猛焔滅斬の碧刃龍

ガスト

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1章【巨人の湖編】

第4話・予兆

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『12月30日』

修行を開始してから1週間が経った。
最初は15km程が限界だったが現在は20kmの距離を全力で走り切れる様になった。体力を基礎より更に5km分の距離を走れる所まで拡張した。

まだまだ伸び代がありそうだ。
自分が少しずつでも成長しているのを見ると少し嬉しい。明日からは速度を意識してトレーニングをしようと思う。小石を上に投げ、50m先にダッシュ。そして振り返りダッシュ。小石が落ちる前にキャッチ出来たら成功。往復で合計100mの往復持久走⋯⋯所謂、シャトルランを行う。繰り返しで100回、距離にすると10kmだが1度でも石を落としたらまた1から行う。水分補給を忘れない事。


「⋯っと、こんな感じか⋯」


俺は手帳に今日1日の成果と、翌日の目標を書いて閉じた。
⋯こうやって、自分の改善点やその日のトレーニングの感想、次回へ繋がる様な事を書いておくと、次に全く同じ事を行うとしても工夫の仕方が変わってくる。細かい動きや姿勢など、完成に近付けていくのだ。⋯いや、完成では無いな、そもそも完成なんて無い。これは『進化』だ。自分自身の。

運動もそうだが、自分の目標の為に1日の行動を記しておくと後になって活かせる。あくまで個人の感想だが、これは勉強や仕事⋯料理や、何らかの資格を取りたい時等に、やっておくと同じ1日でもかなりの差が出る筈だ。

『自分の改善するべき点』を理解している人と理解していない人、理解していてそれを『改善しようと努力している人』と『それ以外の人』⋯結果が同じな筈がない。まぁ⋯『センス』って言われたらどうしようないが⋯

兎に角、最終的な目標が同じでも、努力のしかたで成果を発揮する時にどれだけ完成度⋯⋯じゃなくて『進化度』を高めていられているかが、より良い自分に繋げられる方法の1つだと思うな。少なくとも今で言う俺のその『進化度』は『強さ』だが。


湖の畔を歩きながら、俺はそんな事を考えていた。
二足歩行だが、今は前屈みの体勢で歩いている。足元に砂利や岩があるので『竜で言う直立』では歩きにくいからな。引き摺っている尻尾が石と擦れ、ジャリジャリと音を立てている。

⋯⋯砂利だけにジャリジャリ(ごめんなさい)


そう言えば⋯2日程前に林の中で新しい魔物に遭遇した。
巨大なサソリの様な見た目で尻尾は毒々しい紫色をしていたな。確か。
外殻は赤く、群れからはぐれたのか1匹だけで行動していた。怖い物知らずなのか、ふた周り程大きな俺に飛び掛かってきた。俺は尻尾に注意しながら立ち回った。⋯動きがカサカサ⋯と音を立てているもんだから気持ち悪い。まるでゴキ〇リだな。

勿論、あの少女から貰った手紙にはあの魔物の事も書かれていた。
しかも、俺があの魔物に遭遇するのを知っていた様に内容が綴られていたから怖い。⋯⋯因みにその魔物の名前は『ムングレー』尻尾の毒には致死性は無いが、神経麻痺の毒性があるらしい。


『外殻が堅くて、君の鉤爪じゃあ掠り傷程度にしかならないね♪』


と書いてあった。
⋯なんか一々イラッとする物言いだな。と、思っていたら


『いや事実じゃん(笑)』


の一言が書いてあった。
もう手紙破り捨てそうになったよね。大事な情報源なので思い留まったが。
どうしてそこまで此方の思考を読めるんだかな⋯

本当に鉤爪は効かなかったので(妙な対抗心が芽生えた訳じゃないぞ)
仕方無くあの黒刀を構えた。どうやら、額が弱点らしい。俺は鋒を真っ直ぐムングレーに向けた。奴が飛び掛ってくる瞬間を狙って一息に刀を突き出した。驚いた事に刀が奴の身体を貫通する際に刺さった部分の外殻と擦れ合い激しい火花を散らした。

暫く暴れたが、数秒後にがくりと動かなくなった。
刀を引き抜くとこれまた気色の悪い、緑色の血液がベッタリと付いていた。
意外だった事はもう1つある。手紙にはこう書いてあった。


『ムングレーは見た目は気持ち悪いけど味は中々だよ♪』

 
最初は引いた。コレを食うのか?って。
しかし、好奇心を捨てられないのが人の心と言うもので、その日の夜に炙って食ってみたら、これが物凄く美味い!!例えるならロブスターだった。
締まった身から溢れる旨味。これに唐辛塩(命名、あの赤い木の実)にかけるともう堪らない味だったな。最強だった。

あの味をしめた俺はあの辺りを捜索した。
するとビンゴ、近くにそこそこ大きな群れを見つけた。奴らは地中に住んでいるらしく普段は息を潜めているが、旅人や小型の魔物が上を通ったら、尻尾だけ出して攻撃するらしい。肉食ではないので、あくまで防御策として備わっている能力だと書いてあった。

⋯で、俺は考えた。流石に大量には要らない。1度に1匹でいい。
そこで俺はある作戦を思いついた。まずは群れの範囲を予想してその端っこを狙う。適当な石を投げ地面を振動させる。そして地面から尻尾の先が出てくる。そこがチャンスだ。出てきているのは毒がある部分だけなので地面に手を突っ込んで触れても大丈夫の部分を引っ付かみ引き抜く。奴らは堅いので尻尾が切れる心配はない。

その後は空中に放り投げる。そうすると奴らは身体を動かして向きを此方に変える。反撃を狙っているのだろう、尻尾を此方に向けて落下してくる。俺は落下地点に黒刀を地面に立てておくだけ。グサッ!!終了。

まぁ、人間がこれをやっていたら問題だが⋯⋯俺、竜、無問題。
あくまで弱肉強食、食物連鎖です。⋯⋯数匹捕らえて何時でも食える様にしてるのは秘密だ。






日が太陽の山陰に隠れて欠けて始めた頃に俺は『家』に着いた。
そう『家』だ。天井があり壁があり扉がある。家だ。小さいが、家だ。見た目はログハウス風にした。木を切って削り、凹凸を作って組み合わせ、多少強い風程度だったら簡単には壊れない。削る時は、握力にものを言わせて木の削りたい箇所を掴み、握り潰して荒く凹ませてから例の万能黒刀で四角くした。木材を組む際も筋力を使い、強引に合わせた感じだ。お陰で木材同士が強固に組み合わさり、頑丈な家が完成した。

1番苦労したのは扉だ。 
入る時には『押して』開けれる様にした。理由は、引いて開けれてはその時点で他の魔物に侵入される可能性があるが、押して閉める場合は内側からドアストッパーみたいな物をやっておけば自分が家の中にいる内は侵入される心配はない。
 
外出する時も問題ない。何故なら⋯


『運動できる場所が目の前にあるから!!』


そう、さっきの『20km走った』と言うのは何もその距離を直進して測ったものじゃない。林の真ん中にぽっかりと広げた大地があり、長細い円形をしているのだ。言えば『トラック』の様な感じだ。

どう言う経緯で発見したかと言うと、前に少女から貰った手紙の地図だ。
あの地図に印されていた謎のマーク⋯あれの場所がここなのだ。湖の近くで湧き水がある。近くに木の実が採取できる等の注文の多かった俺の要望を全て叶える場所である事+都合のいい事に運動場まで⋯

何故、あの少女がここまで俺を手厚く世話をしてくれるのかは謎だが⋯

兎に角、この場所は陽当たりも良いし色々な場所へのアクセスも良い。好立地、好条件の場所だ。湧き水は家の裏にある。小さな滝の様になっているので近くの林に生えていた竹⋯⋯っぽい植物を切って小分けにし、流しそうめんの要領で家の中に繋げる。途中でUターンさせて水を外の元の池に戻す。そうすれば何時でも水が飲めるという、俺なりの知恵を働かせた。

ついでに湯呑みと水筒も作った。
中身は空洞なので、よく洗ってから片方だけ節を残せば簡単に湯呑みが出来る訳だ。水筒は両端の節を取らず、小さな穴を開けてそこから水を入れて、丁度いい太さの木の枝で栓をすれば完成だ。外でも水が飲める。

この竹は結構用途が広い。
扉を作った時もそうだった。まず、地面に細めの木を突き刺す。それに被せる様に節を取った竹を重ねる。更にその竹より太い竹を同じ様に重ねれば、外側の竹が中の木に引っ掛かる事無く、上手く回転する様になる。

まだまだ、この竹の使い道はある。
竹の外側を上手く剥いで、竹皮を採取する。基本的に竹皮、つまり筋は縦から押される力には弱いが、横から引かれる力にはめっぽう強い。これを活かした。何枚か同じ物を採取し、端を結んで長くする。それで平たく並べた竹数本を繋げていく。イカダ作りと一緒だ。

後はさっきの回転する竹と結び合わせれば、開け閉め出来る扉の完成だ。
どこでイカダの作り方をしたかと言うと人間の頃、例の如く佐々木にほぼ拉致された状態でキャンプに行ったんだが⋯⋯本格的な先生を呼んでいたんだけど、その先生はキャンプと言うよりサバイバル術の先生で⋯⋯⋯⋯あ~⋯まぁ、細かい事はいいだろう。思い出すだけで疲れる。

こんな時にその術を使う事になるとは⋯やっぱ運命なのか?


取り敢えず、そんな感じの経緯で俺の新たな住処はここになった。
矢張、帰える場所があるのは心が落ち着く。勿論、自然の中で過ごすのは新鮮で好きだが⋯人間の習性か?これは。家に馴れているからな。⋯扉を開ける時の『ギギッ』という音を除けば完璧だったんだが⋯細かい事は気にしなくても大丈夫だよな。


「ただいまぁ⋯」


お帰り、と心の中で自分に言う。⋯別に寂しいとかじゃ無い。⋯多分だが。そうである事を願う。(。ŏ﹏ŏ)アレ?目から水が⋯

尻尾を引き摺りながら、俺は部屋の奥に置いてある木製の箱の前に立った。箱の中からは何かが暴れる様な音が複重して聞こえていた。正直言って気色悪い。首の周りがゾワゾワするあの感じだ。だが俺は臆せず箱の蓋に手を伸ばした。⋯そしてオープン。


──ガサゴソ ガサゴソ⋯


⋯⋯うわぁ⋯テレビとかじゃ間違いなく放送禁止になる光景だな。
例のアレだ。『捕らえたムングレー達』だ。数は7~8匹ぐらいか。しっかりと尻尾の先をもいで攻撃できない様にした。残酷な事かもしれないが、致し方ない。美味しいご飯の為だ(ゲス思考)

ビチッ!!と不意に1匹が箱の中から飛び出して来る。
実はコイツら、見た目がサソリっぽいだけあり尻尾以外に鋏も武器として備えているのだ。挟む力はそれ程強くないが、鋏の内側が鋸の様ギザギザになっており、1度挟まれるとまぁ取れない。

そんな奴の鋏が俺の鼻先を挟んだ。
俺は家中転げ回って剥がそうとしたが向こうも必死で離そうとしない。別に痛くは無いが、くすぐったくて仕方無い。俺は半泣きだった。

10数分の格闘の末、やっと力尽きたムングレー顔からが外れた。
⋯後から思うと、俺の惨状は酷かった。格闘の後半はほぼ発狂していた気がする。最後の数分は笑い疲れて床に伏していたし、力が抜けて膝もガックガク。産まれたての小鹿の様だったな。誰も見てなくて良かった⋯。

にしても中々活きが良いな⋯コイツ。
よし、今日の夕食は君に決めたっ!!食材を調理台にブン投げ、俺は黒刀を握った。デュクシ、という効果音を口で付けて脳天に刀を突き刺す。⋯黙祷。


今日の夕食はムングレー(海老)と茸でアヒージョ風だ。
⋯と言ってもオリーブオイルとかニンニクとかは無いので殆ど代用だが⋯。
ニンニクの代わりは、最近発見した新しい木の実にする。きっかけは海老の乱獲⋯⋯じゃなくて調達の際、土に手を突っ込んだ時だ。その時は肝心の獲物は取り逃したんだが⋯脚を引き抜いた時に鉤爪になにか黒い塊が引っ掛かって来たんだ。気になって水でよく洗ってみると、この実が出てきたって訳だ。味は調理法によって変わる。

例えば炒める、焼く等の一気に熱で調理する際にはニンニクの様な香りがでるが、茹でたり刻んで生で飾り付け等の低温調理ではジンジャーっぽい香りと甘辛さになる。⋯唐辛塩に加えてこれ(命名、ニンジャー)本当に万能だ。異世界最高。調味料万歳。

流石にオリーブオイルはどうしようもないので今回はスルーだ。
まぁ、基本的に食材って炒めれば油が出てくるし大丈夫だろう(偏見)
⋯⋯あ、そうだ。確か外の竹林に『アレ』が生えてた筈⋯。ちょっと行って来るか。



~数分後~



「大量大量⋯」


取ってきた物をどさーっと床に並べる。
三角の茶色の厚い皮が何枚も重なっていて、醤油なんか垂らして焼いて食べると堪らない食材。

香りと食感が特徴で春が旬の美味しい物⋯⋯そう『タケノコ』!!

よく見るやつより少しだけ長いが、支障は無いだろう。
下処理の方法とか分からないが⋯取り敢えず内側を食べれば死にはしないだろう(偏見TAKE2)

外の小池で土を落としてから、先程の海老、茸をまとめて1口大切る。
ニンジャー&食材全部GO!!⋯因みにフライパンも新しい物になっている。

最初にムングレーを倒した時、手紙を読んで食べようと試みて焚き火の傍に置いておいたんだが⋯暫くたっても表面に変化がない。焦げもしなければ、殻の色が変化する訳でも無い。仕方無く殻を強引に向いて見てみたら驚いた。中の身には完全に火が通っている。焼き過ぎて少し表面のプリッと感が無くなっていたぐらいだった。

そこで俺は閃いた。
もしやこの殻、熱には強いんじゃないかと。で、数回のテストの結果見事フライパンとして再利用できたって訳だ。

部屋中に食材の香ばしい匂いが漂う。


う゛~ん゛
い゛い゛香りだ。調理の時点で腹を゛空かした俺の食欲を刺激してくる゛。な゛ん゛という゛空腹に対する゛香り゛の暴力。(孤独のグ〇メ風)


アヒージョと言うかただ炒めただけっぽく見えるが⋯まぁいいだろう。
完成した料理を皿(殻から作成)に盛り付ける。テーブルは太い木の幹を適当な高さになる様に切って設置しただけだが、味があっていい。椅子も一回り小さい物を作って設置した。

今日は雰囲気を変えて、テーブルと椅子を外に運び出す。
湖が直ぐ近くなのでテーブルと椅子を畔に置いて1度家に戻る。料理を慎重に運びテーブルに置く。空気感作りの為に、近くに焚き火で起こす。

あとはワインでもあれば良かったんだが⋯⋯お酒飲めないけど。
手製の箸を置き、手を合わせる。  


「頂きます。」
  

先ずは香ばしく焼きあがったムングレーを1口。⋯美味い。歯に当たった一瞬は僅かに抵抗があるが噛み切ると程よい甘み、旨みが肉厚な身から出てくる。そこに茸の柔らかさ、タケノコの食べ応えのある食感があわさり口の中で楽しい曲を奏でている。

⋯⋯最初の頃こそ、1食1食にリアクションがあったが⋯慣れてくると一々しなくても伝わってくるな。大地の恵というやつが。

辺りは既に暗い。 
湖の真上には真ん丸の月が掛かり森を静かな光で包んでいた。
湖面に反射した月が微かに揺れている。虫の鳴き声。焚き火の音。懐かしいな⋯異世界に転生した日が(まだ1週間しか経ってないが⋯)
 
⋯いい夜だ、と自然に思った。
ピシャン、と魚が跳ね湖面の月が歪む。暫くしてまた丸い月に戻る。
揺れる湖面を眺めていると、心が落ち着く。


夕食を食べ終えた俺は1度家に帰り、裏の小池で汲んだ水で皿を洗い、また湖の畔へと戻った。椅子に座り、黒刀と家から持ち出したムングレーの余った殻をテーブルの上に広げた。

ここの所、黒刀を持ち歩く際に思っていた⋯『鞘が欲しい』と。
実を言うとこの刀を扱う時に何度か怪我をした事がある。正確には扱う時ではなく扱おうとして持ち歩いている時か。初日の戦闘で大怪我を負って警戒はしていたのだが矢張人間、油断という物は生まれてしまう。

怪我自体は直ぐに直るが⋯それでも『痛っ』とは感じる。
使用時以外は納めておく物が欲しい。だから、今からそれを作成する。
作り方は少し難しい。接着剤でもあればいいんだが⋯そんなもの無いからな。人間の知恵を使うしかない。尻尾部分の殻を1つづつ外して大きさ順に並べる。刀の長さ、刃渡りのある程度を羽根ペンでメモする。紙を使うのは勿体ないので木の葉に書く。

細かい調整は後で行うとして、毒を拭き取った尻尾の先端部分から殻を連結させていく。殻の形状は円錐状で尻尾を自在に曲げられる様に、それら複数が重なる形で尻尾を形成していた。それなら、殻のサイズが小さい物順に最後尾に向けて大きな物を組み合わせていけばそこそこの大きさの、それこそこの刀を納められる程度の物が完成する筈だ。補強の為に竹の筋を巻き付けて、ついでに肩に掛けられる様にもする。

この鞘は力を意図的に刀に加えなければ、壊れる事はない。
それは初めて戦闘した時に火花が散った事とその時の手応えで分かる。




月が傾き始めた頃、湖の畔ではオレンジ色の光とその傍らで羽根ペンを取りながら作業をする1匹の竜の姿があった──⋯





NOW  LOADING⋯





「⋯で、ギルマス(ギルドマスター)はなんと仰ってたんですか?」

「あぁ⋯今回の件について魔王の関連性は無いそうだ。」

「へぇ、あんなに大規模な事案なのに魔王は無関心ですか。」

「大規模つっても所詮雑魚の集団だろ?強くてワイバーンとかのレベルだろ。逆に『その程度』の奴らじゃあ魔王は見向きもしない。奴が求めているのはあくまで魔物の『質』だからな。」


とある酒場にて会話を交わす2人。
1人はヴィルジール。もう1人は桜色の髪を肩まで流した長髪の女性。同じく淡い桜色の瞳。10代程に見える。身長も低く、幼い見た目。実は彼女にとってそれは結構なコンプレックスとなっている。今まで底が高い靴を履いてみたり、オトナっぽい服を着てみたりと頑張って足掻いてみたが結局隠し切れないので現在は諦めている。⋯指摘するとキレるが。実際は24歳の立派な大人である。

足と腕、腹部と胸部に薄紫色の軽防具を装備している。
それ以外の部分は白い薄い生地の布で覆われていて、防具よりかは服に近い物になっている。彼女曰く『防御性より可動性』らしい。

小さな背中には木製で美しい銀色の装飾のされた弓を担いでいる。


(ちょっと!!前半の個人的な問題の説明要りますかね!?)

「?」


おぉう、これは失礼。
話を戻そう。何故ヴィルジールが彼女に情報を渡しているかと言うと、前にギルドマスターの家に突撃し情報を無理矢理聞き出し、自身と同じ様な人間に流しているからである。⋯『自身と同じ』と言うのは彼の『職業』の事である。この世界には魔物から人間を守る、若しくは個人的な依頼で討伐にあたる『冒険者』と言う職業がある。上記以外にも財宝発掘、ダンジョンを含めた未踏の地の攻略、地図の作成など様々な役割がある。

財宝発掘に付いては一攫千金を狙う者が多い。
基本的に財宝と言うのは発見が難しく、もし見つけたとしても厄介な場所にあることが多い。例えば多くの魔物が蠢くダンジョンの最奥地など命の危険がある場所だ。命を賭ける分、発見した際は末代まで不自由なく暮らせると言われる程の巨額の報酬が支払われる。

財宝自体はギルドの預かりとなっている。
古代の文明の研究に使用される為、個人が所有する事は禁止されている。
その分、報酬はとんでもないので不満を持つものは少ない。

未踏の地の攻略は、様々な用途に活かされる。
国と国の貿易路。先程の財宝発見の為の地図作成等。勿論、危険性は大いに伴うが彼らは『隠密』のスペシャリストで、気配や足音を消す、物体と同化する等が出来る。仮に魔物に見つかったとしても逃げ足も早いので問題は無い。この様な技術はこの世界では『スキル』と呼ばれている。熟練した者は魔物の正面を素通りしてもスキルを使えば気付かれる事は滅多に無い。


まとめるとこうだ。
 

『冒険者』

様々な役割を持っている。
命懸けの仕事が多い為、1回の依頼の給料は良いが基本的に不安定。

調査では『子どもが思う将来なりたい職業』でぶっちぎりの1位。
そして『最も労働力が少ない職業』でも上位に入る。
  
全ての冒険者は『ギルド』に所属している。
人間にとって危険性があるとギルドが判断した場合は直接の依頼が。個人の依頼はギルドに検査され、個人的な利益、乱獲、生態系を崩す様なものでは無いかなど、不審な点が無いか等を確認してから依頼主→ギルド→冒険者の順で回ってくる。

こうした依頼はまとめて『クエスト』と呼ばれている。
ギルドが発注するクエストなので『ギルドクエスト』。ギルドの関連が無いクエストは『違法クエスト』と扱われている。勿論、投獄になる。

それぞれの役割で大きな仕事をした人には『称号』が与えられる。
例えば古代財宝を発掘した者には『トレジャーキング』の称号が。ダンジョンを攻略した者には『王道』の称号が。そして、数多くの人間を魔物の脅威から救った者には『英雄』の称号が国王から直接与えられる。


⋯ヴィルジールが彼女に情報を流している理由、それは彼女が自身と同じ『冒険者』であるからだ。ヴィルジールはその枠組みの中でも上位の存在だった。そうでなければギルドマスターの家になんて突撃しない。これはある意味立場を利用して出来た事である。人間も数少ない『実力者』を失うのは避けたい。その場で捉えてしまったら人間の戦力を人間が削ってしまう。勿論、それは人間からしたら痛い。それを見越して行ったのである。

彼が聞き出した情報『魔王とは関係が無い』。
これは、冒険者からしたら中々重要な情報だ。何故なら魔王が関わっているのなら、こちら側から攻撃を仕掛けた時点であちらも何か手を打ってくる筈だ。何より人間側は現在、戦闘人員が少ない。万が一魔王の軍との戦になれば勝ち目が無い。下手に動けないのだ。

だから、この情報は今回の事案に関して冒険者達の不安要素を取り除き、思う存分実力を発揮し有利に事を進める為に必要な情報だった。だから立場を利用して聞き出して拡散する。ある意味彼にしか出来ない事だった。


「⋯えと⋯『質』ですか?」

「そうだ。お前は魔王直属の連中がどれ程の実力が知っているか?」


彼女は首を横に振った。


「曰く、大陸を一夜で焼き尽くす。曰く、腕の一振で海が割れる。曰く、轟く咆哮は星をも揺らす──⋯ってな。」 

「⋯⋯⋯ッ」


彼女は肩を竦めて身震いをした。
これは過大評価では無い。あくまで文献と過去の戦闘歴から入手したほぼ確信に近い奴らの実力だ。⋯正直、俺だって太刀打ち出来ない。しかもこれは魔王の手下の連中の実力だ。魔王の実力はそいつらの比じゃないだろう。

それでも、魔王は人間に攻撃を仕掛けて来ない。
圧倒的な実力差があるのにも関わらず。⋯⋯⋯理由は1つ。『白き龍』が魔王の動きを封じ込めているからだ。それも強力に。何者なのかは分からないが敵では無い。一説では『この世界の者では無い』と噂されている。

⋯あくまで『噂』だがな⋯


「そんな相手に⋯人間はどうやって抵抗するんですか⋯?」

「それを今練っている。人間だって馬鹿じゃない。」


俺は下を向いた小さな頭に手を置いた。
感触を感じた彼女が顔を上げる。手を握って震えていた。俺がそのまま頭を撫でると目を瞑り、握っていた手をゆっくりと膝の上で解いた。

子どもみたいだ、と思いながら手を外して俺は立ち上がった。
⋯流石に、周りからの視線が気になる。変な奴と勘違いされたら不味い。


「お前はさっきの話を皆に伝えてくれ。いいな?」


彼女は頷き、それから立ち上がった。
金を2人分払い先に店から出る。少し申し訳無さそうにされたが⋯⋯俺、金ならうんざりする程持ってるし別に気にしないんだがな⋯?


「⋯あ、それはそうとヴィルジールさん?少しお話が⋯」

「どうした?たかいたかいして欲しいのか?」

「うるさ~いっ!!▒▒」


ハハッ、顔紅くしてらぁ⋯本当に子どもみたいだな。
⋯俺、嫁も子もいないから感覚分からないんだが⋯こんな感じなのか? 
彼女の両脇を掴み一気に持ち上げる。ほら~たかいたかい~

彼女はHA☆NA☆SEと言わんばかりに暴れ回る。
ヒョイヒョイされながら必死に抵抗する。その姿は完全に父親のかまちょを嫌がる思春期の小学生だった。


「全く⋯っ!!もうっ⋯知らない!!」


地面に下ろす頃には、彼女も暴れ疲れて大人しくなっていた。
息が荒くなり言葉が途切れやすくなっている。子どもって可愛いなぁ⋯

頬を膨らませている彼女を見た俺は若干の申し訳なさを感じたが、怒っている様子がもう少し見ていたくなったので更にイジってみる事にした。


「おい怒るなって⋯な?欠点の1つぐらい人間にゃああるぜ?身長が低い事くらい天からの授かり物だとでも思っt⋯」


──スッッパァァァァンッ!!!!


「最低!!」


彼女のうねりのついたビンタが俺の左頬に炸裂した。
何かの資料を地面に叩き付けて彼女は遠くへ走り去っていった。⋯痛い。
少し反省しよう。今度何か奢ろう。

彼女の姿が見えなくなり、冷たい風が吹く。
置いていった資料が空中へ舞い上がる。ハッとした俺は跳躍して資料を掴み取った。


「危ねぇ危ねぇ⋯飛ばされた高さが50m程度でよかった⋯」


⋯⋯しれっと言ったが50mである。
ただの跳躍で。これは魔法でもスキルでもなく単に彼の身体能力である。
基本的に冒険者は身体能力は高いが彼の様な人間は数少ない。控え目に言って化け物である。

そんな事はどうでもいい彼は、彼女が残していった資料を広げた。


『銀色の竜』

最近、リーゼノール周辺の森で銀色の竜の子どもが発見された。

原種はグレイドラゴンと考えられるが、この個体は極めて知能が高い事が判明した。人間に敵意があるかは不明だが現情では警戒の段階で留まっておいて欲しい。

尚、この地域でのグレイドラゴンの個体が観測されたのは今回の事例が初である。近い内にリーゼノール周辺に赴く冒険者は手掛かりを掴んで来て欲しい。(情報提供者には報酬アリ)


──追試、付近にある『グルントの谷』を通りがかった冒険者4名がガムナマールの死体を発見した。足を滑らせたとは考えにくい。傷の形状から何かと戦闘した形跡がある。銀色の竜は幼体だが念の為、気に留めておく様に。


「⋯ふ~ん⋯銀色の竜ねぇ?確かグレイドラゴンは灰色の筈じゃあ⋯」


ま、そんな事はどうでもいいか。
気には留めておくが⋯⋯。それよりアイツどんな物が好きなんだ?
女性のが『好き』って言う物って結構変わった物が多いからな⋯う~ん⋯


資料を無造作に懐にしまう。
ポケットに手を入れ、俺はのそのそと歩きだす。






⋯この竜が⋯⋯後に世界を動かす様なとんでもない奴だとこの時の俺は知る由もなかった──⋯


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