猛焔滅斬の碧刃龍

ガスト

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1章【地獄のスパルタ訓練編】

第96話・スタートライン

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 魔王城の周辺には、大きな街が広がっている。
 付け加えるなら、「廃墟の」という言葉が最適だろう。
 閑散とした街は、常に黒色の濃霧(のうむ)に覆われており、禍々しい雰囲気を放っているからだ。
 家屋や商店街こそ見受けられるが、人間はおろか魔物すらもこの街には存在しない。
 ──そう、普段であれば。
 
「ひあああーーっっ!?」

 慌てる猛紅竜(もうこりゅう)は、勢いよく路地裏から飛び出す。
 大通りに出た彼は、ドリフトしながら方向展開して凄まじい速度で疾走を始めた。
 その直後、猛紅竜が通ってきた裏路地を破壊して、1人の魔族が姿を現す。

「──ギャハハハ! 虫みてえな声出すなタコ!」

 愉快げに嗤(わら)う男の名前は“ティガ”。
 魔王軍の幹部として、【豪拳(ごうけん)】の2つ名を与えられている魔族である。
 180cm強の背丈に加え、筋肉質なガタイと不良の様な出で立ちをしており、凶暴な性格の持ち主だ。 
 しかし実戦では、相手に万全の状態で自身になど、武人気質な一面もある。
 小細工無しのステゴロでの決着を好む、人類にとって“最も強力な魔王幹部”として知られている存在だ。

「ハァ⋯ハァ⋯⋯!!」
「んん~? どこいったあ~~??」

 物陰に隠れる猛紅竜は、音を殺して息を整える。
 家屋と家屋の隙間からは、ギョロギョロと目を動かすティガの姿があった。
(あれは完全に、“獲物”を探す目じゃねーか⋯⋯)
 ティガから視線を外し、猛紅竜は壁に寄り掛かる。
 今は僅かながらでも回復に専念すべきだと、彼は深呼吸をしてゆっくりと瞬きをした。

「──よう♡」
「ふぁッ!??!!?」

 猛紅竜が目を開いた瞬間だった。
 満面の笑みを浮かべたティガが、猛紅竜に“壁ドン”を仕掛けたのは。

「くッ⋯⋯!!」
「いいぞぉ! 走れ走れぇ!」
 
 走り出す猛紅竜を、ティガは追い掛けない。
 「いつでも捕まえられる」とでも言わんばかりの表情で、彼は走り去る猛紅竜を見送った。
(くそっ。魔力感知が使えないせいで、周囲の地形が把握しにくいな⋯⋯)
 脚力に一定の自信があった猛紅竜は、止まない冷や汗を拭いながら駆ける。
 彼を悩ませていたのは、“魔力感知が展開困難”な点だった。
 
 ──「何かを認識する」には、必ずそれを「伝達する何か」がある。
 「情報」が、「伝達」され、「認識」に至る訳だ。
 それは音であったり、光であったり、匂いや手触りであったり。
 魔力感知もまた、例外ではない。
 僅かな魔力の波を飛ばし、何かにぶつかって跳ね返ってきた情報を認識する⋯⋯。
 端的な話、エコロケーションと同じである。
 そして、この魔王城周辺においてソレは、不可能に近い技術であった。
(──原因は、ここら辺の魔力の濃度が高いせいか?)
 猛紅竜の読みは当たっていた。
 魔王城の周囲は、城下町も含めて異常なまでに魔力の濃度が高くなっている。
 そのせいで、“魔力の波”そのものが発せられないのだ。
 例えるなら、水中で霧吹きを使っている様な状態である。

「ハァッ! ハアァッ! し、死ぬ⋯⋯!!」

 今まで当然の様に出来ていた、「周囲の把握」。
 それが出来なくなった事で、猛紅竜は自身の行動に対しての“正確性”が分からないでいた。
 迷路の様に複雑な街中を、俯瞰(ふかん)の視点からの認識が不可となっている現状。
 右に行くか、左に行くか、直進か、引き返すか。
 全ての選択肢がプレッシャーとなり、猛紅竜を追い詰めていた。
 ──だが、しかし。
(匂いと音⋯⋯。頼れるのは、鼻と耳しかない⋯⋯!)
 今まで、魔力感知という便利な能力に頼ってきた猛紅竜は、ここにきて凄まじい集中を発揮していた。
 これこそが本来の力。人間では到底真似できない、魔物(ドラゴン)としての“燗筒(かんとう) 紅志(あかし)”であった。

「──あ~か~し~ちゃ~ん!!」
「うえッ!?」
 
 ──とはいえ、相手は魔物より上位の存在。
 それも、魔王軍で幹部と呼ばれる程の魔族の男である。
 たかが幼竜一匹など遊び相手にもならず、今までも単に様子を見ていただけ。
 そして、そもそもの話だが、この城下町は魔王とその幹部が所有している場所。
 圧倒的な速度など関係無く、地理を理解し利用した上で追い詰めていたのであった。
(捕まったら半殺し! 捕まったら半殺し!)
 大いに焦りながら、猛紅竜は必死に駆け回る。
 裏路地に入り、細かな道を駆使してティガを振り切ろうとする彼だったが、

──バゴォオオオンッッ!!

「げぇッ!?」 

 先回りしていたティガが、家屋を破壊して登場。
 捕まった猛紅竜は、絞め殺す勢いでハグをしてくるティガから逃れようと藻掻(もが)く。
 しかし、必死の抵抗も虚しく、全身の骨が砕ける音と共に彼の意識は遠のいていった。


NOW  LOADING⋯


「──バカぁッッ!!」

 ガツン! という鈍い音で、俺は目を覚ました。
 直前に幼女の怒鳴り声が聞こえた気がしたが⋯⋯はて、何事だろうか?
 というか、俺はティガと共に“特訓”の最中だったハズだが、どうなったんだっけ?
 ティガに捕まった所までは覚えてるが⋯⋯
 
「⋯⋯ん?」

 頭を擦りながら、俺は起き上がる。
 そして、目に入った珍妙な光景に、思わず呆然とした。

「まず1つ! 紅志を殺そうとしないで!」
「いや、殺そうとはしてないぜ?
 捕まえたから、ギューってしただけで⋯」
「ギューだけでも、あのコは死んじゃうの! 下手したらね! ハグは私も好きだけど、相手を選びなさい!
 ⋯⋯それに! この“特訓”のルールは、『建物を破壊しない事』でしょ!」
「あァ? それはアイツのルールだろ?
 なんで俺までそれに従わなきゃなんねぇんだ?」
 
 2人共っ! 俺の為に喧嘩しないでっ!
 ⋯⋯いやマジで、2人の怒りの威圧感で死にそうだから。
 見ているだけでも、冗談抜きで圧(お)し潰されそうだぜ。
 
「⋯⋯あ、起きた? 全身の骨が折れてから治しといたけど、大丈夫? 痛くない?」
「あ、あぁ。なにも問題無い⋯⋯って、骨がなんだって??」
「いやいや。問題無いならオッケーオッケー。
 取り敢えず、休憩にしよっか」
「⋯⋯いいのか? 休んでる暇なんて──」
「“力とは、厳しい鍛錬によって生まれ、それに見合った休息を取ってこそ習得に至る”。
 これ、星廻龍(せいかいりゅう)直伝の修行方法だから♪」

 ドヤ顔で語り、幼女はウインクをする。
 何はともあれ、休めるなら有難いし、可能な限り休んでおこう。
 
「ったく。コイツって甘っちょろいよなぁ、紅志?」
「ゑッ!? いや、そんな事はないと⋯⋯」
「なにぃ? 甘ったれてんじゃねえーぞ! 
 ⋯⋯よォし。次の特訓は、更に難易度を上げてやるぜ!!」
「か、カンベンして⋯⋯」

  俺の肩に手を回すティガは、さながらダル絡みしてくる上司や先輩の様。
 しかし、どこか嫌悪感というものが湧いてこないのは、何故だろうか。
 ⋯⋯まぁ多分、ティガも魔王と同じで、格下に対して排他的な感情を向けていないのが原因だろう。
 顔も言葉使いも怖いトコがあるが、あくまで“そういうキャラクター”って感じがする。
 仲良くなれたら、楽しいヤツなんだろうなぁ。

「⋯⋯フフッ♪」
「ぉん? 何笑ってんだ、アルノヴィア」
「べっつにぃー?? 
 あんまり、紅志をいじめちゃダメだからねー?」

 どこか愉快げな幼女は、純白のワンピースを靡(なび)かせる。 
 不思議なその様子に、同時に首を傾げる俺とティガであった。



 【本日の修行内容】
・体力、及び脚力の向上を旨とした特訓を実施。
 凶暴なティガが相手になる事で恐怖心を煽り、全力での疾走を長時間行わせた。
 加えて、街中での特訓により、小回り・立ち回りのセンスを把握した。改善の余地は、大いにアリ。


 今後の特訓次第では、大幅な伸びが予想される──⋯
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