猛焔滅斬の碧刃龍

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1章【地獄のスパルタ訓練編】

第105話・初めての嘘

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 ──『都市防衛結界・試作型』。
 そう名付けられた魔導具には、『従来型』との決定的な違いがある。
 例えば、王都クローネで使用されている防衛結界。
 それは、“街の外側”から、“街中央の上空へ向けて”生成される仕組みとなっている。
 だが、グレイスが起動したその結界は、従来型とは真逆の性質を持つ。
 つまり、“街中央の上空”から、“街の外側へ向けて”形成される代物であるのだ。

 まず、街の中央に魔導具を設置。
 上空へ魔力を打ち出した後に、傘が広がる様に街全体を覆うという仕組みである。
 そうする事で、有事の際に結界が破損した場合、即座に修復作業に取り掛かれる訳だ。
 だが、一見すると従来型よりも安定性に優れた装置に見えるソレは、現状として実用化に至っていない。
 端的にまとめるなら、が悪すぎるのが原因だからだ。
 加えて、“1つの魔導具で街全体をカバーする”、という仕組みである以上、その魔導具に掛かる負担は絶大。
 継続使用に必要な魔力石の確保、整備可能な人材の育成や、製造におけるコストパフォーマンス⋯⋯。 
 即ち、この魔導具を表す言葉とは、
(──“欠陥品”という他無い。⋯⋯が、それならば、せめて⋯⋯っ!!)
 強く踏み込み、グレイスは限界までレバーを引き下げる。
 彼女が思い至ったその魔導具使用方法とは、本来とは“真逆”であった。
 現段階としてその装置は、結界の生成すら叶わない。   
 だが、装着している魔力石自体は、超高密度のエネルギーの結晶である
 少なからず、グレイスの計算上では街全体を覆える魔力量だ。
 そして、現在のこの魔導具が可能としている段階は、2つ。
 起動と“魔力の打ち上げ”⋯⋯。“一直線上にエネルギーを放出する”という点である。
 つまり、それが意味する事とは、結界の生成による防御ではなく、その真逆。 
 超高密度エネルギーの一斉発射による、攻撃能力の発動であった。

「オオオ⋯⋯ウヴォアァァァア──ッッッ!!」

 自身に迫る魔力砲に対し、黒異人コクトば火球を発射。
 2つの高密度エネルギーは激しく衝突し、眩い閃光を発した。
 周囲にいる冒険者達でさえ、衝撃波に対して踏み止まるのがやっとの事。 
 手が離せない状態の黒異人コクトへ追撃するなど、不可能に近い現状であった。
 
「皆さん、私の後ろへ移動して下さい!!」

 大声で叫ぶグレイスの指示によって、冒険者達は退避を開始する。
 だが、エネルギーの衝突によって、大きな衝撃が発生したその時だった。

「うぐ⋯⋯ッ!!」

 ヴィルジールが、地面へと倒れ込む。
 先に黒異人コクトの攻撃を受け流した事で、彼の肉体は限界を超えていたのである。
 ──最早彼は、自分の足では歩けず、意識を保つ事で精一杯の状態だった。

「早く肩に掴まれ!! 撤退するぞ!!」
「ま⋯⋯待て、待ってくれ。──グレイスっ!!」

 半ば強引に抱えられ、ヴィルジールは後退する。
 だが、この時。魔導具の傍から一向に離れないグレイスを見て、彼の中にはある“予感”が生まれていた。

「お前も、早く来い!! まだ転移装置が動くかもしれない!!」
「⋯⋯⋯⋯。」

 グレイスの心拍は、大きく上がった。
 『早く来い』。主からのその言葉は、下僕にとっては命令に等しい。
 それを最も理解しているグレイスだからこそ、ここで“命令に背く”という事へ躊躇が生まれたのだった。

「⋯⋯ヴィルジール様、」
「早く来いっつってんだろッッ!!」
「ヴィルジール様ッ!!!」

 ──だが、しかし。
 ここで、ヴィルジールの“予感”が的中した。

「この魔導具は、欠陥品でして。
 今、私がこのレバーから手を離してしまったら、装置は⋯⋯」
「なら、そこを変われ!! 俺が──」
「っ⋯⋯!! 私の魔力でしか起動出来ないんです!!
 今! 私が! 動いてしまったら! 皆が死んでしまうんですッ!!」

 “レバーから手を離すと装置が停止する”、それは事実であった。
 だか、もう一つ。“自身の魔力でしか起動出来ない”という点については、グレイスの嘘であった。
 それは、グレイスがヴィルジールという人間をよく知っていたから出てきた嘘である。

 ──自ら犠牲になろうとしている相手に、
   彼であればその役割を代わろうとするだろう──

 それを見越して、グレイスは発言したのだった。
 そしてその嘘は、彼女がヴィルジールに対して、初めてついた嘘であった。

「──私とヴィルジール様が出会って、3年経った日。
 貴方は、私を連れ出しましたよね? “彼”が眠っている墓へ。
 ⋯⋯貴方の前で初めて涙を見せた日です。忘れる訳がありません」
「何を言ってる⋯⋯早くこっちに──」
「その日。そのまま貴方は、“彼”の家へと私を連れて行ってくれました。
 そして、見つけた。“彼”が死の寸前まで研究を続けていた、この魔導具を。
 私は、その時に誓ったのです。
 生涯をかけて、この魔導具を完成させると。
 そして、完成した魔導具で、多くを救うのだと」
「そんな事は、今はいいだろ⋯⋯? 早く⋯⋯」
 
 表情を見せぬグレイスに、ヴィルジールは手を伸ばす。
 決して届く事のない距離だが、彼の想いだけは伝わっていた。
 弱々しく、言葉にならない声から伝わってくる、“死ぬな、生きろ”という想いが。

「まぁ、結局。完成させる事は出来なかったですけど。
 ⋯⋯でも、誰かを救う、という点については役に立ている様です。
 ⋯⋯えへへ。意外と、気分が良いです。
 ──人を嫌った私が、人の為に命をかけるなんて⋯⋯」
「ヴオオォォォァァァァァア────ッッッッ!!!」

 轟々と、空気が揺れる。
 
 黒異人コクトの火球は勢いを増し、魔導具の放出エネルギーを押し始めたのである。

「──ヴィルジール様」
「ぐ、グレイス、」
「もし⋯⋯生き残れたら、私の事、忘れないで頂けますか?」

 振り返り、グレイスが表情を見せる。
 涙を浮かべながらも、笑顔で語り掛ける彼女に、ヴィルジールは言葉が出せなかった。

「ウウヴァァァァァァアァァァアアアアァァァ────ッッッ!!!!」

 パキン。
 魔力石に、亀裂が入る。
 その直後だった。

「ありがとう。私の──」

 

 そこから先は、爆音によって掻き消される。
 グレイスが魔導具のエネルギー出力を限界まで上げ、意図的に暴発させたのである。
 その結果、負荷に耐え兼ねた装置は大爆発を起こし、爆風によって黒異人コクトの火球を僅かに押し返す事に成功。
 ──そして、それが明暗を分けた。

「くっ⋯⋯そォォ!!」
「たッ、退避を!!」
「無理だ、間に合わ──」
 
 冒険者達が、咄嗟に動こうとする中。
 ヴィルジールの目の前は、ただ真っ白であった。

「──皆、私の近くに!!」

 真っ白なワンピースを揺らし、その少女は叫ぶ。
 ヴィルジールを真っ先に抱えた彼女は、即座に他の冒険者に手を伸ばした。
 訳も分からぬまま、冒険者達は動きを止める。
 刹那、迫り来る火球という光景から、景色は一変。
 紙一重で幼女が転移魔法を発動し、冒険者達は付近の村へと飛ばされたのであった。

「⋯⋯ごめんなさい。あの子、助けられなかった。
 だけど、あの子が時間を稼いでくれたお陰で──」
「⋯⋯⋯⋯。」

 幼女の話に、ヴィルジールは反応を見せなかった。
 虚ろげな目で地面を見つめる彼に、幼女は口を閉じる。
 駆け寄ってくる村人達を背に、幼女はその場を後にするのであった。

 ──ありがとう。私の愛した人──

 その言葉は、ヴィルジールの中でこだまし続けた。

 雨は一層激しさを増し、大地に降り注ぐ。
 地面に生まれる水溜まりには、瞳から光を失った、1人の男が映っているのであった──⋯
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