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1章【王都編】
第39話・緊迫
しおりを挟む激しく火花を散らし、緊急停止した魔導列車。
その先頭車両の前方で、1つの巨大な影が揺らぐ。
『み、みなさん!こちら操縦室です!現在、この魔導列車の進行方向にレッドドラゴンが出現!大至急、討伐に当たって下さい⋯!!』
車掌と思われる男の焦り声が、列車全体に響いた。
どうやら、この魔導列車が魔物の襲撃を受けたらしいが、成程な。さっきの緊急停止も余儀無く行われた事だった、という訳か。
ロクでもない魔物もいるもんだ、全く。
なんて事を思いつつも、俺は目の前の人物へと視線を向けた。
「⋯⋯大至急、だってよ?」
「そんな事どうでもいいわ。アンタを制圧する方が最優先よ」
いやいや冗談だろ?
そう、口にしかけた俺だったが、結局その言葉を発する事は無かった。何故かと聞かれれば、対峙するその人物が両手に武器を持って構えたからだ。
彼女の殺気を浴びた俺は、会話での解決は無理だと判断。
先頭の車掌の身も心配だし、何より相手はゼクスだ。シルビアと同格だというのなら、手加減はできない。
少し荒っぽくなるが⋯⋯許せよ、ニナ。
「だから、違うんだってニナ!誤解だよ!ご、か、い!」
「アンタは下がってなさい、シュレン。邪魔よ」
「だそうだ。悪いが、俺からも頼む。下がっててくれ」
一触、即発。
猛者2名が睨み合う車両内は、まさに火薬庫。どんな些細なきっかけで起爆するのかと、手の打ちようがない状況にシュレンは頭を抱える。
(コイツの脅威は、知性と例の銀槍⋯⋯)
(⋯⋯変わった武器だ、イレギュラーに警戒しておこう)
2人は、互いに脳内で戦闘シュミレーションを重ねていた。
ギルドから提供された情報と、先日の試合観戦⋯⋯。これだけの情報不足にも関わらず、ニナは勝利を確信していた。
(アタシの有利な点は手数。⋯不利な点は機動力⋯!!)
──想定力。
例えば、『ガラスのコップを持ち上げ、一定の高さで手を離した』といった状況。この時、人の脳内では自動的に『落下』と『破損』という答えが出ているだろう。
『前提』➡『過程』➡『結果』⋯⋯
この一連の流れを、想定と呼ぶ。
数多くの『前提』を所持している程、『過程』の予測はし易い。そして『過程』が分かっていれば、その後の『結果』は正確に見えてくる訳だ。
では、この場合。
『前提』は、多いと呼べる物か?
(コイツの有利な点は、周囲を気にせず暴れられる事⋯⋯)
YES、だった。
そう、ニナという冒険者にとっては、十分な『前提』。彼女がゼクスにまで上り詰められたのは、その圧倒的な想定力が大きな要因だった。
──瞬間の想定力。
これこそが、彼女の1番の武器だ。
戦場においてソレは、大いに行かされる能力である。だからこそ、ニナ・ソルディーはゼクスという座に立っている訳だが⋯
(そして不利な点は、アタシが相手って事ね⋯ッ!)
ほぼ未来予知に近い能力であるからこそ、自信がある。
故に、己が間違っていた場合の予測など頭に無く、故に、ゼクスという座に留まっている訳だ。
最も重要であろう、『想定外の想定』をしていない。
例えば、『所詮はグレイドラゴン』と思い込んでいる相手への対処方法など。
「さぁ、いくわよッ!銀⋯」
「やめなさい」
先制を取ろうと踏み込んだニナだったが、直後に肩を叩かれた事によって攻撃を中断。ゆっくりと振り返り、自身の肩を叩いた張本人へと睨みを効かせた。
「⋯なによ」
「これ以上、騒ぎを大きくしないでちょうだい。アタシ達はプロでしょう?」
後方の貫通扉から現れたシルビアは、冷静にニナを諭す。
片脇にサンクイラ、片脇に虎徹を抱え、彼女は呆れ気味に説教を続けた。銀槍竜がシュレンを喰おうとしていた、という認識のニナに対し、シルビアはため息を零す。
「⋯アンタ、人間を食べたかったの?」
「まさか。さっきの列車の揺れでたまたま口に入ったんだよ」
「そうそう!僕達がお互いに心配した結果なんですよ!」
シルビアの問い掛けに、シュレンは食い気味に前へ出た。
事情の説明をして行く内に、ニナもシルビアも状況を把握し、誤解があったのだと認識を改めてくれた。
⋯とはいえ、プライドの高いニナからすれば、自分の勘違いで問題を起こし掛けたというのは、かなり認めにくい話。『ふん』と、不貞腐れ気味に先頭車両へと向かって行ったのだった。
「⋯⋯やれやれ、助かったぜシルビア」
「何言ってんのよ。アンタも悪気が無かったのなら、一々構えたりしないで」
「あっ、ハイ。⋯スンマセン」
緊張した空気から開放された俺を、シルビアは静かに睨んだ。
⋯いや。睨むという程の冷たい表現ではないか。言うなれば、反省しなさい、って感じの視線。
⋯説教食らうなんて、いつぶりだろうか。
自分で言うのもなんだが、俺は昔っから目立ったミスを起こした事は無かった人間だ。社会に出てからもそれは変わらず、遅刻なんかもした事は無い。
⋯記憶の限りで最新の説教は、高校ん時か。
確か2年の秋頃だったな。⋯⋯ハハ、迷子になっていた少年と一緒に、夜遅くまで話してたんだっけか。
なぁんか、話が合ってな。
結局はお姉ちゃんが迎えに来て帰っていったが、その後家に帰ったら母親が玄関で仁王立ちしててなぁ。門限とか厳しい家庭だったし。こっぴどく説教されたもんだぜ⋯⋯
「⋯⋯ちょっと、聞いてんの?」
「⋯ん?」
「ん?じゃないわよ全く。念の為、アタシ達も先頭へ向かうわよ」
ポスンと俺の頭に虎徹を乗せ、オマケといった感じでサンクイラも渡して来た。⋯⋯小柄な女の子と言っても、40kgくらいはありそうなんだが、よく片腕で持てていたな。筋肉質でも無いシルビアの、一体どこにそんな腕力があるんだか。
魔力の操作で筋力の補強でもできるのだろうか?
筋肉の密度を上げるとか、持っている対象を軽くするとかか?
流石に、素の筋力とかないだろう。⋯ないハズ。
「あら、お姫様抱っこなんて。似合ってるわよ?」
「いや丸太みたいに担いだら可哀想だろ」
おい、ニヤニヤするなシルビアこのヤロー。
さり気なく全部俺に持たせやがって、美人じゃなきゃ許してないからな。あとお姫様抱っこってワード、この世界にあったのか。
「ほら、行くわよ。⋯どうせ、ヴィルジール達が片付けている頃でしょうけどね」
「ハハ、言えてるな」
貫通扉を開け、前の車両へと移動する俺とシルビア。
案の定、ソールは既に先頭車両へと向かった後の様だ。その次のハクアの車両も空っぽだし、やはり問題は解決している頃だろう。
わざわざ移動するのは面倒だが、まぁレッドドラゴンとやらには興味があるし行ってみようかね。何気、初の同種族ってのもあるし、俺とどんな風に違うのか確かめてみよう。
⋯うん、そう考えてたらワクワクしてきた。
「ぁそうだ。もしまだレッドドラゴンが生きていたら、アンタ追い払ってちょうだいよ。会話とかできるでしょ?」
「あ~どうだろう。魔物によって話が出来るヤツとか出来ないヤツがいるしな⋯⋯」
「あら、そうなの?」
「あぁ。オマケに、話自体は出来るけど、言っても通じない様なヤツもいるしなぁ⋯」
「ふぅん。意外と、魔物も人間も似ているのね」
ンまぁ⋯⋯ギフェルタで会ったほぼ全員は会話は可能だったし、レッドドラゴンの年齢にもよるが、会話自体は可能だろうがな。問題は、話が通じないタイプだ。
魔物なんて、元から『人間?あぁ、キライかな』みたいな雰囲気だし、加えて襲撃なんて仕掛けてくる相手だ。多分、言っても通じないヤツにに違いない。
まぁ⋯⋯どちらにせよ、俺が行ってみる価値はあるか。
見た目も気になるし、意思疎通が可能で、平和的解決に繋がるならそれでヨシ。
「さ、どんな光景が待っているのかしら~⋯ね」
早足で貫通扉を開けたシルビアに、俺は続く。
直後、シルビアの脚がピタリと止まった。あまりに急だったので、彼女の背中へ頭突きをしてしまったが、何故か無反応のまま固まっている。
何事かと思った俺は、シルビアの表情を覗こうと首を伸ばした。
しかし、彼女の表情を見るより早く、俺は目の前で起こっている事態に釘付けとなった。
先頭、ヴィルジールの車両内。
そこには、予想外の光景が広がっていたのであった──⋯
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