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そうこうしている内に、ギルドの外は日が落ち始めていた。いつまでここにいて良いのか知らないが、あまり遅くまでいたら迷惑に違いない。
「そろそろいい時間だ。今日はもう、宿を取ることにしよう」
「いえ、しかし…このような見窄らしい街にお祖母様を泊まらせるなど…!」
「ふむ、そうは言うても…飛竜は返してしまったし、今からここを出るわけにもいくまい?」
「さぞお疲れでしょう。宿の手配をしてきます。しばらくお待ち頂いても?」
「ああ、感謝する」
「では」
「ぐぐ…ケチな場所にしたら承知せんぞ…!」
「分かってるよ」
ヴァレリアさんはリヒャルトと共にドルトナで一泊するようだ。イアニスが宿を押さえに部屋を出ていく。ついでにギルドの様子を確認するのだろう。
「ウフフ、リヒャルトとお泊まりか!何年振りだろう」
「はい…」
「ふぅむ……まだ納得いかぬ、という顔だな」
「な、納得など……!」
リヒャルトは拳を振るわせる。しかし祖母のにこやかな顔を見るや、途端に言いあぐねるかのように口をつぐんでしまった。
俺はせっせと着物を脱いでたたみながら、空気になるよう徹した。すぐにでも旅立てるようにしましょうね。
「納得などできません……お祖母様はこのままで良いのですか?このまま…魔王が現れず、人間どもがのうのうと蔓延るような世の中になっていくのを、許せるのですか?」
「リヒャルト…」
「私は嫌です。このまま魔族が楽な方へ豊かな方へと、人間の真似事をしだすのが。どうしてこのままではいけないのです?魔族には魔族の生き方があるのに!」
ルビーのような眼で、リヒャルトは祖母をひたと見据える。悔しそうに揺れるその眼差しを受けても、ヴァレリアさんは相変わらず微笑んだままだ。
「そうか。フフ、すっかり変わったのは外身だけで、お前は昔のままだねぇ」
「……」
「確かにその昔、我がグウィストン家は魔王に近しかった。先代だけでなく先々代の王にもお任えし、その支えとなるのを誇りとした。自分もそうありたい、とお前は常々申しておったな」
「はい…!」
「…しかしリヒャルトよ。魔王とは元を辿れば、一人の魔族だ。違うか?」
「…?はい、そうです」
「魔王は神ではない。迷い悩む心を持った一個人でもある。お前が魔族の頂点として尊ばんとするその者が、もしお前の理想と反する思考を持っていたら?お前はそれでも、生涯をその王に尽くすことができるか?」
「それは、どういう…?」
何やら意味深な言葉を並べるヴァレリアさんへ、リヒャルトは当惑したようにそう尋ねる。
「お前が見つけた例の温泉宿には、それぞれの湯船に名がついていなかったか?」
「温泉…?あ、はい、そうです。大仰にも、かつての魔境の名前を冠しておりました」
「そうであろう。名付けたのは人間ではない。お忍びで訪れた先代魔王なのだ」
「…………はい?」
「あの宿が始まったばかりの頃に、伴侶のあばずr…人間の娘と共にここを利用し、依頼何度か足を運んでいたそうだ」
え、そうなの?
俺は驚きつつも、そういえばと手帳の内容を思い出す。確かに、冒険者の若い夫婦がやって来て、その旦那さんが温泉の名前をつけていったという記述があったけど。
「先代魔王…?いや、そんなまさか!ギルバラーク城での決戦で、先代は勇者と相打ちに倒れられたはず…!」
「世間一般ではそう広められたが、それは表向きに過ぎぬ。実際は両者ともすっかり恋仲となっており、歴史の影に隠れて暮らしておったのだ」
「こい、なか…!?」
「そう。挙げ句の果てには、夫婦だ。全く度し難いことよ」
それは何というか、凄いな…勇者と魔王で結婚したんだ。もし本当なら、ドラマみたいだ。
およそ500年前のとある国で、魔王軍とその討伐軍との激しい戦闘が繰り広げられた。当時の魔王と勇者一行は城内でかち合ったので、それはギルバラーク城の決戦と呼ばれているそうだ。
決戦の末魔王は勇者に倒され、その時の傷が元で勇者もすぐに亡くなった。それが広く伝わっている史実だというが…
「御方は、かの場所を大変気に入られたようだ。俗世嫌いのあの方が珍しく通っていらした場所だと聞いて、わたくしも興味を持ったのだよ」
「それは…それは、本当なのですか?お祖母様、ご冗談でしょう?」
「嘘のようであろう。ウフフ、嘘であればどんなに良かったか…」
「そんな…!魔族の長たる者が、人間ごときに…」
「そう。それも憎むべき勇者に、だ。どうだ、リヒャルト。それでも御方は我らの尊ぶべき『魔王』なのだ。その魔王がやれと言うならば従うのみ」
「………」
「本当にお前は、そんな生き方を許せるか?」
困惑を浮かべた顔で、リヒャルトは押し黙る。そんなまさかと思っているのがありありと伝わってきた。
人間嫌いのこいつに、その人間と魔族のトップが結ばれていたなんて事実が認められるんだろうか。そもそもそれが本当なのかどうかもわからないけど。
「この世をすべる力を持つ魔王でさえ、所詮はその程度の者…某という魔族でしかないのだ。強き者が全てとはいえ、魔族たるもの他者の思惑一つで己の生き方を決めるべきでない。そうは思わぬか?」
「お、お祖母様!そのような…っ!」
「分かっておる。魔王は尊い。それが忘れ去られつつある今この世の中で、お前のように一心に行動できることも同じく。…けどね、わたくしの可愛いリルファ。だからこそ魔王という言葉を妄信するでない。ありもしない空虚なそれを因に、お前の生き方を決めてはいけないよ」
ヴァレリアさんは口元に笑みを浮かべたまま、だけど真剣な眼差しで、再びしおしおと落ち込みだした孫にそう言った。
何となく、彼女の言いたい事がわかるような気がする。
その魔王というのがいたのも昔の話で、今はそれすらいないんだもんな。…もしリヒャルトが人生の大半をつぎ込んで魔境を生み出し、魔王が現れて、その魔王が「ぼくは人間と仲良く結婚します!」といったら、こいつはどうするんだろう。
そんな生涯は、あまりにも哀れなように思えた。
「そろそろいい時間だ。今日はもう、宿を取ることにしよう」
「いえ、しかし…このような見窄らしい街にお祖母様を泊まらせるなど…!」
「ふむ、そうは言うても…飛竜は返してしまったし、今からここを出るわけにもいくまい?」
「さぞお疲れでしょう。宿の手配をしてきます。しばらくお待ち頂いても?」
「ああ、感謝する」
「では」
「ぐぐ…ケチな場所にしたら承知せんぞ…!」
「分かってるよ」
ヴァレリアさんはリヒャルトと共にドルトナで一泊するようだ。イアニスが宿を押さえに部屋を出ていく。ついでにギルドの様子を確認するのだろう。
「ウフフ、リヒャルトとお泊まりか!何年振りだろう」
「はい…」
「ふぅむ……まだ納得いかぬ、という顔だな」
「な、納得など……!」
リヒャルトは拳を振るわせる。しかし祖母のにこやかな顔を見るや、途端に言いあぐねるかのように口をつぐんでしまった。
俺はせっせと着物を脱いでたたみながら、空気になるよう徹した。すぐにでも旅立てるようにしましょうね。
「納得などできません……お祖母様はこのままで良いのですか?このまま…魔王が現れず、人間どもがのうのうと蔓延るような世の中になっていくのを、許せるのですか?」
「リヒャルト…」
「私は嫌です。このまま魔族が楽な方へ豊かな方へと、人間の真似事をしだすのが。どうしてこのままではいけないのです?魔族には魔族の生き方があるのに!」
ルビーのような眼で、リヒャルトは祖母をひたと見据える。悔しそうに揺れるその眼差しを受けても、ヴァレリアさんは相変わらず微笑んだままだ。
「そうか。フフ、すっかり変わったのは外身だけで、お前は昔のままだねぇ」
「……」
「確かにその昔、我がグウィストン家は魔王に近しかった。先代だけでなく先々代の王にもお任えし、その支えとなるのを誇りとした。自分もそうありたい、とお前は常々申しておったな」
「はい…!」
「…しかしリヒャルトよ。魔王とは元を辿れば、一人の魔族だ。違うか?」
「…?はい、そうです」
「魔王は神ではない。迷い悩む心を持った一個人でもある。お前が魔族の頂点として尊ばんとするその者が、もしお前の理想と反する思考を持っていたら?お前はそれでも、生涯をその王に尽くすことができるか?」
「それは、どういう…?」
何やら意味深な言葉を並べるヴァレリアさんへ、リヒャルトは当惑したようにそう尋ねる。
「お前が見つけた例の温泉宿には、それぞれの湯船に名がついていなかったか?」
「温泉…?あ、はい、そうです。大仰にも、かつての魔境の名前を冠しておりました」
「そうであろう。名付けたのは人間ではない。お忍びで訪れた先代魔王なのだ」
「…………はい?」
「あの宿が始まったばかりの頃に、伴侶のあばずr…人間の娘と共にここを利用し、依頼何度か足を運んでいたそうだ」
え、そうなの?
俺は驚きつつも、そういえばと手帳の内容を思い出す。確かに、冒険者の若い夫婦がやって来て、その旦那さんが温泉の名前をつけていったという記述があったけど。
「先代魔王…?いや、そんなまさか!ギルバラーク城での決戦で、先代は勇者と相打ちに倒れられたはず…!」
「世間一般ではそう広められたが、それは表向きに過ぎぬ。実際は両者ともすっかり恋仲となっており、歴史の影に隠れて暮らしておったのだ」
「こい、なか…!?」
「そう。挙げ句の果てには、夫婦だ。全く度し難いことよ」
それは何というか、凄いな…勇者と魔王で結婚したんだ。もし本当なら、ドラマみたいだ。
およそ500年前のとある国で、魔王軍とその討伐軍との激しい戦闘が繰り広げられた。当時の魔王と勇者一行は城内でかち合ったので、それはギルバラーク城の決戦と呼ばれているそうだ。
決戦の末魔王は勇者に倒され、その時の傷が元で勇者もすぐに亡くなった。それが広く伝わっている史実だというが…
「御方は、かの場所を大変気に入られたようだ。俗世嫌いのあの方が珍しく通っていらした場所だと聞いて、わたくしも興味を持ったのだよ」
「それは…それは、本当なのですか?お祖母様、ご冗談でしょう?」
「嘘のようであろう。ウフフ、嘘であればどんなに良かったか…」
「そんな…!魔族の長たる者が、人間ごときに…」
「そう。それも憎むべき勇者に、だ。どうだ、リヒャルト。それでも御方は我らの尊ぶべき『魔王』なのだ。その魔王がやれと言うならば従うのみ」
「………」
「本当にお前は、そんな生き方を許せるか?」
困惑を浮かべた顔で、リヒャルトは押し黙る。そんなまさかと思っているのがありありと伝わってきた。
人間嫌いのこいつに、その人間と魔族のトップが結ばれていたなんて事実が認められるんだろうか。そもそもそれが本当なのかどうかもわからないけど。
「この世をすべる力を持つ魔王でさえ、所詮はその程度の者…某という魔族でしかないのだ。強き者が全てとはいえ、魔族たるもの他者の思惑一つで己の生き方を決めるべきでない。そうは思わぬか?」
「お、お祖母様!そのような…っ!」
「分かっておる。魔王は尊い。それが忘れ去られつつある今この世の中で、お前のように一心に行動できることも同じく。…けどね、わたくしの可愛いリルファ。だからこそ魔王という言葉を妄信するでない。ありもしない空虚なそれを因に、お前の生き方を決めてはいけないよ」
ヴァレリアさんは口元に笑みを浮かべたまま、だけど真剣な眼差しで、再びしおしおと落ち込みだした孫にそう言った。
何となく、彼女の言いたい事がわかるような気がする。
その魔王というのがいたのも昔の話で、今はそれすらいないんだもんな。…もしリヒャルトが人生の大半をつぎ込んで魔境を生み出し、魔王が現れて、その魔王が「ぼくは人間と仲良く結婚します!」といったら、こいつはどうするんだろう。
そんな生涯は、あまりにも哀れなように思えた。
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