猛焔滅斬の碧刃龍

ガスト

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1章【王都編】

第45話・疑問

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「ところで、ザイルさんは銀槍竜を見た時⋯⋯何か感じましたか?」

「ン?」


銀槍竜を寝かせた後、部屋を出たヴィルジールは静かに口を開いた。言い始めが急だったのもあり、僅かに反応が遅れたザイルは、喉音だけを鳴らして返答した。


「⋯こう、『ゾクッ』みたいな」


上手く言い表せない、といった表情のヴィルジール。
胸の前で両手を動かし、なんとか思っている事を伝えようとしている彼を見ながら、ザイルは後頭部をさすった。

ヴィルジールの言う『ゾクッ』というのが、どういった感情を表しているのかは分からない。だが、ヴィルジールが聞きたいのは、銀槍竜に対しての感想という事は分かる。

それならば、思った事を素直に伝えればいい。
そう考えたザイルはポケットに手を突っ込んでから、軽く首を傾けた。


「いやぁ、俺も歳だからなぁ。一昔前なら、強そうな魔物が目の前にいれば、『戦ってみてえ!』なんて思ってたかもしれんが⋯」

「⋯⋯⋯。」


ヴィルジールは、ザイルから目を離した。
彼は、のだ。初めてあのグレイドラゴンを見た時から、自身の心情の変化に。

最初こそ、『いつもの癖』だと気にしない様にしていた。
⋯⋯だが、


(銀槍竜、あのグレイドラゴン⋯⋯妙なヤツだ)


ヴィルジールは気付いていた。
いつもなら数日程で収まる筈の『癖』が、全く落ち着かない事に。⋯⋯それは、ほんの小火ぼやだった。

無視していれば消えると、そう思っていた。
しかし、あのグレイドラゴンが『銀槍竜』と呼ばれ始めた頃、彼は確信に至ったのだ。
 
──焔──

無視など出来ようか。
己の内で盛る、その巨大な存在を。

何をして誤魔化そうとも、激しくなる一方。
消えぬ筈だ、消せぬ筈だ。

⋯⋯だが、そんな事は最早どうでもいい。
その焔を消す必要など無かったのだ。

寧ろ、もっと激しく燃え盛ってしまえ。
その焔に身を焦がす事こそが、己の快楽になる筈だ。

邪魔など、決して許さぬ。
もし、障害となる存在がいるのであれば、何者であれ──⋯






「⋯──ル!⋯ジール!聞いてんのか?」

「─ッ!」


ハッと、ヴィルジールはザイルを見た。
深い思考に浸っていた所を引き上げられ、顔を覗かれたヴィルジールは目を見開く。ほんの先程まで考えていた事が、何を意味するのか気が付いたのだ。


「考え事か?」

「⋯⋯少しだけ、俺も休ませて貰います。呑むのは、また今夜で⋯⋯」


そう言うと、ヴィルジールは早足で廊下の先へ歩いて行った。
彼が立ち去った後、ザイルは再びポケットから手を出す。右頬の斬り傷の周りを掻きながら、ザイルは呟く。


「若ぇモンも、色々大変なんだな⋯⋯」


独り言の後、ザイルは呑み直そうと1階へ向かった。
静かになった廊下の、1つの扉。その部屋の中で眠る銀槍竜は、喉を鳴らして寝返りをうったのであった──⋯



NOW  LOADING⋯



「本当に、よいのだな?」


怪訝な表情で口を開いたのは、とある老人だった。
赤く、端に金色の装飾が施されたローブを纏った老人は、大きなアーチ窓の目の前で手を組み、ゆっくりと振り向いた。


「⋯⋯仕方あるまい」


重い口調で返答したのは、別の老人だった。
幾分かそちらの老人の方が若く見えるが、両者とも皺が濃く、70歳は超えているというのが予測できる。

前者の老人は、整った長い白髪を首の下で束ねており、貴族の様な服装と相まって、気品に溢れた見た目をしていた。

後者の老人も同じく白髪だが、短くやや荒い。
服装も、白いシャツに魔物の革製の黒茶色のベストという、先程の老人と比べると庶民的だ。


「⋯もう少し、慎んでくれないかね」


ローブの老人は、手を左右に煽りながら顔をしかめた。
彼が見る、濃い煙の向こう側には、シガーを吹かすベストの老人の姿があった。


「断る。残り短い余生の楽しみだ。⋯お前もこの程度は人生を楽しめ、ファビル」


ファビルと呼ばれた老人の頼みを、ベストの老人はキッパリと断った。煙を吹き出し、シガーを軽く掲げる老人に、ファビルは溜息を零す。


「ギルバート⋯⋯お前くらいだよ、王の部屋で煙草を吹かす者は⋯⋯」

「ハッ、そりゃ光栄だ」


彼らが今いる場所は、テニスコート2面分はある広い部屋だ。
床全体に赤い絨毯が敷かれており、手前には大きな扉がある。その扉の真横、様々な絵画が掛けられた壁にギルバートは寄り掛かっていた。


「⋯⋯私とお前の付き合いだ。『個人的』に聞くぞ?」

「なんだ?」


ギルバートから反対の位置⋯⋯部屋の最奥に立つファビルは、正面にある椅子に座った。かなり豪華で大きく、手前の机も同様だ。ファビルは机の上にある大量の書類から、1枚の紙を片手にギルバートへ視線を移した。


「どうして、が人間に味方すると思った?魔物の群れに魔物を放っても、簡単に逃げ出すかもしれない。いや、或いは冒険者達に襲い掛かるかもしれないだろう?」

「⋯ガバンのお墨付きだ、だけではお前は納得せんだろうな」


ギルバートは『ふむ⋯』と一声発してから、腕を組んだ。
何かを説明しようとしている様だが、ギルバートはそういった事が苦手だった。シガーを一吸いした彼は、面倒臭そうな表情をファビルに隠しながら浮かべた。


「あー⋯まぁ、アレだ」

「アレだと?」

「魔法の⋯⋯少し前に開発された⋯⋯魔物を操れる⋯」


ギルバートは断片的に情報を口に出し、ファビルが答えを導き出すのを待った。


「☾ゼルレフト精神支配☽か⋯!?」


答えに気付いたファビルは、目を大きく見開く。
眉を顰め、口を半開きにしたままのファビルの表情を見れば、彼が不快さを感じているのは明らかだ。

それもその筈。
このゼルレフトという魔法には、『魔物を使用者の好きな様に操れる』という能力があるのだ。倫理的な観点から、魔物の討伐を行う冒険者達にすら受け入れられず、今では『禁忌魔法』という扱いの代物なのである。


「この王都の、数多くの命が掛かっている以上、その程度は気にしてはいられない。⋯分かるな、ファビル?」


先程ファビルが言った『どうして、あの魔物が人間に味方すると思った?』という質問⋯。ギルバートは、魔物が自由意志で人間の味方になるという、『都合の良い』展開などに期待してはいなかった。


「俺と、お前の立場で考えろ」


部屋の扉へ手を掛けたギルバートは、振り向きざまに言った。
苦い物でも齧ったような表情のファビルは、顔の前で手を合わせる。机に両肘を置いた彼は、交差させた指の上に額を当てた。


「禁忌魔法、か⋯⋯」


ファビルは独り、呟いた。
ギルバートの言った通り、人々の命が掛かっている以上は、手段などに拘ってはいられない。⋯だが、その魔法を使うという事は、『国の衰退』を意味するのだ。

まず、『禁忌魔法』の使用は、冒険者ギルドが極めて固く禁じている。勿論、今回の様な特殊に関しては、申請があれば承認される場合もある。

だが、もし仮に『禁忌魔法』を使用した場合、ギルドには『使用履歴』が掲載されるのだ。人々に公表される様な物ではないが、冒険者であれば履歴確認する程度は可能。

冒険者達の中には、禁忌魔法を使用したとして、使用者や使用国を強く非難する者も少なからず存在する。そしてその声は瞬く間に広がり、いずれは民衆にまで伝わってしまう。

事実を知った1人は国を去り、またある1人は国に立ち入らなくなる⋯⋯。それ程までに『禁忌魔法』という物は、人々から嫌われてる存在なのだ。


(これも民の為、払わなければならぬ犠牲か⋯⋯)


人間に魔物が操られているからといって、それを非難する者は少ない。事実、このファビルも、片手の資料に載っている魔物自体には、なんの憐れみも感じてはいなかった。

全ては、愛する都と民の為。
席を立ち上がったファビルは、赤のローブを靡かせる。

この都の行く末と、己の正義に、顔を曇らせながら──⋯

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