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66. 本当は、信じたいと思っています
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「こんな状況で不戦条約を持ちかけてくるなんて、おかしいじゃないですか!?」
そう噛みつくように言うテオドール王子。
相手はこれまで恐れてきた魔族。
テオドール王子の恐れは、痛いほど分かります。
儀式魔法による誓約は強力です。
自身の判断が、国民の未来を左右するというプレッシャー。
テオドール王子の苦しみは――同じ王族であるフォード王子にしか分からないものなのでしょう。
「テオドールよ。
恐れは目を曇らせるものだ」
フォード王子は、優しくこう語りかけたのでした。
「私は、これまで見たいものだけを信じてきた。
――ジュリーヌ・カレイドルを盲目的に信じ、良いように踊らされた」
フォード王子は、苦々しそうに言葉を継ぎます。
大切な想いを忘れないように、苦々しさと愛おしさが同居しているような複雑な表情。
「知っています。
あんなに見え見えの芝居に引っかかって、馬鹿だなと思いましたよ。
その癖に、行動だけは迅速で――兄上は、ほんとうに最悪の見本でした」
「……容赦ないな」
馬鹿にするような第二王子の発言に、腹を立てる様子もなく。
フォード王子は、やるべきことをやるだけだとでも言うように。
「世の中は複雑だ。
誰も本心で語るものはおらず、何を考えているかを知ることは難しい」
そうした腹芸は貴族の宿命。
それも貴族に生まれた以上は、仕方のないことです。
「無意識に見たくもないものには蓋をしているものだ。
そうして見なかった物の中にこそ、真実が紛れている。
見たくない理由は――恐れだ」
「恐れ、ですか……?」
テオドール王子が、きょとんと首を傾げました。
「ああ、ジュリーヌが裏切っているかもしれないという恐れ。
自分のしたことが、間違っているかもしれないという恐れ」
――うすうす、何かがおかしいことは分かっていた
――でも気が付いたときには、引き返すことが出来なくなっていた
昔を振り返るようなフォード王子の口調。
「テオドールの視野を狭めているのは。
魔族が人間に襲い掛かってくるかもしれない、そういう恐れではないか?」
分かり切ったことを、あえて口にするフォード王子。
「僕たちは、国民の命を背負っているんです。
恐れすぎるぐらいでも、ちょうど良い」
テオドール王子は、少しムキになったように答えました。
「ああ、上に立つものは臆病なぐらいでちょうど良い。
石橋を叩いて叩いて、絶対に崩れないことを確認するぐらいでちょうど良い。
……だからこそ、人間であるフィーネを信じる決断をした魔王の凄さも分かるのではないか?」
「……フィーネだから信じることにしたのだ。
それ以上でも、それ以下でもない」
ふん、と魔王様が鼻を鳴らします。
「……そこが信じられないと言っているのですよ」
心底理解できない、とテオドール王子は首を振りました。
「魔族が人間と和平を結ぼうとする動機がない。
契約を結んだが最期で、反撃できない人間に魔族の群れが襲い掛かってくるのではないですか?」
「そんな卑怯なことはしませんよ!」
思わず声を上げてしまいました。
それが先代魔王からの悲願で、魔王様の悲願でもあって。
――どちらも幸せになれる未来があるはずなのに。
どうして分かってもらえないのか。
人と人が分かり合うのは本当に難しい。
◇◆◇◆◇
「……本当は、信じたいと思っています」
ポツリと、テオドール王子が呟きました。
交渉の場では見せるべきではない、それは思わずこぼれてしまった本心でしょうか。
「でもフィーネさんが、こうして交渉の場に着くことになる意味が分からないんです。
魔族が、憎き人間であるフィーネさんを代表として送り込む理由が。
フィーネさんが魔族にそこまで肩入れする理由が」
「……フィーネは、魔族にとっての恩人だからな」
魔王様、それでは言葉が足りません。
テオドール王子が、頭にクエスションマークを浮かべています。
「昔、私は魔族を助けたらしいんですよ。
アビーっていう可愛らしい猫の魔族なんですけどね――」
私は魔族領で聞かされたことを、話してみせます。
「な……。結界が何の効果も無かっただと!?」
「結界内に、ふらふらっと魔族が遊びに来ていた!?」
ギョットした様子のテオドール王子とフォード王子。
国王だけが、余裕の表情を浮かべていました。
「あ、ほかにも私の回復魔法が魔族にも効果があったのも。
信用してもらえた理由かもしれませんね」
思い出したように私は付け加えます。
「ゾンビ門番のヴィルの虫を治しました。
兵士長のブヒータさんの二日酔いにも効いたんですよ?」
「ふ、二日酔い……?」
きょとんとしたテオドール王子の、純粋な眼差しが痛いです。
フォード王子が、追放された先でそんなことをしていたのか……と呆れたような視線を向けてきますが無視します。
そう噛みつくように言うテオドール王子。
相手はこれまで恐れてきた魔族。
テオドール王子の恐れは、痛いほど分かります。
儀式魔法による誓約は強力です。
自身の判断が、国民の未来を左右するというプレッシャー。
テオドール王子の苦しみは――同じ王族であるフォード王子にしか分からないものなのでしょう。
「テオドールよ。
恐れは目を曇らせるものだ」
フォード王子は、優しくこう語りかけたのでした。
「私は、これまで見たいものだけを信じてきた。
――ジュリーヌ・カレイドルを盲目的に信じ、良いように踊らされた」
フォード王子は、苦々しそうに言葉を継ぎます。
大切な想いを忘れないように、苦々しさと愛おしさが同居しているような複雑な表情。
「知っています。
あんなに見え見えの芝居に引っかかって、馬鹿だなと思いましたよ。
その癖に、行動だけは迅速で――兄上は、ほんとうに最悪の見本でした」
「……容赦ないな」
馬鹿にするような第二王子の発言に、腹を立てる様子もなく。
フォード王子は、やるべきことをやるだけだとでも言うように。
「世の中は複雑だ。
誰も本心で語るものはおらず、何を考えているかを知ることは難しい」
そうした腹芸は貴族の宿命。
それも貴族に生まれた以上は、仕方のないことです。
「無意識に見たくもないものには蓋をしているものだ。
そうして見なかった物の中にこそ、真実が紛れている。
見たくない理由は――恐れだ」
「恐れ、ですか……?」
テオドール王子が、きょとんと首を傾げました。
「ああ、ジュリーヌが裏切っているかもしれないという恐れ。
自分のしたことが、間違っているかもしれないという恐れ」
――うすうす、何かがおかしいことは分かっていた
――でも気が付いたときには、引き返すことが出来なくなっていた
昔を振り返るようなフォード王子の口調。
「テオドールの視野を狭めているのは。
魔族が人間に襲い掛かってくるかもしれない、そういう恐れではないか?」
分かり切ったことを、あえて口にするフォード王子。
「僕たちは、国民の命を背負っているんです。
恐れすぎるぐらいでも、ちょうど良い」
テオドール王子は、少しムキになったように答えました。
「ああ、上に立つものは臆病なぐらいでちょうど良い。
石橋を叩いて叩いて、絶対に崩れないことを確認するぐらいでちょうど良い。
……だからこそ、人間であるフィーネを信じる決断をした魔王の凄さも分かるのではないか?」
「……フィーネだから信じることにしたのだ。
それ以上でも、それ以下でもない」
ふん、と魔王様が鼻を鳴らします。
「……そこが信じられないと言っているのですよ」
心底理解できない、とテオドール王子は首を振りました。
「魔族が人間と和平を結ぼうとする動機がない。
契約を結んだが最期で、反撃できない人間に魔族の群れが襲い掛かってくるのではないですか?」
「そんな卑怯なことはしませんよ!」
思わず声を上げてしまいました。
それが先代魔王からの悲願で、魔王様の悲願でもあって。
――どちらも幸せになれる未来があるはずなのに。
どうして分かってもらえないのか。
人と人が分かり合うのは本当に難しい。
◇◆◇◆◇
「……本当は、信じたいと思っています」
ポツリと、テオドール王子が呟きました。
交渉の場では見せるべきではない、それは思わずこぼれてしまった本心でしょうか。
「でもフィーネさんが、こうして交渉の場に着くことになる意味が分からないんです。
魔族が、憎き人間であるフィーネさんを代表として送り込む理由が。
フィーネさんが魔族にそこまで肩入れする理由が」
「……フィーネは、魔族にとっての恩人だからな」
魔王様、それでは言葉が足りません。
テオドール王子が、頭にクエスションマークを浮かべています。
「昔、私は魔族を助けたらしいんですよ。
アビーっていう可愛らしい猫の魔族なんですけどね――」
私は魔族領で聞かされたことを、話してみせます。
「な……。結界が何の効果も無かっただと!?」
「結界内に、ふらふらっと魔族が遊びに来ていた!?」
ギョットした様子のテオドール王子とフォード王子。
国王だけが、余裕の表情を浮かべていました。
「あ、ほかにも私の回復魔法が魔族にも効果があったのも。
信用してもらえた理由かもしれませんね」
思い出したように私は付け加えます。
「ゾンビ門番のヴィルの虫を治しました。
兵士長のブヒータさんの二日酔いにも効いたんですよ?」
「ふ、二日酔い……?」
きょとんとしたテオドール王子の、純粋な眼差しが痛いです。
フォード王子が、追放された先でそんなことをしていたのか……と呆れたような視線を向けてきますが無視します。
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