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4.行政大学校イベント編

11.魔獣狩りの裏側から

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<第三王女の指揮する最前列の陣立て近くの古城跡>

 「この魔素の淀みが魔獣の事前調査で発見されなくてほんとよかったぜ。フーバのヤツが捕まったときはひやひやしたが」

 シスプチン王国の工作員であるジェロモは、早朝の朝靄の中、額に汗しながら独り言をつぶやく。

 あと1-2時間で魔獣狩りというフランド王国の国家の威信をかけたイベントがはじまろうとしている。

 シスプチン王国は、国王の命を受け、隣国の国家行事の妨害工作のため、魔法師を中心に工作員数人を数か月前より潜入させていた。

 ジェロモ達が受けたシスプチン国王の命は、フランド王国の王妃の娘である第三王女を拉致または暗殺すること。

 隣国は、第一王子と第二王女が王位継承権を賭け、水面下で争っているため、場合によっては今後内乱に発展する可能性がある。今この二人に手を出し、わざわざ争いの芽を摘む必要はない。

 一方、第三王女は第二王女の与力の一人であるが、王位継承争いでは影が薄い。

 しかし、その血統には戦略的な価値がある。

 もしシスプチン王国へ拉致できれば、シスプチン国王の子を無理やりにでも孕ませ、フランド王国の直系の王族にシスプチン国王の血を植え付けることができる。孕んだ子が成長すれば、血統の正当性を盾にフランド王国奪還のために侵攻する大義名分ができる。

 仮に、拉致に失敗しても暗殺が成功すれば、フランド王国の国威は大いに傷付く。それは、国の威信をかけたイベントの最中、王女の一人が暗殺されれば、警備や軍備に不備があったことを示し、それを防げなかった現国王体制に社会不安が高まることを意味する。

 そうなれば、現国王に周囲は見切りをつけ、次代の王に国民が期待をし、その分、王位継承争いが本格化するであろう。どう転んでも、フランド王国の国力が低下するという企みだ。

 シスプチン王国国王の命を受けた後、ジェロモは、直ちに、魔獣狩りが行われる一帯を二か月にわたり入念に調べ上げた。そして、この古城跡の魔素の淀みに気が付き、今回のジェロモ渾身の作戦を練り上げた。

 作戦のキモは、魔獣狩りの軍事訓練の中で、大きな混乱を起こし、その混乱のどさくさに紛れて第三王女を拉致・誘拐するという大掛かりな仕掛けであった。そのついでに隣国の国軍に大ダメージを与えることができればなお良し。

 作戦の成否は、如何に大きな混乱を起こせるか、ということと、混乱を起こした後に、すばやく第三王女を孤立させ、拉致できるか、ということであるとジェロモは考えた。

 自身が高位の魔法師であるジェロモは、5名の熟練魔法師を犠牲にして、悪魔を召喚することを思いつく。以前、フランド王国へオークを使役し攻め入り、圧倒的な兵力差にもかかわらず、まんまと敗走し、隷属の宝珠を埋め込まれてきた負け犬5名の魂を精製して作成した召喚石を使う計画を立案した。

 しかし、熟練といえど、たかだか5名の魔法師の魂から精製した召喚石だけでは、せいぜい、2連隊(フランド王国基準の2備隊相当)相当の低位悪魔しか召喚できないだろう。

 そこで、この古城跡に漂う死者の残留思念が生み出す魔素もあわせて注ぎ込み、災害級の上級悪魔を召喚することにした。

 古城跡に2日がかりで大掛かりな魔法陣を周辺一帯に描き出し、上級悪魔召喚の準備を進め、最終段階までようやくきた。

 「ジェロモの旦那。準備は順調だろうな?」

 魔法陣を起動する準備をしているところ、ジェロモの後ろから声がかかる。

 「問題ない。時間通りに進んでいる」

 声をかけてきたのは、シスプチン王国きっての特殊工作部隊の一人。

 全身金属性の重厚な鎧に身を包んでおり、ジェロモも素顔を見たことがない。

 悪魔召喚による大規模な混乱を起こした後、第三王女誘拐の実行部隊として、シスプチン王国国王陛下に縋り、通称「死神」と言われる異形の5名をこの作戦に投入してもらった。

 「貴官たち工作隊は、悪魔召喚により、混乱・逃走する第三王女の誘拐を確実に成してもらいたい。誘拐成功後は、手はず通り頼む。繰り返しとなるが、スピードが作戦の成否を分けるので、くれぐれもよろしく頼む」

 「ケッケッケ。そんなに念押しをせずとも、了解しているぜ。貴殿こそ、悪魔召喚の余波に自身が巻き込まれないよう、召喚完了後、速やかに退避するとよい。我らはこれより予定地点へ移動するよ。では、健闘を祈るぜ」

 先ほどとは別の「死神」メンバーである小柄な男が答える。この男は、軽鎧とレイピアを装備し、ローブで顔を隠しており、ジェロモはやはり顔をみたことがない。

 「貴官たちもな。武運を祈る」





 遠方より、地が鳴り響く。
 どうやら、魔獣狩りがはじまったようだ。

 ジェロモは、召喚石を使い、魔法陣を起動するための最後のピースをはめた。
 そして、正常に召喚魔法が発動していることを見届けると急ぎ退避する。

 やがて、魔法陣から、大型の上位悪魔がこの地に降り立つ。
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