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それから数分もたった頃、イアニスが戻ってきた。早かったな。

「宿がご用意できました。どうぞ、ご案内します」
「おい。こいつらも追加だぞ」
「シマヤさんも?…あれ、それは?」

イアニスは俺が抱えてるペンや紙を見つけて、不思議そうに聞いてくる。
訳を説明すれば、一瞬だけ憐れむような間を開けてから「…じゃあ、もう一部屋空いてるか聞くね」と告げた。

部屋から出て廊下を戻ると、ギルドの中は人が半分くらい減っていた。冒険者たちは解散したのだろう。ふと一角にいる冒険者たちと目が合う。見覚えのあるムキムキ5人組が、まるで幽霊でも見るような顔でこちらを凝視していた。
あれ?確かこの人たちは、魔除けの魔法陣で休憩した時にいた冒険者さんじゃないか!あれから魔物退治を終えて、この街に来ていたんだ。
ほぼ何の接点も無かったけど、彼らも俺のことを覚えていたらしい。会釈して通り過ぎる。

その先でギルドカードを発行してくれた兄ちゃん職員が、やはり物問いた気にこちらを見ている。彼にも愛想笑いを返して、ギルドを後にした。
今日はもう従魔登録どころじゃないよな。部屋が取れたら、一泊するしかなさそうだ。

イアニスに連れて行かれたのは、来た道を戻った所にある宿屋だった。広場に面しており、俺が泊まった「花売りコカトリス亭」と同じくらいの規模だ。
看板には「泳ぐ虹色瓜亭」とある。うーん、やはり謎だ。

黒髪でがっしりとした恰幅の男が、店の入り口に立ち待っている。彼が店主のようだ。のっしのっしと一行に着いてくるオルトロスに顔を引き攣らせながらも、冷静な対応をする。

「らっしゃい。お連れの従魔さんは通り向こうの厩に繋いでもらうぞ。うちの厩じゃねぇんで、ちと離れるがな」
「こんばんわ、店主。心遣い感謝するぞ、世話になる」
「お、おう…」

ヴァレリアさんの美貌と迫力に店主は少しタジったようが、大きく頷いている。
「リヒャルトや、お腹減っていないか?」「問題ありません。お祖母様は…」とスタスタ入っていく二人を尻目に、俺は厩へ向かうイアニスについて行く。上着の裾にぶら下がるおはぎへ声をかけた。

「本当に大丈夫か?あいつと一緒で…」
「キィ」

おはぎは相変わらず呑気に構えてる。「怒らせるなよ、大人しくしてろよ」と念を押せば、ハイハイ、とおざなりな返事をした。頼むよほんと。

「さ、こちらへどうぞ」
「トホホ。しゃーないけど、馬扱いかよぉ。田舎町はつらいぜ」
「主人と離れるのが少々気になりますが、こちらでゆっくり休みましょう」
「キィー」

厩には他に馬は見当たらなかった。囲いの一つにおさまって藁の上に寝そべるガムドラドさんのもとへ、おはぎがパタパタと飛んでいく。心配だ。

「あ、あのー、うちのおはぎが迷惑をかけたらすみません。一晩一緒にいてやってください」
「なんだぁ?兄ちゃんは心配性だな、さっきからよぅ」
「ではお前もここで一緒に寝ますか?我々は構いませんよ、ねぇ?」
「キィ!(別にいいよ!)」
「…おやすみなさい」

俺は両手を振って大いに遠慮した後、踵を返して宿へ向かった。イアニスが可笑しそうに笑ってついてくる。
その後無事に俺の部屋がとれて、同じ宿に一泊できる事となった。

あてがって貰えた部屋は、やはり花売りコカトリスと同じくらいの広さだ。はじめは不満しか抱かなかった俺も、快適そうなベットを目の当たりにした途端「まぁいいか」と思えてしまうのだった。奢りだしね。

仕方ないので、翻訳始めよう。
デスクの上に紙と手帳を広げて、俺は日本語の文字をこちらの言葉で書き写していった。
ちょくちょく休憩を挟みながら作業していると、ふいにドアがノックされる。ん?誰だ。

「はい」
「イアニスだ。食事を持ってきたよ」
「えっ!」

朝にサンドイッチを食べたきりの俺は歓喜した。ドアを開けると、湯気の立つお盆を両手にイアニスが立っている。
盆の上には、とろりと美味しそうなスープとパンに葉野菜。俺が顔を輝かせるのを見て彼は笑った。久々だな、その菩薩の笑み。

「イアニスもまだ食ってないだろ」
「まぁね。僕は後でいいよ…それよりも、貴方に話があってね」
「はなし…」

ホカホカの夕飯に浮き足だった気持ちが、キュッと萎んでしまった。
なんじゃそら……嫌な予感しかしないんだが。

「長くなりそう?」
「手短に済ますつもりだよ。僕も休みたいから」
「ふーん…」

何でも、明日は早くから実家に帰るそうだ。いい加減心配してるかもしれないからと。そりゃそうだよな。
せっかくのうまそうなメシだ。温かいうちにゆっくり味わいたくて、俺はお疲れ気味の糸目くんに声をかけた。

「イアニスもここで飯食う?」
「良いのかい?」
「その方が早く済むでしょ」
「おっしゃ。取ってくるよ」

貴族らしからぬ言葉遣いと表情でニッとすると、イアニスは下に向かった。程なくして、同じ盆を持ち戻ってくる。
くたくただが、それは相手も同じだ。今度こそ俺は流されんぞ、この糸目男子め。

そう気合いを入れつつ、イアニスと共に宿の夕食に舌鼓をうつ。うめー。カブとベーコンのスープだ。美味すぎる!

「美味しそうに食べるなぁ」
「そりゃ腹減ってますから」

食べながら、ギルドや街の様子を軽く話す。
街人はまだ大勢がオルトロスに怯えているが、ギルド職員と冒険者たちはとりあえずの警戒を解いたそうだ。見た目はあんなにおっかないのに、やはり従魔というだけである程度信頼されるのだな。

ギルドではガムドラドさんが睨みを聞かせたおかげで、レダーリア山にダンジョンもどきが発生したことや、俺が異世界から来たことなどはバレずに済んだらしい。
どうやらあの部屋に、音を拾うスクロール…いわゆる盗聴器が仕掛けてあったようだ。おっかないが、街の人からしたら、それほど警戒すべき事だったのだろうなとも思う。突然凶悪な魔物を従えた魔族が、街の者を除け者にして密談しはじめたのだ。そりゃほっとけないよ。

「では、シマヤさん。街の様子はこれくらいにして、本題に入ろうか」

炒り卵をスプーンで寄せながら、やがてイアニスがそう切り出す。
きやがったな。俺もやや塩からい炒り卵を頬張りながら、彼の言葉を待った。
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