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1章【巨人の湖編】
第5話・竜の力の片鱗
しおりを挟む──ダンッ!!⋯⋯ダンッ!!⋯⋯ダンッ!!⋯⋯ダンッ!!
ぐぅ~⋯キッツイな⋯⋯だがあと3往復!!
スタート地点に刀を、切り返し地点に鞘を立て何度も往復する。
昨日考えた練習方法だ。後半になると疲労でどうしても投げた石を取り逃してしまう。その都度、カウントを1からにしてやり直す。本来なら速度がメインで、走り出しからどれだけ素早くスタート地点に戻って来て石をキャッチ出来るかを極める修行だったんだが⋯⋯これは持久力の向上に繋がるな。
踏み込みの速度と切り返しの速度、持久力と忍耐力、そして落下してくる石を正確に掴み全く同じ高さに投げる⋯言わば力の加減。これら全てを同時に鍛えられるこの修行方法は中々良い。今日から日課に組み込もう。
特に力の加減は正確にしたい。
最初は投げた石の高さと位置が前後左右上下に軌道がずれてしまい、タイミングを合わせてキャッチするのが難しかった。50回目の往復で『あと半分!!』と思って少し力んでしまって石を投げたら軌道が物凄くずれて森に消えてったのは本当に最悪だった。勿論、最初っからやり直し。力の加減で大切な事は『感情に左右されない事』だな。
何とか残りの3往復を走り終えた俺は直ぐに手帳とペンを手に取った。
『感情の左右が力加減を左右する』
名言っぽい事を書いて俺は手帳を閉じた。
刀と鞘を地面から抜き、刀身を鞘に仕舞って肩に掛ける。鞘が背中に直接当たっているので歩く度にカチャカチャ音を立てる。筋肉質で硬い身体の為、痛くは無いが太めの幹に等にぶつかると『ガン』と鈍い音が出る。
グレイドラゴン⋯と言うか魔物の中でも『竜種』と言う場所に分類される者達は基本ステータスが高く防御力、攻撃力、俊敏性、魔力量が優れている。特に魔力量に関しては、その分編み出せる技も沢山あるって訳だ。
だが勿論、全部が全部優秀という話でもない。
竜種も『地球に存在していたら』知能は高い方だが、ここは違う。人間と会話したり、集団で生活して小さな村を作ったり、他の魔物と協力してお互いにWIN WINな関係を築いていたり。ゲームの序盤でよく見るゴブリン、この世界にも存在するらしいが、よく考えたらそんな雑魚ですら手には武器を持って集団で活動し上下関係すら存在している。
それに比べれば、竜は特別に知性が高いと言うわけでは無い⋯『一部を除いて』の話らしいがな。では、何故そんな竜種ですら魔法といった一見複雑そうな事が出来るのか、と言うとそれは『本能』だ。勿論、竜が呪文を唱えたり魔法陣を描くなどさっきの『一部』を除けば到底不可能だ。
人間の赤ん坊がハイハイから両足立ちになったり、言葉を発しようとするのと同じ。『やるべき、やらなくてはいけない』といったものが魔物にも存在するのだ。そして竜にも同じ様にある。その中に『魔法』があるだけだ。だからある意味、魔物にとって『魔法を使う』と言う事は本能的な事であり、あくまで生まれ持った力として扱われているのだ。
⋯などと、学者みたいに深い様な当たり前の事の様な考え事をしながら俺は持って来ていた水筒の水を飲んだ。身体中から汗が流れている。今では慣れたが、身体から湯気が立ち上っている。しかも結構濃い。耳を澄ませば、僅かに『シュウ──⋯』と聴こえるのが分かる。体感では人間の時の運動後と同じ様な熱を発しているが、実際はそれどころでは無さそうだな。
「んック⋯ック⋯──⋯ぷはッ!!やっぱ運動後の冷たい水は最高に美味いな!!」
俺は人間の時、子どもの頃からスポーツを積極的に行う様な奴では無かった。中学から高校まで運動部に所属した事は1度もない。苦手ではないが。まぁ、何と言うか『面倒臭かった』訳だ。幼馴染、と言うだけあって中学も同じだった佐々木はバスケ部に入部したが、例の如くしつこく俺を誘って来た。俺は基本、放課後は自分の時間に費やしたかったのでキッパリと断った。流石に断られてまで強要する程、彼奴もダルい人間では無かった。
俺にとって『自分の時間』というのは一人でいる時間の事。
運動がしたければ運動部に入り、それを『自分の時間』として過ごすこともあったかもしれないが。⋯中学卒業以降、高校でも佐々木はバスケ部に入部して地区大会などでそこそこ成績を残していたが、運動や部活に関して俺をしつこく勧誘する事は無くなった。
って、俺のそんな情報どうでもいいか。
兎に角、俺(誰に言っているかは分からない)が伝えたいのは、運動に興味が無かった俺が、運動後の冷たい水の美味さに感動している事だ。
⋯何か俺、この世界に来てから感情が豊かになってきてる気がする。
前世で薄情な奴であった事は否定出来ないが、それでも変化した箇所は多いし大きいと思う。人間という生き物は『周囲の目』を気にする分大きな変化を恐れたり、少しでも原型を残そうとする。作者が同じアニメや漫画や曲は何処か似通った部分があるのと同じだ。
⋯いや、それはその人の『雰囲気』と言うべきか?
兎に角、人は極端な変化を恐れる。だが俺は竜だ。気にする事は何も無い。
今の俺にとって変化とは『成長』だ。何せ俺は産まれて10日も経って無いからな!!産まれたてピチピチのグレイドラゴンだからな!!
っしゃあぁ⋯やる気出てきたぁ⋯
よし、昼食取ったら走りまくろう。で、走り終わったら腕立て1000回しよう。今ならなんでも出来る気がする⋯⋯善は急げだ!!
俺は猛ダッシュで家に帰り、昨日取ったタケノコとムングレーを超適当に火で炙って口に詰め込む様に食った。行儀が悪いが、調子が良い時は調子に乗りたいもの、人目を気にしないって最高だ!!
その日、リーゼノール周辺の森では砂煙が舞い上がった茶色い竜巻が突如として出現し、文字通り森の魔物たちを混乱の渦に巻き込んだ。
偶然上空を通り掛かった飛空艇に発見され、ギルドの研究者達の間でにわかに話題になったのはまた別の話──⋯
NOW LOADING⋯
『1月1日』
「今日は、筋肉痛で、動けそうにない。休憩も、修行、の、内なので、ゆっくり休む事にする⋯⋯」
手帳にそう書いて閉じる。
俺は若干の苛立ちを込めて手帳を部屋の壁に投げ付けた。壁に当たった手帳はボトッと床に落ちる。俺の鉤爪の数cm隣に。
俺は手帳をボーっと見ながら深い溜息を着いた。
特に前脚が痛い。変に力を入れると筋肉が張る様な激痛に襲われる。移動は二足歩行の前屈みの方じゃ無いと無理だ。⋯というか最近はそっちに慣れて通常の『直立』の方の歩き方はして無いな。今度から二足歩行って言ったらこっちにしよう。四足歩行については戦闘の時だけだし気にする事は無いな⋯
⋯いや待てよ⋯?俺、戦闘の時も二足で立ち回ってないか?
今までの戦闘でもそうだったし⋯獣と言うよりは人間に近い戦闘スタイルだよな⋯少なくとも俺は。強いて言うなら、前にガムナマールに止めを刺した時に地面に前脚を着いて頭の角で突き上げた事くらいか⋯
走る時の体勢は忍者のシュタタタタって感じだし、竜のクセに刀持ってるし⋯まだ実戦では使って無いけど。鉤爪も人間の指みたいに動くし。流石に関節は無いので物を掴む事ができるくらいだが、それでも『手』としての機能は果たせている。前脚って言っても最早『腕』として扱ってるし⋯
もしも人間の俺が喧嘩が強かったら、この姿でも中々強い筈だ。
曲がりなりにも骨格や見た目は竜だが、戦闘を行う姿は最早人間だろう。しかも俺は刀を使う。まるで侍か剣士だな。
床で寝っ転がっていた俺はゴロンと寝返った。
退屈なので少女からの手紙を取り出す。
手紙は常に腰の布袋に入れていた。素材はガムナマールの毛皮で適当に作った物だが意外と頑丈にできている。
『おや?不調の様だね。出来れば沢山鍛錬して力を付けて欲しいんだけど⋯仕方ない子だね。退屈そうだから少し面白い話をしてあげよう。』
⋯最近気付いたんだが⋯この手紙、見る度に内容が変化している。
地図や魔物の基本情報はそのままだが表の文が最初に見付けた時の文と異なっている。俺は今まで手紙の内容が変わる瞬間を見た事が無い。恐らく寝ている間に変わっているんだろう。夜な夜なあの少女が来ているのか⋯それともそんな魔法が存在するのか⋯
何れにせよ退屈するよりはずっといい。
俺は立ち上がり、木の幹で出来た椅子を壁の近くに持って行って背を掛けられる様にしてから文章を読み始めた。
『魔法についてだけど⋯まず君は魔法ってどんなものだと思う?』
質問が直球だな。
⋯どんなもの、か。そりゃあ便利なものだろうな。
『使い勝手がある、ねぇ⋯君らしいね♪』
⋯あ、俺が想像した内容と少し違う。
外したのか。やっぱりこの手紙はあの少女が予想で書いた物で間違い無さそうだな。逆に今までシチュエーションとピタリと当たっていたのが怖い。
『所で君は自分の持っている魔法や魔力に興味を持った事はあるかい?』
俺の持っている魔法?そう言えば考えた事無かったな。
何か、自分にもそんな特別な力があるって思うとワクワクというか妙な気分になるな。まぁこの世界では誰にでも、それでこそ魔物にもあるものだが。一体どんなものだろうか?俺の魔法と言うのは。やっぱり炎とかか?
『ふむ、君は1つ勘違いしているね。確かに魔物の持つ魔法というものは遺伝的で種族特有の違いが出てくる。だけどね、銀色の竜君?力という物はそれを所持する者によってどんな姿形にも柔軟に変化する物なんだよ?』
どんな姿形にも柔軟に変化する⋯つまり、努力次第で結果が変わるって事か。
『まぁ⋯そんな感じだね♪しかも君は運がいい。前に言ったと思うけど、君はグレイドラゴンといってごく一般的な竜だけど他の竜と違う事が1つだけある。さてここで問題。その違う事ってな~んだ?ヒントは他の竜の色!』
色⋯⋯色ぉ!?
分からないな⋯手紙の先を読みたいが、ここで引けないのが男ってもんだよな。絶対に正解を当ててやる。
先ず色。俺が教えられたのは『レッド』『ブルー』の2種類のドラゴン。
赤と青⋯ここから何か連想される物は⋯⋯⋯⋯え────⋯っと⋯
俺が考え込んでいると、不意に手紙が滑り落ちる。
床に落ちる寸前で受け止めたがその拍子に次の文章を俺は読んでしまった。だが、勿論これも予想済みなあの少女。次の文の走り出しはこうだった
『ゴメン思ったより長くなりそうだから答えを言うよ?よく読んでね♪』
(・д・)チッ
『これもあるあるだけど、基本的に魔物は体色と生み出す魔力が一致する事が多い。正確には、魔力自体はどんな魔物でも同じ。だけどその魔物が生み出す魔法の色に体色も似た色になるよ。ここまで来たら流石に分かるよね?(笑)』
自分の魔法──体色──ドラゴン──生み出す物──
「⋯あ。」
俺は急いで手紙を読んだ。
『はい正解!!今君はレッドドラゴンを例に考えたみたいだけど。⋯そう、ズバリ【火】だ。だから赤い。ブルードラゴンは氷を生み出す。⋯と言う事は銀色は?⋯⋯いや、待てないから言うね。グレイドラゴンは【金属】を生み出すよ♪』
⋯⋯⋯⋯は?金属?
『は?金属?って思ったよね?分かるよその気持ち。でもね本当なんだよ!基本的なグレイドラゴンは棘を飛ばしたり壁を作って攻撃を防いだりしてるんだよ!面白いよね自然って!あ、あくまで基本的なグレイドラゴンの話をしたまでだからね?じゃっ、私も忙しいから今日はここまで~』
「ちょっ⋯⋯」
ちょっと待て!!と声が出そうになったが相手は手紙という事を思い出しグッと抑える。⋯にしても⋯鉄?いや、あの手紙では『金属』と言っていたか。何方にせよ鉄みたいな物だろうが。⋯しかしその話が事実なら、それ程面白そうな事はない⋯!!⋯けど『魔法』ってどうやったら使えるんだ?
俺がそう考えるを見越してなのか、また手紙が手から滑り落ちた。
『追試、魔力の操作は気持ちが大事だよ♪』
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」
⋯⋯⋯は?何を言ってるんだ?長々と話しをしたくせに最後は何だ?
⋯⋯クソッ、ストレスで何か殴りたい。
俺は痛みで悲鳴を上げる身体を無理矢理起こし立ち上がった。
家の扉へと進み、頭突きで破壊して外に出る。バラバラになって散乱した竹の扉の残骸を踏み付け、ユラユラと左右に揺れる様に歩みを進める。行き先は決めて無いが、兎に角今は魔物に遭遇したい。自分から襲いかかるのは抵抗があるが基本的に奴等は向こうから飛び掛ってくる。それなら自己防衛が成り立つ。これは俺が元人間として出来る、最低限人間らしい事だ。
俺は別に短気じゃない。
ただ、俺も呑気に過ごしている訳じゃない。『世界を救う』だか何だか忘れたが俺は押し潰されそうなくらいの重役をほぼ強制的にやらされた。手紙の少女もあの神の遣いか何かだろう。だから今まで色々世話をしてくれた、確かにある程度は自分の力でやるべきだ。
だがこれに至っては酷すぎる。
今後、俺が竜として自然界を生きて行く中で他の魔物が等しく持っている能力を俺は使えない。もし自分と同じレベルの敵と出会った時、身体能力では互角でも魔法を使われたら勝ち目が無い。直結して死に繋がりかねない。
大層な役目を押し付けておいて、自分の事は自分でしろってか?
笑えねぇ⋯本気で笑えねぇ⋯
俺は尻尾を地面に突き刺して引っ掻く様にしながら、怒りを露にして暗い森の中へと進んで行った──⋯
NOW LOADING⋯
「グルルウゥゥ⋯⋯⋯ッ」
森を抜け、俺は開けた場所に出ていた。
よく分からないが、俺は唸っていた。確かに物凄い怒りが込み上げて来るが唸るなんて事は人間はしない。しかもこの場合は喉を鳴らしている感じがする。慣れない感覚ではあるが、してないよりはずっとマシだった。
⋯⋯お陰で、唸り声に気づいた輩共が大量に出てきてくれた。
場所は初めてガムナマールと戦闘した場所の近く。今回も同じ相手だが数が格段に多いを30⋯いや、隠れているのを含めて50体ぐらいか、恐らくここは奴等の群れの中心だろう。上手く入り込んでいたとは運がいい⋯!!
俺の背後に居た気の早い7体が早々に片を付けんと飛び掛ってくる。
⋯が、そのどれもが俺との距離があと数十cmになった所で姿勢を変えて飛び退いた。⋯⋯どうやら何かを感じとったらしい。
飛び退いた奴の一体が向きを変えて走り去って行く。
他の奴等は仲間たちに何かを伝えている様にみえる。気色悪い事にその場のガムナマールが鼻を利かせ始める。『フンフン⋯』と息遣いだけが聴こえる時間が暫くの間づついたが、突如として状況は一変した。
一斉に唸り声を上げ始め、戦闘態勢に入る。
俺も一瞬は驚いたがその奇妙な現象が何なのか検討がついていた。俺は語り掛ける様に奴等に向かって言った。通じるているかは興味無い。出来れば怒って欲しいが。
「よう⋯お前らの仲間とは前にも会った事があるぞ。」
奴等は戦闘態勢に入ってはいるものの、話し始めると幾らかは大人しくなり俺の声に耳を貸している様に見えた。
「俺の身体から仲間の血の匂いがしたんだろ?可哀想な奴等だったなぁ⋯」
何か理由があるのか?⋯と、言っているかは分からないが群れの中から唸り声が上がる。少なくとも俺はそう感じたのでその意図の質問をされたものとして言葉を返す。
「お前らの仲間は4体いたんだがな⋯たかが1匹の幼竜に全て殺されたよ⋯」
俺は黒刀を抜いて見せた。
また一斉に戦闘態勢に入る。怒りの声を上げ遠吠えを行なう。俺はこれを待っていた。俺は全体に声がよーく聞こえる様に息を吸い込んだ。
「俺が殺したッ!!!!」
「「「「グルオォオオァアァァアアアアァッッッ!!!」」」」
群れの1番手前にいたガムナマール達が四方八方から一斉に飛び掛ってくる。数は17。中々の気迫に俺は思わず嗤った。俺に奴等の鉤爪が触れる寸前に俺は唯一攻撃が当たらない場所、空中に飛び出した。
ただし、正面の1匹の鬣を左脚で鷲掴みにして。
空中に飛び出した俺は脚に力を入れて自身を獲物の顔面に引き寄せた。
ザンッ!!と心地よい音を立てて胴体と頭を両断する。
飛び掛ってきた奴等全員が1歩引いたがそれを俺は逃がしはしない。前に倒れる様にして地面に着く寸での所で右脚を前に出して踏み込む。
真面に正面からこれを見ている者は倒れかけた竜がその場から消えた様にしか見えない。刹那、背後から仲間の悲鳴が聴こえる。しかし、振り返ろうと首を動かしたガムナマール達の首から鮮血が吹き出る。
相手側が状況が理解出来ないのを横目に、竜は次々と仲間を斬り裂いて行く。腕を伸ばして刀のリーチを最大限広げ、横に高速で回転しながら空中を通過していく。あまりに大量の血飛沫で辺り一面が真っ赤に染まる。
状況を理解した、と言うよりは惨すぎる景色をみて半狂乱になったガルムマーナ達が飛び掛る。竜はそれをみて更に嗤う。口が裂けそうになるほど牙を剥き出しにして。
──ッガルオォオォオオォォォォオアアアァアアァアッッ!!!!
大地に轟く巨大な咆哮を上げ、あろう事か黒刀を投げ捨てる。
鉤爪を立て突っ込んで行く。此方にも攻撃は命中し、血も大量に流している。だが、竜が止まる事は無かった。
首元に鉤爪を突き刺し横に振り抜く。
背後から飛び掛って来た獲物は、まるで生きているかの様に蠢く尻尾の餌食になる。首に巻き付かれ頸椎が砕けるまで圧迫される。
残りのガムナマールも必死に抵抗してくる。
が、容赦ない攻撃にジリジリと前線が下がり始める。1つの群れが1匹の竜に押されていると言うのだ、無理もない。だが竜は1匹たりと逃す気は無い。片手で心臓を潰し、片手で首を絞める。両腕が塞がっているのを見た1匹が猛スピードで走って来る。チャンスと見たか、単なる馬鹿か。
確かに両手は使えない。
飛び掛ったガムナマールは覆い被さる様にして竜に迫り、動きを止めた。
糸を張った様な緊張感が漂う。
あの竜は死んだか?そうであってくれ。誰もがそう願い俯いていた。
──ザリッ⋯
はっとして音のした方向を見る。
動いたのは仲間のガルムマーナだった。ゆっくりと慎重に近寄り、安否を確認する。竜は本当に死んでいるのか、見えているのは動かない両脚だけだった。
「グ⋯⋯ルァ⋯」
仲間は唸った、生きていた。
⋯そう『生きていた』。
バキッ!!と何かが砕ける様な音が響く。
当たりを見渡しても何も無い。不意に脚に生暖かい何かを感じる。⋯血だった。流れてくる方向を見てそのガムナマールは絶望した。
仲間の首を掴んでいた片手、それが握り締められている。首ごと。
そちらに気を取られていると正面の仲間に動きがあった。首を震わせながゆっくりと視線を動かす。
徐々に浮き上がる仲間の身体。
1度地面まで下がり、一気に空中に放り上げられる。降ってくる血飛沫の合間から、碧色の瞳が見える。光を灯していない。死んでいるかの様だった。
真っ直ぐと此方を睨んでいる。
その瞳には恐怖に怯える己の姿が映り込んでいる。竜の背後に仲間の死体が落下する。血の海に叩き付けられ、大きな波ができる。
血の波に飲み込まれる竜。
波が止むとそこに竜の姿は無かった。困惑が隠せない。
⋯⋯⋯ふと気付いた。静かだと。
おかしい。生きている仲間はどうして恐怖の声を上げないのだろう。
自然と頭を後へ向けて確認をす「死 ね 。」
⋯⋯首を傾げていないのに視界が斜めになる。
そのうち地面に着いてしまった。どうしてだろうか?動かせない。
妙だこんな事────⋯
⋯⋯俺は刀を振りこびり付いた血液を払った。
首を斬られて尚、自分の死に気付かないって⋯⋯⋯
──グシャンッ!!
無いわ~⋯⋯
生首を踏み潰す感覚も悪くないから別にいいけど。
にしても腹減ったな⋯⋯此奴ら美味そうだな⋯⋯
喰うか──⋯
NOW LOADING⋯
部下からの報告では単体の幼竜と出くわしたと⋯
何を焦る事があるのだ。竜ではあるが所詮子ども。たかが知れてる。
報告しに来た奴は群れに戻ったが⋯どうせなら群れに居れば良かったかも知れぬな⋯竜の子どもの肉は美味い。群れのガキ共には勿体無いご馳走だ。
⋯ん?これは血の匂い?
もう片が着いたのか。いくら何でも早すぎる⋯⋯⋯⋯
⋯⋯⋯いやまて⋯?この匂い、確かに血ではあるが同胞のものだぞ!!
何を手間取っているのだ⋯⋯⋯えぇい、仕方の無い奴等だ。少し急ぐとし
──ドシャンッ!!
「誰だ!!」
咄嗟に戦闘の構えを取る。
そこにあったのは仲間の姿だった。⋯⋯⋯⋯変わり果てた。
腹は抉られ臓物がはみ出している。肋骨が見え口からは大量に血を吐いている。それは群れに戻った筈の部下だった。
何故⋯死んでいる?まさか別の魔物にやられたのか!?
それなら⋯群れの同胞達の安否が心配だ、急いで戻らねば!!
⋯もし、強大な魔物であったとしたら群れの全てを護り切るのは難しい⋯⋯これだから厄介事は嫌なのだ!!
口を噛み締めながら走る、通常のガムナマールの3倍はあるであろう体躯の魔物。『シャルフ・ガムナマール』。ガムナマールの群れの長である。
幾つもの修羅場を潜り抜け、一際大きく成長したのがこの魔物である。
知能も通常のものより高く、特に危機管理には徹底してる。だから、今の様な状況は極めてストレスとなる。
⋯やっとの思いで着いた群れの姿は地獄だった。
数え切れない程の同胞が全て死んでいる。仲間の死は何度も目の当たりにしてきた。乗り越えてきた。仲間の死に対する怒りや涙は枯れた筈だった。
歯を食いしばって感情を抑え込む。
その姿は以前の竜にとてもよく似ていた。
──グチャッ⋯⋯
不意に音がした。
何度も聞いた事がある。これは生き物の肉が潰される時の音だ。
真っ赤な血の海に轉がる同胞の黒い死体。その中に一つだけ妙な物がある。
それは銀色に光っていた。ゆっくりと足音を殺して近寄る。
近付くに連れてはっきりした。
それは、同胞の倒れた死体に横から覆い被さっている様だった。更に近付くと先程の音がそこから聞こえてきた。
──グチュッ⋯ブチッ⋯⋯グチャッ!!⋯グジュ⋯ジュル
不快な音を立てているそれは、間違いなく報告あった竜だった。
返り血で真っ赤に染まっているが所々に銀色の肌が見られる。此奴が⋯⋯此奴が仲間を⋯!!
驚きより、怒りが沸いて仕方が無かった。
しかし彼も成体の魔物。ましてや1つの群れを統率する者。⋯その群れは壊滅したが。
冷静に感情を抑え込み、ゆっくりと忍び寄る。
此方の間合いにさえは入れば殺したも同然。仲間の仇が打てる。
竜との距離が残り1m程になった時、突然竜が喋り出した。
「おい笑わせるな。それで気配を消しているつもりか?」
「⋯ッ!?馬鹿なッ!!」
普通ならここで飛び退くんだが⋯何だコイツは?
攻撃してくるなんて正気の沙汰じゃ⋯
「!!!!!」
嫌な予感を察知し、俺は身体をくの字に曲げる。
その判断が良かった。どうやら奴は鉤爪が伸縮できるらしい。人間で言うなら中指に当たる部分か。ギリギリ腹部を掠ったが大した傷にはなっていない。
血の海に着地して相手を睨む。
⋯デカい。ただでさえ俺の一回り程の大きさがあるガムナマール。確かこいつは『シャルフ・ガムナマール』といって奴等のリーダー⋯だっけか?
あんま覚えて無いのでどーでもいいが。
⋯さて、随分と長いな。
両前脚から伸びる二対の鉤爪。片脚につき鉤爪の1本だけが長く伸びてる。
いいね、刀を交えるって感じがして悪くない。
両腕から力を抜きぶら下げる様に揺らす。
人間で言うところの肩甲骨と首周りの骨を鳴らす。準備運動だ。
「それじゃあ始めるか。」
「捻り潰してやる⋯!!」
地面を蹴り一息に迫る。だがギリギリ間合いの外で地面に手を着く。
血の飛沫が上がり奴からは俺の手元が見えなくなる。相手はそんな事お構い無しに鉤爪を突き立てる。俺はそれを体勢を横に反らして躱す。血で滑りやすい地面をスケートをする様に。俺は黒刀を奴の首目掛けて振った。勿論、躱されるが。
奴は動揺していた。
それもそうだ。俺は最初、刀なんて持っていなかった。ではいつの間に手に納めていたか。それは血飛沫で奴の視界から俺の手元を見えなくした時だ。そして俺は攻撃を体を反らせて横に躱した。この時、刀を握った方の手は身体に隠れて見えない。だから反応が遅れた。逆に躱せた事が奇跡ってくらいだ。
あ~何て楽しい。
一瞬で肉薄して刀を顎に向けて振り上げる。
動揺で反応が遅れ、下からの攻撃を両脚を使って防ぐ。此方の狙い通りだ。刀がぶつかった衝撃で奴の巨躯が浮き上がり、後ろへ倒れ込む。空中へ飛び上がり、仰向けになった奴の心臓目掛けて無空間を蹴る。空中に円状の衝撃波が発生した。
「ぐッ⋯⋯ぬぅぅッ⋯!!」
「⋯群れの長って言ってもこんなレベルなんだな。少し残念だな⋯」
辛うじて奴も鍔迫り合いに持ち込む。
だが俺の押し込むパワーの方が上でどんどん心臓に鋒が近付く。⋯勝負見えたな。はぁ、詰まらない。
「クッ⋯☾能力略奪☽!!!!」
「!?」
急激に押し返され俺の身体は吹き飛んだ。
空中で回転しながら、俺は奴の姿を確認した。此方を見て地面に立っている。回転のせいでハッキリと見えないし衝撃で吹き飛んで遠ざかっている。
無理矢理姿勢を直し、視線を奴へと向ける。
その瞬間に俺の瞳の数mm前まで迫って来ていた鉤爪。
頭を逸らして何とか躱す。⋯⋯⋯⋯本気で死ぬかと思った。
「ぬぅ⋯傷が酷いな☾治療回復☽!!」
シャルフ・ガムナマールの周囲が緑色の光に覆われ始める。
奴の動きが止まる。絶好のチャンスだったが、初めて見る光景に思わず見入ってしまう。⋯これが『魔法』と言う奴だろうか?
本来なら俺にも備わっている筈の魔法。
しかしその力の使い方を俺は知らないし使えない。⋯畜生、人様の前で見せ付ける様に使いやがって⋯。絶対殺す⋯!!
「ゆくぞ竜の幼子よ。仲間の痛み、倍にして返させて貰う!!」
雄叫びを上げ、此方を牽制する。
第2ラウンドの始まりってか?笑わせる。所詮パワーと速度では俺には勝てない。いくら回復されようが奴に勝ち目は無い。次は回復される前に殺す。⋯初めの魔法についてはよく分からなかったが、直接触れなければ被害は無さそうだ。先ずは喉⋯⋯苛つくその口調、一生きけなくしてやる!!
互いに構え、強く踏み込む。
これが俺にとっての初めての試練と言うのなら⋯⋯面白い。乗り越えてやる。奴が使う魔法なんて俺にとっては『ハンデ』を付けてやっている様なもんだ。
血の海で向き合う2体。
一触即発の空気。今まさに始まろうとする戦い。それを遠くの場所で見守る1つの影。
「いやぁ、派手にやってるねぇ⋯怖い怖い♪⋯今の君は限り無く魔物のもの近い感情に支配されている。正気に戻った君は自分を恐れて、その感情を封印しようとするだろう。⋯⋯ごめんね、怒りを買う様な内容にして。でも、私にも時間が無いんだ。許してくれ。⋯この方法が君の力を目覚めさせる為の第一歩になると私は確信しているよ⋯」
頑張れ、燗筒 紅志。君しか私の希望にはなりえないのだから⋯
少女は祈る様に目を瞑る。純白の髪を靡かせ、後ろに振り向く。眩い光に包まれ、その中から白龍が姿を現す。
軽く吼え、羽ばたき空の彼方へ飛び立つ。
真っ白に煌めく残光と『頑張れ』という言葉をを残して──⋯
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特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
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『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
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大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
異世界翻訳者の想定外な日々 ~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~
於田縫紀
ファンタジー
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その本をつい翻訳してしまった事がきっかけで俺の人生設計は狂い始める。気がつけば美少女3人に囲まれつつ仕事に追われる毎日。そして時々俺は悩む。本当に俺はこんな暮らしをしてていいのだろうかと。ハーレム状態なのだろうか。単に便利に使われているだけなのだろうかと。
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