猛焔滅斬の碧刃龍

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1章【王都編】

第49話・会話、理解、協力

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ギルバートは驚いていた。
それを表情に出さなかったのは、約70年に及ぶ人生経験の賜物であったが、その内心は穏やかではない。

無論、『グレイドラゴンが喋った』というのを初めて目撃した事もあるが、それだけでは無かった。


(莫迦な。☾精神支配ゼルレフト☽が効いていないだと⋯⋯?)


精神支配ゼルレフト⋯⋯文字通り、対象の意識と肉体を意のままに操る効果を持った禁忌魔法である。特筆すべきは効果自体ではなく、その『効力』⋯。即ち『効き目』であった。

ドラゴン族・上位種である『龍』にすら通用する、極めて強力な効力を有した、禁忌魔法・精神支配ゼルレフト⋯⋯。


「あのな、ジイさん。アンタが何者かなんて知らないが、刺客を送ってくるって事は敵とみなしてOKって事だよな?」


──効いていない──


真っ先に、ギルバートに思い浮かんだ言葉だった。
それは、彼、銀槍竜が会議室に入ってきた瞬間まで遡る話である─⋯






「⋯─銀槍竜の件はどうなっている」


自身の部下達が、各ゼクスに資料を配っていた時の事。
ギルバートは、資料を配り終えた部下の1人に耳打ちをした。

それは、単なる“確認”のつもりだった。
進行状況というよりも、後処理がどうなっているかの、だ。


「はっ。⋯⋯それが、作戦実行に向かった者達は全滅したとの報告が⋯」

「⋯⋯そうか」


しくじったか。
まず、そう考えたギルバートは、作戦に向かった部下達への対応と後始末について思案する。


「地中に設置した☾精神支配ゼルレフト☽の魔法陣は?問題無く隠滅出来たのか?」

「⋯いえ。それが、既に使用された模様でして⋯」

「⋯⋯なんだと?」

 
ギルバートは大きく眉をひそめた。
その様子にヴィルジールが気付き、疑問を持ったのは知る由もないが、最早そんな事はどうでもよかった。

精神支配ゼルレフトの特筆すべき点は効力だけでは無く、その『発動速度』にもある。『使用された形跡がある』=『命中した』というのが、正常な考え方なのだ。

事実、テュラングルやシルビアとの戦闘において発揮された銀槍竜の反応速度を持ってしても、完全に被弾する程の速度を誇っている。『命中した』という事は『支配完了』となる筈であり、その後に暴れる事など不可能なのだ。

それを踏まえ、先程の報告⋯⋯。


「回避されたか。それとも当て損なったか⋯⋯」

「それは、現場で確認しなければなんとも⋯」

「⋯今すぐ迎え」

「はっ」


二言無く、部下の男は素早く行動に移す。
ギルバートとしても、現場の確認に同行したいというのはあったが、目の前のゼクス達への言い訳が思いつかなかった。

付け加えるなら、この後に予定している『重大発表』。
そちら方が現段階で優先順位が高かったのも、ギルバートが会議室を動かない要因であった。


(銀槍竜⋯⋯あの魔物が読めん。何から何までイレギュラーだ)


溜息を零し、ギルバートはゼクス達へ向かい合う。
疑問は山積みであるが、今はやらねばならぬ事があると。

⋯⋯だが、しかし。
幸運か、はたまた悪運だったのかは分からないが、ここで想定外の事態が発生する。


「諸君、心して聞いて欲しい。我々が直面している事態は、想定よりも遥かに」


──バァァンッッッ!!


片手に資料を持ったギルバートが、静かに俯いたその時。
会議室の扉が、銀槍竜によって蹴り破られた音が響いた。そして、唯一扉側に向いていたギルバートは、誰よりも早くその姿を認識した。

同時に、ギルバートは安堵する。
銀槍竜への支配が完了した際は、この会議室に連れてこいと部下達に伝えていたからである。この場に銀槍竜が来たという事は、作戦が成功したという証拠──


「⋯⋯よぉ」

「ッ!!」


──銀槍竜が、僅かに一声発したその瞬間であった。
ギルバートが、彼について『理解』したのは─⋯

 

 

「⋯─何をした?」

「は?」


銀槍竜の要望通り、会議室隣の小部屋で当人と1体1となったギルバート。彼は、深く考えず⋯⋯。いや、正確には、どれだけ深く考えても結論が見出せなかった為、銀槍竜に直接聞く手段を選んだ。


「☾精神支配ゼルレフト☽は、お前の様な魔物に抵抗できる効力ではない。⋯一体、何をしたのだ?」

「⋯⋯言い逃れはしないんだな」

     
銀槍竜の言う通り、ギルバートは自分が関与していたという事実を隠蔽しなかった。知らぬ存ぜぬで通す事もできた筈の彼が、ここでそれをしなかった理由は1つ。『事実が知りたい』、これだけであった。 


「あの魔法を回避したのか?それとも、初めから当たらなかったのか?」

「あのゼルレフトって魔法か?完全に喰らったが、何も起きなかったぞ」
  

ギルバートは絶句し、頭を抱えた。
目の前の魔物自らが『当たった』と言い、その上で『何も起きなかった』と発言したからだ。それも、こともなにげに。


「⋯アンタが誰で、目的が何かは知らない。⋯でも、まずは対話するってのが筋だと思うな」


言われてみれば確かにと、ギルバートは思いかける。
しかし、それは銀槍竜という魔物が会話が可能という事実を知った後だからなのだと、彼は自己完結に至った。

というのも、銀槍竜が王都へ到着する前、ギルバートはベルトンのギルドマスターから手紙を送られていたのだ。内容は、『エスツー個体・銀槍竜の移送、及び王都内での管理方法』というもの。

重要な点と、それについてまとめられた文章が殆どであったが、最後の数文だけは違っていた。ギルバートの知るガバンらしからぬその文章は、今も明確に記憶に残っている。

『人間とのコミュニケーションがここまで高度に可能な魔物は、私も初めてです。失礼を覚悟でお伝えしますが、“手荒な手段”は必要ないのでは⋯というのが、私の考えであります──』

現状を持って、ギルバートは思う。
『その通りであった』と。“高度なコミニュケーション”という文字が意味するのは、こういう事だったのかと。


「⋯全てにおいて、謝罪させてもらう」

「⋯⋯は?」


銀槍竜は動揺した。
反射的に声が漏れたが、頭の中は真っ白である。この期に及んで、謝罪されるなどロクに思ってもいなかったのだ。

だが、そんな彼を差し置き、ギルバートは話を続ける。
 

「まず、自己紹介から。⋯私はギルバート・アレクソン、ここクローネギルドのマスターを務めている者だ──」


その切り出しから始まった話は、10分も満たずに終了した。
ギルドマスターとして、迫る危機からなんとしても王都を守りたい事。その為に、手段を選んではられなかった事。

銀槍竜を襲った者達の正体、ゼルレフトの能力、その魔法を掛けた後の銀槍竜の扱い。全てを説明し、ようやく正式な謝罪へ⋯⋯というところで、重々しい話を嫌った銀槍竜・紅志によって切り上げられたのだ。

  
「分かった、分かりましたって!⋯つまり、悪意で俺をどうこうしようって話では無かったんスよね?」

「その通りだが、既に君は被害者だ。此方にも立場というものが⋯」


押し問答の末、銀槍竜はある1つの要望を出した。
崩して要約するのなら『ギルドマスターという立場を利用して、美味いもん食わせてくれ』というもの。気恥ずかしそうに言った銀槍竜に、ギルバートは笑みを浮かべながら言う。


「承知した。君が気に入るような店を、予約しておこう」

「⋯⋯オナシャス」


すっかり小物ムーブの銀槍竜。
目の前の相手がギルドマスターと知り、内心焦っているのだ。⋯まぁ、会議室内に勢いよく登場した時から、焦燥感は大いにあったのだが。

ただならぬ魔力の持ち主に、大勢で睨まれたので当然といえば当然である。最初に話し掛けてきたのがシルビアだったので事無きを得たが、内心ではビビりまくりであった。

結果として、彼は『2人だけで話がしたい』という策を咄嗟とっさにとったのだ。


「──ギルバートさん」

「ギルでいい。こんな老いぼれに、かしこまらんでくれ」

「じゃあ、ギルさん。アンタの部下って、随分と訓練されてるんですね」

「ああ、まあな。⋯と言っても、君が私の名を知っているという事は、誰か口を割ったのだろう?」

「⋯⋯いやぁ、確かに聞き出しましたが、を使うまで黙っていたし、すげぇッスよ」


銀槍竜の言う『あんな手』とは、殺気全開で銀槍を喉元に突き付けた事である。そもそも、殺気を放つという行為など、人間相手には行う事など無かった。

そんな銀槍竜を持ってして、殺気を全開にしなければ口を割らなかったと苦笑いさせる程の部下達⋯⋯。


「ホント、凄い奴らでしたよ」
 
「⋯⋯殺したかね?」

「ゑッ!?いやいやいや!そんな意味じゃなくて!」

「そうか⋯」


会話を挟みながら、2人は小部屋を出る。
今の会話でギルバートは、銀槍竜が人間に敵対する意識を持ってはいないと判断する。そして銀槍竜としても、ギルバートが悪い人物でないと理解していた。


「では、改めて」

「⋯ウス」


互いに理解が済んだ両者は、険悪な雰囲気を解除する。
ギルバートが差し伸べた手に、銀槍竜は自身の手で答えた。


「うむ。⋯⋯この際だ、君も会議に参加するといい。
──ああ、1つ伝え忘れていたな⋯」


握手を行い、ゼクスが待つ会議室の扉に手を掛けたギルバート。しかし彼は、途中で手の動きを止め、銀槍竜へと真っ直ぐ眼差しを向けたのだった。


「世話になった、礼を言う」

「⋯⋯?」
  

静かにギルバートが呟いたその言葉に、銀槍竜は疑問を持つ。
⋯だが、


「──いいや、忘れてくれ」


ギルバートは微かに鼻で溜息を零し、訂正を入れた。
銀槍竜からすれば、発言の意図が理解出来ない状況であるが、それを知った上でギルバートは訂正をしなかった。

──知らないならば、それでいい──

それだけが、彼の心理に今あるものである。


「行くぞ」


ギルバートは、ゆっくりと会議室の扉を開いたのだった──⋯
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