猛焔滅斬の碧刃龍

ガスト

文字の大きさ
上 下
97 / 111
1章【地獄のスパルタ訓練編】

第96話・スタートライン

しおりを挟む
 魔王城の周辺には、大きな街が広がっている。
 付け加えるなら、「廃墟の」という言葉が最適だろう。
 閑散とした街は、常に黒色の濃霧(のうむ)に覆われており、禍々しい雰囲気を放っているからだ。
 家屋や商店街こそ見受けられるが、人間はおろか魔物すらもこの街には存在しない。
 ──そう、普段であれば。
 
「ひあああーーっっ!?」

 慌てる猛紅竜(もうこりゅう)は、勢いよく路地裏から飛び出す。
 大通りに出た彼は、ドリフトしながら方向展開して凄まじい速度で疾走を始めた。
 その直後、猛紅竜が通ってきた裏路地を破壊して、1人の魔族が姿を現す。

「──ギャハハハ! 虫みてえな声出すなタコ!」

 愉快げに嗤(わら)う男の名前は“ティガ”。
 魔王軍の幹部として、【豪拳(ごうけん)】の2つ名を与えられている魔族である。
 180cm強の背丈に加え、筋肉質なガタイと不良の様な出で立ちをしており、凶暴な性格の持ち主だ。 
 しかし実戦では、相手に万全の状態で自身になど、武人気質な一面もある。
 小細工無しのステゴロでの決着を好む、人類にとって“最も強力な魔王幹部”として知られている存在だ。

「ハァ⋯ハァ⋯⋯!!」
「んん~? どこいったあ~~??」

 物陰に隠れる猛紅竜は、音を殺して息を整える。
 家屋と家屋の隙間からは、ギョロギョロと目を動かすティガの姿があった。
(あれは完全に、“獲物”を探す目じゃねーか⋯⋯)
 ティガから視線を外し、猛紅竜は壁に寄り掛かる。
 今は僅かながらでも回復に専念すべきだと、彼は深呼吸をしてゆっくりと瞬きをした。

「──よう♡」
「ふぁッ!??!!?」

 猛紅竜が目を開いた瞬間だった。
 満面の笑みを浮かべたティガが、猛紅竜に“壁ドン”を仕掛けたのは。

「くッ⋯⋯!!」
「いいぞぉ! 走れ走れぇ!」
 
 走り出す猛紅竜を、ティガは追い掛けない。
 「いつでも捕まえられる」とでも言わんばかりの表情で、彼は走り去る猛紅竜を見送った。
(くそっ。魔力感知が使えないせいで、周囲の地形が把握しにくいな⋯⋯)
 脚力に一定の自信があった猛紅竜は、止まない冷や汗を拭いながら駆ける。
 彼を悩ませていたのは、“魔力感知が展開困難”な点だった。
 
 ──「何かを認識する」には、必ずそれを「伝達する何か」がある。
 「情報」が、「伝達」され、「認識」に至る訳だ。
 それは音であったり、光であったり、匂いや手触りであったり。
 魔力感知もまた、例外ではない。
 僅かな魔力の波を飛ばし、何かにぶつかって跳ね返ってきた情報を認識する⋯⋯。
 端的な話、エコロケーションと同じである。
 そして、この魔王城周辺においてソレは、不可能に近い技術であった。
(──原因は、ここら辺の魔力の濃度が高いせいか?)
 猛紅竜の読みは当たっていた。
 魔王城の周囲は、城下町も含めて異常なまでに魔力の濃度が高くなっている。
 そのせいで、“魔力の波”そのものが発せられないのだ。
 例えるなら、水中で霧吹きを使っている様な状態である。

「ハァッ! ハアァッ! し、死ぬ⋯⋯!!」

 今まで当然の様に出来ていた、「周囲の把握」。
 それが出来なくなった事で、猛紅竜は自身の行動に対しての“正確性”が分からないでいた。
 迷路の様に複雑な街中を、俯瞰(ふかん)の視点からの認識が不可となっている現状。
 右に行くか、左に行くか、直進か、引き返すか。
 全ての選択肢がプレッシャーとなり、猛紅竜を追い詰めていた。
 ──だが、しかし。
(匂いと音⋯⋯。頼れるのは、鼻と耳しかない⋯⋯!)
 今まで、魔力感知という便利な能力に頼ってきた猛紅竜は、ここにきて凄まじい集中を発揮していた。
 これこそが本来の力。人間では到底真似できない、魔物(ドラゴン)としての“燗筒(かんとう) 紅志(あかし)”であった。

「──あ~か~し~ちゃ~ん!!」
「うえッ!?」
 
 ──とはいえ、相手は魔物より上位の存在。
 それも、魔王軍で幹部と呼ばれる程の魔族の男である。
 たかが幼竜一匹など遊び相手にもならず、今までも単に様子を見ていただけ。
 そして、そもそもの話だが、この城下町は魔王とその幹部が所有している場所。
 圧倒的な速度など関係無く、地理を理解し利用した上で追い詰めていたのであった。
(捕まったら半殺し! 捕まったら半殺し!)
 大いに焦りながら、猛紅竜は必死に駆け回る。
 裏路地に入り、細かな道を駆使してティガを振り切ろうとする彼だったが、

──バゴォオオオンッッ!!

「げぇッ!?」 

 先回りしていたティガが、家屋を破壊して登場。
 捕まった猛紅竜は、絞め殺す勢いでハグをしてくるティガから逃れようと藻掻(もが)く。
 しかし、必死の抵抗も虚しく、全身の骨が砕ける音と共に彼の意識は遠のいていった。


NOW  LOADING⋯


「──バカぁッッ!!」

 ガツン! という鈍い音で、俺は目を覚ました。
 直前に幼女の怒鳴り声が聞こえた気がしたが⋯⋯はて、何事だろうか?
 というか、俺はティガと共に“特訓”の最中だったハズだが、どうなったんだっけ?
 ティガに捕まった所までは覚えてるが⋯⋯
 
「⋯⋯ん?」

 頭を擦りながら、俺は起き上がる。
 そして、目に入った珍妙な光景に、思わず呆然とした。

「まず1つ! 紅志を殺そうとしないで!」
「いや、殺そうとはしてないぜ?
 捕まえたから、ギューってしただけで⋯」
「ギューだけでも、あのコは死んじゃうの! 下手したらね! ハグは私も好きだけど、相手を選びなさい!
 ⋯⋯それに! この“特訓”のルールは、『建物を破壊しない事』でしょ!」
「あァ? それはアイツのルールだろ?
 なんで俺までそれに従わなきゃなんねぇんだ?」
 
 2人共っ! 俺の為に喧嘩しないでっ!
 ⋯⋯いやマジで、2人の怒りの威圧感で死にそうだから。
 見ているだけでも、冗談抜きで圧(お)し潰されそうだぜ。
 
「⋯⋯あ、起きた? 全身の骨が折れてから治しといたけど、大丈夫? 痛くない?」
「あ、あぁ。なにも問題無い⋯⋯って、骨がなんだって??」
「いやいや。問題無いならオッケーオッケー。
 取り敢えず、休憩にしよっか」
「⋯⋯いいのか? 休んでる暇なんて──」
「“力とは、厳しい鍛錬によって生まれ、それに見合った休息を取ってこそ習得に至る”。
 これ、星廻龍(せいかいりゅう)直伝の修行方法だから♪」

 ドヤ顔で語り、幼女はウインクをする。
 何はともあれ、休めるなら有難いし、可能な限り休んでおこう。
 
「ったく。コイツって甘っちょろいよなぁ、紅志?」
「ゑッ!? いや、そんな事はないと⋯⋯」
「なにぃ? 甘ったれてんじゃねえーぞ! 
 ⋯⋯よォし。次の特訓は、更に難易度を上げてやるぜ!!」
「か、カンベンして⋯⋯」

  俺の肩に手を回すティガは、さながらダル絡みしてくる上司や先輩の様。
 しかし、どこか嫌悪感というものが湧いてこないのは、何故だろうか。
 ⋯⋯まぁ多分、ティガも魔王と同じで、格下に対して排他的な感情を向けていないのが原因だろう。
 顔も言葉使いも怖いトコがあるが、あくまで“そういうキャラクター”って感じがする。
 仲良くなれたら、楽しいヤツなんだろうなぁ。

「⋯⋯フフッ♪」
「ぉん? 何笑ってんだ、アルノヴィア」
「べっつにぃー?? 
 あんまり、紅志をいじめちゃダメだからねー?」

 どこか愉快げな幼女は、純白のワンピースを靡(なび)かせる。 
 不思議なその様子に、同時に首を傾げる俺とティガであった。



 【本日の修行内容】
・体力、及び脚力の向上を旨とした特訓を実施。
 凶暴なティガが相手になる事で恐怖心を煽り、全力での疾走を長時間行わせた。
 加えて、街中での特訓により、小回り・立ち回りのセンスを把握した。改善の余地は、大いにアリ。


 今後の特訓次第では、大幅な伸びが予想される──⋯
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

強さがすべての魔法学園の最下位クズ貴族に転生した俺、死にたくないからゲーム知識でランキング1位を目指したら、なぜか最強ハーレムの主となった!

こはるんるん
ファンタジー
気づいたら大好きなゲームで俺の大嫌いだったキャラ、ヴァイスに転生してしまっていた。 ヴァイスは伯爵家の跡取り息子だったが、太りやすくなる外れスキル【超重量】を授かったせいで腐り果て、全ヒロインから嫌われるセクハラ野郎と化した。 最終的には魔族に闇堕ちして、勇者に成敗されるのだ。 だが、俺は知っていた。 魔族と化したヴァイスが、作中最強クラスのキャラだったことを。 外れスキル【超重量】の真の力を。 俺は思う。 【超重量】を使って勇者の王女救出イベントを奪えば、殺されなくて済むんじゃないか? 俺は悪行をやめてゲーム知識を駆使して、強さがすべての魔法学園で1位を目指す。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

「元」面倒くさがりの異世界無双

空里
ファンタジー
死んでもっと努力すればと後悔していた俺は妖精みたいなやつに転生させられた。話しているうちに名前を忘れてしまったことに気付き、その妖精みたいなやつに名付けられた。 「カイ=マールス」と。 よく分からないまま取りあえず強くなれとのことで訓練を始めるのだった。

処理中です...