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25. アビーが魔族だと知っていれば、真っ先に逃げたと思いますよ

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「余計なこと、なんてそんなはずありません。
 調子に乗って羽目を外した私が悪いんです。
 ほんと、お恥ずかしい限りです……」

 こう答えた私に、魔王様は何も答えませんでした。
 何を話せばよいのか分からない、そんな沈黙。

「大事な恩人……とおっしゃいましたね?」
「余の大切な忠臣・アビーを助けてくれたこと。
 人間界で兵士に囲まれ、命を落とすところだったと聞いている。
 そんな中、魔族にも届く『奇跡の癒し』を使って治癒したと、アビーが興奮して話していてな」

 魔王様は面白そうに言いました。
 「奇跡の癒し」などと大層な持ち上げられ方をしていますが、私の魔力適正は特別高いわけではありません。

「大げさですよ、ヴァルフレア様」
「ただの事実だ。
 その場にいたのがフィーネ嬢以外なら、アビーは助からなかっただろう」

 そもそも、と魔王様は言葉を続けます。

「人間界ではとどめを刺そうとする者が大半であろう。
 恐怖の象徴たる魔族を治療する酔狂なものなど、そうはおるまい」

 それは否定できません。

 結界を貼って、決して魔族を生活圏に入れない。
 私たち人間は、そうすることで魔族への恐怖を飲み込み安全を守ってきたのです。
 結界内で見かけた魔族に対して、手心を加える者はいないでしょう。

 そして、それは私も例外ではありません。

 幼い私は、ただ哀れな死にかけの猫を助けたかっただけ。
 アビーが魔族であることを知ったうえで、治療を試みたわけではありません。
 そんな内心もあり、私は魔王様の感謝の心を素直に受け取ることができませんでした。

「あの時は、アビーのことをただの猫だと思っていましたから。
 アビーが魔族だと知っていれば、真っ先に逃げたと思いますよ」
「そうか……」

 居たたまれずつい出てきた本音に対して、ヴァルフレア様はただひと言。

 今後のことを考えるなら、魔族に対して昔から友好的だったとウソをつくべきだったのかもしれません。
 それでも魔族領に来てからしてもらったことを考えると、ここで魔王様を騙す形になるのは不誠実に思いました。


 ――失望されるかもしれないな

 今になって、これだけ魔王城でもてなされた理由も想像が付いた気がします。

 魔族に対して友好的な人間、というのはさぞかし珍しかったのでしょう。
 魔族相手にも無条件で癒しの力を行使する人間となれば尚更です。
 さらには私の【元・公爵令嬢】という肩書き。

 それなりの地位の者が、親・魔族派であること。
 魔族を束ねるものとして、私は重要な立ち位置にいるのでしょう。

 否、重要な位置にのでしょう。
 今、私にはこうして魔王城でもてなしを受けるような価値なんて……

「そんなことはどうでもいい。
 事実、貴様はアビーの恩人であり。
 ……この国の恩人だ」

 どんな答えが返ってくるかと、戦々恐々として待つ私でしたが。
 魔王様は優しい笑みを浮かべると、そう言いました。

 どういうことでしょう?
 意図が読めず、私はおずおずとヴァルフレア様を見上げます。
 ヴァルフレア様は、普段のように目線を逸らすことなく真っ直ぐとこちらを見つめ返してきました。

 はじめて、ようやくヴァルフレア様と目線が合った気がします。


 その瞳に浮かんでいたのは、大切なものを慈しむような色。
 最初に受けた印象がウソのような、どこまでも優しい表情でした。
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