終焉のミソロジー

KAMOME111

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入学篇

プロローグ ゼツメツ危惧のニンゲン

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 人は、進化した。それは、生物の基本的本質であり、自分の住みにくい世界になった時の対応、というものである。「どの生物でも、目の前にが現れた時、進化せざるを得ない時が必ずやってくる。」と、ダーウィンが言ったという説もある。いや、進化という言い方は語弊があるかもしれない。生物学的に言えば、突然変異、数学的に言うと、乱数の派生、科学的・物理学的に言うと不可思議的事象であり、心理学的には、「ストレッサー」という言葉なんかも使えるかもしれない。そして、宗教学的には……

 ピューーー
 遠くの方で聞こえたその声は、俺から初対面の人へ喋りかける勇気というものを根こそぎ奪ってしまった。いや、どちらかというと何も心配しなくてもいい心配事をその鳴いている秒数ごとに積み木のように不安定に積み重ねていった。
 そんなことを考えながらまだ出会って五分の異性の教師と二人で歩く廊下は、まるで蜿蜒えんえんと続く回廊のようであり、何処どこ彼処かしこも歪んで見えた。
 そんな暗い廊下で考えることもなく、(喋りかけることはあきらめた)俺の視線は自然とその女性教師の観察へと動いていた。
 自分で言うのもなんだが、観察眼は結構ある方で、趣味は人間観察といったところか。まあ、自分でもわかるほど観察中は観察対象をジロジロとめ回すように見るため、この趣味が役に立ったことはない。(たいていの場合は、気味悪がられて逃げられてしまうからだ。)なかなか現実は小説のようにはいかないらしい。
 まあ、余談はここまでにして、趣味をたしなもう。その女性の年は二十代後半から三十代前半といったところだろうか。スタイルはというと、とにかく「デカい」。だからと言って、呆けた体ではない。閉まるところは「これでもか」というほどに引き締められている。まさに、女性のあこがれのボディを体現したような女性だった。まあ、腕に掘られた大きな刺青は賛否両論、といったところだろうが……(官能小説にするつもりはないので表現はここで留めておくが、健全な男子高校生の数週間分のおかずにするには十分だろう。)しかし、妙なことに未婚であるらしい。いや、「今は」をつけるべきかもしれない。全ての指にピッタリとはまったジャラジャラとした指輪が太陽の光を反射してきらめく。
 ただし、を除いて……
 恰好は、その大きさを誇示するかのようにはだけており、一応教師としての制服(基本的には赤いコートのよう。しかし、ところどころ白いストライプが入っている。)は着ているのだが、社会の模範という意味の教師の役割は果していないようだった。まあ、模範を教えるべき社会がないのはもう言う必要はないだろう。

 東暦2012年 3月20日 8時15分―――「」は起こった。その時のことを、政府が公開した唯一の文書、『』はこう示している。

瑞垣の かみより連ね 自らを 情もかりんに 後ろめくかな

 これが『人類文明史』の最後の文章である。よって、「それ」についての事実を紐解くには、この文章を解読する必要がある。
 しかし、「それ」から1000年以上たった今でも、謎は多い。
 いや、言い方を変えるべきだろうか。謎を全て説くには1000年はといったところだろう。それほどまでに「それ」は一瞬でこの星の支配構図をニンゲンから「」(げんじゅう)へと書き換えた。
 「幻戎」と呼ばれる彼らは、形状は様々であり、不定的である。詳しいことは不明で、知能の有無、起源、主食すらもまだわかっていない。要するに謎なのである。
 そんな彼らがのさばる世界で人間が唯一対抗できる手段が、「」(サーペント)である。彼らは、命を懸けて「幻戎」と戦い、そして文字通り「討伐」するのである。
 なぜ俺がここまで長々とくっだらねえ興味のない話をしたかというと、俺が「討伐者」になるためにこの學校に入学したからである。
 ここは「討伐者高度育成高校」通称【SGS】。文字通り、討伐者志望の未成年者のみを取り扱う学校である。志望者は世界各地からつのられ、彼らはここで完璧な外部との隔離された訓練を受けるのだ。その代わりといっては何だが、高校の敷地内には、生活するのに最低限のものは備え付けられてある。まあ、このご時世娯楽、なんてものはもうどこにも存在しないのだが……
「ここだ」
 俺の耳に、つい五分ほど前に聞いた声が入ってくる。前を向くと、さっきの女性教師が「早く来いよ」と今にも言い出しそうな目で俺を睨んでいた。腕を組み、いかにも強そうな風格をかもし出しながら仁王立ちをしている。この時の俺が、狩られる草食動物の気分を味わったと言えば、大体どんな場面かの想像ができるだろう。
「ここがお前の部屋であり、私の担当教室だ。」
 女性教師は、俺が「やっぱ女って怖えなあ」なんてことを考えつつ、うだうだと近づいてきたのを見計らってボロボロのドアを指さして言った。まさしく俺の悪い予感は的中したのだ。いや、外れたといってもいいかもしれない。
 そのドアは、とある特徴を有していた。それが、大きな傷跡である。ドアの中心には大きく何かに切られたような切り傷が、そしてドアの下の方は……いや、そんなものはない。そこは火事があったのか、焼き崩れていたからだ。そのため、ドアは不格好な形でそこに張り付いていた。
 俺が感じたのは紛れもない、「恐怖」であった。それも精神的な恐れではなく、なにかこう、もっと、から発せられる畏れであった。なぜこの女の体がここまで引き締まっているのかが、なんとなく見て取れた。
「なにしてるんだ?早く入れよ」
 あの女が、〈サープ特別対策教室〉と書かれたプレートにもたれ掛かりながら言う。
 そうしているうちに、俺の中でこの女に対する憎悪があふれ出てきた。「」があった後のこの少年に、希望を見せてこんなところに入学させ、さらには「特殊教室に入れるよ」なんてことは言われてはいたものの、まさか普通の人間がドアを燃やしたりぶった切ったりするわけもなく……
「早く入れって!」
 背中の方に痛覚を覚えた俺の体は気が付くと宙に浮いていて、前のめりにすっとんでいた。時間が、やたらと長く感じられる。どうやら蹴り飛ばされたらしい。それもあのドアを壊して吹き飛ぶほどの強い力で。
 …死んだ…
 俺はふと、そう思った。こんな得体のしれないやつらのうじょうじょいる教室に、蹴り飛ばされ、初日からドアを壊したなんて、完全にいじめルート確定だ……
 ドサッ
 俺は床を初日から舐めることになった。木の味がした。それも腐った木の味が……シロアリすら沸いてそうであった。
…痛ってえ…
 俺は咽喉まで出かかったその言葉をもう一度体の奥へと押し込んだ。体を起こす気になれない。俺の体は、床に接着剤でも塗ってあったかのように起こされまいと床に張り付いていた。
 俺はそんなやる気のない体との格闘を終え、うずくまった。周りの視線がどうでもいいと思った。吹っ飛んでいた時の俺の顔面崩壊級の変顔すらも、どうでもよかった。ただ、「絶望」だった。
「大丈夫か?」
 蹲った俺に飛んできたのは、案外柔らかな声だった。いや、柔らかだけで済ましてはいけない気がする、そんな声だった。柔らかい中にもどこかピンと張った糸のような艶がある声。
 …これはいける…
 心の中でそう決意した俺が顔を上げて目にしたのは、驚きの光景だった。
 俺の傍らで屈んでいる和服を着た男がさっきの男であろう。端整たんせいな顔立ちで、女子からの人気もありそうである。しかし、問題はその背景である。一人は髪を赤く染めた如何いかにもグレている、といった男。そしてその隣にはキラッキラのブロンドヘアに耳に空いた大量のピアス、そして人を刺し殺せそうな長いネイルをした女と、その付き人か、ずっとその女のそばにいる地味な格好をした女。そして前を見ると、自らを鏡で映しニヤけている男と、その隣、「いかにもうるさいなあ」と言い出しそうな怪訝けげんな顔をしている読書家が一人。
 総勢、俺と教師も併せて八人……
 そのが、になることは、誰も知らない……
 ましてや、一見安堵あんどしている俺の中の大きな何かが「危険だ」と精一杯警告しているのも、俺は知らない……
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