっと、ずっと恋しかった啓の温もり。こんなにも安心できる啓の匂い。心に想うだけで泣きそうになるくらい愛おしい啓。
「よかった……幸に嫌われてなくて、……ほんとよかった」
ぎゅうぎゅう俺を抱き締めながら、啓がしみじみとした声で零すのを耳にしてふと思う。
「……もしかして俺、嫌いとか……言っちゃってた?」
啓から何の答えも返ってこないのが答えなんだろう。あのとき何を口走ったのかほとんど覚えてないけど、勢いで好きだって言ってるだろうとは思ってた……俺、嫌いとも言ってたのか……他にも酷いこといっぱい言っちゃってるんだろうな。
「ごめん、啓。あれは勢いで言っちゃっただけで、そんなこと全然思ってないから」
「なんで? 幸が謝ることなんてなんもない。あんな風に幸を追い詰めた俺が悪いんだから。俺の方こそごめん」
「それは違うよ。俺だって、いっぱい悪いとこあった。今日のことだけじゃなくて、俺、自分の気持ちにも、啓にも、ちゃんと向き合ってこなかった。啓に伝えたいこといっぱいあったのに、言ってもしょうがないって勝手に決めつけて……諦めてた。俺、ちゃんと、もっと啓と話をすればよかった」
俺は今までずっと過去と未来の心配ばかりしてたように思う。拓真さんと別れた後は過去の後悔ばかりして、啓と付き合うようになってからは捨てられる未来の心配ばかりして、俺は今って時間を大事に生きてこなかった。俺は啓に好きだって伝えなきゃいけなかったし、啓に別れたくないって言えばよかった。そうすればきっと俺たちはすれ違うこともなかった。
「俺さ、幸があんな風に気持ちぶつけてくれて嬉しかったんだ。幸を追い詰めて泣かせた張本人の俺がそんなこと言ったら怒られるかもしんないけど、なんか……幸がやっと壁ぶっ壊して、俺に心開いてくれたのかなって。だから幸が謝ることなんて、本当になんもないんだ」
「啓……」
啓は俺が思うよりずっと俺のことをわかってくれてたし、俺のことを好きでいてくれた。こんな大切なことに今ようやく気付くなんて、俺はほんと馬鹿だ。
「なあ、幸」
啓のさっきまでとは違う明るい声の調子に、俺は微かに首を傾げて「なに?」と応じる。
「なんかさ、俺らって似てると思わねえ?」
「……どこが?」
似てるとこなんて一つもないと思うけど。
「俺は幸から別れ話をされるのが怖くて逃げ回って、幸は俺に気持ちを知られるのが怖くて壁作ってたわけだろ? すげえ似てんじゃん。ちゃんと話せば両思いだってすぐわかることなのに、すげえ遠回りしてさ」
「はは……、言われてみれば似てるかも。あんま嬉しくない共通点だけど」
大企業の御曹司にして超有名モデル、標準装備がすべてハイスペックな啓と、下町育ちで根っからの庶民、ルックスもまあまあですべてが平凡な俺。似てるとこなんてこれっぽっちもないと思ってたけど、頑固で不器用ってとこは似てるのかも。
・
・
・
「なあ、幸」
「ん?」
時間はたぶん深夜、啓と俺はベッドに寝転がって天井を仰いでいた。
「もっかい……ダメ?」
「え……も、むり」
いくら久しぶりだったとはいえ、いつも以上に絶倫な啓に呆れるしかない。
「じゃあ、愛してるって言って?」
「……は?」
「俺のこと愛してるって言ってくれたら諦める」
「な、な、……そ、んなの、むりに決まって、」
「じゃあ、もっかいする?」
「なんでそうなんだよ」
好きは言えるようになったけど、愛してるは流石に無ムリ。だって俺、生粋の日本人だし。啓みたいにアメリカンスクール行ってアメリカ留学もしてて英語ペラペラなバイリンガルとは違うし。
期待を込めた目で見つめられて無理なものは無理だ。
「幸、愛してるよ」
「う゛…………俺も」
畜生、啓のやつ、俺が実はそのことばに弱いの知ってて言ってやがるな。そりゃあ愛してるって言われたら嬉しいよ。けど俺が弱いのはことばそのものじゃなくて啓なの! 完璧に俺好みのその顔で、俺のことを愛おしげに見つめるその眼差しで、ハリウッドスターより似合っちゃうそのことばを、俺の好きな啓が言うからなの!
「俺も?」
にやにや笑いながら、啓が続きを催促する。啓はどうしても俺に言わせたいらしい。てかきっと俺が言えないのを見越して、それを理由に続きをヤるつもりだ。
笑ってんじゃねーよ。
それくらい、俺だって言えるっつーの。
「俺も……」
「うん、俺も?」
「愛……」
「愛?」
「す?」
「愛、す……アイス?」
「愛し……」
「……」
「んぐ」
「……愛し、んぐ。アイシング?」
「正解! アイシャドーよりわかりやすいと思って」
「おい、幸お前、なめてんのか」
「や、違う。違うけど……」
途中からちょっと面白がってはいた。
「ちっ、この意地っ張りめ」
「ふんっ、ヘタレのくせに」
「なんだと?」
「なんだよ」
むっとした俺に、啓が眉を顰める。
「んな可愛い顔したってダメだかんな」
「な、……べ、別に可愛くねえし」
「可愛いって、幸は。エロ可愛い」
「はあ? なんだよそれ」
「照れんなよ」
「照れてねえし」
つんつんと俺の頬を指でつつく啓がウザい。
「照れてる幸も可愛いけど」
「だから照れてねえし、可愛くもねえって」
「俺は好きだよ。どんな幸でも、好き。愛してる」
「…………俺も、……好き」
「愛してる?」
「…………、うわっ」
いきなり俺の上にのし掛かって来た啓がにやりと笑う。
「愛してるって言えないなら、もっかいな」
「そんな約束してな、……ちょ、啓! まじでもうムリだって」
「心配すんな。まだイける。てかあと二回はイけんだろ?」
「まじでムリっ、啓、……ちょ、ま、……ぁ、やっ」
そのあと結局、啓の宣言通り二回ヤって、俺は新しい世界の扉を開けちゃったりしたんだけど……その話は次回のお楽しみってことで。てか次回があるかはわかんねえけど。
それと、セイラって女……じゃなくて、セイラさんのことは完全なる俺の勘違いだった。この後、セイラさん絡みで俺は想像もしてなかったことに巻き込まれることになるんだけど、その話もまた機会があればってことで。
そんなわけで、意地っ張りな俺とヘタレな啓の話はこれでお終い。
完
啓に後ろから抱えられるようにしてそソファーに座ってからも、俺は呆けたまま。
「実はさー、俺、啓の従兄弟なんだ」
「ふーん、そう」
にこにこ笑って種明かしをする恭介に、ことばの意味を理解しないまま相槌を打つ。
「本当だよ? ね、啓。俺ら従兄弟だよね?」
「ああ。不本意ながら、恭介の母親と俺の母親が姉妹なんだ」
「またまたー、啓ってばほんとは嬉しいくせにー」
二人とも仲良さそうだな……
けど従兄弟だもん、当然だよな。
うん、啓と恭介が従兄弟なら当然……
従兄弟……?
……ん?
従兄弟?
従兄弟!
「えええ! 啓と恭介って従兄弟なの?!」
突然クリアになった頭でことばの意味を理解して、思わず叫ぶ。
「あはは……、幸也やっぱ聞いてなかったんだ」
「や……、聞いてた、けど……」
「心ここにあらずって感じだったもんねー」
「幸、大丈夫か?」
後ろから啓に顔を覗き込まれ、頬がぼっと火照る。たぶん俺の顔は真っ赤になってる。
「だ、だ、だいじょ、ぶ」
全然大丈夫そうじゃない答えを返しながら、両手で顔を覆う。正気に戻ったおかげで直面したくない現実が怒涛のごとく押し寄せてきて、頭の中はパニック状態だ。
ヤバい。ヤバいぞ。都心の一等地にある人気カフェで啓といちゃついてたのもヤバいけど、その前に俺めっちゃ泣いてめっちゃ喚き散らしてたんだった。そっちのがヤバい。一体なに言ったのか全然覚えてねえ。拓真さんに別れ話されたときもかなり取り乱した覚えあるけど、たぶん、いや絶対、あの時より酷かった自信ある。思い出せ、俺。なに口走った?
「幸がピンとこないのはしょうがねえよ。だって俺と恭介、全然似てねえし」
「まあねー。俺、啓みたいに俺様じゃないしー」
「は? なに言ってんだよ、この腹黒王子がっ! 幸、騙されんなよ。こいつ、こう見えて食えねえ奴だかんな」
てか俺、なに平気な顔して啓に抱っこされちゃってんの?!
「やだなー、腹黒だなんて。俺、超いいやつなのに」
「笑顔で堂々と客を脅迫するようなやつが腹黒じゃなかったら何だっつーんだよ」
「ええー、あれは啓たちを守るためにやったんだよ? ほら俺、超いいやつだから」
「じゃあなんで教えてくんなかったんだよ。幸、ずっと恭介んとこいたんだろ? 俺に教えてくれたって、」
「だって、まさか幸也が啓の姫だなんて思わないよ-。俺がいくら聞いても姫が誰なのか教えてくれなかったのは啓でしょ?」
「ちっ……、幸、帰るぞ」
「え、帰るって……、え、ちょ……ま、」
俺はまたもや何が何だかわからないまま、いい笑顔の恭介になぜか「お大事にー」と見送られ、啓に引っ張られるようにして恭介のマンションをあとにした。
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そして今、俺はひとり、啓のマンションのリビングの革張りソファーに座っている。啓はというと……
「幸、まずは謝らせて欲しい。あの夜、幸を……無理やり抱いたこと、本当にごめん。反省してる。二度としない」
俺の目の前に正座をし、額を床に擦り付けていた。いわゆる土下座ってやつだ。
「ちょ、啓、やめろよ、そんなこと」
「幸を傷つけて、泣かせて……ごめん。すぐに謝る勇気がなくてごめん」
「啓、まじでやめろって。あれは俺も悪かったんだ。嘘、ついちゃったし……けど、俺、ほんとに疚しいことなんて全然ないから」
「わかってる。ごめん。俺……」
やっと頭を上げてくれた啓が、俺を見て泣きそうな顔で笑う。
「俺、幸のことがずっと好きだった。あんま伝わってなかったかもしんねえけど。幸が好きで好きで、好きすぎて、俺すげえ不安で。幸が俺のこと好きでいてくれる自信なんて全然なかったから」
自信過剰で俺様な啓がヘタレなことを言う。
「幸がずっと様子おかしかったのは、拓真さんとなんかあるからじゃねえかって勘繰って……俺、幸のこと、あんな無理やり……、もう別れようって言われんじゃねえかって、怖くて。謝ることもできなくて、逃げて、ヤケんなって酒飲んで……また幸のこと傷つけた」
啓は俺にとって正義のヒーローみたいな存在で、啓にはできないことなんてないんだって思ってた。弱音なんて吐かないと思ってた。
「ごめん、幸。傷つけてごめん。泣かせてごめん。嫌われても仕方ないことばっかやったけど、俺、幸のこと諦められない。諦めたくない」
だから啓が悩んで傷ついてるのに気付かなかった。気付こうともしなかった。自分のことで手一杯で、啓のことを思いやることができなかった。ごめんね、啓。俺の方こそ、ごめん。けど今は、ごめんよりも伝えたいことばがあるから……
「俺、啓が好きだ」
啓がはっとして目を瞠る。
「好きだよ、啓。ずっと前から、俺、啓のことが好きだった」
「ほ、んとに?」
「うん。ほんとに。啓が好き。大好き」
俺を映す啓の目が、みるみるうちに喜びの色に染まる。
「俺も。俺も幸が好き。すげえ好き。幸っ」
勢いよく抱きついてきた啓の背中に腕を回し、啓の肩に顔を埋めて目を閉じる。
ずっと、ずっと恋しかった啓の温もり。こんなにも安心できる啓の匂い。心に想うだけで泣きそうになるくらい愛おしい啓。
「よかった……幸に嫌われてなくて、……ほんとよかった」
ぎゅうぎゅう俺を抱き締めながら、啓がしみじみとした声で零すのを耳にしてふと思う。
「……もしかして俺、嫌いとか……言っちゃってた?」
啓から何の答えも返ってこないのが答えなんだろう。あのとき何を口走ったのかほとんど覚えてないけど、勢いで好きだって言ってるだろうとは思ってた……俺、嫌いとも言ってたのか……他にも酷いこといっぱい言っちゃってるんだろうな。
「ごめん、啓。あれは勢いで言っちゃっただけで、そんなこと全然思ってないから」
「なんで? 幸が謝ることなんてなんもない。あんな風に幸を追い詰めた俺が悪いんだから。俺の方こそごめん」
「それは違うよ。俺だって、いっぱい悪いとこあった。今日のことだけじゃなくて、俺、自分の気持ちにも、啓にも、ちゃんと向き合ってこなかった。啓に伝えたいこといっぱいあったのに、言ってもしょうがないって勝手に決めつけて……諦めてた。俺、ちゃんと、もっと啓と話をすればよかった」
俺は今までずっと過去と未来の心配ばかりしてたように思う。拓真さんと別れた後は過去の後悔ばかりして、啓と付き合うようになってからは捨てられる未来の心配ばかりして、俺は今って時間を大事に生きてこなかった。俺は啓に好きだって伝えなきゃいけなかったし、啓に別れたくないって言えばよかった。そうすればきっと俺たちはすれ違うこともなかった。
「俺さ、幸があんな風に気持ちぶつけてくれて嬉しかったんだ。幸を追い詰めて泣かせた張本人の俺がそんなこと言ったら怒られるかもしんないけど、なんか……幸がやっと壁ぶっ壊して、俺に心開いてくれたのかなって。だから幸が謝ることなんて、本当になんもないんだ」
「啓……」
啓は俺が思うよりずっと俺のことをわかってくれてたし、俺のことを好きでいてくれた。こんな大切なことに今ようやく気付くなんて、俺はほんと馬鹿だ。
「なあ、幸」
啓のさっきまでとは違う明るい声の調子に、俺は微かに首を傾げて「なに?」と応じる。
「なんかさ、俺らって似てると思わねえ?」
「……どこが?」
似てるとこなんて一つもないと思うけど。
「俺は幸から別れ話をされるのが怖くて逃げ回って、幸は俺に気持ちを知られるのが怖くて壁作ってたわけだろ? すげえ似てんじゃん。ちゃんと話せば両思いだってすぐわかることなのに、すげえ遠回りしてさ」
「はは……、言われてみれば似てるかも。あんま嬉しくない共通点だけど」
大企業の御曹司にして超有名モデル、標準装備がすべてハイスペックな啓と、下町育ちで根っからの庶民、ルックスもまあまあですべてが平凡な俺。似てるとこなんてこれっぽっちもないと思ってたけど、頑固で不器用ってとこは似てるのかも。
・
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「なあ、幸」
「ん?」
時間はたぶん深夜、啓と俺はベッドに寝転がって天井を仰いでいた。
「もっかい……ダメ?」
「え……も、むり」
いくら久しぶりだったとはいえ、いつも以上に絶倫な啓に呆れるしかない。
「じゃあ、愛してるって言って?」
「……は?」
「俺のこと愛してるって言ってくれたら諦める」
「な、な、……そ、んなの、むりに決まって、」
「じゃあ、もっかいする?」
「なんでそうなんだよ」
好きは言えるようになったけど、愛してるは流石に無ムリ。だって俺、生粋の日本人だし。啓みたいにアメリカンスクール行ってアメリカ留学もしてて英語ペラペラなバイリンガルとは違うし。
期待を込めた目で見つめられて無理なものは無理だ。
「幸、愛してるよ」
「う゛…………俺も」
畜生、啓のやつ、俺が実はそのことばに弱いの知ってて言ってやがるな。そりゃあ愛してるって言われたら嬉しいよ。けど俺が弱いのはことばそのものじゃなくて啓なの! 完璧に俺好みのその顔で、俺のことを愛おしげに見つめるその眼差しで、ハリウッドスターより似合っちゃうそのことばを、俺の好きな啓が言うからなの!
「俺も?」
にやにや笑いながら、啓が続きを催促する。啓はどうしても俺に言わせたいらしい。てかきっと俺が言えないのを見越して、それを理由に続きをヤるつもりだ。
笑ってんじゃねーよ。
それくらい、俺だって言えるっつーの。
「俺も……」
「うん、俺も?」
「愛……」
「愛?」
「す?」
「愛、す……アイス?」
「愛し……」
「……」
「んぐ」
「……愛し、んぐ。アイシング?」
「正解! アイシャドーよりわかりやすいと思って」
「おい、幸お前、なめてんのか」
「や、違う。違うけど……」
途中からちょっと面白がってはいた。
「ちっ、この意地っ張りめ」
「ふんっ、ヘタレのくせに」
「なんだと?」
「なんだよ」
むっとした俺に、啓が眉を顰める。
「んな可愛い顔したってダメだかんな」
「な、……べ、別に可愛くねえし」
「可愛いって、幸は。エロ可愛い」
「はあ? なんだよそれ」
「照れんなよ」
「照れてねえし」
つんつんと俺の頬を指でつつく啓がウザい。
「照れてる幸も可愛いけど」
「だから照れてねえし、可愛くもねえって」
「俺は好きだよ。どんな幸でも、好き。愛してる」
「…………俺も、……好き」
「愛してる?」
「…………、うわっ」
いきなり俺の上にのし掛かって来た啓がにやりと笑う。
「愛してるって言えないなら、もっかいな」
「そんな約束してな、……ちょ、啓! まじでもうムリだって」
「心配すんな。まだイける。てかあと二回はイけんだろ?」
「まじでムリっ、啓、……ちょ、ま、……ぁ、やっ」
そのあと結局、啓の宣言通り二回ヤって、俺は新しい世界の扉を開けちゃったりしたんだけど……その話は次回のお楽しみってことで。てか次回があるかはわかんねえけど。
それと、セイラって女……じゃなくて、セイラさんのことは完全なる俺の勘違いだった。この後、セイラさん絡みで俺は想像もしてなかったことに巻き込まれることになるんだけど、その話もまた機会があればってことで。
そんなわけで、意地っ張りな俺とヘタレな啓の話はこれでお終い。
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