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過去編⑤ 疑心
第十六話 キレるあいつ
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ハタチの誕生日以降、啓の機嫌は下降の一途だった。日を追うごとに目に見えて機嫌が悪くなる啓を前に、俺は何も言えなかった。
啓の機嫌が悪い理由を想像するに、セイラとの結婚と子どものことだろうとは思う。セイラの妊娠は、啓には不本意なことだったのかもしれない。だから結婚を躊躇してるとか、それとも親に結婚を反対されてるとか……ああ、ダメだ。何があるにせよ、それは二人の問題であって、俺が勝手に想像していいことじゃない。
俺が考えるべきは、俺と啓とのこと。啓が俺に何か言いたそうにしてるのはわかってる。俺に別れを切り出しにくいんだと思う。だから俺から言い出さないといけないのかもしれない。
啓の誕生日からちょうど一週間経った日曜日、そんなことを考えながら、俺は拓真さんのショップへ向かっていた。啓よりも随分安い値段でリングを購入してたことがわかって、差額を受け取ってもらおうと思ったのだ。せっかく安くしてくれた拓真さんの厚意を無にするようで悪いとは思うけど、誰かに借りを作って手に入れたものを啓へのプレゼントにしたくなかった。
「それで差額を支払いに来たってわけ?」
「うん。なんか……、ごめんね、拓真さん」
「なんで? 謝ることないよ。そういうことなら有難く貰っとく」
「ありがと」
「いやいや、礼を言うのは俺の方だろ? お買い上げどうも、あざっしたー」
帽子を脱ぐ真似までして野球部時代の挨拶をする拓真さんに、思わず笑ってしまう。
「お、やっと笑った」
「え?」
「ずっと思い詰めた顔してたから」
「そ、んなこと……」
「なんかあった?」
「……なんも」
「嘘つけ。なんかあったんだろ?」
そんな風に断言されるほど、俺は酷い顔をしてるんだろうか?
それともこの前リングを受け取りに来たとき、俺がちょっと泣いちゃったから?
あのとき拓真さんは何も聞かなかったけど、拓真さんは鋭いから……
「幸也、ちょっと店番しててくんね?」
「え?」
「すぐ戻ってくっから」
「え、ちょっ、」
無人の店を放っておくわけにもいかず、飛び出していった拓真さんを待つこと五分。戻ってくるなり店のドアに鍵をかけ、「奥行こうぜ」とさっさと店の奥へ入っていく拓真さんの相変わらずなゴーイングマイウェイっぷりに苦笑しながらも、俺は拓真さんの背中を追った。
奥は居心地のよさそうな工房になっていた。色々な道具が置いてある大きな作業台の他に、小さなテーブルが一つと椅子が二脚おいてある。手にしていたお盆をテーブルに置き、ここに座れと手招きする拓真さんの前に俺は大人しく座った。
「ほら、これ飲め」
差し出されたのは、大きなマグカップから湯気が立ちのぼるホットココアだった。カップの隣には白いマシュマロも添えられている。
「これ、どうしたの?」
「隣のカフェから出前してきた」
「出前って……」
ちょっと意味が違うんじゃないかな?
「好きだったろ?」
「覚えててくれたんだ」
「そりゃ覚えてるさ。幸也のこと、忘れたことなんかねえよ」
「ふふっ、なんか口説かれてるみたい」
「口説いてもいいのか?」
その気もないくせに、そんなことを言う拓真さんは困った人だと思う。
「拓真さん、悪い大人になっちゃったんだね」
「ふっ……、そうかもな」
ココアに落としたマシュマロがふんわり溶けるのを待って、そっと口をつける。久しぶりに飲んだホットココアは思ったよりも甘くて、優しい味がした。
「この前来たときも思ったんだけどさ」
「うん?」
「かなり痩せたんじゃね?」
「そうかな?」
俺をじっと見つめる拓真さんの眼差しが居心地悪くて、さりげなく目を逸らす。
「どうせ食ってねえんだろ?」
「夏バテかも」
へらりと笑うと、拓真さんは「よし」とテーブルを叩いて徐に立ち上がった。
「じゃあ、なんか美味いもんでも食いに行くか」
「え? けど拓真さん、店が……」
「今日はもう閉店。いいから、行くぞ」
拓真さんの車で強引に連れて行かれた先は、拓真さんと俺が卒業した高校の近くにある定食屋だった。大事な試合の前になると緊張のせいか決まって食欲がなくなる俺を、拓真さんはいつもここに連れてきた。拓真さんに辛抱強く、というか半ば無理やり食べさせられたおかげで、食欲がないときでも拓真さんと一緒なら食べられるようになった。
そういう刷り込みがあったせいか、それとも慣れ親しんだ味だったからか、この日も俺は注文した定食を平らげた。俺に飯を食わせるという使命を果たした拓真さんは、上機嫌で俺をマンションの近くまで送ってくれた。
「今日はありがとうございました。ご馳走にまでなっちゃって」
「なんだよ、改まって。昔も同じことやってただろ?」
「けど、俺もう高校生じゃないし。バイトだってしてるし」
それにもう拓真さんの恋人じゃないし、と心の中で付け足す。
「そっか。そうだよな。なら、今度は幸也が奢って?」
「うん、今度ね」
「んなこと言っちゃっていいの? 幸也、また俺とデートしてくれるってこと?」
「デートってわけじゃ……」
「今日だって俺はそのつもりだった。俺、聞いただろ? 口説いてもいいかって」
「やだな。あれはただの冗談でしょ?」
「冗談なんかじゃない。俺、幸也のこと、忘れたことなんかない。ずっと……、ずっと好きだった」
「な、……だって、……けど、拓真さん結婚したじゃん。奥さんいるじゃん、子どもだって」
「あいつとは別れた」
拓真さんが離婚した?
俺のことがずっと好きだった?
「……嘘」
「嘘じゃない。俺、幸也が幸せなら、こんなこと言うつもりじゃなかった。けど幸也が幸せじゃないなら、啓が幸也を泣かせてるなら、もう我慢しない。幸也、俺にもう一度チャンスをくれないか?」
「ちょっ……、ちょっと待って、拓真さん。俺、なんか……、頭がぐちゃぐちゃで……」
「そうだよな。ごめん、いきなり。……また改めて連絡する」
そう言い残して去っていこうとする拓真さんの腕を掴んで引き止めたのは、ずるずると答えを引き伸ばしたくないと思ったからだ。だって俺の答えはもう決まってる。
「連絡、しないで欲しい」
「どうして?」
「だって、もう会えないよ。俺、もう拓真さんに会うつもり、ない」
拓真さんとは、ただの先輩後輩に戻った気がしてた。また会おうと思えたのは、先輩後輩として、だ。それ以上には考えられない。混乱してる頭でも、それだけははっきり言える。
「啓に遠慮してんの?」
「そんなんじゃない」
「啓に捨てられても?」
俺を捨てた拓真さんがそれを言うの?
拓真さんを睨みつけたはずの目から溢れた涙が、ぽたりと一滴、乾いた地面に落ちた。それを合図に、ぽたぽたぽたと堰を切ったよう涙が溢れて落ちてくる。
「さよなら、拓真さん」
拓真さんはまだ何か言いたそうに俺を見てたけれど、最後には何も言わずに去って行った。涙でぼやけた視界の中で拓真さんの背中を見つめながら、もう会うことはないだろうと思った。
・
・
・
唐突にリビングに灯った照明に、驚いて顔をあげた。
「なにしてんの? 灯りもつけないで」
「え? あ、うん……ちょっと、うとうとしてたみたい」
帰ってきたときはまだ明るかったのに、窓の外はすでに真っ暗だった。いろいろ思い詰めてたせいで、啓が帰ってきたのに気付かなかった。本当にうとうとしてたのかもしれない。
「へえ」
興味なさげな反応を返しながら、啓が俺の隣に腰を下ろす。
「どこ行ってた?」
自分のほうが後から帰ってきたくせに、変な質問だ。
「飯食いに……」
「誰と?」
「……友達」
なんとなく、拓真さんのことは言わない方がいい気がした。
「誰? 俺の知ってるやつ?」
「高校んときのダチだから……」
「へえ、そう。で? なに食ったの?」
「え? なにって……生姜焼き定食、だけど」
「へえ。食えたの?」
「うん。まあ……、慣れた味だったし」
「慣れた味って? よく行くとこ?」
啓の淡々とした質問が、まるで嵐の前の静けさのようで怖い。
「昔……よく行ってた。地元の、定食屋」
「ふーん。地元ね。電車で?」
「……車、で」
「そいつの車で? 二人きりで?」
「う、ん……」
「楽しかった?」
啓は笑顔だったけど目が笑ってない。
「なあ、楽しかった?」
啓は静かに怒ってた。こんな啓は初めてで。怖くて。
「隠れてこそこそ昔の男と会って楽しかったかって聞いてんだよっ!」
啓と距離を取ろうとして後退ったのは無意識だ。
「ちが、」
「違わねえだろうが! あいつと付き合ってたんだろ?」
啓は知ってる。俺が拓真さんと今日会ってたことも、昔付き合ってたことも。
けど一体誰から聞いた?
もしかして拓真さんから?
わからない。
わからないから、余計に怖い。
「そ、そうだけど……俺、別に拓真さ、痛っ!」
力任せに肩を掴まれて、体が竦む。
「なんでダチと会ってたなんて嘘ついた?」
「そ、れは……」
「疚しいことがあるからだろ?」
「ち、違うっ」
「やっぱ初めての男は特別?」
「…………え?」
「あいつが初めての男なんだろ?」
「え、……な、なに、」
「俺は二番目?」
啓の声が急に弱弱しく震える。
「俺はずっと二番目のままなのかよ!」
「な、に言って……、や、啓、やめっ!」
いきなりシャツを引き裂かれ、腹の上に圧し掛かられて。
男たちに襲われた記憶がフラッシュバックする。
「やだっ、や……、触んなっ! どけよっ! 俺に触んなっ!」
俺はめちゃくちゃに暴れて抵抗した。けど啓は激昂してるし、啓の方が力も強い。
「俺には触られるのも嫌なのかよ! そんなにあいつがいい? なんで……、なんでだよっ!」
「離せよっ、やだ、やめろっ!」
「畜生……、お前は俺のなんだよ!」
「や、ぃたっ……っ、やだ、痛いっ、やぁぁぁーーーっ」
体のあちこちに噛み付かれ、乱暴にうつ伏せにされ、解しても濡らしてもないそこへ啓のを捻じ込まれて悲鳴を上げる。
「ひっ、ぅ……やめ、……けいっ、……おねが……、啓、……や、だぁ……」
「ハァ……、ハァ……、ゆき……、ハァ……、俺の……ゆ、……」
俺の幸。啓が何度もそう繰り返すから、俺は途中で正気に戻って、相手は啓なんだってわかって、抵抗する気なんてなかった。ただ、早くこの嵐みたいな時間が終わって欲しいって、それだけを願ってた。
「うっ、ぇ……、ひっ、く……」
やっと解放されたとき、俺はぐちゃぐちゃに泣いた。体のあちこちが痛かったし、なんでこんな乱暴に啓に抱かれることになったのかわからなくて混乱してたから。啓のことを気遣う余裕なんて全然なかった。
その夜、気付いたら啓はいなくなっていた。
啓の機嫌が悪い理由を想像するに、セイラとの結婚と子どものことだろうとは思う。セイラの妊娠は、啓には不本意なことだったのかもしれない。だから結婚を躊躇してるとか、それとも親に結婚を反対されてるとか……ああ、ダメだ。何があるにせよ、それは二人の問題であって、俺が勝手に想像していいことじゃない。
俺が考えるべきは、俺と啓とのこと。啓が俺に何か言いたそうにしてるのはわかってる。俺に別れを切り出しにくいんだと思う。だから俺から言い出さないといけないのかもしれない。
啓の誕生日からちょうど一週間経った日曜日、そんなことを考えながら、俺は拓真さんのショップへ向かっていた。啓よりも随分安い値段でリングを購入してたことがわかって、差額を受け取ってもらおうと思ったのだ。せっかく安くしてくれた拓真さんの厚意を無にするようで悪いとは思うけど、誰かに借りを作って手に入れたものを啓へのプレゼントにしたくなかった。
「それで差額を支払いに来たってわけ?」
「うん。なんか……、ごめんね、拓真さん」
「なんで? 謝ることないよ。そういうことなら有難く貰っとく」
「ありがと」
「いやいや、礼を言うのは俺の方だろ? お買い上げどうも、あざっしたー」
帽子を脱ぐ真似までして野球部時代の挨拶をする拓真さんに、思わず笑ってしまう。
「お、やっと笑った」
「え?」
「ずっと思い詰めた顔してたから」
「そ、んなこと……」
「なんかあった?」
「……なんも」
「嘘つけ。なんかあったんだろ?」
そんな風に断言されるほど、俺は酷い顔をしてるんだろうか?
それともこの前リングを受け取りに来たとき、俺がちょっと泣いちゃったから?
あのとき拓真さんは何も聞かなかったけど、拓真さんは鋭いから……
「幸也、ちょっと店番しててくんね?」
「え?」
「すぐ戻ってくっから」
「え、ちょっ、」
無人の店を放っておくわけにもいかず、飛び出していった拓真さんを待つこと五分。戻ってくるなり店のドアに鍵をかけ、「奥行こうぜ」とさっさと店の奥へ入っていく拓真さんの相変わらずなゴーイングマイウェイっぷりに苦笑しながらも、俺は拓真さんの背中を追った。
奥は居心地のよさそうな工房になっていた。色々な道具が置いてある大きな作業台の他に、小さなテーブルが一つと椅子が二脚おいてある。手にしていたお盆をテーブルに置き、ここに座れと手招きする拓真さんの前に俺は大人しく座った。
「ほら、これ飲め」
差し出されたのは、大きなマグカップから湯気が立ちのぼるホットココアだった。カップの隣には白いマシュマロも添えられている。
「これ、どうしたの?」
「隣のカフェから出前してきた」
「出前って……」
ちょっと意味が違うんじゃないかな?
「好きだったろ?」
「覚えててくれたんだ」
「そりゃ覚えてるさ。幸也のこと、忘れたことなんかねえよ」
「ふふっ、なんか口説かれてるみたい」
「口説いてもいいのか?」
その気もないくせに、そんなことを言う拓真さんは困った人だと思う。
「拓真さん、悪い大人になっちゃったんだね」
「ふっ……、そうかもな」
ココアに落としたマシュマロがふんわり溶けるのを待って、そっと口をつける。久しぶりに飲んだホットココアは思ったよりも甘くて、優しい味がした。
「この前来たときも思ったんだけどさ」
「うん?」
「かなり痩せたんじゃね?」
「そうかな?」
俺をじっと見つめる拓真さんの眼差しが居心地悪くて、さりげなく目を逸らす。
「どうせ食ってねえんだろ?」
「夏バテかも」
へらりと笑うと、拓真さんは「よし」とテーブルを叩いて徐に立ち上がった。
「じゃあ、なんか美味いもんでも食いに行くか」
「え? けど拓真さん、店が……」
「今日はもう閉店。いいから、行くぞ」
拓真さんの車で強引に連れて行かれた先は、拓真さんと俺が卒業した高校の近くにある定食屋だった。大事な試合の前になると緊張のせいか決まって食欲がなくなる俺を、拓真さんはいつもここに連れてきた。拓真さんに辛抱強く、というか半ば無理やり食べさせられたおかげで、食欲がないときでも拓真さんと一緒なら食べられるようになった。
そういう刷り込みがあったせいか、それとも慣れ親しんだ味だったからか、この日も俺は注文した定食を平らげた。俺に飯を食わせるという使命を果たした拓真さんは、上機嫌で俺をマンションの近くまで送ってくれた。
「今日はありがとうございました。ご馳走にまでなっちゃって」
「なんだよ、改まって。昔も同じことやってただろ?」
「けど、俺もう高校生じゃないし。バイトだってしてるし」
それにもう拓真さんの恋人じゃないし、と心の中で付け足す。
「そっか。そうだよな。なら、今度は幸也が奢って?」
「うん、今度ね」
「んなこと言っちゃっていいの? 幸也、また俺とデートしてくれるってこと?」
「デートってわけじゃ……」
「今日だって俺はそのつもりだった。俺、聞いただろ? 口説いてもいいかって」
「やだな。あれはただの冗談でしょ?」
「冗談なんかじゃない。俺、幸也のこと、忘れたことなんかない。ずっと……、ずっと好きだった」
「な、……だって、……けど、拓真さん結婚したじゃん。奥さんいるじゃん、子どもだって」
「あいつとは別れた」
拓真さんが離婚した?
俺のことがずっと好きだった?
「……嘘」
「嘘じゃない。俺、幸也が幸せなら、こんなこと言うつもりじゃなかった。けど幸也が幸せじゃないなら、啓が幸也を泣かせてるなら、もう我慢しない。幸也、俺にもう一度チャンスをくれないか?」
「ちょっ……、ちょっと待って、拓真さん。俺、なんか……、頭がぐちゃぐちゃで……」
「そうだよな。ごめん、いきなり。……また改めて連絡する」
そう言い残して去っていこうとする拓真さんの腕を掴んで引き止めたのは、ずるずると答えを引き伸ばしたくないと思ったからだ。だって俺の答えはもう決まってる。
「連絡、しないで欲しい」
「どうして?」
「だって、もう会えないよ。俺、もう拓真さんに会うつもり、ない」
拓真さんとは、ただの先輩後輩に戻った気がしてた。また会おうと思えたのは、先輩後輩として、だ。それ以上には考えられない。混乱してる頭でも、それだけははっきり言える。
「啓に遠慮してんの?」
「そんなんじゃない」
「啓に捨てられても?」
俺を捨てた拓真さんがそれを言うの?
拓真さんを睨みつけたはずの目から溢れた涙が、ぽたりと一滴、乾いた地面に落ちた。それを合図に、ぽたぽたぽたと堰を切ったよう涙が溢れて落ちてくる。
「さよなら、拓真さん」
拓真さんはまだ何か言いたそうに俺を見てたけれど、最後には何も言わずに去って行った。涙でぼやけた視界の中で拓真さんの背中を見つめながら、もう会うことはないだろうと思った。
・
・
・
唐突にリビングに灯った照明に、驚いて顔をあげた。
「なにしてんの? 灯りもつけないで」
「え? あ、うん……ちょっと、うとうとしてたみたい」
帰ってきたときはまだ明るかったのに、窓の外はすでに真っ暗だった。いろいろ思い詰めてたせいで、啓が帰ってきたのに気付かなかった。本当にうとうとしてたのかもしれない。
「へえ」
興味なさげな反応を返しながら、啓が俺の隣に腰を下ろす。
「どこ行ってた?」
自分のほうが後から帰ってきたくせに、変な質問だ。
「飯食いに……」
「誰と?」
「……友達」
なんとなく、拓真さんのことは言わない方がいい気がした。
「誰? 俺の知ってるやつ?」
「高校んときのダチだから……」
「へえ、そう。で? なに食ったの?」
「え? なにって……生姜焼き定食、だけど」
「へえ。食えたの?」
「うん。まあ……、慣れた味だったし」
「慣れた味って? よく行くとこ?」
啓の淡々とした質問が、まるで嵐の前の静けさのようで怖い。
「昔……よく行ってた。地元の、定食屋」
「ふーん。地元ね。電車で?」
「……車、で」
「そいつの車で? 二人きりで?」
「う、ん……」
「楽しかった?」
啓は笑顔だったけど目が笑ってない。
「なあ、楽しかった?」
啓は静かに怒ってた。こんな啓は初めてで。怖くて。
「隠れてこそこそ昔の男と会って楽しかったかって聞いてんだよっ!」
啓と距離を取ろうとして後退ったのは無意識だ。
「ちが、」
「違わねえだろうが! あいつと付き合ってたんだろ?」
啓は知ってる。俺が拓真さんと今日会ってたことも、昔付き合ってたことも。
けど一体誰から聞いた?
もしかして拓真さんから?
わからない。
わからないから、余計に怖い。
「そ、そうだけど……俺、別に拓真さ、痛っ!」
力任せに肩を掴まれて、体が竦む。
「なんでダチと会ってたなんて嘘ついた?」
「そ、れは……」
「疚しいことがあるからだろ?」
「ち、違うっ」
「やっぱ初めての男は特別?」
「…………え?」
「あいつが初めての男なんだろ?」
「え、……な、なに、」
「俺は二番目?」
啓の声が急に弱弱しく震える。
「俺はずっと二番目のままなのかよ!」
「な、に言って……、や、啓、やめっ!」
いきなりシャツを引き裂かれ、腹の上に圧し掛かられて。
男たちに襲われた記憶がフラッシュバックする。
「やだっ、や……、触んなっ! どけよっ! 俺に触んなっ!」
俺はめちゃくちゃに暴れて抵抗した。けど啓は激昂してるし、啓の方が力も強い。
「俺には触られるのも嫌なのかよ! そんなにあいつがいい? なんで……、なんでだよっ!」
「離せよっ、やだ、やめろっ!」
「畜生……、お前は俺のなんだよ!」
「や、ぃたっ……っ、やだ、痛いっ、やぁぁぁーーーっ」
体のあちこちに噛み付かれ、乱暴にうつ伏せにされ、解しても濡らしてもないそこへ啓のを捻じ込まれて悲鳴を上げる。
「ひっ、ぅ……やめ、……けいっ、……おねが……、啓、……や、だぁ……」
「ハァ……、ハァ……、ゆき……、ハァ……、俺の……ゆ、……」
俺の幸。啓が何度もそう繰り返すから、俺は途中で正気に戻って、相手は啓なんだってわかって、抵抗する気なんてなかった。ただ、早くこの嵐みたいな時間が終わって欲しいって、それだけを願ってた。
「うっ、ぇ……、ひっ、く……」
やっと解放されたとき、俺はぐちゃぐちゃに泣いた。体のあちこちが痛かったし、なんでこんな乱暴に啓に抱かれることになったのかわからなくて混乱してたから。啓のことを気遣う余裕なんて全然なかった。
その夜、気付いたら啓はいなくなっていた。
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