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「代行操縦運転モードへ移行します。車体のHPに注意し、安全を確認して走行してください」
あれからさらに人里離れた地点へと移動してから、代行モードでジズを選択。後部座席には、リヒャルトとヴァレリアさんが収まっている。
「む。外の様子が変わったかの」
「クルマの外見が魔物に変化したのです。外からだと、我々の姿は見えません」
「ウフフ、そのようだの。ガムドラドが狼狽えておるわ」
ヴァレリアさんは可笑しそうに笑ってるが、2つの首がこちらに向かって恐ろしい形相で唸っている様は気が気じゃなかった。
彼らからしたら、突然主人たちが消えて巨大なジズが現れたのだ。臨戦体制になるのも仕方ない。それでも事前に主人から言い聞かせられていた為、飛びかかってはこなかった。
「確かに…ほんの微かに主の気配がしますが…」
「なんつー絵面だ!肝が冷えるぜ全く」
なんと、ガムドラドさんはステルスや代行モード越しでもヴァレリアさんの気配を追えるようだ。ベラトリアのジズや少女ボスくらいしかそんな事はできなかった。
格上相手にはステルスの効きが悪いことを失念していた俺は、ちょっぴり肝が冷えた。
「リルファ様。どうか主をよろしくお願いします」
「おれ様はいいコだから、1匹で寂しく遊んでますよ~だ」
毛を逆立てながらも、目の前のジズに向かってそう話しかけるガムドラドさん。従魔からの「いってらっしゃい」を受け、ヴァレリアさんは満足そうに頷いた。向こうからは見えないけどね。
「では、行こうぞ」
やんごとなき方の号令のもと、ギアをAに入れ発進する。キラーバットの時とは大違いの滑らかさと力強さで、車は地面から飛び立った。こちらを見上げるガムドラドさんの姿が、あっという間に遠のいていく。
「おお、これは凄い。本当に自力で走っておるわ」
「この先、しばらく道なりです」
「さっきから話しかけてくるコイツは何者だ…?」
「ナビの音声です。誰もいないんで、気にしないでください」
前回と比べるまでもなく、道中は幾らもかからなかった。
イアニスと似たような質問責めをヴァレリアさんからされたり、この期に及んでまた酔いかけているリヒャルトの様子を伺って逆ギレされたり、ハニワやピコのぬいぐるみに向かって己の宝物を自慢しようとするおはぎを宥めたり(こいつ、ギルドで味をしめたな)している内に、もう目的地が画面に現れる。
定められた地点への着地にだいぶ手こずったが、無事に山荷葉の鬱蒼とした入り口へ降り立つ。40分ほどのドライブだった。
そこから、リヒャルトの案内で源泉の元へ向かう。
入り口から逸れた道なき道を、下の方へと降りていく。リヒャルトは昨日の貴族の服と違ってまた冒険者の格好だが、ヴァレリアさんはシックな青と金のドレス姿だ。それなのに、リヒャルトから全く遅れを取らずに進んでいく。時には何もない地面からボコボコと石の柱を生み出して手すりや足場をつくり、傾斜も難なく進んで行った。
やがて行く先に、広々とした渓流が現れた。ゴツゴツした岩や低木に縁取られ、透き通った水が涼しげに流れている。夏に人気の観光地みたいだ。
川沿いに下って間もなく、明らかに人工物だと分かるものが林から覗いていた。
緑に覆われた、小屋の残骸だ。かろうじて残っているのは地面に近い壁の一部のみ。間取りはもちろん、そこに湯船があったのかすら判別できないほどに朽ちてしまっていた。
咲良さんの手記には確か、山荷葉の始まりは小さなほったて小屋だった、と書いてあったな。ここがそうだったのだろうか。
「こっちです」
そう声をかけ、リヒャルトは廃墟を通り過ぎてスタスタと林を進む。よく見ればその足元に小川が流れていて、渓流へと注がれていた。小川は湯の花がびっしりこびりついて、さわると温かい。
小川を遡ってようやく、湧き出し口へとたどり着いた。ムワムワとした熱気と匂いが辺りを包んでいる。温泉の匂いだ。湧き出し口は巨大な水溜りになっていて、ほとりに石造りの釜のようなものが大小6つ並んでいる。
「うむ、間違いないの。湯元はまだ枯れてはおらなんだ」
「はい…」
「ここをご覧。転移の魔法陣が組んである。ここからサンカヨウへと送られるようになっておるのだ」
ヴァレリアさんの声は微かに弾んでいる。リヒャルトは複雑そうな顔をしつつも、祖母の手招きに素直に従って釜を覗き込んだ。
俺も後ろからそれを確認する。釜に見えたそれはドームの形をした真っ黒な岩石で、中央に拳サイズの石が埋め込まれている。六角形の灰色の石だ。石にはやはりびっしりと魔法陣の文字が掘り込まれており、その下に「花霞み」と湯船の名前が記されていた。湯船によって大きさは様々だが、一番大きいのは「千本橋」の黒岩だ。
試しにその「千本橋」の灰色石に魔力を込め、魔法陣を発動させてみる。すると、石は淡い虹色の光を帯びてすぐそばの源泉を黒岩へと引き込み始めた。
どうやらこれは、咲良さんのスキルや術式が複雑に作用した「お手製・転移の魔道具」らしい。何百年と経った今でも力強く発動するそれは、もはやマジックアイテムと呼ぶべき代物だとヴァレリアさんは言う。
「魔道具とは本来劣化がつきものだが、これは見事だ。とても人の手で造られた物とは思えぬのう。なんと腕の良い術師よ」
見知らぬ故人の、それも人間を褒め称えるヴァレリアさんへ、リヒャルトは驚いたような顔を向けた。
「さぁて、源泉の有無は確認できた。あとはサンカヨウ復興に向けて動くのみよ!」
俄然やる気を出したらしい彼女に促され、来た道を引き返す。入り口に戻ってくると、ボロボロの山荷葉をもう一度見て回った。念願の場所へ足を踏み入れたヴァレリアさんは始終嬉しそうに中の様子を堪能していた。
すっかり朽ち果てているというのに…。本当に、よほど来たかったんだな。
「それにしても、年月の割にここはよう建物としての相貌を残しておるな。ダンジョン化した影響かの?」
スミレ色の絨毯や水晶のはめ込まれた花の透かし細工に目を向けて、そんな事を呟いている。
あれからさらに人里離れた地点へと移動してから、代行モードでジズを選択。後部座席には、リヒャルトとヴァレリアさんが収まっている。
「む。外の様子が変わったかの」
「クルマの外見が魔物に変化したのです。外からだと、我々の姿は見えません」
「ウフフ、そのようだの。ガムドラドが狼狽えておるわ」
ヴァレリアさんは可笑しそうに笑ってるが、2つの首がこちらに向かって恐ろしい形相で唸っている様は気が気じゃなかった。
彼らからしたら、突然主人たちが消えて巨大なジズが現れたのだ。臨戦体制になるのも仕方ない。それでも事前に主人から言い聞かせられていた為、飛びかかってはこなかった。
「確かに…ほんの微かに主の気配がしますが…」
「なんつー絵面だ!肝が冷えるぜ全く」
なんと、ガムドラドさんはステルスや代行モード越しでもヴァレリアさんの気配を追えるようだ。ベラトリアのジズや少女ボスくらいしかそんな事はできなかった。
格上相手にはステルスの効きが悪いことを失念していた俺は、ちょっぴり肝が冷えた。
「リルファ様。どうか主をよろしくお願いします」
「おれ様はいいコだから、1匹で寂しく遊んでますよ~だ」
毛を逆立てながらも、目の前のジズに向かってそう話しかけるガムドラドさん。従魔からの「いってらっしゃい」を受け、ヴァレリアさんは満足そうに頷いた。向こうからは見えないけどね。
「では、行こうぞ」
やんごとなき方の号令のもと、ギアをAに入れ発進する。キラーバットの時とは大違いの滑らかさと力強さで、車は地面から飛び立った。こちらを見上げるガムドラドさんの姿が、あっという間に遠のいていく。
「おお、これは凄い。本当に自力で走っておるわ」
「この先、しばらく道なりです」
「さっきから話しかけてくるコイツは何者だ…?」
「ナビの音声です。誰もいないんで、気にしないでください」
前回と比べるまでもなく、道中は幾らもかからなかった。
イアニスと似たような質問責めをヴァレリアさんからされたり、この期に及んでまた酔いかけているリヒャルトの様子を伺って逆ギレされたり、ハニワやピコのぬいぐるみに向かって己の宝物を自慢しようとするおはぎを宥めたり(こいつ、ギルドで味をしめたな)している内に、もう目的地が画面に現れる。
定められた地点への着地にだいぶ手こずったが、無事に山荷葉の鬱蒼とした入り口へ降り立つ。40分ほどのドライブだった。
そこから、リヒャルトの案内で源泉の元へ向かう。
入り口から逸れた道なき道を、下の方へと降りていく。リヒャルトは昨日の貴族の服と違ってまた冒険者の格好だが、ヴァレリアさんはシックな青と金のドレス姿だ。それなのに、リヒャルトから全く遅れを取らずに進んでいく。時には何もない地面からボコボコと石の柱を生み出して手すりや足場をつくり、傾斜も難なく進んで行った。
やがて行く先に、広々とした渓流が現れた。ゴツゴツした岩や低木に縁取られ、透き通った水が涼しげに流れている。夏に人気の観光地みたいだ。
川沿いに下って間もなく、明らかに人工物だと分かるものが林から覗いていた。
緑に覆われた、小屋の残骸だ。かろうじて残っているのは地面に近い壁の一部のみ。間取りはもちろん、そこに湯船があったのかすら判別できないほどに朽ちてしまっていた。
咲良さんの手記には確か、山荷葉の始まりは小さなほったて小屋だった、と書いてあったな。ここがそうだったのだろうか。
「こっちです」
そう声をかけ、リヒャルトは廃墟を通り過ぎてスタスタと林を進む。よく見ればその足元に小川が流れていて、渓流へと注がれていた。小川は湯の花がびっしりこびりついて、さわると温かい。
小川を遡ってようやく、湧き出し口へとたどり着いた。ムワムワとした熱気と匂いが辺りを包んでいる。温泉の匂いだ。湧き出し口は巨大な水溜りになっていて、ほとりに石造りの釜のようなものが大小6つ並んでいる。
「うむ、間違いないの。湯元はまだ枯れてはおらなんだ」
「はい…」
「ここをご覧。転移の魔法陣が組んである。ここからサンカヨウへと送られるようになっておるのだ」
ヴァレリアさんの声は微かに弾んでいる。リヒャルトは複雑そうな顔をしつつも、祖母の手招きに素直に従って釜を覗き込んだ。
俺も後ろからそれを確認する。釜に見えたそれはドームの形をした真っ黒な岩石で、中央に拳サイズの石が埋め込まれている。六角形の灰色の石だ。石にはやはりびっしりと魔法陣の文字が掘り込まれており、その下に「花霞み」と湯船の名前が記されていた。湯船によって大きさは様々だが、一番大きいのは「千本橋」の黒岩だ。
試しにその「千本橋」の灰色石に魔力を込め、魔法陣を発動させてみる。すると、石は淡い虹色の光を帯びてすぐそばの源泉を黒岩へと引き込み始めた。
どうやらこれは、咲良さんのスキルや術式が複雑に作用した「お手製・転移の魔道具」らしい。何百年と経った今でも力強く発動するそれは、もはやマジックアイテムと呼ぶべき代物だとヴァレリアさんは言う。
「魔道具とは本来劣化がつきものだが、これは見事だ。とても人の手で造られた物とは思えぬのう。なんと腕の良い術師よ」
見知らぬ故人の、それも人間を褒め称えるヴァレリアさんへ、リヒャルトは驚いたような顔を向けた。
「さぁて、源泉の有無は確認できた。あとはサンカヨウ復興に向けて動くのみよ!」
俄然やる気を出したらしい彼女に促され、来た道を引き返す。入り口に戻ってくると、ボロボロの山荷葉をもう一度見て回った。念願の場所へ足を踏み入れたヴァレリアさんは始終嬉しそうに中の様子を堪能していた。
すっかり朽ち果てているというのに…。本当に、よほど来たかったんだな。
「それにしても、年月の割にここはよう建物としての相貌を残しておるな。ダンジョン化した影響かの?」
スミレ色の絨毯や水晶のはめ込まれた花の透かし細工に目を向けて、そんな事を呟いている。
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