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過去編④ 予兆
第十二話 いちゃつくあいつ
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夏休みに入り、バイトと草野球をしてない時間のほとんどを俺は啓と二人で過ごしてた。三泊四日で海に出掛けたのと偶に夜のドライブに行くことを除いては、主に啓の部屋でいちゃいちゃ―――それ以外にことばが見つからない―――してる。
そりゃあヤることはヤってたけど、だからってセックス三昧ってわけでもなく、一緒に飯作ったり、テレビ観たり、風呂入ったり、とにかく何をするときも啓は俺にべったりで。煌と瑠偉に「このバカップルめ」と茶化されるくらい、周りからしたらいちゃいちゃしてるカップルに見えるらしい。
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夏休みが中盤に入ったある日の夜、実家に用があるとかで啓が出掛けた後、煌と瑠偉の二人がマンションにやって来た。二人はよく遊びに来るし、啓がいないときに来るのも初めてではないからそれはいいんだけど……
「ええやん、姫さん、一回くらい」
「そうだよー、姫。一回だけだから。ね? いいでしょ?」
「やだよ。絶対やだ」
その夜は二人に一緒にクラブへ行こうとしつこく誘われて、俺は辟易していた。
「クラブに行ったことくらいあるやろ?」
「ないよ」
高校までずっと野球漬けで、野球を辞めてからは受験勉強漬けだったのだ。クラブになんて行く機会も興味もなかった。
「ほんまか? 姫さん、見かけによらず真面目ちゃんなんや」
「真面目ちゃんで悪いかよ」
「ううん。そういうとこも可愛いー」
「はいはい」
「ええー、まじで言ってんのにー」
「てか、姫さん、ほんまに夜遊びしたことないの?」
「だからないって」
もっと言えば、酒や煙草を試したこともない。親が厳しかったのもあるけど、なにより俺は本気で野球に打ち込んでたから、体に害があるとわかってるものを面白半分で試すより体を鍛えることのほうが大事だった。
「男遊びは?」
「……は?」
「せやから、男遊び。まさか女遊びはしてへんやろ?」
「ばっ、どっちもしてねえよっ」
どうせそんな風に思われてんだろうとは思ってたけど、面と向かって言われるとやっば嫌な気分になる。
「せやのにそんなエロいんか。姫さん、ヤバいな」
「は?」
意味がわからない。
夜遊びと男遊びがエロさに繋がるかどうかはともかく、俺は断じてエロくない。
「姫さん、啓で何人目や?」
「はあ? んなの言うわけねえだろ」
どうせ揶揄われるに決まってる。
「ええやん、教えてや」
「い・や・だ」
「俺のも教えたる」
「別に知りたくない」
「なら啓の教えたる」
「絶対に知りたくない」
まじで、切実に知りたくない。
「瑠偉ってばしつこいよー、姫、嫌がってるじゃん」
「なんや、煌。お前は興味ないんか?」
「ないとは言わないけど、無理強いすることじゃないでしょ?」
「まあ、せやけど……」
「ねえねえ、それよりさー、面白い心理テストあるんだけど、やらない?」
「心理テストて……なんや胡散臭いな」
「何歳で結婚するかわかるんだって」
「結婚て。そんなん考えたこともないわ」
「だからいいんじゃん。みんなでやろうよー」
「まあ、暇やし。やってもええけど」
「姫も、やるでしょ?」
「うん、まあ、いいけど」
俺が結婚なんてあり得ないし、そんな心理テストに興味もないけど、確かに暇つぶしくらいにはなるだろう。
「じゃあ、第一問。2から9までの好きな数字を選んでくださーい」
俺は……うーん、7にしよ。
「いい? 第二問いくよ? その数字に9を掛けまーす」
7掛ける9は、63
「次、第三問。その数字の一の位と十の位を足しまーす」
6足す3は、9
「第四問。その数字に2を掛けまーす」
9掛ける2は、18
「最後に、今までの経験人数を足して出た数字が、あなたが結婚する年齢でーす」
この時点でおかしいことに気づくべきだった。けどこのときの俺は、頭に弾き出された数字に気をとられ過ぎていた。
18に2足すと、20
つまり俺が結婚するのはハタチ、か。
あと二年もないじゃん。そんなわけあるか。
「どうだったー? 瑠偉は?」
「俺、48。48歳で結婚って、なんか微妙ちゃう?」
「あはは……。瑠偉ってば経験人数のとこ適当に足したでしょ? だからそんな微妙な結果になっちゃうんだってばー」
「せやかて、いちいち覚えてないし」
「まあ瑠偉はそうだよねー。それで? 姫は?」
「俺? 俺はハタチ」
聞かれたから答えた。ただそれだけなのに、煌の反応は尋常じゃなかった。
「ええっ?! 姫、二人なの?!」
「え? 二人って?」
なにそんなに驚いてんの?
てか俺、ハタチって言ったんだけど。
「二人? って……ああー、なんや。そういうことか」
え、なに?
どういうこと?
答えを求めて瑠偉の方を見ると、神妙な顔で「姫さん」と呼ばれた。
「俺は経験人数30人や」
「うん、知りたくなかったけど。多いね」
「まあちゃんと覚えてへんしな。大体やねんけど」
「その情報もいらないから」
「まあそれはええねん。俺が言いたいんは俺が最後48になったってことや。つまり18に30足して48になったんや」
「うん、足し算は合ってる、よね?」
だから……なに?
え、いや、ちょっと待って。
俺も最後18に2足したんじゃなかったっけ?
「これな、どの数字で始めても、結局四問目は18になるようになってんねん。せやから最後に出た数字から18引くと経験人数がわか、」
「わーわーわー、今のなし! なかったことにして。や、違う! 違った!」
つまりこの心理テストは経験人数がわかっちゃうやつで。
ってことは、なに? 二人に俺の経験人数がバレちゃったってこと?!
「ごめーん。まさかこんな簡単に引っ掛かると思ってなくてさー」
いや、冷静になれ、俺。別にバレてもい……くない。
全然よくないよ。絶対に揶揄われる。
「姫さん、啓がまさかの二人目か」
「ってことはさー、姫、啓の前にひとりだけ付き合ってた男がいるってことだよね?」
「で、その男が姫さんの初めての相手やったと」
「どんなやつ? 高校生のときでしょ?」
「相手は同級生か?」
嬉々として目を輝かせた二人が、俺の方に身を乗り出してくるのがウザい。
無視だ。無視。絶対に喋るもんか。
「話してくれなかったら啓にバラしちゃうよー。啓が二人目だって」
「別にいいし。なんなら俺から話すし」
脅しなんかに乗らねえよ、絶対に。
「ええやん。教えてや。俺のも教えたるわ」
「や、だから教えて欲しくないってば」
「そんな言いたないってことは、あれやろ? 相手は教師やろ? 経験豊富な大人の男に手取り足取り教えてもろたんちゃう?」
「なにそれ、エローい。だから姫ってばそんな初心なのにエロエロなんじゃない?」
「じゃないっ!」
相手は教師じゃないし、俺はエロエロじゃない! 初心でもない!
「教えてや、姫さん」
「瑠偉、こうなったらもうアレしかないんじゃない?」
「せやな、煌。アレで口割らせよか」
両手をわきわきさせながら俺に近づいてくる二人。
「わー、ちょ、まっ。や、だっ……ひぁ、っ……、ん、ぁ、っ」
ことばにならない声しかだせずに悶えることしかできない俺。
「お前ら何やってんの?」
「啓っ!」
タイミングよく帰ってきた啓に助けを求めて手を伸ばすと、啓はすぐに俺を二人の魔の手から救出してくれた。
「ったく、お前ら、幸に触んなっていつも言ってんだろ? まじで出禁にすんぞ?」
「しゃーないやん。くすぐりの刑やから。触らんとくすぐれへんやろ」
「くすぐらなきゃいいだろ? 大体、何でそんなことになったわけ?」
「それはー、姫が俺らとは絶対一緒にクラブ行きたくないって頑固だからさー」
ソファーのうえで啓に後ろから抱き込まれるように座っていた俺は、意外な煌の返事にぱちぱちと瞬きをした。
俺の経験人数の話をバラされて、揶揄われると思ってたのに。
黙っててくれるの?
じーっと煌を見つめると、煌はパチンとウィンクを返してくる。
「幸、やっぱ嫌? 俺らと一緒にクラブ行くの」
「え? あ、……うーん、……別に……」
俺の顔を後ろから覗き込む啓に、なんて答えようか迷う。
「行ってもいい、かも?」
何事も経験だって言うし。それに俺は煌と瑠偉のことを信用できる親戚のお兄さんみたいに勝手に思い始めてたから。啓と、煌と瑠偉、みんなで行ったらどこでも楽しいかもしれない。
「お、まじで?」
「うん、まあ。けど一回行ってみて嫌だったら、もう行かない」
「絶対楽しいって。俺がずっと一緒にいるし」
「うん、絶対だよ? 俺、そういうとこ行くの初めてだし、一人にされたら困る」
「わかってるって。俺が幸を一人にするわけねえだろ?」
「う、ん……ちょ、……ぁっ、啓っ」
「幸、すげーいい匂い。今日ずっと幸に会えなくて俺さみしかった。なぐさめて」
「ん、ゃ……っ、だ」
啓が俺の首筋に顔を寄せてすりすり擦りつけてくるのがくるのがくすぐったくて身を捩る。
「なんかこの部屋、暑くない? クーラー壊れてる? さっきから超暑いんですけどー」
「啓、なんとかしてくれやー。あっついわー。蒸し蒸しするわー」
啓が犬みたいにじゃれついてきて、それを見た煌と瑠偉に茶化されるのはいつもの流れだ。俺は二人の前でいちゃつくつもりなんてないのに、いつもこうなっちゃう。まじで勘弁して欲しい。
「啓っ、や、……ゃめろって」
「いいって、気にすんな。あいつら羨ましがってるだけなんだから」
「気にす、ってば、……え、……ちょ、まっ、」
「って!」
ソファー上で啓に押し倒されたと思ったら、啓が頭を抱えて涙目になっている。どうやら瑠偉に頭を叩かれたようだ。
「痛ぇよ、瑠偉」
「やりすぎや、啓。姫さん、嫌がってるやん」
「えー、そんなことねえよ。な? 幸」
「……やだった」
「えー」
「ほらな」
二人きりの時にいちゃつくのはいいけど、人前では嫌だ。
「姫は初心なんだから、人前じゃ恥ずかしいよねー?」
「う゛……」
煌が『初心』のとこだけ強調したように聞こえたのは俺の被害妄想なのか。経験人数がバレちゃったせいで、なんか気まずい。
「ぶっちゃけ俺らはええねん。いちゃついてる啓見てるのおもろいし」
「そうそう、恥ずかしがる姫は可愛いしねー」
「せやからここではええけど、啓、外でそれやったらバレバレやで」
「別にいいよ、バレたって。別に隠してるわけじゃ、」
「だ、だめっ」
俺が啓のセフレだなんてバレていいわけがない。
「幸は俺らの関係を隠したいわけ? なんで?」
「え、だ、だって……俺……」
啓のセフレでしょ? なんて面と向かって言えなくて唇を噛む。そんな俺をじっと見返す啓の顔がひどく空虚で、その真意の読めない表情に俺は戸惑った。
「俺は…………」
啓は俺になんて言わせたいんだろう。俺がなんて答えたら満足? だって俺は啓のセフレだし。バレたくないって普通思うじゃん。そもそも啓はなんで俺にそんなべたべたすんの? なんで俺を甘やかすの? 俺、勘違いしちゃうじゃん。
「わかった。もういいよ。幸が俺とのこと内緒にしたいって言うなら、俺もそうする」
「……うん、……ごめん」
答えられないままの俺に、啓が作り笑顔で言う。咄嗟に謝ってしまったのは、啓がすごく寂しげで、傷ついてるように見えたから。
そりゃあヤることはヤってたけど、だからってセックス三昧ってわけでもなく、一緒に飯作ったり、テレビ観たり、風呂入ったり、とにかく何をするときも啓は俺にべったりで。煌と瑠偉に「このバカップルめ」と茶化されるくらい、周りからしたらいちゃいちゃしてるカップルに見えるらしい。
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夏休みが中盤に入ったある日の夜、実家に用があるとかで啓が出掛けた後、煌と瑠偉の二人がマンションにやって来た。二人はよく遊びに来るし、啓がいないときに来るのも初めてではないからそれはいいんだけど……
「ええやん、姫さん、一回くらい」
「そうだよー、姫。一回だけだから。ね? いいでしょ?」
「やだよ。絶対やだ」
その夜は二人に一緒にクラブへ行こうとしつこく誘われて、俺は辟易していた。
「クラブに行ったことくらいあるやろ?」
「ないよ」
高校までずっと野球漬けで、野球を辞めてからは受験勉強漬けだったのだ。クラブになんて行く機会も興味もなかった。
「ほんまか? 姫さん、見かけによらず真面目ちゃんなんや」
「真面目ちゃんで悪いかよ」
「ううん。そういうとこも可愛いー」
「はいはい」
「ええー、まじで言ってんのにー」
「てか、姫さん、ほんまに夜遊びしたことないの?」
「だからないって」
もっと言えば、酒や煙草を試したこともない。親が厳しかったのもあるけど、なにより俺は本気で野球に打ち込んでたから、体に害があるとわかってるものを面白半分で試すより体を鍛えることのほうが大事だった。
「男遊びは?」
「……は?」
「せやから、男遊び。まさか女遊びはしてへんやろ?」
「ばっ、どっちもしてねえよっ」
どうせそんな風に思われてんだろうとは思ってたけど、面と向かって言われるとやっば嫌な気分になる。
「せやのにそんなエロいんか。姫さん、ヤバいな」
「は?」
意味がわからない。
夜遊びと男遊びがエロさに繋がるかどうかはともかく、俺は断じてエロくない。
「姫さん、啓で何人目や?」
「はあ? んなの言うわけねえだろ」
どうせ揶揄われるに決まってる。
「ええやん、教えてや」
「い・や・だ」
「俺のも教えたる」
「別に知りたくない」
「なら啓の教えたる」
「絶対に知りたくない」
まじで、切実に知りたくない。
「瑠偉ってばしつこいよー、姫、嫌がってるじゃん」
「なんや、煌。お前は興味ないんか?」
「ないとは言わないけど、無理強いすることじゃないでしょ?」
「まあ、せやけど……」
「ねえねえ、それよりさー、面白い心理テストあるんだけど、やらない?」
「心理テストて……なんや胡散臭いな」
「何歳で結婚するかわかるんだって」
「結婚て。そんなん考えたこともないわ」
「だからいいんじゃん。みんなでやろうよー」
「まあ、暇やし。やってもええけど」
「姫も、やるでしょ?」
「うん、まあ、いいけど」
俺が結婚なんてあり得ないし、そんな心理テストに興味もないけど、確かに暇つぶしくらいにはなるだろう。
「じゃあ、第一問。2から9までの好きな数字を選んでくださーい」
俺は……うーん、7にしよ。
「いい? 第二問いくよ? その数字に9を掛けまーす」
7掛ける9は、63
「次、第三問。その数字の一の位と十の位を足しまーす」
6足す3は、9
「第四問。その数字に2を掛けまーす」
9掛ける2は、18
「最後に、今までの経験人数を足して出た数字が、あなたが結婚する年齢でーす」
この時点でおかしいことに気づくべきだった。けどこのときの俺は、頭に弾き出された数字に気をとられ過ぎていた。
18に2足すと、20
つまり俺が結婚するのはハタチ、か。
あと二年もないじゃん。そんなわけあるか。
「どうだったー? 瑠偉は?」
「俺、48。48歳で結婚って、なんか微妙ちゃう?」
「あはは……。瑠偉ってば経験人数のとこ適当に足したでしょ? だからそんな微妙な結果になっちゃうんだってばー」
「せやかて、いちいち覚えてないし」
「まあ瑠偉はそうだよねー。それで? 姫は?」
「俺? 俺はハタチ」
聞かれたから答えた。ただそれだけなのに、煌の反応は尋常じゃなかった。
「ええっ?! 姫、二人なの?!」
「え? 二人って?」
なにそんなに驚いてんの?
てか俺、ハタチって言ったんだけど。
「二人? って……ああー、なんや。そういうことか」
え、なに?
どういうこと?
答えを求めて瑠偉の方を見ると、神妙な顔で「姫さん」と呼ばれた。
「俺は経験人数30人や」
「うん、知りたくなかったけど。多いね」
「まあちゃんと覚えてへんしな。大体やねんけど」
「その情報もいらないから」
「まあそれはええねん。俺が言いたいんは俺が最後48になったってことや。つまり18に30足して48になったんや」
「うん、足し算は合ってる、よね?」
だから……なに?
え、いや、ちょっと待って。
俺も最後18に2足したんじゃなかったっけ?
「これな、どの数字で始めても、結局四問目は18になるようになってんねん。せやから最後に出た数字から18引くと経験人数がわか、」
「わーわーわー、今のなし! なかったことにして。や、違う! 違った!」
つまりこの心理テストは経験人数がわかっちゃうやつで。
ってことは、なに? 二人に俺の経験人数がバレちゃったってこと?!
「ごめーん。まさかこんな簡単に引っ掛かると思ってなくてさー」
いや、冷静になれ、俺。別にバレてもい……くない。
全然よくないよ。絶対に揶揄われる。
「姫さん、啓がまさかの二人目か」
「ってことはさー、姫、啓の前にひとりだけ付き合ってた男がいるってことだよね?」
「で、その男が姫さんの初めての相手やったと」
「どんなやつ? 高校生のときでしょ?」
「相手は同級生か?」
嬉々として目を輝かせた二人が、俺の方に身を乗り出してくるのがウザい。
無視だ。無視。絶対に喋るもんか。
「話してくれなかったら啓にバラしちゃうよー。啓が二人目だって」
「別にいいし。なんなら俺から話すし」
脅しなんかに乗らねえよ、絶対に。
「ええやん。教えてや。俺のも教えたるわ」
「や、だから教えて欲しくないってば」
「そんな言いたないってことは、あれやろ? 相手は教師やろ? 経験豊富な大人の男に手取り足取り教えてもろたんちゃう?」
「なにそれ、エローい。だから姫ってばそんな初心なのにエロエロなんじゃない?」
「じゃないっ!」
相手は教師じゃないし、俺はエロエロじゃない! 初心でもない!
「教えてや、姫さん」
「瑠偉、こうなったらもうアレしかないんじゃない?」
「せやな、煌。アレで口割らせよか」
両手をわきわきさせながら俺に近づいてくる二人。
「わー、ちょ、まっ。や、だっ……ひぁ、っ……、ん、ぁ、っ」
ことばにならない声しかだせずに悶えることしかできない俺。
「お前ら何やってんの?」
「啓っ!」
タイミングよく帰ってきた啓に助けを求めて手を伸ばすと、啓はすぐに俺を二人の魔の手から救出してくれた。
「ったく、お前ら、幸に触んなっていつも言ってんだろ? まじで出禁にすんぞ?」
「しゃーないやん。くすぐりの刑やから。触らんとくすぐれへんやろ」
「くすぐらなきゃいいだろ? 大体、何でそんなことになったわけ?」
「それはー、姫が俺らとは絶対一緒にクラブ行きたくないって頑固だからさー」
ソファーのうえで啓に後ろから抱き込まれるように座っていた俺は、意外な煌の返事にぱちぱちと瞬きをした。
俺の経験人数の話をバラされて、揶揄われると思ってたのに。
黙っててくれるの?
じーっと煌を見つめると、煌はパチンとウィンクを返してくる。
「幸、やっぱ嫌? 俺らと一緒にクラブ行くの」
「え? あ、……うーん、……別に……」
俺の顔を後ろから覗き込む啓に、なんて答えようか迷う。
「行ってもいい、かも?」
何事も経験だって言うし。それに俺は煌と瑠偉のことを信用できる親戚のお兄さんみたいに勝手に思い始めてたから。啓と、煌と瑠偉、みんなで行ったらどこでも楽しいかもしれない。
「お、まじで?」
「うん、まあ。けど一回行ってみて嫌だったら、もう行かない」
「絶対楽しいって。俺がずっと一緒にいるし」
「うん、絶対だよ? 俺、そういうとこ行くの初めてだし、一人にされたら困る」
「わかってるって。俺が幸を一人にするわけねえだろ?」
「う、ん……ちょ、……ぁっ、啓っ」
「幸、すげーいい匂い。今日ずっと幸に会えなくて俺さみしかった。なぐさめて」
「ん、ゃ……っ、だ」
啓が俺の首筋に顔を寄せてすりすり擦りつけてくるのがくるのがくすぐったくて身を捩る。
「なんかこの部屋、暑くない? クーラー壊れてる? さっきから超暑いんですけどー」
「啓、なんとかしてくれやー。あっついわー。蒸し蒸しするわー」
啓が犬みたいにじゃれついてきて、それを見た煌と瑠偉に茶化されるのはいつもの流れだ。俺は二人の前でいちゃつくつもりなんてないのに、いつもこうなっちゃう。まじで勘弁して欲しい。
「啓っ、や、……ゃめろって」
「いいって、気にすんな。あいつら羨ましがってるだけなんだから」
「気にす、ってば、……え、……ちょ、まっ、」
「って!」
ソファー上で啓に押し倒されたと思ったら、啓が頭を抱えて涙目になっている。どうやら瑠偉に頭を叩かれたようだ。
「痛ぇよ、瑠偉」
「やりすぎや、啓。姫さん、嫌がってるやん」
「えー、そんなことねえよ。な? 幸」
「……やだった」
「えー」
「ほらな」
二人きりの時にいちゃつくのはいいけど、人前では嫌だ。
「姫は初心なんだから、人前じゃ恥ずかしいよねー?」
「う゛……」
煌が『初心』のとこだけ強調したように聞こえたのは俺の被害妄想なのか。経験人数がバレちゃったせいで、なんか気まずい。
「ぶっちゃけ俺らはええねん。いちゃついてる啓見てるのおもろいし」
「そうそう、恥ずかしがる姫は可愛いしねー」
「せやからここではええけど、啓、外でそれやったらバレバレやで」
「別にいいよ、バレたって。別に隠してるわけじゃ、」
「だ、だめっ」
俺が啓のセフレだなんてバレていいわけがない。
「幸は俺らの関係を隠したいわけ? なんで?」
「え、だ、だって……俺……」
啓のセフレでしょ? なんて面と向かって言えなくて唇を噛む。そんな俺をじっと見返す啓の顔がひどく空虚で、その真意の読めない表情に俺は戸惑った。
「俺は…………」
啓は俺になんて言わせたいんだろう。俺がなんて答えたら満足? だって俺は啓のセフレだし。バレたくないって普通思うじゃん。そもそも啓はなんで俺にそんなべたべたすんの? なんで俺を甘やかすの? 俺、勘違いしちゃうじゃん。
「わかった。もういいよ。幸が俺とのこと内緒にしたいって言うなら、俺もそうする」
「……うん、……ごめん」
答えられないままの俺に、啓が作り笑顔で言う。咄嗟に謝ってしまったのは、啓がすごく寂しげで、傷ついてるように見えたから。
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