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1章【王都編】
第56話・狂突と銀槍⑤
しおりを挟む──槍を、弾く。
ファリドから放たれた槍の側面を、俺は右手で強く叩いた。
右上へ大きく槍が逸れ、無防備になるファリド。
俺は、攻撃の為に拳を突き出そうと動いた。だが、『弾く』という事に執着していた所為で、その行動に移行するまでにタイムラグが発生。
その間にファリドは、反撃の手筈を整えていた。
俺が槍を叩いた力に抵抗するのではなく、逆に受ける事で加速の力に変え、そのまま片足を軸に半回転。俺に背を向けた状態になった時、槍の反対側(※石突)を振り上げた。
その結果、俺の顎下へ見事に命中、そして一閃。
顎をかち上げられ、全身が浮き上がっている俺の右腕へ向け、鋭い刺突を放った。
⋯⋯状況からして、俺の“攻撃途中だった左手”と“槍を叩いた右手”は、前者の方がファリドから近く、攻撃しやすかった。それでも右腕を狙ったのは、俺の利き手がコッチだと気付いていたからだろう。
「フッ⋯」
不敵に笑うファリドと目が合う。
極めて顕著に現れる右腕の激痛によって、俺の思考は更に鈍足化した。
(クッ⋯まだだッ!)
即座に、俺は右腕に突き刺さった槍へと手を伸ばす。
コレを取れれば一気に間合いを潰せ、ファリドの武器も無力化できる。そう考えたからだ。
「おっと、そうはいかねぇな」
「⋯ッ」
しかし、彼もそれは想定内だった様で、素早く槍を引き抜かれる。
風穴と猛烈な痛みだけが残った右腕は、大量に鮮やかな血を繁吹いた。この時、俺の脳裏に過ぎったのは、以前リーゼノールでテュラングルに腕を食い千切られた時の事。
あの時の俺は、明確な死への恐怖と戦いの高揚感で、極度の興奮状態だった。⋯ムズかしい話は分からないが、つまりはドーパミンやらアドレナリンやらが大洪水してたってワケだ。
お陰で、俺の身体に発生していた疲労や痛みといった、あらゆる負の現象が極端に軽減されていた⋯⋯のだが、
(痛ッッ──!?)
力つけた事で、冷静に状況把握が出来ている現在。
負傷箇所から発信される『痛み』という信号は、頭に100%の形で受け取られていた。簡単な話、脳内を『痛み』が占める割合が大きくなった事で、他の思考の邪魔をしている状態なのだ。
「ハッ、魔物でも痛ぇのイヤらしいなァ?!」
そして、その隙を見逃すファリドではない。
俺の着地と同時に、凄まじい速度での攻撃を繰り出してきた。それも、今まで行っていた刺突では無く、槍の柄をメインとした殴打だった。
こんな時に攻撃パターンの変更をされ、俺の動揺は更に進む。
なんとか意地で対応に当たるが、それでもその攻撃内容は厄介極まりないものだった。
例えば、薙ぎ払う様な殴打が来た場合⋯⋯。
こう、なんて表現するべきか⋯
あぁ、アレだ、公園にある遊具のシーソー。
あんな風に、左右片方の端を押すと、もう片方が浮き上がる感じが分かりやすい。向かってきた槍の片方の先端を弾いても、もう片方での攻撃が飛んでくる⋯⋯そんなの交えて攻撃される状態だ。
「クッ⋯ソ」
「おぉ?イラついてんなァ?」
自体悪化への対応が遅れ、率直にストレスが溜まる。
そんな俺を見透かして、ファリドはニヤニヤと笑ってみせた。今すぐにでもブン殴ってやりたいが、両手は攻撃を捌くので手一杯。もどかしさだけが拳に残った。
「俺はまだまだやるぜッ!」
「た、大概にしとけ⋯ッ!」
あー、クッソ。
それにしてもコイツ、槍の持ち変えタイミングが絶妙過ぎるぜ、マジ。
弾こうとしても、掴もうとしても素早く対応される。オマケに、足の動かし方が抜群に上手い。前進と後退、左右へのステップ、これらを完璧に使いこなしてやがる。
俺のと間合いを、常に一定に保つその技術力。
それだけでも対応に苦労しているんだが、冒険者と言うだけあって、そのやり方にも厄介な点がある。それは⋯⋯
「そらッ!」
「⋯⋯~ッ!!!」
右腕の傷口に対し、ピンポイントで攻撃を当ててくるのだ。
平常心を取り戻そうとしている所でソレをやられいる俺からすれば、たまったもんではない。
「オイオイ、まだやれるよなァ?!」
「クッ⋯当たり前だろ、コノ──」
『野郎』と、そう言いかけた時、俺の視界が大きく傾いた。
それと同時に、俺は自身の足元へと視線を下げる。
(当てられた⋯!)
見ると、俺の右足首にファリドの槍の殴打が命中していた。
全く気付かなかったのは、先程の顎、そして右腕への一撃によって意識が上半身に集中していたからか。
──ゴッ────⋯ッ
(⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯あ。)
鈍い、音がした。
それは、直後に感じた顎下の痛みによって、正体が判明する事になる。が、俺がその答えに至るよりも早く、ファリドの行動は完了していた。
勢いよく槍を回転させ、そして両手持ちで振り上げる。
その鋭利な鋒は、静かに俺の右腕へと吸い込まれていった。
「──────⋯ァリド、─⋯点ッ!」
シルビアのその声が、耳鳴りの様に聞こえる。
自分の時が止まった様な感覚の中、俺の視界に1つの陰が入り込んだ。
“それ”は、真っ赤な放物線を描きつつ地面へと落下。
ごく僅かに痙攣し、そしてその動きを止める。
俺の右腕が、完全に切断された。
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