猛焔滅斬の碧刃龍

ガスト

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1章【巨人の湖編】

第20話・道標。

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ギフェルタ到着から3日後。


「よっこらせ⋯っと⋯。これで最後だな。」


担いでいた丸太を地面に置き、俺は缶コーヒーを開けた。
山の邪悪な支配者を倒した俺は、支配から解放された魔物達に祭り上げられ、まるで王様の様な扱いを受けていた。

腹が鳴れば、獲物を取って集まってくるし、鍛錬の為に山を降りればゾロゾロと着いてくるし、寝ようとすれば警護する様に寝床の辺りに陣取るし⋯正直、疲れる。

そもそもの話だが、あの蛇⋯アルトラムだっけか?
幼女の手紙が更新されてたから、少しだけ目を通したが⋯。まぁいい。アイツの毒霧による支配は、この山の魔物全員に等しく恐怖を与えていた。それは種族を越えて魔物達を団結させるという結果を生み出した。

事実、支配がなくなったからと言って、魔物達が敵同士に逆戻りする、なんて事は無かった。アルトラムを倒してからというもの、魔物達はいつも穏やかで、喧嘩どころか縄張り争いすら見ていない。

そう、コイツらには明確な『敵』が居ないのだ。
まぁそれはいい事だと思う。平穏に暮らしたいのは誰だってそうだし、その平穏を作ってくれた相手がいるのなら感謝だってする。

⋯だが、しかし。
寝ようとしている最中に周りをウロウロされるのは素直に言って、鬱陶しい。何より、今この山は平和だ。敵がおらず、守られる必要性が皆無なのにも関わらず、この3日間寝ようとすれば4~5体が決まって現れる。

ここで俺が嫌そうな態度を見せれば止めてくれるかもしれないが、それはそれでアイツらの善意を傷付けるようで気が向かない。

という事情があり、せめて寝る時は気配を意識しない様にと、リーゼノールの時程ではないが、最低限に生活できる程度の家の作成に取り掛かっていた。


「この丸太はそこで、ソレはそこ、アレは──⋯」


うーん、それにしても数がいると建築ペースが早い。
まぁアイツらからしたら何をさせられているのか理解し難いだろうが⋯ここは1つ、貸しって事で。

俺は凡その指示をし、木陰に座り込んだ。
雲一つない空を見上げ、コーヒーを1口。目を瞑った。


いい天気だ。


口で発したか、それとも頭で思ったのか。
ぼんやりとしていたので分からなかったが、それ程気分が和らぐいい天気だ。リーゼノールの畔で波の音に耳を済ませるのも一興だったが、こうして山の頂上で風に吹かれるのもまた一興。今なら詩の一つでも詠めそうだな⋯。



⋯⋯────。



⋯⋯⋯──────。



「⋯!⋯⋯ェ!⋯⋯⋯クェッ!」

「⋯ん、どうした虎徹。腹減ったか?」


頬を突っつかれる擽ったさで目を開けた俺は、額に乗っかった虎徹を退かし、起き上がる。なーんか、身体が軽いと思ったところで、俺は自分のデコを叩いた。

見れば、ギフェルタの山肌は日に照らされ、あたかも紅葉かの様に演出されている。そう、夕方になっていたのだ。それも今にも夕日が沈んでしまいそうな程に。

あまりの心地良さにうっかり眠ってしまっていたらしい。
ため息を着きながら立ち上がり、家の建築予定場所を確認した。驚いた事に、俺の指定した場所にズレも無く丸太が並べられている。今日は設計から骨組みまで終わらせるつもりだったが、あろう事か大方の形まで完成していた。

一応、地面に図を書いて『こんな感じ』というのはアイツらに伝えてはいたが⋯正直、ここまで出来ているとは予想外だった。俺が思っている以上に魔物って知能高いのか⋯?

今まではシャルフ・ガムナマールやテュラングルのように知能が高い奴らと、プラルトロス、ガムナマール、ハーゲル等等の動物並の知能の奴らといった両極端な相手しか見てこなかったし⋯

いや、よく考えてみれば後者でも連携して攻撃とかしてくるな⋯。やっぱり基本知能はかなり高い。恐るべし異世界生物。


「グルルッ」

「ん?お前か。」


感動の余韻に浸っていると、1匹の魔物が俺に話しかけてきた。
ガムナマールよりも一回り大柄で、狼と虎の中間、といった表現が似合う顔付き。

全身体毛に覆われ、脚と尾は白。身体は灰色交じりの朱色でコントラストが美しい。

逞しく発達した四肢の筋肉が、彼の身体能力の高さを物語っている。

牙、鉤爪⋯どちらも特徴的と呼べる見た目ではないが、この肉体から繰り出されるソレを想定すれば、武器として十分過ぎるのは一目で分かるだろう。


「お休み中でしたか。これは御無礼を⋯」

「いや、大丈夫だ。俺がうっかりしてた⋯」


お互い違う音を発している。
が、不思議な事に会話ができる。しっかりと意味は伝わる様でコレが中々面白い。


「ご命令通り、あの木を手順に沿って並べておきました。」

「あぁ、助かった。⋯その⋯なんだ、傷の様子はどうだ?」


コイツは俺が肩から太腿まで斬ったあの魔物だ。
コイツにとって俺は、殺す気で攻撃してきた相手、となっている筈だ。支配から解放したからと言ってそれは結果論で、実際に斬った事には変わりない。

恨まれて当たり前、そう思っていたんだが⋯。


「えぇ、貴方に頂いたこの栄誉ある勲章。俺としても胸を張って自慢できます。」

「⋯⋯⋯⋯そうか。」


まぁ、こういう訳だ。
簡単に説明すれば、同じ相手と戦ってアルトラムは死んで、自分達は生きているって事で、散々恨んでいた相手より自分たちの方が上だぞ!っていうのをこの傷跡が証明してくれているらしい。

何言っているか分からないだろうが、俺も分からないので理解するのは諦めた。


「一つお聞きしたいのですが⋯何故、木をあの様に並べる必要が⋯?」

「うーん⋯俺の巣があんな感じの作りだから、だな。」


成程、と納得したのか頷くコイツ⋯⋯えーっと⋯?
あー、コイツの名前知らないな。そもそもあるのかも分からないが。


「お前、名前とかって⋯」

「は、名前ですか⋯。生憎、持ち合わせておりません。」


持ち合わせるって⋯そんなハンカチみたいに⋯
聞けば、基本的に魔物は名前持っていないらしい。人間が勝手に名付けたり、大きな群れのリーダーが部下を区別する為に名付ける等、特殊な環境にのみ名前が与えられるという。

少なくとも、この山に住んでいる魔物達に名持ちはいない、という事らしいが⋯まぁいいか。虎徹みたいに俺が名前を付ければ。ここに長居するつもり無いが、いる間だけでもコミニュケーションが取りやすいようにな。


あ、そうだ。
この機会だ、どうせならアイツらも呼ぶか。


「ちょっと頼みがあるんだが⋯」

「勿論!何なりと──⋯」







と、言うわけで。


「静粛に!今からこのお方よりお話がある!皆共静粛に!」


彼に頼んで集めてもらったこの山の魔物達。
それはもうお祭りの様な騒ぎになり、各々獲物だの果物だのを集めて俺の前に差し出した。

こうして見ると、かなり壮観な光景だ。
それぞれの種族は⋯まだ幼女の手紙を全部読んでないから分からないが⋯少なくとも10種以上の魔物が、争う事無く集っている。本来なら有り得ない光景だが⋯まぁそれにツッコむのは後ででいいとして。

今からコイツらに名前を付けていこうと思う。
流石に全員は面倒だし、どうせ俺が覚えていられないので限定するが。


「あー、皆さん。本日は足下の悪い中、ようこそギフェルタへお越し下さいました。」

「「「( ;゜д)ザワ(;゜д゜;)ザワ(д゜; )」」」


うーむ、こーゆーの苦手なんだよな俺。
ニュアンスは伝わっているっぽいが、ジョークとして通じているかは怪しい。多分、伝わっていない。気にしないが。


「さて。何故に君達を集めたのかって所だが、これと言って特別な内容でもない⋯」


一応ハードルは下げておくが⋯関心が凄い。
視線が身体に刺さってくる感覚すら覚える⋯が、ここは代表としてちゃんとキメる。


「最初に言うと、俺はこの山に長く留まるつもりは無い。」


その言葉を聞いた魔物達の反応はそれぞれだったが、殆どは残念がるというか、萎えている感じだった。まぁ『強くて悪いヤツ』を追い払った奴が出ていったら、また同じ様なの来るんじゃないか、という不安なのだろうが⋯

とは言え、俺もコイツらを甘やかすつもりは無い。
それにコイツらには他にはない、取っておきの『武器』がある。


「長く留まるつもりは無い。⋯が、それでも少しの間世話になる。だから、お互いにコミュニケーション⋯意思の疎通がより潤滑になる様に、お前達に『名前』を付ける事にした!」

「「「⋯⋯⋯⋯⋯⋯。⋯?」」」


⋯あれ、思ったよりリアクションが無い。
『な、なんだってー!?』みたいなのを期待して、割と大きな声で言ったんだけど⋯アレ⋯?

もしかして、変な事言った?
いや、名前を付けるって向こう側からしたらリアクションに困る内容かもだけど⋯。そんな無言になられたら気まずいじゃん。


「あ、あの⋯一旦退避の準備を⋯」

「⋯え?どうしt「「「えぇーーーっっ!!!??」」」


山が、揺れた。
俺が反応するより早く、魔物達が津波となって押し寄せる。訳もわからず俺は必死に宥めたが、鼻息を荒らげて興奮するコイツらを受け止めるのに精一杯だった。

小一時間程、魔物の波に揉まれつつも、なんとか脱出した俺は、大声で一喝して全体の動きを止めた。かなり強引な手段だったが、こうでもしないと、また飲み込まれそうだったからな⋯全く。

俺は適当な高台に登って、未だ興奮気味の群れに向かって2回手を叩いた。


「はい注目!お前ら一旦落ち着け!」


その言葉を聞いてピタリと静まる魔物達。
先程までの喧騒がまるで消え失せた。ただ一つ、無数の荒い呼吸音を除いて。

俺は辺りを見渡してアイツを探した。
押し寄せるコイツらを、何とか食い止めようと飛び出してくれたのは嬉しかったんだが、この数相手に踏みとどまれる筈も無く。


「おーい、無事かー?」

「な、なんとか⋯」


群れの足元から這うように出てきた彼の身体は砂まみれになり、元の美しい毛は酷く荒れてしまっていた。やれやれと手を貸すと『すみません』と言い、手を掴んだ。

全く、何をそんなに興奮する事があったのか。
勝手に名前付けんじゃねえ、的な?⋯それにしては怒りを感じないが⋯。まさか逆に、やったー!的な?


「⋯なあ、なんでコイツらこんな興奮してるか分かるか?」


考えても分からないし、聞いてみるか⋯
って、なんだその目は。『マジで?』みたいな顔で見やがって。そんな変な質問だったのか?

状況を飲み込めずに頭を抱えていると、群れの中から1体の魔物が目立つ様に背伸びしながら、声を張り上げて言った。


「僕!僕からお願いします!」


若い、魔物だった。
少なくとも、声色だけでは10代の。まぁ魔物の寿命がどれほどものか分からないので、声色だけでは判断しかねるが⋯それは置いておいて。

問題は彼が、俺が傷付けた魔物だという事。
3日前、俺が斬った計11体の魔物達。彼らは全員一命を止めてくれた。⋯皮肉な話だが、瀕死なると激痛によって叩き起されるという毒霧の効果があったからこそ、魔物達は生きる事を諦めなかった。

ただ回復魔法を施しただけだったら間違いなく、息絶えていた。絶対に倒れたくないという意思があったからこそ、今もこうして生きてくれている。⋯多分、あの時に死なせてしまっていたら、いくら吹っ切れたとは言え、また暫く落ち込んでいたかもしれないからな。⋯その点に関しては、アルトラムに感謝だな。

⋯おっといかん、閑話休題。


「あー⋯キミは名前が欲しい⋯って事であってるのかな?」


質問すると、彼は興奮気味に頭を縦に振った。
妙だ。俺に対して彼らが恩を感じているのは分かるんだが、名付けだけで、普通ここまで興奮するか?

⋯というか恩を感じるってなんだよ⋯魔物だろ?
支配から解放した相手ってだけで、俺が新しく支配者になったらどうするんだよ。⋯いや実際にはそんな事しないが⋯。そもそも魔物なのに敬語ってどういう事だ⋯

あー疑問が、疑問が収まらん。
落ち着け俺、冷静になるんだ。


「あの⋯」


対応に困っていると彼⋯
あー、俺が手を貸した方の彼、が話し掛けてきた。⋯早いとこ名前付けたいな。かなり思考がしづらい。


「先程のは⋯⋯その⋯本気、なのでしょうか?」


小声で、しかも口ごもった様子だ。
先程の、恐らく『名前を付ける』という発言に対しての質問だろう。『あぁ』と、返答をすると、リアクションに困った様に数秒間俯いた。

いい加減、悩んでいる時間が惜しくなった俺は、やや強めに先程からの事態について、理由を聞いた。


「⋯まず、第一に。」


そう、前置きしてから彼は話し始めた。
まとめると、そもそも『名付ける』という行為は、一部の希な例を抜いて『大きな群れのリーダーが、部下を区別する』という目的で行う事らしい。つまり、俺が名前を付けると発言した時点で、『お前らは俺の部下だ!』と言っているようなものだ。

アルトラムを倒してから今日まで、誰が言わずとも俺の後に着いてきたコイツらだったが、先程俺が完全にリーダー宣言をした為に興奮していた⋯


「⋯って、マジ?」

「マジです。」


いや、それだけ?
何度も思うが、恩を感じている相手だろうが、ここまで興奮するか?外から来た、自分達の事を微塵も知らない相手に、リーダーを任せるか?

それ程までにアルトラムが脅威だった、と言われれば反論は出来ないんだが⋯


「アイツを俺が倒したのって⋯お前達にとって、長を任せたいと思う程の事なのか?」


彼は目を見開いて黙った。
予想していなかった質問だったのか、それとも核心をつかれたのか。少なくとも、そのどちらかだと俺は踏んだ。そして⋯それは正しかった。


「⋯⋯正直な所、それだけかと聞かれれば、そうではありません。勿論、あのクソヘビは皆共通の脅威でした。貴方は、その脅威を排除してくれた、長になって頂きたい動機は、それだけでも十分です。⋯が、」

「⋯⋯が?」

「我々は、生まれながらにして強さを求めます。」


彼はため息を零しながら、緋い空を見上げた。
その視線の先に何を見ているかは分からなかったが、どこか果てしなく遠い場所であることは、横から見ていた俺でもわかった。


「⋯憧れ、ですよ。」


空を見上げたまま、彼は言った。
タイミングと発した言葉があまりに不意を突くものだった為、反応が遅れたが、彼はそんな俺を悪戯っぽく笑った。


「我々が、手も足も出なかった相手を倒した。⋯俺たちが知る限りで、最強の相手を貴方は倒したんです。」


俺はここでようやく、彼らが興奮する意味を理解した。
彼らは、あの時の自分なのだと。あの男⋯バルドールとテュラングルの激戦を見ていた時、自分の可能性に気が付いた俺。

俺は頷き、彼に一言礼を言ってから、再び群れに向き合った。


「⋯お前らに1つ聞きたい。俺は、無理矢理戦わせられていたとはいえ、本気でお前らを殺す気だった。」


それを聞いて荒い呼吸音は止み、辺りは無音と化した。
彼らの目は、真剣そのもの。その目の中に憎悪は存在せず、真っ直ぐと、目の前の一体の魔物に耳を貸していた。

彼の、号令がかかるまで。
静かに。


「それでも、名が欲しいと願うか?お前達の上に立って欲しいと思うか?」


俺はここで意地悪をした。
質問と同時に、あの時彼らにぶつけた殺気と全く同じ殺気を放ったのだ。

⋯正直、怖じるならそれでもいい、と思っている。
ここでコイツらと仲良くなっては、別れが辛いからな。⋯だがまぁ⋯残念ながら、別れは辛いものになりそうだ。


「「「⋯⋯⋯⋯。」」」


ただ無言で。
自身達の眼前に立ち、夕日に照らされる彼の号令を待つ。放たれたのは殺気?いや、あれは我々を試しているのだ。あの方にとってはほんの遊び程度。それを受け入れらぬのでは、後ろを歩く事すら、許されない。⋯否、許さない。

誰が?自分が、自分の中の本能が!


「⋯──俺に着いてきてくれるか?」

「「「「「  オォオオォオオ──ッッ!! 」」」」」


山が、空が、そして銀灰竜すら震えた。
待ちに待った号令。今この瞬間から、あの幼竜は我らの王。崇拝し、護り、そして目指す場所。

夕焼けのギフェルタに、

魔物達の雄叫びが鳴り響いた──⋯


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