74 / 114
1章【真実編】
第73話・やろうぜ
しおりを挟む王都クローネから、東に約3kmの戦場。
そこから、更に北へ⋯⋯
「──大体、5kmくらい離れたか」
左手をポケットに、バルドールは周囲を見渡す。
辺り1面砂と岩のみの光景は、正に荒野と言った具合だった。
強い日差しが照りつける荒野の中、バルドールは顔に掛かる日光を遮る。そして、ゆっくりと上半身を後ろへ振り向かせた。
「いい気分か?」
「⋯⋯ぼちぼちだ」
「ならよかった」
僅かな会話を挟み、バルドールは煙草に火をつける。
吐き出した煙の向こう側には、地面に項垂れる1匹のドラゴンの姿があった。
「うぅ⋯気持ち悪ぃ⋯⋯」
銀槍竜は、目を回していた。
“この場所”に来るまで、空を超高速で飛んでいたからである。
無論、彼本人に飛行能力は無いので、バルドールに抱えられての空の旅であった。
「おいおい。この程度で目ぇ回してるなら、あのファリドとかいう棒切れ坊やにどうやって勝ったんだよ?」
「自主的な平面運動と、抱えられた状態での上下移動はワケが違うだろ⋯⋯」
ヨロヨロと立ち上がり、銀槍竜は空を仰ぐ。
呻き声を上げた後、彼はしばらく深呼吸を繰り返した。そして、バルドールが煙草を吸い終えた頃になって、ようやく正常な状態に戻ったのだった。
「──さて」
そう切り出したのは、銀槍竜だった。
ストレッチをしつつ首や肩甲骨を鳴らす彼は、静かにバルドールのリアクションを待った。
「⋯ま、次に会えるのも、いつかは分からんトコだったしな」
「素直になれよ。我慢できなかったんだろ?」
「⋯~ッ」
バルドールは、ポケットに両手を突っ込む。
軽く俯き、歓喜の表情を隠そうとする彼に、銀槍竜は半身に構える。対するバルドールは、一歩だけ右足を前に出した。
両者を中心に轟々と地面が揺れ、砂煙が浮き上がる。
だが、銀槍竜とバルドールの周囲だけは、異様に静かだった。
2人から溢れ出る魔力が、周囲の空気を押し退けているからだ。
「⋯⋯つまみ食いする程度の価値にはなった様だな」
「有難い事にな。アンタが、あの日の俺を見逃した結果だ」
リーゼノールにて、2人が初めて出会った日。
その日に交わした『約束』が、果たされようとしていた。
「やろうぜ、バルドール」
「フッ⋯、言うじゃねえか。俺の目は、節穴じゃあ無かったってワケだ」
迸る両者の闘気が、一層洗練される。
地面の揺れと、風の音が止んだ──⋯
NOW LOADING⋯
「んん?銀ちゃんドコいったぁ?」
「さぁ?前線で別れてから、僕は見てないですけど⋯」
銀槍竜達が消えた戦場は、混乱していた。
といっても、それは極めて些細なモノ。無数の黒異種を凌ぎきったゼクス達にとっては、後回しになる話題であった。
“不測の事態”はあったものの、前線のゼクスの負傷者ばゼロ。
魔力の過剰使用によって、アイリスが流血する事態もあったが、現在は治療によってほぼ完治。
作戦を終えてみれば、完全勝利といっても過言ではなかった。
「⋯⋯で、何があった?」
各々が勝利に湧く中、ハクアは尋ねる。
彼の前には、横たわりながら傷を癒すアイリスの姿があった。
傷こそほぼ治っているが、今は立ち上がる体力も無い様で、重々しく瞼を開けた彼女は、
「知らない、男がいた⋯⋯」
と、小さく一言だけ残し、再び目をつむった。
ハクアは、加えて質問しようとしたが、彼女の衰弱ぶりを見てそれを断念。仕方なく、周囲にいたツエン達へ対象を変えた。
「僕達も知らない人でした。ただ、とんでもない魔法を放って空の黒異種を一気に⋯」
「そうなんです!!しかもその後、前線から抜けてきた人型の黒異種を一瞬で蹴散らして!!」
興奮気味に話すツエン達を見て、ハクアは考える。
戦場後方で発生した、“翼竜型黒異種が一瞬にして殲滅された光景”は、簡単に納得できる情報では無かったからだ。
(──アイリスの容態からして、一度空への迎撃魔法が途切れたのは、彼女に魔力切れが発生したからだろう。そして、直後に空へと放たれた蒼白い光は、その“男”とやらが⋯⋯)
何者だ、とハクアは腕を組む。
次に彼が質問したのは、“蒼白い光”の直後に発生した“赤い光”についてだった。
「それは、あの銀槍竜っていうグレイドラゴンが⋯」
「アイリスさんが使った魔法とそっくり⋯というか、同じでした。確か、☾炎槍の雨☽とか⋯」
「⋯⋯そんな莫迦な事が⋯」
銀槍竜が放ったその魔法が、まさか見様見真似であった事は、ハクアも思い至らない。ただ、グレイドラゴンが、その次元の魔法を扱えるという事実に驚愕した。
「⋯お前達は、先に王都へ帰って休め。この話は、俺からギルドマスターに伝えておく」
額を覆うハクアは、ツエン達に解散指示を出す。
担架にアイリスを乗せ、彼らは王都へと帰還を始めた。
「全く、とっとと本人らに問い詰めてやりたいとこだ。⋯銀槍竜め、一体何処に──」
「ハクアっ!」
舌打ちをするハクアに、悲鳴にも似た声が聞こえる。
何事かと振り返った彼の視線の先には、ひどく焦った様子のシルビアの姿があった。
「ジールを見なかった!?どこにも居なくて⋯!!」
「ヴィルジールか?見てないが⋯⋯何を焦っている?」
「分かんないけど、ヘンなのよ!!妙な胸騒ぎがするの!」
尋常な焦り方ではないシルビアは、ハクアに詰め寄る。
様子を見ていたニナとサンクイラは、素早く彼女を取り押さえる。その瞬間、シルビアを宥めるニナ達は、感じていた。
押さえているシルビアの手から、肩から、激しく打つ心臓の鼓動を。
「きっと、ジールに⋯⋯彼に何かあったんだわ。最近、彼の様子が変だから、アタシはずっと気にかけてたんだけど、迎撃戦が始まったらちゃんと来てくれて⋯。最初は、大丈夫だわって思ってたんだけど、いつの間にか視界から消えてて⋯⋯。その瞬間から胸騒ぎはしてたんだけど、迎撃戦が終わったら、いつの間にか魔力感知にも反応しなくなってたの。アタシ分かるの。彼とは長い付き合いだから、こんな胸騒ぎがする時って本人に何かあった時だって。それに──」
「お、落ち着いて下さいシルビアさん!」
「どうしたの!?あなたらしくないわよ!?」
呼吸すらせずに話すシルビアを、サンクイラとニナは揺する。
いつもの落ち着いた姿とは違い、激しく動揺している彼女を見て、2人は目を見開いていた。
「──多分、ヴィルジールを最後に見たのは、俺だろうな」
「え⋯」
その時、彼女達の間にファリドが割り込む。
ピタリと慟哭止めたシルビアは、ファリドへ近寄った。彼女の肩に手を添えていたニナが、いつ自身の手からシルビアが離れたか気が付かない速さで。
「全部!全部話して!」
子供が駄々をこねるように、シルビアはファリドへ迫る。
初めに彼女を宥めたフェリドは、ゆっくりと、先程見たヴィルジールの様子を語り始めたのだった──
1
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。
飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。
ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。
そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。
しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。
自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。
アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
ごめんみんな先に異世界行ってるよ1年後また会おう
味噌汁食べれる
ファンタジー
主人公佐藤 翔太はクラスみんなより1年も早く異世界に、行ってしまう。みんなよりも1年早く異世界に行ってしまうそして転移場所は、世界樹で最強スキルを実でゲット?スキルを奪いながら最強へ、そして勇者召喚、それは、クラスのみんなだった。クラスのみんなが頑張っているときに、主人公は、自由気ままに生きていく
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる