ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな

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「畑を抜けたら一度休憩したいんだけど、いいかな」
「そうだね。魔力は保ちそうかな?」
「うーん、ここを抜けるくらいならいけるだろ」

ガソリンメーターが半分を切っていてやや心許ないが、ナビを確認すればこの道から街道へ出られることが判明した。そこまでならまだ車で移動できそうだ。

「もうこんな所まで来たのか。という事は、ミッタラ村で宿をとれそうだね」
「あのしみったれた村へ行く気か?断る。魔除けの陣へ向かうぞ」
「またそんな…。まぁ確かに、村で一泊するよりは早く王都に着くけれど」

どうします?とイアニスがこちらを伺う。
魔除けの魔法陣へは夕暮れごろに着くらしい。そこから先は冒険者だけでなく商人達が行き交う整備された街道で、徒歩でも十分王都に近い。

「あそこはシケた宿だった。貴様らと狭い部屋につめ込まれるのはごめんだ」
「野宿にしろ俺らで固まって寝るんだから、あまり変わらなくないか?まぁ良いけども」

リヒャルトのリヒャルト節を流しつつ、俺も他人と鮨詰めは気が進まないので同意した。花売りコカトリス亭や虹色瓜亭のように個室ベッドではなく、どうやら雑魚寝形式の宿らしい。それなら、こいつらと野宿の方がましだ。王都への距離も稼げるようだし、せっかく買った快適な野宿セットがあるもんね。
リヒャルトと俺の様子を見てイアニスは「そんなに嫌かなあ」と苦笑した。

ステルスで農道を進むこと数十分。街道への合流地点で俺たちは車を降りた。
やっと休憩だ。魔力回復の指輪をはめ、食事や水の入った荷物を担ぐ。ロックをして車をしまいながら、俺は思い切り伸びをした。あー疲れた!街道沿いの木陰へ腰を下ろせば、その木の枝にパタパタとおはぎがぶら下がる。

「キィ」
「ちょっとだけ歩いて、MPが戻ってきたらまた車だからな」
「キキィ~」

そう話しかけると、おはぎは今が休憩だと分かったらしい。アイテムボックスから齧りかけの梨を取り出した。落とすなよ。
傍ではイアニスとリヒャルトがルートを話し合っている。少しそこでまったりと過ごしてから、土埃の多い街道を出発した。だいぶ移動したけど、こちらも晴れてるな。良かった良かった。

この街道は国の中央寄りのせいか、ドルトナ周辺のより広く人通りも多い。ガタンガタンと大きな音を立てて数台の馬車が通り過ぎた。簡素な荷車のような馬車もあれば、幌が貼られていたり豪華な貴族馬車だったりと様々だ。
集落の規模も大きく、屋台で賑わって活気があった。食料やスクロールといった旅に必要な店の他に、よく分からないお土産も売られている。何々……木彫りのお守りに、ミスラー皇国産オリハルコンのナイフ?マスキュリベアーの魔石のペンダント?怪しいな。物珍しさに繁々と眺めていたら強烈なキャッチにあい、リヒャルトに叱られるまでセールストークを聞かされる羽目になるのだった。

「ずーっと聞いてるから、まさか欲しいものでもあったのかと思ったよ」
「あんな物に時間を取られるんじゃねーよ、ガキじゃあるまいし」

集落から離れて再び車に乗り込みながら、二人からそう嗜められる。すんませんね、初めて目にするもんで。

街道に沿ってステルスで走行し、魔除けの休憩スポットへ到着する頃にはすっかり薄暗くなっていた。
まさに野営地だ。レダート領内で目にしたそれに比べると3倍はあるだろうか。冒険者のテントや商人の馬車がざっと8組ほど、夜を明かす準備をしている。

「うわ、広いな。人も大勢だ」
「前回僕が来た時より混んでいるね」
「キョロキョロするな。さっさと終わらせるぞ」

こちらも空いている魔法陣に寝床や火の準備をしつつ、ふと連れてきたおはぎの様子を伺う。魔法陣のスイッチである白い魔石を睨みつけているが、辛そうにはしていない。

「ギ…」
「お前、ここにいて大丈夫なのか?」
「まだ明るいから、誰も魔法陣を発動させてないのだろうよ」

イアニスの言葉に周囲の魔法陣を見回せば、確かにどこも光ってない。何でも、魔力の消費を抑える為に就寝時に陣を発動させるのが一般的なタイミングらしい。そうだったんか。
ということは、今は平気でも夜更けにはここから閉め出されてしまうのだ。哀れなプラムバット。

不機嫌なおはぎを尻目に、俺たちはそこで体を休めるべくせっせと荷物を広げた。
寝床を整えて火を囲み、少しだけ肌寒い夜の外気を感じながら食事を口に運ぶ。干し肉と硬いパンの味気ないメニューで美味くはないが、俺には新鮮だった。ぶら下がるランプや虫の声に、ここがキャンプ場であるかのような錯覚を覚える。

食べ終わって一息ついた後、俺はおはぎと共にその場を離れてポツンと生えている木へと向かった。寝床からは200メートルほど離れていて、ここなら魔法陣の効果を受けないだろう。
夜の間はここで過ごしててくれないかと頼むが、おはぎは怒って拒否した。

「ギィーーッ!」

淋しいだろ、オマエもここにいろ!と主張するおはぎだが、そうすると一晩中ステルス車を出しっぱなしだ。途中でMPがすっからかんになってしまう。

「クルマに乗せたまま仕舞っておくことはできないのかい?」とイアニスには言われたが、キーをかけて姿が消えている間、車がどんな状態でいるのかも分からない。そんな車内におはぎを置き去りにするのは不安だった。
日本で毎年のように耳にした痛ましいニュースが思い出される。猛暑と保護者の不注意による、悲惨な事故だ。そんな状況になるとも限らない。

しかし、おはぎは納得しない。

「ギ~……」

ジブンは街でおりこうにしたのに、どうしてオマエはいうこと聞いてくれないの?とストレートな不満をぶつけられる。そんな風に詰られては言い返せない…困ったな。
ここでおはぎの言い分を無視すれば、今後街の中でトラブルを起こしてしまうかもしれない。それにやはり、おはぎを置いて自分だけ安全な結界内に留まるのは後ろめたかった。こいつが不満に思うのも無理はない。

「仕方ないな…」

俺はため息をつく。よく考えもせず従魔契約なんてした自業自得か。

「おーぅい。説得できたかい?」
「あ、イアニス。俺やっぱ離れてこいつと寝るわ」
「えっ、そっちが説得されちゃったの!?」
「しょーがないじゃん。1匹にできないだろ!」

イアニスは薄闇の中でさえ判別できるほどの呆れ顔だ。「いつの間にそんな可愛がっちゃって…」と呟かれるが無視する。
野宿セットを取りに戻り温かい飲み物を拵えると、俺は木の影に車を出しておはぎと乗り込んだ。ステルスモードへ移行している間、おはぎは満足そうにサンバイザーにぶら下がっている。

「キィー!」

オマエもおりこうさん!と一丁前に俺を褒めているらしい。全く嬉しくない。
これから先が思いやられるなぁ…。うっかり従魔連れになったばかりに、魔除けの休憩所が使えなくなってしまった。おいおい説得できればいいのだけど。

ハニワに魔石を補填しながら、その日は車中泊で夜を明かした。
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