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「さぁ、これで全て周ったはずだぞ。気が済んだなら、とっととクルマを出せ!」
「源泉、見つけたいよな?」
「ああ。あの魔法陣の規模を見ても、全く別の場所にあるとは思えない。宿の周辺のはずだ」
「貴様ら!」

プンスカ怒るリヒャルトが、苛立った声を上げる。うーん、こりゃ無視してたら、氷漬けにされそうな剣幕だ。

「もう、分かったよ。まぁ源泉の調査は、人手をかけた方が良いか…」
「まだそんな事を言っているのか!ここは温泉宿などとくだらんものにはならん。魔境だ!何度も言わせるな!」
「しかしね、ギルドに報告すればここは十中八九、立入規制からの消滅だよ。ただの廃墟に元通りさ」
「私はこの場所の主人となるのだ。立入規制などに従う必要はない」
「ギルドに歯向かうってのか…そんな事してみろ。君はただでさえ問題ばかり起こしてるんだから、今度こそ冒険者の資格を失ってしまうよ」
「ええい、クソ食らえだ。私がこの国にきたのは、冒険者などになって人間にこき使われてやったのは!全部全部この時のためだ!」

ヒートアップしてきた。大丈夫か…?また魔法バトルしだすんじゃないだろうな。俺はいつでも車に乗り込めるよう、キーを握りしめとくことにした。

「大体、主人と言っても…装束はあの通りだ。実際君がここの主人となったところで、ギルドを抑止する効果のあるものとは限らないじゃないか」
「貴様はまたそうやって、適当な口八丁でこの場をやり込める気だろう…いい加減うんざりだ!誰がなんと言おうが、ここはダンジョン化させる!」
「適当な事を言い張っているのはどっちだか…。魔境?ここが?君が一生を無駄に費やそうと、せいぜい小さなダンジョン止まりだよ」
「黙れ黙れっ!」
「嫌だね」

ピシャリと言い放つイアニスの声にも、怒気が含まれてきている。
おはぎコウモリがスィーっとこちらへ飛んできて、慌てたように上着の裾へ入り込んでいった。人の膝裏を避難場所にするな。

「万が一何かの奇跡が起こって、ここが魔境となった所で、あと2つは?なぁ、リヒャルト。君だって本当は、自分がどんな荒唐無稽な事をしているのか分かっているんだろう?いつまで魔王だ魔境だなどと言い続けるつもりだ」
「魔族のなんたるかも忘れ人間どもにおもねったクソ野郎ごときが、私に説教をする気か!?貴様などここを金儲けの道具としか捉えていないのだろう。矮小な守銭奴が、分かったような顔をして私の道を阻むな!」
「そんなに時代錯誤の古狸でいたいなら、好きにするがいいよ。でも他人に危害を及ぼすような真似はよせ」
「くだらんな。人間を慮るなど、この私には一生かかっても理解できん芸当だ!」
「嘘をつけ!本当は何だかんだで、イェゼロフの子どもたちを気に留めているじゃないか。冒険者業だってな、片手間でイヤイヤやれる仕事じゃない。ここまで続けられているのは、君が気に入っているからだ」
「…はぁ?」

リヒャルトは訳がわからないといった顔で、イアニスをまじまじと見返している。
俺も疑問に感じた。あのリヒャルトが人間を気に留めてる??口を開けば見下した発言ばかりのこいつが…。一体どの辺を見てそんな風に思ったんだ。
しかしイアニスは至って真面目な顔で、冗談を言っている雰囲気ではなかった。

「君は自分が魔族であるからだとか、お家の言いつけだとかで思い込みが強すぎるんだよ。人間は弱くてバカで、自分たちより下等な生き物だと。その偏見があまりに強くて、自分の気持ちにすら気づけてない」
「何を勝手に決めつけているのだ!寝言をぬかしやがって。そんな訳ないだろう!」
「君自身はそんなにいうほど人を嫌っていないし、本気で魔境を創り上げようなど考えちゃいない。君のいう魔族の誇りやお祖母様の言葉の形だけ追って、一生懸命何かを成した気になっているだけ。不毛だよ…。繰り返すけど、そんなものに周囲の人の迷惑を買うなといってるんだ」
「よくも……よくもそんな事を…!私は…っ」
「いいか。みんな君と違って今を生きているし、君がどんなに足掻いたところで、今は共存の時代なんだ。確かにいつか、魔王が現れてこの世を力で捩じ伏せるような時代がくるかもしれない。でも、それは確実に今じゃない。僕らが生まれた時代の話じゃないんだよ」
「だったら、だったらどうしろと?私は他の魔族どものように、変わりたくなどない!誇り高きグウィストン家の魔族として生きるのだ!我が家がかしずくべき尊いお方を、今一度頂くのだ!魔族として生を受けた私がそれを望んで何が悪い!」
「…石頭だな、本当に。だからこその君なのかもしれないけど、少しはその凝り固まった考えを無視して、君自身に目を向けなよ」

リヒャルトはギリギリと歯を食いしばり鬼のような形相だ。しかし手が出る様子はなく、イアニスの胸ぐらを掴んでる。なので、成り行きを黙って見守る事にした。
…しかし、手持ち沙汰だ。手帳でも読んでようかね。

俺はポケットから手帳を取り出す。じろじろ内容を読み進めるのに躊躇って、一番最後のページを見ることにした。
手帳の半ばをだいぶ過ぎたくらいに、その最後の手記を見つける。几帳面だった字は随分乱れており不穏さを感じるも、内容に目を通すと訳が分かった。


ーーー


38年・春

目の病気の進行はあっという間で、今はもうほとんど見えていない。当初の相談通り、夫と共にイズミの家へ移住する事となった。
子供たちは方々手を尽くしてくれたが、こればかりは仕方ない。むしろありがとうと言いたいくらいだ。体はまだまだ健康だし、これから生まれてくるイズミのお腹の子へ精一杯尽くそう。
初孫!ああ待ち遠しい!もう既に目に入れても痛くない!!目見えないけど!!でもぜったい美形だ。あのノルドとイズミの子だもの!

…戦局はますます苛烈になっているようで、もうのんびりと温泉に浸かろうなどという人はめっきり減ってしまった。私たちの山荷葉も、寂しいがここで店じまいだ。
思えば当初、小さな山小屋の温泉でしかなかったここが何と大きくなった事か…

私たちの山荷葉はここでお終いだけど、いつの日かまた新しい山荷葉の歴史が動き出す事を願う。
宝石のようなたくさんの思い出をこの旅館が紡いでくれる時代が、もう一度来ますように。


緑根 咲良

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