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59. 人間の醜さなど、とうに知っている

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 不意打ちを喰らったとはいえ、トップクラスの魔族を良いように拘束するなんて。
 いったいどれほど強靭な鎖なのでしょうか。


「――ヴァルフレア様!」

 魔王様は、忌々しそうに自身を戒める鎖を見つめました。


 ここで問題になるのは、神聖魔法の魔力は魔族にとっては毒になるという事実。
 魔王様もメディアルも強大な魔族ではありますが、浴びせられている魔力はあまりに莫大です。
 今すぐに死に至るものでなくとも、その毒はじわりじわりと体を蝕んでいきます。
 

 ――ど、どうしましょう


 この場を打開するための方法を考えていると、


「ふふふ、ここまで都合よく物事が進むとは思わなかったよ。 
 フォードとジュリーヌ・カレイドルを、好き勝手に行動させたのは正解だったようだね」

 国王が、ひどく上機嫌にそう話しかけてきました。


「父……上?」    
「よくやったぞ、フォード・エルネスティア。
 こうして単身で魔王を、この地に呼び寄せたこと。
 先代国王からの悲願を、ようやく私の代で叶えることができそうだ」

 皮肉なものです。
 私たちが和平協定を結ぶことを考えている間に、人間の王は虎視眈々と魔王を殺す機会をうかがっていたのですから。


「人間め。またしても卑怯なマネを!!」

 アルテの部下の魔族が、怒りに任せて国王に襲い掛かろうとしましたが、

「やめろ」

 鋭い声で魔王様が制止。

「ここまで明確な敵意を見せられたのです。
 どうして止めるのですか!?」

「奴の周囲を、注意深く見てみろ。
 あれは、高位の聖属性の防御術式、並の魔族では触れただけで致死毒だ。
 ……先代魔王も、随分とあれに苦しめられたと聞いている」

 拘束されながらも、冷静に国王を観察する魔王様。
 とびかかろうとした魔族は、悔しそうに歯ぎしりしました。



◇◆◇◆◇

「それで、人間の王よ。どうするつもりだ?」

 拘束されているにも関わらず、場の支配者のごとく泰然と。
 魔王様が国王に問いかけました。

「その有り余る儀式魔法の効力で。
 このまま我の命を奪いに来るか?」

 挑発するような魔王様の声。
 魔族たちが敵意を込めて、国王を警戒しています。

「魔族の王よ。
 そのような危ない橋を、私が渡るはずがないであろう?
 残念ながら、私の役割はここまでだよ」


 国王が裁判所の外に合図を送ると、鎧を身に纏った兵士の集団が駆け込んできました
 どうやら兵たちを待機させていたようです。

「誇り高きエルネス騎士団よ。
 よくぞこの国難に駆けつけてくれた」

 国王は優雅に騎士団を出迎えました。
 恭しく頭を下げる騎士団長の前まで歩くと、今回の任務を伝えます。


「こたびの騒ぎは、すべて国家転覆を図った――フィーネ・アレイドルによるものだ。
 魔族による武力蜂起に、魔王の召喚まで成し遂げた。
 これは国の重篤な危機である」

「でたらめを言わないでくださいな」


 この親にして、この子ありか!
 思わず声を上げますが、無駄であることは薄々と察してしまいます。

 騎士団は、王家の剣であり盾でもあります。
 その任務に私情を挟むことは許されず。
 国王が決めたことなら、騎士団は異を唱えず任務を遂行することでしょう。


「何を言われても、決して耳を貸してはならぬぞ。
 ここに集まったものは、フィーネ・アレイドルを中心に集められた魔族の兵だ。
 この場に魔族の兵が集結できたことの意味は分かるな?
 手引きした人間も大勢いるということだ。
 ――ここには、魔族に味方する多くの人間が集まっている」

「ま、まさか。
 この場にいるものが、全員そうだと……?」

 困惑したように兵が聞き返しました。

 この場には多くの有力貴族がいます。
 私の実家であるアレイドル公爵家も、その筆頭でしょう。


「ああ。国を滅ぼすための危険な同盟だ。
 どのような甘言を囁かれたとしても、決して発言に耳を傾けてはならぬ。
 躊躇はいらぬ。皆殺しにせよ」

 ――なるほど、それが国王の導き出す結論なのですね。

 

 ここで行われるのが、ただの虐殺だったにせよ。
 その善し悪しを判断するのは、生き残った民衆です。
 集められた騎士団は、忠実に任務を遂行するでしょう。

 フォード王子とジュリーヌさんたちを、野放しにしていたことに違和感は覚えていましたが。
 このような凶行に及ぶとは、予想もしていませんでした。
 

 ――最悪です
 ――人間とはこうも汚いものだったのか

 人間の汚さを、まじまじと見せつけられた気分です。
 ふつふつと怒りが湧いてきます。


 ――こんな愚かな命令を下す国王も
 ――その任務を忠実に果たそうとしている騎士団だって



 この国は、正しいものが報われない場所です。
 貴族社会は、ずる賢いものがのし上がり正直者はバカを見るろくでもない場所。 
 これまでの恩を仇で返すがごとく、最終的には冤罪で魔族領に追放された過去。

 今回のことだってそう。
 和平を望んだ私たちに、国王は何をしようとしている?


 ――こんな、ひどい騙し討ち


 口封じのために、生き残りを皆殺しにする。
 こんな方法を取ってまで、成し遂げたいというのでしょうか。


 今日1日で、いろいろありすぎました。
 ふとジュリーヌさんに言われたことを思い出します。

 自らの敵対するものに興味のない――人間味のない人間でしたっけ。
 私は我慢しすぎていたのでしょうか?


 ――こんな国に、存在価値は本当にあるのでしょうか
 ――いっそ、本当に滅んでしまった方が良いんじゃないでしょうか?



「フィーネ!」

 国王のふるまいを見てよぎった、恐ろしい思考。
 そんな思考は、魔王様の呼びかけにより止められます。


「人間の醜さなど、とうに知っている」

 先代国王の裏切りを知っているからこそ。
 魔王様の言葉は重々しく響きます。

「余が決意できたのは、貴様が道を示してくれたおかげだ。
 ふたたび夢を見ることができたのも、貴様がいたからこそだ。
 ……ここに来た理由、忘れてくれるなよ?」


 神聖魔法により体を拘束されたまま。
 毒に身を侵されながらも、唸るように魔王様はそう言いました。

 ――私たちの悲願、ですか。

 嬉しいことを言ってくれます。
 
「これ以上人間の汚いところを見せて失望される訳にはいきませんね」


 国王と同じレベルまで、私がちてどうするというのか。

 こんなところで足を止めてはいられません。
 この状況を打開するためにも、まずは魔王様を助ける。

 私は覚悟を新たに行動を開始します。
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