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6.新派閥旗揚げ編

3.沈黙を共有することは結局、気まずい思いをすると理解することのススメ

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 ルートン家当主 魔法技術省 次官ジュリド・ルートンは進退窮まっていた。

 魔法技術・工業技術開発に積極的であった第二王女殿下を、次期国王へと魔技閥をあげて後援していたが、突如、第一王子派の強引な搦め手で失脚させられてしまった。

 事前に第一王子派の動きを察知できなかった点は、後援組織の自分たちの落ち度であった。第一王子派の綿密な策略と怒涛の素早い動きに後手に回ってしまったことが悔やまれる。

 第二王女殿下の処分を少しでも軽減させ、死賜(しし)だけは避け、なんとか遠方地へ謹慎させるところまで押し返すだけで、精一杯だった。もはや、ここに至っては、時機を見て再起を図る以外手立てがなくなってしまった。

 しかし、政敵の追求の手は緩まない。魔技省や自分にも追求の手が迫ってきていた。

 1年半後の次官の任期までに魔技省が、政府内で大きな成果を出さない限り、数にものを言わせ、自分は代々引き継いできた魔技省次官の座から引きずりおろさせることとなる。もしそうなった場合、間違いなく、自分は左遷させられ、そればかりか、魔技省の主要ポストをすべて第一王子派が乗っ取る腹積もりのようだ。

 「なにか、なにか、打つ手はないのか,,,,,,,」

 魔技閥の主要メンバーで第二王女失脚後の1週間、頭を捻っても妙案は出てこない。

 そんな折、第二王女殿下の実妹の第三王女殿下が急ぎ面談を申し込んできた。

 第三王女殿下は、自身が魔法師で、第二王女殿下以上に魔法技術への思い入れが強い方だった。ただ、第三王女殿下は、第二王女殿下の一与力でしかなく、しかも先日の事件で、側近の護衛騎士を失い、専属魔法師を引き離され、少し前まで第一王子派に幽閉されていたはず。

 省内の噂では、異国出身の大貴族が、第三王女殿下に手を貸し、第一王子殿下と義理の父になると噂のウルフォン公爵の譲歩を引き出し、幽閉は解かれたと耳にした。ジュリド・ルートンが気になったのは、面談相手が、第三王女殿下だけでなく、異国の大貴族も同席するということだった。

 この魔技閥の危機的状況の中で、呑気に第三王女殿下に面談している時間はないのだが、第一王子派の譲歩を引き出したという、参謀役の異邦人にジュリド・ルートンは大いに興味を持った。圧倒的不利な状況で、いったい、何を材料に、どのような交渉を行ったのだろうか。

 ジュリドは、明日の第三王女殿下と異邦人の貴族殿との面談で、この窮地を脱するきっかけがあるとよいが、と一縷の望みをもった。





 俺は、ゲファルナ卿として、ジェシカさんの父上、ジェシカパパこと魔技省次官のジュリド・ルートンさんの到着を待っている。王宮のはずれにある第三王女お気に入りサロンで、アリアさん、いつものお付の侍女である、メイサさん、リーズさんと沈黙を共有していた。

 というと、かっこよく聞こえるが、アリアさんと事前の打ち合わせがあっさり終わり、大分時間があまったせいで、話すことがなくなり、正直、気まずい。
 まだまだメイサさん、リーズさんとは距離があるのかな、と感じる。

 仕方なく、テラスのベンチから、手入れをされて整った庭園をのんびり見ながらリーズさんの入れてくれた紅茶を味わっていた。

 『主殿よ。紅茶はなかなかじゃが、甘味がないのが残念よな』

 これから緊迫した面談がはじまるというのに、エクスは緊張感がないな、と、人のことを棚に上げて思う。

 そんなことを考えていると、扉をノックの音が聞こえ、背の高い細身の神経質そうな年配の男性をメイサさんが案内してきた。アリアさんに呼ばれ、テラスから室内に戻り、ジュリド・ルートンさんを紹介される。

 フランド王国の魔法と工業技術の国家戦略を代々になってきたルートン家の当代ジュリド・ルートン卿へ挨拶をする。

 「ルートン卿。お初にお目にかかる。遠国の貴族で、ゲファルナと申すものじゃ。アリア殿下と知己を得て、力を貸しておる。どうぞよしなに頼もう」

 将来アルフレッドとしては上司になるかもしれないけど、今は、大貴族らしく相変わらずエクス口調でかしこまらずに挨拶をする。

 「こちらこそをお初にお目にかかります。魔法技術省のジュリド・ルートンと申します。ゲファルナ卿とお呼びすればよろしいですかな?」

 とジェシカさんの父上もそれほどかしこまらずに挨拶を返してくる。

 「フランド王国流にいうとそうなりますかのう。ルートン卿」

 挨拶が終わり、3人ともソファーに腰掛ける。アリアさんの向かいにルートン卿(ジェシカパパ)、アリアさんの隣に俺が座る。

 面談に先立ち、アリアさんがはじめに、ジェシカパパに面談を受けてくれたことに感謝の言葉を述べる。それから、アリアさんとの事前の打ち合わせ通り、俺が面談のファシリテーターを引き受ける。

 まず、盗聴の危険もあるため、場所を変えたいと提案すると、ジェシカパパだけでなく、アリアさんまで、怪訝な顔をしている。

 「なに。驚かせんように、はじめに二人にことわっただけじゃ」

 俺は、次の瞬間、右手の親指と中指で音を鳴らし、俺たちが座っているソファー周辺の空間を隔絶する結界を展開した。これで、結界内に侵入もできないし、結界の中の音も遮断される。侍女のメイサさんとリーズさんもこの結界内には入れず、声もまったく聞こえなくなった。

 「空間を遮断しただけじゃ。これで盗聴などの小細工はできん。安心して胸襟をひらけるというものじゃな」

 アリアさん、ジェシカパパは、俺の空間隔絶の結界を目の当たりにし、口を開けて絶句していた。

 俺は、二人の様子を気にせず、今日の面談の目的を説明する。

 「さて、ルートン卿。第二王女キャリソン殿下の此度の謹慎により、卿と魔技省は、苦しい立場に追われてしまったそうじゃのう。それは、我らも同じ状況じゃ。どうじゃ?互いに協力せぬか?」

 俺が、そう提案すると意図を図りかねたのか、ジェシカパパは返答をためらっていた。
 俺は説明を続ける。

 「アリア殿下は、急ぎ、自身と近しい者たちの命を政敵から守るため、派閥組織を立ち上げるつもりじゃ。我も微力ながら手を貸すつもりでおる。組織というのは、立ち上げて動かしていくのに、「人材」・「物資」・「資金」が必要じゃ。我は、「物資」及び「資金」面で、アリア殿下を支援するつもりじゃ。つまり、「新技術」と「派閥の運転資金」を支援する予定じゃ。カネの話はあとまわしにするぞ。まずは、ルートン卿。我からの話は、「新技術」について、共闘せぬか、という提案じゃ。我の提供する「新技術」で、ルートン卿と魔技省の危機も救うこともできるじゃろうと思うてな。我のお節介からの申し出と理解してくれればよい」

 ようやくジェシカパパはようやく趣旨を理解した顔をして、俺の「新技術」という単語に反応を示した。

 『この小僧は、根っからの技術屋みたいじゃのう。主殿の「新技術」という単語に反応しおって。単純なものじゃな』

 エクスの鋭い突っ込みと予想通りのジェシカパパの反応に俺は満足した。
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