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1章【巨人の湖編】
第23話・襲撃
しおりを挟む「敵襲ーッ!!長殿、敵襲です!人間が攻めてきました!」
「な⋯!?」
ある日の深夜、サスケの緊迫した声で飛び起きた俺は、詳細を聞く前に山を降りた。魔力感知を集中させると、遠くでぼんやりと反応があった。暗くて良く見えないが、暗闇が活動範囲のサスケの眼にはハッキリと武器を担いだ人間が見えているという。
ここギフェルタに続く道は1本道だ。
ならば、あの灯りが目指すのは間違い無く此処しかない。俺はすぐさま全員を集めて作戦会議を開いた。
とある考えがあったからだ。
相手の実力にによっては、俺1人で相手してもよかったが、折角皆で強くなっているんだから、このタイミングで彼らの実力を試さない手は無い。
俺がコイツらに稽古を付け始めたのは、ほんの数日前からだが、彼らの成長スピードはとても早く、なによりも学習意欲が底なしだった。ここに来て実践が出来るのは、寧ろ幸運と見るべきか。
「⋯長殿。1つ、お伝えしたい事が。」
俺が1人でニヤけてるいると、偵察に行っていたサイゾウが木の影から現れ、深刻な表情で報告を始めた。その内容を聞き終えた時、俺は内心舌打ちをした。
『此方に向かってくる人間の数が尋常では無い』と。
それを聞いた時、俺はある言葉を思い出したからだ。
リーゼノールで過ごしていた、いつかの日だった。何気なく幼女からの手紙を読んでると、1つ気になる文章があった。
『冒険者と呼ばれる人間の中には、彼らが決めたルールを破って魔物を狩ろうとしたり、捕まえようとしたりする悪いヤツらがいるから君も気を付けるんだよ♪』
幼女から送られた手紙の中では、珍しく達筆な字だったので良く覚えている。あの能天気な幼女が真面目に伝えるほどの内容。全文を要約すると、少数の魔物に対して過剰な人数で斬りかかってくる様なクズ野郎共が存在しているという話だった。
⋯成程、あの幼女が真剣に伝えたかった訳だ。
確かに当時の俺なら、その悪いヤツらとやらに不覚を取る事もあっただろう。
しかし⋯今の俺は違う、昔とは格段に。
力強い仲間たちがいる。信頼出来る力がある。何かを恐れる必要はどこにも無い。それらを失う事以外はな。
「皆、聞いてくれ。今この山に悪い人間が大量に向かって来ている。」
その言葉を聞いて、全員が一斉に臨戦態勢になった。
やる気に満ち溢れた目をしているが、俺はそんな彼らを一旦落ち着かせてから、作戦を伝えた。
極力殺すなという事、人間をを殺すと別の人間がが必ず報復に来るという事、そして人間の狡猾さはどんな魔物よりも上だという事を、強く念押ししてから例の11体の魔物達を筆頭として指示を与えた。
「最後に、ヤバくなったら迷わず撤退する事。それすら叶わない状況に陥った時、ありったけの力で叫べ。必ず助けにいく。」
これだけは絶対に守って欲しいと、俺が語尾を強めて言うと、彼らは言葉で返す事無く、ただ静かに小さく頷いた。
「長殿の指示は以上だ!配置につけ!」
静寂を破る様に、ムサシが号令をかける。
風切り音と共に、俺の視界から魔物達が消えた。遅れてムサシも持ち場につこうと脚に力を込めるのを見て、俺は一瞬だけ呼び止めた。
「ムサシ、負けんなよ。」
「勿論です。アカシ殿こそ。」
冗談っぽく返した彼は、自信に満ち溢れたいい面構えだった。
互いに軽く微笑んでから、地面を蹴って林の中へと消えていったムサシを見て、俺も持ち場につくために両脚へとチカラを込めた。
本名については、ムサシにしか教えていない。
なんというか、仲間達の中で共に過している時間が多い奴だし、俺から頼んだ訳では無いが、優秀な秘書役にもなってくれている。
名を教えたのは、せめてもの気持ちだ。
自分だけに教えられたと知った時は、嬉しそうだったな。
「⋯さて、と。」
そんな気の良い奴を⋯気の良い奴らを悪い人間達に傷付けさせちゃあ、長なんてやってられないよな。
脚に込めた力を、地に向かって一息に放出。
俺の身体は、押し込まれたバネが解放されたように、空へ飛び出した。
そっちがやる気なら、俺も加減はしない。
⋯覚悟しろよ、冒険者。アイツらには悪いが、最近、ロクに本気で身体を動かせていなかったんだ。
できる限り、お前達で発散させてもらう。
せいぜい、敵前逃亡だけはしてくれるなよ?ワガママを言うなら、俺を本気にさせてくれ⋯。
夜空に飛び出した銀色の竜は、鈍く光る三日月をその身に映し、その瞳の輝きは世界を一瞬、碧へと変えたのであった──⋯
NOW LOADING⋯
(⋯?今、空に何か光らなかったか⋯?)
俺はしがないギルドの冒険者。
だがそれは表の顔。本当は潜入捜査員で、今は違法に魔物や素材を売買する組織、ゲシュペトに潜入中だ。
この前、ゴルザと別れた後、無事に仲間に日誌を届ける事ができた。その後も潜入がバレる事は無く、遂に現場を押さえるまで後一歩の場所まできた。
今日の犯行現場と、時間は既に本部に連絡済み。
後はヤツらがコトを起こし、無人になったアジトに待ち伏せている連中に引き継げれば、俺のクエストは成功だ。
万が一勘付かれた場合を考慮し、俺は組織に残る選択をした。
今の所、潜入に問題は無い。ゴルザもこの事に気付いてはいなそうだ。
「よォし!一旦止まれ!標的はあの山にいる。標的逃走の可能性を考え、正面と側面から3部隊。山の中腹辺りで裏側に回り込む部隊の計4部隊で作戦を決行する。」
⋯成程、一見豪快で乱雑な男に見えるが、1つの組織を束ねているだけある。中々理にかなった作戦だ。そして、ヤツに従う手下共も、今の号令で即座に3つに割れた。組織としては完成している様だな⋯。
確認済みの組員、総勢113人。
そいつら全員が見事に統率されている。⋯これは手強いな。待ち伏せている連中も凄腕揃いだが、これだけの数の壁があればゴルザを拘束する前に逃がしてしまう恐れがある。
今夜の一件、流石に魔物側に肩入れをする。
銀槍竜⋯最近、調子いいみたいじゃねえか。⋯頼むから、暴れてくれ⋯よ⋯?
「なんだァ、ありゃあ⋯」
組員の1人が空を見上げて呟いた。
そして、恐らく俺も同じものを見上げている。何かが上空から此方に向かって、高速で接近していたからだ。夜の空に目を細め、飛来物を確認する。
ソレは銀色の身体をしていた。
ソレは碧色の瞳を輝かせていた。
ソレは⋯遠くから俺達を見て、笑った。
「銀槍竜⋯!!」
願いが叶ったかの様な展開に、思わず声が漏れる。
俺の唐突な独り言に全員が一瞬反応した。しかし、彼らが俺に振り向くより早く、銀槍竜が地面と激突する。その結果、生じた爆音と衝撃波によって彼らの視界は大きく傾く事になった。
行列のど真ん中に落下した事により、衝撃に数十人が巻き込まれ、遠くへ吹き飛んだからだ。彼らの注目は、軽くない被害を及ぼした犯人へと向いた。
舞い上がった砂埃を手で払いながら、男達は見た。
着陸の衝撃を物語る、直径数十メートルは下らないクレーターと、その中心で唸り声1つ無く佇む、1匹の魔物を。
尻尾から頭部までで、大人2人分程だろうか。
名前に銀と入るのも頷ける見事な光沢に、暗闇に光る碧色の瞳。最も彼らの視線を奪ったのは、頭部の二対の角だった。
通常種に見られない特徴。
彼らとで冒険者の端くれ。銀槍竜について何度か見聞きしてきたが、実物を目の当たりにすると、その質感と全体像としての違和感の無さに感心した。
銀槍竜、今回ゴルザが標的として掲げていた魔物。
思わぬ事態だったのか、ゴルザは数秒目を見開いたがそこは一組織のトップ。即座に口角を吊り上げる。
見た目なんぞには興味が無いと言わんばかりに、ゴルザは大きく息を吸って手下達に号令を掛けた。
「好都合だ!巻き込まれてねェ奴は山へ迎え!間合いに入っているヤツは野郎ををこの場に留めることだけに専念しろ!」
「「「!?!?」」」
その号令に、多くの者達が困惑の色を隠せなかった。
それは、俺を含めて。
何故、標的が目の前にいるのに距離を空けるのか。
何故、ボスはいきなり無茶な命令を出したのか。
そんな疑問に答える事無く、ゴルザ本人は山へと猛スピードで向かっていった。俺は1つの予感を感じ取り、ゴルザの後を負った。後から爆音と地響きが伝わってきたが、それすらも意識の外へと追いやる程に、頭を回転させていた。
─何故、標的が目の前にいるのに距離を開けるのか─
─俺は大きな勘違いをしていた⋯?─
─今回の標的はコイツだ─
─もし、今の俺の予想が正しかったとしたら⋯─
─希少価値の高い魔物では無かった気がするが⋯─
「⋯⋯⋯。」
⋯まさか、最初から銀槍竜が標的ではなかったのか⋯!
クソッ、違和感には気付いていた!初めて標的として発表された時、やけに見切れた画像だと!俺とした事が⋯!ク⋯ッ⋯
⋯いや、少し待て。
標的が何であれ、コイツらが今からやろうとしている事の本質は同じだ、冷静に考えろ俺。先程の銀槍竜の奇襲で、人員は向こうに30人は持っていかれている。
銀槍竜について『ツエンなら3名以上』と表記されていた。
この組織にいるヤツらはツエンにすら及ばない冒険者ばかり。アジトへ帰る際には、負傷したヤツらを保護して帰る事になるだろう。
傷を負った者を運んでいる状態で、凄腕揃いの待ち伏せ班に対応出来るか?否、である。回復魔法すらロクに使える奴が居ないのがこの組織だ。
(⋯このクエスト、完全成功で収めさせてもらうぜ⋯!)
ゴルザの背を捉えながら、俺は静かに笑みを浮かべた。
ただ1つ、真の標的は何なのだという些細な疑念は投げ捨てて──⋯
NOW LOADING⋯
「クエッー」
「ヌ!この小鳥め、静かにせんか!お主からも言ってやれ!」
「無駄ッスよイサさん。⋯全く、ソイツが長殿のお供なんかで無ければ今頃食ってたとこッスよ⋯」
ギフェルタ中腹の林の奥から聞こえてきたのは、虎徹に手を焼く者達の会話だ。声の主は、虎徹を頭に乗せながら姿勢を低くしているイサと、同じく姿を隠す様に物陰にいるモチヅキだ。
先の作戦会議の最中に、彼らの長である銀槍竜の指示を受けて虎徹を預けられたのだ。会話から分かる様に、虎徹はあまり好かれていない。
どうして、こんな非力で貧弱なヤツを連れ歩いているのか。
自分達の方がお供として相応しいのではないか、そんな考えの元、彼らは虎徹を白い目で見ていた。
虎徹としては知ったこっちゃない、というか会話自体を理解してないので、今は普段より乗り心地が悪い場所に腹を立てて鳴いていた。更にイサのストレスが募る事になるが、ここで冷静になったのがモチヅキだった。
「まぁまぁ、イサさん。預けられたという事は、貴方なら守ってくれると長殿はお考えなんスよ、きっと。」
「ヌゥ⋯そうか。なら致し方ないな。」
割と聞き分けはあるコ、イサ。
モチヅキに諭され、息を潜めて自身達の出番を待つ。度々麓から爆音が響いてくるのは、長殿が戦っているからだろう。
群れの頂点が自ら戦っているのなら、我ら下僕も奮起しない訳にはいくまいと、改めて気を引きしめる。そして訪れる、待ち望んだ出番。
「よし⋯ここらで裏側に向かう部隊とこのまま進む部隊で分かれるぞ。」
何やら人間達が話している。
会話の意味は分からないが、どうやら二手に分かれて行動するらしい。イサとモチヅキは、分かれた部隊の進行方向にそれぞれ先回りして、待ち伏せた。
いよいよ作戦決行である。
「グオオオオ──ォオッ!!」
「シャアァァアア──ッ!!」
同時に部隊の正面から勢いよく飛び出したイサとモチヅキは、人間達に迫真の咆哮を浴びせた。しかし、相手も対魔物のプロ。一瞬、動揺に包まれたがすぐさま武器を取り出して構えた。
しかし、そのまま戦闘開始⋯とはならなかった。
二体の魔物はニヤリと笑い、部隊とは真反対の方向へと走り出した。
「オイ!この山にヴェルシュターがいるなんて聞いてねぇぞ!?」
「俺が知るか!アルトラムが住み着いてからマトモに調査なんてされてねぇんだろ!?」
ヴェルシュター、鋼鉄の番人を意味する種族名を持つ大型の魔物。全身を外骨格に覆われ、その強度は文字通り鉄をも凌ぐ。今回の目的には無関係だが、そんな強力な魔物が彷徨いているのでは、目的達成まで気が気では無い。
彼らは銀槍竜が立てた作戦に見事にハマり、逃げた後を追った。そして、同じタイミングで飛び出したモチヅキ側でも、銀槍竜の思惑通りに事が進んでいた。
(⋯やっぱり、長殿が言ってた通りだ⋯!)
─襲撃直前の作戦会議にて─
「⋯待ち伏せ⋯ですか?」
「そうだ。ヤツらの目的が不明な以上、少なくとも奴らの戦力を分散させる必要がある。そこでこの作戦だ。」
ムサシの質問に対し、銀槍竜は作戦の目的の説明をした。
その作戦理由に場の全員が納得し、それを確認してから彼は地面に木の枝で絵を描き始めた。まず大きな山の絵を描き、そこに向かって下から伸びる矢印を書く。そして、真ん中辺りに2つ点を書き足した。
「第1段階として、イサとモチヅキがここら辺で待ち伏せる。ここで人間は、身体が大きく、見た目も強そうなイサを警戒して数が集中する。」
次に、真ん中の2つの点から左右に矢印を引き、その通過点にまた2つづつ点を書き足した。
「その後、二手に分かれた戦力を同じ方法で更に分解する第2段階を開始。モチヅキ側にサスケとロクロウが、イサ側にサイゾウとセイカイが待機してくれ。サスケとサイゾウはそれぞれ直接戦闘はせずに暗闇からの各個撃破を頼む。」
「「御意。」」
「この作戦が上手く行けば、侵入してきた奴らを6等分にできる。」
矢印は追加された点から更に2つ増え、最終的に矢印は6つの方向に分散される構図が完成した。
「ジューゾーは空中から援護射撃と、全体を偵察してコスケ達に知らせ、コスケとジンパチは戦況によって対応をしてくれ。セイカイ、イサ。戦力はそっちに偏るが⋯いけるか?」
「「おうよ!」」
「っし、いい返事だ。皆いいか、負傷したら直ぐに離脱。ジューゾーに合図を送れ。カマスケは戦闘には参加せず、ジューゾーからの合図があったら直ぐに駆け付けてくれ。」
「承知しました。」
「後は細かい動きと、ムサシの役割についてだが─⋯」
⋯─作戦の第1段階は成功。
二手に分かれた人間は、イサの姿を見るなり即座に戻って、そちらに数を偏らせた。そして第2段階。ある程度人間との距離が空いたところで身を隠す。
追い付いた人間が、姿を見失ったタイミングで大きな物音を立てる。あっちからだ、こっちからだと、徐々に崩れさせてからの⋯
「シャアァ──ッッ!!」
「フシュルルルルッ!!」
「ガォアァァッ!!」
三体同時咆哮、そして再び鬼ごっこだ。
この後に及んで尚、分散する部隊。彼らも考え無しに分散してこの鬼ごっこをしている訳では無い。初めの一塊の状態からここまで数を減らしても、一体の魔物につき約10人で対応している。
一体の魔物を屠るには、なんら問題ない数だった。
まずは目の前のコイツから、この山に入った全ての者達がそう考えて眼前の魔物を追っていた。
が、その追走劇も直ぐに終わる事になる。
分散させた6グループ、十分な距離が空いた。どこかのグループが劣勢を強いられようが即座に対応出来ないだけの、十分な距離が。
「どこ行きやがった!?」
「クソッ!また見失った!」
初めに、追撃を辞めたのはサスケを追っていたグループだった。困惑するする人間達を暗闇から睨む1つの影。
(我らが長殿の縄張りに土足で踏み込んだ事、決して許せぬ⋯!!)
風切り音すら立てることなく、夜の闇に黒い影が揺らめく。
人対魔、戦いの火蓋が切って落とされた──⋯
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