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現在編② 融和
第十八話 突然現れたあいつ
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都心の大通りにあるカフェでバイトを始めて二週間、黒いギャルソンエプロンに白シャツという、俺にはお洒落過ぎる制服もどうにか様になってきた。
「ご注文はお決まりで、っ……」
店長お墨付きの接客スマイルが一瞬にして崩れてしまったのは、あまりにも予想外な客だったからだ。席に案内したのは他のスタッフだったから、目の前で顔を見るまで全く気づかなかった。
「……姫さん」
瑠偉が呟いた小さな声を拾ったのは俺だけではなかったようで……
「姫? 姫ってもしかして……」
瑠偉の隣に座っていた連れの女が訝しげに眉を上げる。
女の反応からして、姫という呼び名が何を意味するのか知っているようだ。だけど俺は男だし、俺が噂の姫だったと気付くことはないだろう。初めて啓に会ったときに俺が誤解したように、きっと俺が姫川とか姫岡とか姫のつく苗字だと思うに違いない。ところが運悪く、というか当たり前だけど、制服の胸元に付けてる俺の名札には姫の字は入っていない。それを腕でさりげなく隠しながら、もう一度お決まりのセリフを口にした。
「ご注文はお決まりですか?」
内心の動揺を悟られないようにこりと笑えば、瑠偉が弾かれたように立ち上がった。
「幸ちゃん、悪いんやけど出直すわ」
「ちょっと、瑠偉。なに言ってるの? ここで啓たちと待ち合わせしてるんでしょう?」
啓という名前に、どくんと心臓が跳ねる。
もし啓が来るなら俺もここにはいられない。だって啓の顔を見て冷静でいられるとは思えない。とにかく啓に会いたくない。会えない。
店を出る出ないで揉めている瑠偉と女に構わず、俺はさっさとその場を立ち去ろうと背を向けた。
「幸……」
まさか、すぐ後ろに啓が来ていたとは知らずに。
・
・
・
「いやー、まさか幸ちゃんがここでバイトしてるなんて盲点だったよ。元気してた?」
いつもの調子でいつもと変わりない笑顔を浮かべる煌を前に、俺は曖昧な笑顔を浮かべる。
啓は最初こそ俺を見て茫然としていたけれど、すぐに苦虫を噛み潰したような顔になった。そして連れの女に促されて席についた今では、そっぽを向いてしまい表情は窺えない。俺のことなんて視界にも入れたくないんだろう。
「急に携帯番号もバイトも変えちゃうし、連絡つかないから心配してたんだよ?」
「あの……、ご注文をお伺いしても?」
啓の連れはふわふわした雰囲気の可愛らしい女で、隣の啓に話しかけるのに忙しくて俺のことは完全無視だし、その向かいに座ってる瑠偉と連れの女は落ち着きなく目だけをきょろきょろ動かして事の成り行きを見守っている。そんな状況で、煌に一体なんと答えれば正解かなんて俺にはわからない。なるべく早くオーダーを取って、啓の前から消えてしまいたかった。
「ごめんごめん、幸ちゃん、仕事しなきゃだよねー。じゃあ俺はホットコーヒー、ブラックで」
「幸ちゃん、俺も煌と同じので。啓もそれでええよな?」
「ああ」
啓のちょっと不機嫌な低い声。その一言にさえ泣いてしまいそうで、俺は目を閉じて自分を落ち着かせないといけなかった。
「私もホットコーヒーで」
「ミルクはお付けしますか?」
「はい、お願いします」
「かしこまりました」
瑠偉の連れの女のオーダーを取っている間、啓と隣の女のやり取りが目に入ってしまう。
「うーん、どうしようかなー。ねえ、啓はどのハーブティがいいと思う?」
女が甘えた声でそう言って、メニューを見せながら啓の方に体を寄せる。啓はなにか答えたようだけど、声が低くて聞き取れない。
「じゃあ、それにしようっと。あとはやっぱ甘いものも食べたいなー」
啓の太腿に置かれた女の手を、啓がそっと握り返す。
あれは……
あれは、俺だったはずだ。
啓の隣にいて、啓に甘えていいのは俺だった。
ほんのちょっと前までは、そこは俺の場所だったのに……
「ゆ、幸ちゃん」
煌に手を揺すられてパチパチと瞬きすれば、涙がぱたぱたと落ちてくる。
「え? ……え?」
俺、泣いてる?
嘘……
「幸……」
滲んだ視界の中に目を見開く啓を捉えた途端、涙がぶわっと溢れてくる。
「ちょ、幸ちゃん!」
そう叫んだのは煌だったのか、瑠偉だったのか。なりふり構わず一目散に逃げだした俺にはわからなかった。
・
・
・
閉店後、俺は店長から事の次第を問い詰められた。
「つまり、元恋人が客として突然現れて、しかも新しい恋人を連れてたから動揺したと」
啓は恋人でもなんでもなかったし、連れの女が啓の恋人なのかどうかもわからない。第一、啓にはセイラがいるはずだ。けど深みに嵌りそうだからその辺りは考えたくないし、店長に納得してもらうためにはそう説明するのが手っ取り早かったのだ。
「あの後すぐ俺が対応したし、特になんのクレームもなかったからまあいいけど」
「すみませんでした。以後気をつけます」
啓たちがその後どうしたのか俺は見てないけど、普通にお茶をして帰ったらしい。少なくとも店に迷惑をかけることにならなくてよかったと頭を下げれば、店長の「で、どっち?」という声がしてやっぱりそうきたかと心の中でため息を吐く。
「幸也の元恋人はどっちなの?」
実はこの店長、某有名女性雑誌で『東京にあるカフェのイケメン店長』の一人として紹介されるほどのイケメンで、実年齢は30代半ばだけど見た目は20代後半、しかも独身で、今は彼女もいないらしい。だからとにかくモテる。客の半分は店長目当ての女性客だし、接客中に言い寄られることもしばしば。つまり何が言いたいのかといえば、店長はそんな色恋過多な日常を楽しんでしまえるほどの自称・恋愛エキスパートで、恋バナ大好き人間だってこと。
仕事は超がつくほどできるしスタッフの受けもいい店長だけど、この恋バナ好きってところだけははっきり言って鬱陶しい。けど曖昧に返事をすると根掘り葉掘り聞かれて終わらないのは経験済みだ。
「あー」
どっちでもいいから適当に答えておこうと口を開いたとき、店長が爆弾発言を落とした。
「けど三人ともみんな凄いイケメンだったよな。幸也って面食いだったんだ」
「……は?」
今、店長『三人』って言った?
女は二人しかいなかった。
三人いたのは男。
それって……
「なに、そんなビックリした顔して。俺が気付いてないとでも思ってた?」
「え? いや、あの……」
「俺、幸也のことずっと口説いてたつもりだったんだけど。やっぱそれも気付いてなかったってことか」
「は? え? ちょ、てん、……うわぁっ」
不意に頬をすっと撫でられて、驚いて後退った拍子に後ろにあったソファーに躓いてすっ転んだ。
「おいおい、大丈夫かよ」
意図せず三人掛けのソファーに座る形になった俺の隣に腰かけた店長に、俺は乾いた笑いしか返せない。
店長は俺がゲイだってこと知ってた?
てか、店長ってバイ?
店長のオフィスで二人きりとはいえ、まだ何人かスタッフも残ってるし、こんなところで何か仕掛けられるわけでもないだろう。そもそも俺を口説いてた云々は店長の冗談に違いない。とは思うものの、店長の視線は獲物に狙いを定めた獣じみていて、本能で体が逃げを打つ。
「そんな怯えられると余計そそられるんだけど」
「お、怯えてません。てか店長、悪い冗談はやめてください」
「冗談じゃないんだけど?」
ファンの女性客が見たらキャーと叫ぶに違いない笑みを店長が浮かべたとき、軽いノックの音とともにドアが開いて誰かが入ってきた。
「あ、恭介」
「お疲れさまです」
店長がすっと立ちあがり、流れるような所作で恭介にお辞儀をしたのには理由がある。実は、恭介は大手外食上場企業の御曹司で、このカフェのオーナーなのだ。ここの他にもレストランやバーのいくつかを恭介自らプロデュースしてるらしい。
「ごめんね、まだ話の途中だった?」
「いえ、オーナー。ちょうど話は終わったところです」
思わず恭介って呼んじゃったけど、ほんとは俺もオーナーって呼ばなきゃなんだよな、なんて考えつつ俺もソファーから立ち上がる。
「そう? じゃあ幸也、行こうか。千秋が待ってる」
今日はこのあと三人で会う約束をしてたから、わざわざ迎えに来てくれたらしい。
恭介と連れ立って「お疲れさまでした」とオフィスを出て行こうとした俺に「幸也、今度は俺とデートしてくれよ」とウインクを寄こす店長、まじ鬱陶しい。勘弁してくれ。オフィスを出てハァとため息を一つ吐く。
「幸也、大丈夫?」
「え? ああ……、全然大丈夫。店長が悪ノリすんのはいつものことだし」
「そっちじゃなくてさ、聞いたよ? 今日、啓が来たんだって?」
「あー」
その話か。
「話したくないんだったらムリに聞かないけど」
俺がわずかに顔を顰めたのを見て察したんだろう。そう言って恭介は肩を竦めた。
恭介は超マイペースな性格で、自他ともに認めるKYだ。けど恭介の場合、空気を読めないんじゃなくて、わざと読まないで相手の反応をみて楽しんでる節がある。だって恭介は今みたいに空気を読みすぎるくらい読む、察しのいいやつだから。
あの日も噂の姫が俺だって検討をつけて話しかけてきたんじゃないかと思う。それを面と向かって聞くと藪蛇になるからしないけど。啓のマンションを出た理由についても何も聞かれないし、恭介本人が言ってた通り啓に興味がないっていうのは本当みたいだ。
ただ恭介は食えないやつだから、まだ何か隠し玉を持ってそうだけど……
「きっとまた来ると思うよ?」
いつもの爽やかすぎる笑顔で恭介が言う。
「まさか」
本当にまさか啓がまた来るなんて、このとき俺は思ってもみなかった。
「ご注文はお決まりで、っ……」
店長お墨付きの接客スマイルが一瞬にして崩れてしまったのは、あまりにも予想外な客だったからだ。席に案内したのは他のスタッフだったから、目の前で顔を見るまで全く気づかなかった。
「……姫さん」
瑠偉が呟いた小さな声を拾ったのは俺だけではなかったようで……
「姫? 姫ってもしかして……」
瑠偉の隣に座っていた連れの女が訝しげに眉を上げる。
女の反応からして、姫という呼び名が何を意味するのか知っているようだ。だけど俺は男だし、俺が噂の姫だったと気付くことはないだろう。初めて啓に会ったときに俺が誤解したように、きっと俺が姫川とか姫岡とか姫のつく苗字だと思うに違いない。ところが運悪く、というか当たり前だけど、制服の胸元に付けてる俺の名札には姫の字は入っていない。それを腕でさりげなく隠しながら、もう一度お決まりのセリフを口にした。
「ご注文はお決まりですか?」
内心の動揺を悟られないようにこりと笑えば、瑠偉が弾かれたように立ち上がった。
「幸ちゃん、悪いんやけど出直すわ」
「ちょっと、瑠偉。なに言ってるの? ここで啓たちと待ち合わせしてるんでしょう?」
啓という名前に、どくんと心臓が跳ねる。
もし啓が来るなら俺もここにはいられない。だって啓の顔を見て冷静でいられるとは思えない。とにかく啓に会いたくない。会えない。
店を出る出ないで揉めている瑠偉と女に構わず、俺はさっさとその場を立ち去ろうと背を向けた。
「幸……」
まさか、すぐ後ろに啓が来ていたとは知らずに。
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「いやー、まさか幸ちゃんがここでバイトしてるなんて盲点だったよ。元気してた?」
いつもの調子でいつもと変わりない笑顔を浮かべる煌を前に、俺は曖昧な笑顔を浮かべる。
啓は最初こそ俺を見て茫然としていたけれど、すぐに苦虫を噛み潰したような顔になった。そして連れの女に促されて席についた今では、そっぽを向いてしまい表情は窺えない。俺のことなんて視界にも入れたくないんだろう。
「急に携帯番号もバイトも変えちゃうし、連絡つかないから心配してたんだよ?」
「あの……、ご注文をお伺いしても?」
啓の連れはふわふわした雰囲気の可愛らしい女で、隣の啓に話しかけるのに忙しくて俺のことは完全無視だし、その向かいに座ってる瑠偉と連れの女は落ち着きなく目だけをきょろきょろ動かして事の成り行きを見守っている。そんな状況で、煌に一体なんと答えれば正解かなんて俺にはわからない。なるべく早くオーダーを取って、啓の前から消えてしまいたかった。
「ごめんごめん、幸ちゃん、仕事しなきゃだよねー。じゃあ俺はホットコーヒー、ブラックで」
「幸ちゃん、俺も煌と同じので。啓もそれでええよな?」
「ああ」
啓のちょっと不機嫌な低い声。その一言にさえ泣いてしまいそうで、俺は目を閉じて自分を落ち着かせないといけなかった。
「私もホットコーヒーで」
「ミルクはお付けしますか?」
「はい、お願いします」
「かしこまりました」
瑠偉の連れの女のオーダーを取っている間、啓と隣の女のやり取りが目に入ってしまう。
「うーん、どうしようかなー。ねえ、啓はどのハーブティがいいと思う?」
女が甘えた声でそう言って、メニューを見せながら啓の方に体を寄せる。啓はなにか答えたようだけど、声が低くて聞き取れない。
「じゃあ、それにしようっと。あとはやっぱ甘いものも食べたいなー」
啓の太腿に置かれた女の手を、啓がそっと握り返す。
あれは……
あれは、俺だったはずだ。
啓の隣にいて、啓に甘えていいのは俺だった。
ほんのちょっと前までは、そこは俺の場所だったのに……
「ゆ、幸ちゃん」
煌に手を揺すられてパチパチと瞬きすれば、涙がぱたぱたと落ちてくる。
「え? ……え?」
俺、泣いてる?
嘘……
「幸……」
滲んだ視界の中に目を見開く啓を捉えた途端、涙がぶわっと溢れてくる。
「ちょ、幸ちゃん!」
そう叫んだのは煌だったのか、瑠偉だったのか。なりふり構わず一目散に逃げだした俺にはわからなかった。
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閉店後、俺は店長から事の次第を問い詰められた。
「つまり、元恋人が客として突然現れて、しかも新しい恋人を連れてたから動揺したと」
啓は恋人でもなんでもなかったし、連れの女が啓の恋人なのかどうかもわからない。第一、啓にはセイラがいるはずだ。けど深みに嵌りそうだからその辺りは考えたくないし、店長に納得してもらうためにはそう説明するのが手っ取り早かったのだ。
「あの後すぐ俺が対応したし、特になんのクレームもなかったからまあいいけど」
「すみませんでした。以後気をつけます」
啓たちがその後どうしたのか俺は見てないけど、普通にお茶をして帰ったらしい。少なくとも店に迷惑をかけることにならなくてよかったと頭を下げれば、店長の「で、どっち?」という声がしてやっぱりそうきたかと心の中でため息を吐く。
「幸也の元恋人はどっちなの?」
実はこの店長、某有名女性雑誌で『東京にあるカフェのイケメン店長』の一人として紹介されるほどのイケメンで、実年齢は30代半ばだけど見た目は20代後半、しかも独身で、今は彼女もいないらしい。だからとにかくモテる。客の半分は店長目当ての女性客だし、接客中に言い寄られることもしばしば。つまり何が言いたいのかといえば、店長はそんな色恋過多な日常を楽しんでしまえるほどの自称・恋愛エキスパートで、恋バナ大好き人間だってこと。
仕事は超がつくほどできるしスタッフの受けもいい店長だけど、この恋バナ好きってところだけははっきり言って鬱陶しい。けど曖昧に返事をすると根掘り葉掘り聞かれて終わらないのは経験済みだ。
「あー」
どっちでもいいから適当に答えておこうと口を開いたとき、店長が爆弾発言を落とした。
「けど三人ともみんな凄いイケメンだったよな。幸也って面食いだったんだ」
「……は?」
今、店長『三人』って言った?
女は二人しかいなかった。
三人いたのは男。
それって……
「なに、そんなビックリした顔して。俺が気付いてないとでも思ってた?」
「え? いや、あの……」
「俺、幸也のことずっと口説いてたつもりだったんだけど。やっぱそれも気付いてなかったってことか」
「は? え? ちょ、てん、……うわぁっ」
不意に頬をすっと撫でられて、驚いて後退った拍子に後ろにあったソファーに躓いてすっ転んだ。
「おいおい、大丈夫かよ」
意図せず三人掛けのソファーに座る形になった俺の隣に腰かけた店長に、俺は乾いた笑いしか返せない。
店長は俺がゲイだってこと知ってた?
てか、店長ってバイ?
店長のオフィスで二人きりとはいえ、まだ何人かスタッフも残ってるし、こんなところで何か仕掛けられるわけでもないだろう。そもそも俺を口説いてた云々は店長の冗談に違いない。とは思うものの、店長の視線は獲物に狙いを定めた獣じみていて、本能で体が逃げを打つ。
「そんな怯えられると余計そそられるんだけど」
「お、怯えてません。てか店長、悪い冗談はやめてください」
「冗談じゃないんだけど?」
ファンの女性客が見たらキャーと叫ぶに違いない笑みを店長が浮かべたとき、軽いノックの音とともにドアが開いて誰かが入ってきた。
「あ、恭介」
「お疲れさまです」
店長がすっと立ちあがり、流れるような所作で恭介にお辞儀をしたのには理由がある。実は、恭介は大手外食上場企業の御曹司で、このカフェのオーナーなのだ。ここの他にもレストランやバーのいくつかを恭介自らプロデュースしてるらしい。
「ごめんね、まだ話の途中だった?」
「いえ、オーナー。ちょうど話は終わったところです」
思わず恭介って呼んじゃったけど、ほんとは俺もオーナーって呼ばなきゃなんだよな、なんて考えつつ俺もソファーから立ち上がる。
「そう? じゃあ幸也、行こうか。千秋が待ってる」
今日はこのあと三人で会う約束をしてたから、わざわざ迎えに来てくれたらしい。
恭介と連れ立って「お疲れさまでした」とオフィスを出て行こうとした俺に「幸也、今度は俺とデートしてくれよ」とウインクを寄こす店長、まじ鬱陶しい。勘弁してくれ。オフィスを出てハァとため息を一つ吐く。
「幸也、大丈夫?」
「え? ああ……、全然大丈夫。店長が悪ノリすんのはいつものことだし」
「そっちじゃなくてさ、聞いたよ? 今日、啓が来たんだって?」
「あー」
その話か。
「話したくないんだったらムリに聞かないけど」
俺がわずかに顔を顰めたのを見て察したんだろう。そう言って恭介は肩を竦めた。
恭介は超マイペースな性格で、自他ともに認めるKYだ。けど恭介の場合、空気を読めないんじゃなくて、わざと読まないで相手の反応をみて楽しんでる節がある。だって恭介は今みたいに空気を読みすぎるくらい読む、察しのいいやつだから。
あの日も噂の姫が俺だって検討をつけて話しかけてきたんじゃないかと思う。それを面と向かって聞くと藪蛇になるからしないけど。啓のマンションを出た理由についても何も聞かれないし、恭介本人が言ってた通り啓に興味がないっていうのは本当みたいだ。
ただ恭介は食えないやつだから、まだ何か隠し玉を持ってそうだけど……
「きっとまた来ると思うよ?」
いつもの爽やかすぎる笑顔で恭介が言う。
「まさか」
本当にまさか啓がまた来るなんて、このとき俺は思ってもみなかった。
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