上 下
7 / 13
本編

第六話 その距離、マイナス二十センチ以上?

しおりを挟む
午前一時すぎ。

いつもより二倍は長く感じたバイトがやっと終わった。

「朔夜さん、お先に失礼します」
「おお、修二、お疲れさん。終電間に合う? 俺の車乗ってくか?」
「や、大丈夫っす。なんか、こっから近いみたいなんで」

今夜は慶のところに泊めてもらうことになったのだ。大学入学を機にひとり暮らしをしていたなんて知らなくて、慶に部屋に誘われたときにちょっと拗ねてしまったのは内緒だ。

あれから、俺を探しに来た聖夜に何故か慶だけが頭を叩かれて引き離され、抱き合っていたのを目撃されて恥ずかしがっている間もなく、ライブの後片付けを手伝わされた。俺ではなくて、慶が。というのも、俺は立っているのがやっとという体で、まったく使いものにならなかったから。

「よかったな、修二。慶だっけ? あいつお前にベタ惚れじゃねえか」
「よかった、んですかね……」

確かに慶とは付き合うことになった。覚悟も決めたし、もちろん嬉しくもある。けれど不安な気持ちは拭えないし、心配事も山ほどある。

「まったくお前は……。とりあえず第一歩だろ? あんま心配ばっかすんな?」

俺の頭をくしゃくしゃと撫でて微笑む朔夜さんにうんと頷いたとき、背後から「あー!」と叫ぶ声がした。

「触っちゃダメっす。こいつは俺のなんで」

そう言いながら、慶が俺を腕の中に囲い込む。

「ちょ、慶! 朔夜さんに何言ってんだよ! 失礼だろ? 謝れっ!」
「だって修二、頭撫でられて嬉しそうな顔してた」
「はあ?」
「お前、面食いだから心配なんだよ、俺。そいつカッコいいし、まあ俺のがカッコいいけどさ」
「朔夜さんにそいつとか言うなっ!」
「いいよ、修二。てか、お前おもしれえな。聖夜から聞いてた通りだわ」
「聖夜?」

訝し気に眉を顰める慶に、朔夜さんが笑いながら種明かしをする。

「俺、聖夜の兄貴で、朔夜っつーの。修二のことはそういう目で見たことねえから安心しろ」
「え? まじで? 似てねえー」
「そうかな? すげえ似てんだろ?」

二人から受ける印象が真逆だから気付く人は少ないかもしれないが、朔夜さんと聖夜さんの顔立ちはそっくりなのだ。

「二人とも怖いくらい整った顔してんじゃん」
「しゅ、修二……、それってお前の目には聖夜がカッコよく映ってるってこと?」
「はあ? 誰が見ても聖夜はカッコいいだろ?」
「ちっ、盲点だった。これから聖夜にも気を付けねえと。亨もいるし、なんか俺、気ぃ抜けねえ……」

なにやらぶつぶつ呟いている慶を急かして早く帰ろうとしていたところに、京さんと聖夜がやって来て、また帰るタイミングを逃す。

「朔夜、こっちはもう終わったから帰ろうぜ」
「あれ、修二。慶も。なにお前ら、まだ帰ってねえの?」
「や、今帰るとこなんだけど……」
「じゃあ帰るか。修二、慶、お前らも俺が送ってってやるよ」

というわけで、結局、朔夜さんの車で慶のマンションまで送ってもらうことになったのは有難いのだけれど……。車に乗ってる間のおよそ二十分、三人に冷やかされっぱなしで、慶は平気な顔をしていたけど、俺は恥ずかしいことこのうえなかった。

「じゃあな、修二。慶、張り切りすぎて修二のことぶっ壊すなよ?」
「京ちゃん、うぜえ。まあでも、慶はすぐ調子ん乗っからなー。修二、慶が暴走したら殴ってでも止めろよ?」
「おいおい、お前ら、何気に慶にひどくね? んなの俺らがとやかく言うことじゃねえだろ? ああ、けど、修二は明日もバイト入ってんだっけ? 慶お前、修二のこと抱き潰したら承知しねえぞ? 明日修二が足腰立たなくて使いもんになんなかったらどうなるかお前、……わかってんだろうな?」
「てか朔兄が一番ひでえよ。脅してんじゃん」

やっと車から降りたと思ったら、別れ際にとどめを刺され、俺は意識しすぎてがちがちに緊張する羽目になった。

「あ、あのさ、慶。もし、その……ムリだったら、ムリすることねえし。あ、ムリならムリしてもムリだよな? ははっ、なんか早口ことばみてえ。や、あの……その……、俺が言いたいのはさ。別にムリに今日ヤんなくてもいいってことで……。あ、ごめん。別に慶がヤりたいとか言ったわけじゃねえのに。なんか俺みんなに言われてその気になっちゃったっていうか。や、ち、違うっ。そうじゃなくてっ。だからその……、流れ的にさ、普通ならヤるのかなーみたいな。で、でもっ! べ、別に俺はどうしてもヤりたいってわけじゃねえし。だから……」

だから慶に促されるまま先にシャワーを浴びてベッドでひとり悶々としていた俺が、下半身にタオルを巻いただけの姿でシャワーから出てきた慶を見るなり支離滅裂なことを口走ってしまっていたとしても笑わないで欲しい。

「俺はヤりてえよ。さっきから、……もうずっと前から、修二を抱くことしか考えてなかった」

笑うどころか慶は熱の篭もった目で俺を見つめ、そっと抱き寄せて耳元に囁いた。

「修二……、好きだ……」

慶の熱く濡れた唇が、耳元から首筋へと下りていく。

「で、でもっ。……お、俺、……ぁっ、……男だし」
「俺は、男の修二を抱きてえの。それとも修二、お前、抱く方?」
「ち、違っ。抱かれる、ほ、……ひ、ぁっ」
「だったら何の問題もねえだろ?」
「ぁっ、や、……慶っ。ちょ、まっ」

話している合間にも、耳やら首筋やら項やら俺がとりわけ敏感に感じるところを唇や舌で刺激されて。俺は半分泣きそうになりながら慶の胸を押し戻した。

「ま、待てよ、慶」
「待たねえよ。もう待つのは懲り懲りだっつーの」

不機嫌に眉を顰めた慶が苛立った声を出す。

「けど……、慶、勃たねえかもしんねえし……」
「は? なに言ってんの? んなわけねえじゃん」
「けど……」
「けどじゃねえよ。ほら、触ってみろよ。俺、もうこんな……」

慶が俺の手を取って股間に導く。

「で、」

でかい。という言葉と一緒に俺はごくりと唾を飲み込んだ。

昔、慶とは一緒に風呂に入ったこともある。だから慶のそれが人並み以上だと知ってはいた。けれど勃起したところなんてもちろん見たこともなかった。それが今タオル越しとはいえ臨戦態勢のそれを触ってみて、こんなでかいのが入るのかと不安になる。だって凶暴なくらいでかい。二十センチ以上はありそうだ。もしこれが俺の中に入ったら……、

その距離、マイナス二十センチ以上?

ってことになるのか。
いやいや、違う。今問題なのはそのことじゃない。

「けど、俺の体見たら、萎えるかも……」

俺の一番の心配事は、慶が俺の体を見て萎えたらってこと。確かに慶は今俺に欲情しているかもしれないけれど、それは慶の想像の中でのことだ。俺は今まで慶が相手にしてきた女とは違う。実際に男の裸を目の当たりにして、それでも俺に欲情してくれるのか。もし慶が萎えてしまったら、今嬉しい分、俺はどん底に突き落とされる。一生立ち直れないかもしれない。

「はあ……」

大きなため息を吐いた後、しばらく何かを考えるように額に手を当てていた慶がふと顔を上げた。

「脱げよ」

それは明らかな命令だった。低く唸るような声と射るような視線に、俺は慶を本気で怒らせてしまったのだと知る。思わずびくりと後ずさってしまったのは本能だ。

「け、ごめ、俺……」
「ごちゃごちゃうるせー。俺は脱げっつってんだよっ」

ぴりぴりと刺すような慶の怒りに、観念してTシャツを脱ぐと、すかさず「下も」と命じられる。

慶に貸りた着替えは俺には大きすぎてぶかぶかで、半パンは腰の辺りまでずり下がっていた。下着は穿いていないから、それを脱いでしまえばすべてを慶の目に曝すことになる。女じゃあるまいし恥ずかしいわけじゃない。慶にどう思われるのかを考えると怖い。

肌の色が白くて華奢な体つきをしているせいか、女みたいだと言われることがよくあった。けど俺は女じゃない。濃くはないけど体毛だってあるし、付いてるもんは付いてる。しかも今それは痛いくらいに勃ち上がり、先走りで濡れてさえいる。頭では心配だの怖いだの言いつつ、体は欲求に正直に反応しているのだ。それがオスの性《さが》だとしても、慶はこんな俺を見て引いてしまわないだろうか。そう思うと怖い。

半パンに指を引っ掛けたものの、それを脱ぎ去る決心がなかなかつかず、指先がひどく震えた。

震える指先に慶の指が触れる。指先を辿って手の甲へ、慶の指が俺の手をそっと撫でる。その俺を慰めるような触れ合いに震えが止まった頃、優しかったはずの慶の手が乱暴に俺のパンツを引き摺り下ろした。

唖然と見下ろした俺の目に移ったのは、俺のそれに視線を落としてくすりと笑う慶の顔。

「なんだ勃ってんじゃん。それに……濡れてる」

慶の人差し指が俺のそれをつつーっと撫でる。思わずびくりと身震いした俺に、慶がにやりと笑った。

「動くなよ?」

甘い声でそう言われて、俺は機械仕掛けの人形のようにこくこくと頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もし、運命の番になれたのなら。

天井つむぎ
BL
春。守谷 奏斗(‪α‬)に振られ、精神的なショックで声を失った遊佐 水樹(Ω)は一年振りに高校三年生になった。 まだ奏斗に想いを寄せている水樹の前に現れたのは、守谷 彼方という転校生だ。優しい性格と笑顔を絶やさないところ以外は奏斗とそっくりの彼方から「友達になってくれるかな?」とお願いされる水樹。 水樹は奏斗にはされたことのない優しさを彼方からたくさんもらい、初めてで温かい友情関係に戸惑いが隠せない。 そんなある日、水樹の十九の誕生日がやってきて──。

幸せな復讐

志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。 明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。 だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。 でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。 君に捨てられた僕の恋の行方は…… それぞれの新生活を意識して書きました。 よろしくお願いします。 fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。

あなたへの初恋は胸に秘めます…だから、これ以上嫌いにならないで欲しいのです──。

櫻坂 真紀
BL
幼い頃は、天使の様に可愛らしかった俺。 でも成長した今の俺に、その面影はない。 そのせいで、初恋の人にあの時の俺だと分かって貰えず……それどころか、彼は他の男を傍に置き……? あなたへの初恋は、この胸に秘めます。 だから、これ以上嫌いにならないで欲しいのです──。 ※このお話はタグにもあるように、攻め以外との行為があります。それが苦手な方はご注意下さい(その回には!を付けてあります)。 ※24話で本編完結しました(※が二人のR18回です)。 ※番外編として、メインCP以外(金子さんと東さん)の話があり、こちらは13話完結です。R18回には※が付いてます。

知らないだけで。

どんころ
BL
名家育ちのαとΩが政略結婚した話。 最初は切ない展開が続きますが、ハッピーエンドです。 10話程で完結の短編です。

獣人王と番の寵妃

沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――

あなたが愛してくれたから

水無瀬 蒼
BL
溺愛α×β(→Ω) 独自設定あり ◇◇◇◇◇◇ Ωの名門・加賀美に産まれたβの優斗。 Ωに産まれなかったため、出来損ない、役立たずと言われて育ってきた。 そんな優斗に告白してきたのは、Kコーポレーションの御曹司・αの如月樹。 Ωに産まれなかった優斗は、幼い頃から母にΩになるようにホルモン剤を投与されてきた。 しかし、優斗はΩになることはなかったし、出来損ないでもβで良いと思っていた。 だが、樹と付き合うようになり、愛情を注がれるようになってからΩになりたいと思うようになった。 そしてダメ元で試した結果、βから後天性Ωに。 これで、樹と幸せに暮らせると思っていたが…… ◇◇◇◇◇◇

僕にとっての運命と番

COCOmi
BL
従兄弟α×従兄弟が好きなΩ←運命の番α Ωであるまことは、小さい頃から慕っているαの従兄弟の清次郎がいる。 親戚の集まりに参加した時、まことは清次郎に行方不明の運命の番がいることを知る。清次郎の行方不明の運命の番は見つからないまま、ある日まことは自分の運命の番を見つけてしまう。しかし、それと同時に初恋の人である清次郎との結婚話="番"をもちかけられて…。 ☆※マークはR18描写が入るものです。 ☆運命の番とくっつかない設定がでてきます。 ☆突発的に書いているため、誤字が多いことや加筆修正で更新通知がいく場合があります。

金色の恋と愛とが降ってくる

鳩かなこ
BL
もう18歳になるオメガなのに、鶯原あゆたはまだ発情期の来ていない。 引き取られた富豪のアルファ家系の梅渓家で オメガらしくないあゆたは厄介者扱いされている。 二学期の初めのある日、委員長を務める美化委員会に 転校生だというアルファの一年生・八月一日宮が参加してくれることに。 初のアルファの後輩は初日に遅刻。 やっと顔を出した八月一日宮と出会い頭にぶつかって、あゆたは足に怪我をしてしまう。 転校してきた訳アリ? 一年生のアルファ×幸薄い自覚のない未成熟のオメガのマイペース初恋物語。 オメガバースの世界観ですが、オメガへの差別が社会からなくなりつつある現代が舞台です。 途中主人公がちょっと不憫です。 性描写のあるお話にはタイトルに「*」がついてます。

処理中です...