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タダより勝るものは、ない
しおりを挟むあれから、その日は推し事どころではなかった。
その大家さんが言ってた“彼”というのが、今をときめく若手声優の深山 相一朗様だったのだ!
まさか、私が推し様と一緒に住まうなんて……
考えただけでも、ここは天国かと思うぐらい幸せだ。
しかし、私が推しの追っかけの如く推し一色の部屋なんて、見られたら……引かれるのでは!?
と、とりあえず……推し様にバレぬよう、細心の注意を払いながら1週間を過ごさねば。
この任務は、激ムズだぞ……!ゲームでいえば、ラスボスに勝つぐらい激ムズだ……
でも、でも!こんな奇跡、こんな幸運なんて……これから、一生かかっても二度と起きないよ。こんなチャンス、掴まなきゃ勿体ないっ!
とりあえず推し様にバレぬよう、全神経を集中させながら1週間を乗り切るしかない。
気付けば私は、推し様に居候させる方向であれこれ考えていた。
そして翌日───
「じゃあ、1週間。申し訳ないけど、お互い上手くやってね」
「お世話になります」
「ガ、ガンバリマス……!」
大家さんが帰り、私と推し様の二人きり。推しファンの私としては叫びたいほど嬉しいんだけど、ここは平然を装って「あなたに、さほど興味ありませんよー」という態度で接しなければ……!
頑張れ、私!大丈夫だ、何とかなる。なるようになるさ、そうだろう!神様ぁあああああ!
脳内で叫び、一人芝居をしながら私は何とか踏ん張って、推し様と向き合った。
「えっと、こっちが推し…深山さんのお部屋になります」
「こちらの部屋は、あまり使われていないんですか?」
「あっ、そうですね~。届いた荷物をとりあえず置いたりして、何か物置き的な部屋だったので(実は推し部屋でした)」
「へぇ~……結構、ネットショッピングするんですか?」
「そうですね、推しご…服とか家具とか……?衝動買いしちゃう時もありますね(基本的には推しグッズや推し様で)」
「そうなんですね」
一通り部屋を紹介し、推し様には(推し)部屋に入ってもらい、私も自分の部屋へと戻った。
つ、つか、疲れた……!
まさか、こんなにも推し様に対して、しんどいと思うなんて……!
まぁ、ある意味しんどかったけど何とかバレずに済んで、本当に良かった……と力が抜ける。
はぁ……!まさか、私の推し部屋に推し様が入ってるなんて……!
もう、私の一生分の運をここで使い果たしたカンジ。
今がとても幸せなので、それでも構わないと思ったけど、ふとアニメショップでの1番くじで、自分の狙っている賞が引き当てられなかったら……
推しキャラ限定のグッズや、コンサートの予約の抽選にハズレまくったら……
推しキャラグッズを買おうとした時に、ちょうど私の前で売り切れてしまったら……
もう、ショック過ぎて生きる意味を失いそうだ。
コンコン───
「ふぁ!?はい!」
「クスクス、どうされたんですか?」
「あ、いや……いつも一人なんで、誰かが居るのって慣れなくて」
「友達とか、誰か泊まりに来たりしないんですか?」
「稀ですよ、稀。私の部屋の状況、知ってるので」
「そんなに部屋、汚いんですか?見たところ、きちんとされてると思うんですけど……」
マズい……!私が推し部屋とか、推し事してるのを知ってるから、滅多に来ないんだった!
でも、部屋だってある程度しか掃除、頑張らないから……強ち間違いではない……よな?
「あっ、いや、それは推し…深山さんが来られるって聞いてたんで……」
「俺、そんな気にしないので大丈夫ですよ。てか、出てきてくれないんですか?」
「えっ!?」
いやいや、もう。そんな推し様にこんな顔……合わせる方が失礼、と言いますか。
「ちゃんと、顔を見て話さないと。人として、常識だと思うんですが……」
「ゔっ……」
ガチャ───
「これから一週間、お世話になります。深山 相一朗と申します」
「こちらこそ、です。私は小泉 美華といいます」
「“みはる”って、どんな漢字を書くんですか?」
「えっと……」
きゃあああ!推し様に「みはる」って呼ばれた!?こんな贅沢、良いのか?良いのか!?
いや、良いんです!一生懸命、推し様に捧げているので、少しぐらいご褒美を噛らせてもらっても……
「美しいと書いて、中華の華です……」
「それは中華、じゃないですね」
「えっ!?」
中華の華じゃないの!?親や名前を説明する時、みんな言ってたけど……!?じゃあ、中華の華ってどういう字だったっけ?思い出せないんだけど!!!
「これは……“華やか”ですね」
「は、華やか……?」
「美華さんは、美しくて華やかな女性に育って欲しいと思って、ご両親がつけてくれた名前でしょう?これからは、中華の華じゃなくて華やかな華と言った方が良いと思いますよ。素敵な名前なので」
「は、はぁ……」
きゃあああああ!推し様から、華やかって……!
あ、でも……私そんな華やかじゃない。
「でも、私そんな……華やかじゃないですよ」
気付いたら、口に出していた。
「えっ……?」
「私、地味なんです。そんな、テレビで特集組まれるような、港区女子?でもないし」
「えっと……美華さん?」
「両親は、そう思ってつけてくれたのかもですけど……実際は、可愛くも綺麗でも……華やかでもない……地味な女なんですっ」
「そんなこと、ないと思いますよ」
「へっ!?」
「美華さんは、資格の勉強をしているそうなので頑張り屋さんだと思うし、家具や食器なんてオシャレな物ばかりで、ちゃんと女の子らしいですし、素敵だと思います。勿論、美華さん自信も素敵で可愛らしいと思いますけど」
「あっ、あっ……」
「あ、すみません。そろそろ仕事に行かなきゃいけないので……鍵は大家さんにもらっているので、閉めて大丈夫ですよ」
「は……はいっ」
「いきなり転がり込んできて、すみません。1週間ほど、我慢してくださいね。では、行ってきます」
「いっ、いってらっしゃいませ……」
バタン───
えっ、えっ!?何故~~!?
なんで、そんな人に優しいの!?しかも私のこと……か、かっ、かわ……可愛いって!?素敵だって言ってた!!!お世辞だって分かってるけど、やっぱり言われると嬉しいもんだなぁ。
もう、幸せ過ぎて天国に行っても悔いはない。
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