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「国は変わっても、街の名前が残ったんだね。隣国のダンジョンというのはきっと、王都のダンジョンだ」
「そ、そうか…」
ここまで読んだ感じだと、この人は現代の日本人で違いなさそうだ。戦国の世の人ではなく。という事は、世界だけでなく時間も飛び越えて来てしまうのか、異世界転移は。
…そもそも魔法やら魔王やら、神様やらが存在するくらいだ。時空がおかしい所で、今更ではある。
「で?そんな事が知りたいのではないぞ。さっさとこれに関しての記述を見つけんか!」
「あー、はいはい…」
偉そうにせっついてくるリヒャルトへ生返事をする。
これで目的は果たせた。ダンジョンに挑んだって感じはしなかったな。ただの廃墟巡りだ…あのスライムくんたちには悪いが。
もう帰るだけ。…せっかく来たのに、もう戻るのか。
「なぁ、まだ周ってない場所もあるだろ?そんなに危険なところでもなさそうなら、もう少し探索してみないか?」
「賛成」
「フン…長居はせんぞ」
イアニスは快諾し、リヒャルトも意外に大人しく頷いた。自分が見つけたダンジョンだもんな。
本当は、取り込まれつつあるという装束のことを考えるとさっさと立ち去るべきなんだろうけど…残りの温泉を見てみたいし、1階は半分も周ってないのだ。お土産コーナーの跡とかあるかな。
再びイアニスを先頭にして、粛々と階段を降りる。裏方のスペースを通り過ぎ、エントランスへと戻って来た。
「フロアマップがないかな?お客さんが迷わないように、こういう所には必ずついてるけど…」
「シマヤさんはニホンでこういった高級宿に泊まったのかい?」
「うーん。少し違うけど、何回かね。学生の頃とか、家族旅行なんかで…」
「本当に貴族ではないのだよね…?」
「フツーの一般家庭です。貴族制度とか無いし」
またもや質問が飛んでくる。なんだか、イアニスと先生の立場が入れ代わりつつないか?
チェックインカウンターから離れて壁際をウロつくと、壁から落っこちて倒れている案内板を発見した。よっこらせとひっくり返して、フロアを確認する。
1階は2階よりかなり広い。ロビー兼休憩スペースに、食事会場。客室は二つと少ないが、その代わりに大部屋が一つあって民宿のように雑魚寝するようになっている。
それは嫌だな…と思ったが、この世界の大きな宿だと一般的な構造らしい。
「それは嫌だな…」
「他人と同じ部屋で寝るなど、外で野宿の方がマシだ」
「二人して贅沢者だな。屋根があれば、充分だと思うけど」
なるほどマップで2つの客室を見てみると、広くて角にある。上階の4つの客室やここは、きっとスイートルームなんだろう。お値段跳ね上がりそう…。
うーん、贅沢を言える身ではないし、今後はこういう場所で寝泊まりするのにも慣れなくてはいけないか。貴重品は車にしまって身一つでいれば、盗難の心配はないけど。
色々考え込みつつ、フロアマップを眺める。1階には最初に発見した露天風呂の他にあと2つもめぐり湯があった。という事は、上階の3つと合わせて全部で6つのめぐり湯があるのか。
それぞれに名前がついている。どれどれ…
一階
露天風呂つき大浴場「千本橋の湯」
貸切風呂「花霞みの湯」
貸切風呂「霜裂き山の湯」
二階
大浴場「迷宮庭園の湯」
貸切風呂「鉱石蜘蛛の湯」
三階
展望露天風呂「巨神塔の湯」
これは…なんという独特のネーミングセンスだろうか。「花霞み」はすごくそれっぽいのに、「鉱石蜘蛛」は微妙だ。何か由来があるのだろうが、見当もつかないな。
「この風呂…」
首を傾げていると、それまで無関心そうにしていたリヒャルトが突然呟いた。珍しく戸惑った様な声色だ。
「海上の千本橋…花霞みの森……風呂の名が全て、かつてあった魔境の名前だ」
「うん?…ふぅむ、本当だ。幾つか見覚えが」
「魔境って…そんな縁起悪そうな」
「もしかしてここは、魔族にゆかりのある場所なのかな」
「こんな人間の国の片田舎にだと?…そんなはず」
リヒャルトは困惑している。
イアニスの言うように、魔族寄りに配慮した名付けをしているのだろうか。人間からしたらあまりに物騒だが、俺はある事を思い出して言った。
「そういや、魔物すらここへ遊びに来るって精霊様が言ってたろ。だからじゃないか?本当に分け隔てなく色んな奴が泊まりに来たのかも」
「ははは、それは大変そうだね」
「トラブル多そうだな…魔物って宿泊代ちゃんと払うのか?お前もここで暮らすんなら、管理するリヒャルトにすももくらい貢げよ」
「キィ?」
「……世界図書館がない」
困惑気味のまま、リヒャルトがマップに向かって低く呟いた。図書館?
「本当だね。一番有名なのに、何故かな?」
「それも魔境か?」
「そうだ。千年以上前の文献からすでに名前が存在する、最古の魔境だ」
「ほ、ほう…」
魔王が倒れると呼応するように魔境も消滅していくものらしいが、唯一「世界図書館」という所だけは、遥か昔からずっと残り続けている魔境らしい。
この温泉名になっている魔境たちはというと、現存していないようだ。一つまた一つと緩やかに消滅していった。
「コモン何とかだのいう国があったのが、500年前だと言ったな?…ちょうど、先代魔王がお隠れになったのもその頃の筈だ」
「無いものは仕方ないんじゃないか?厄介オタクみたいなこと言うなって」
「…は?侮辱している事だけはわかるぞ、クソ人間が!」
つい思った事をそのまま口にしてしまい、リヒャルトに舌打ちされる。
「しかし…そうだな。たかだか人間の作った宿の名など、深く考えても仕方ない」
そう言うと、興味を失くしたようにまたそっぽを向いた。
一通りマップを確認したので、足を動かす。エントランス近くの休憩所を通り過ぎて、大部屋へ向かった。
「そ、そうか…」
ここまで読んだ感じだと、この人は現代の日本人で違いなさそうだ。戦国の世の人ではなく。という事は、世界だけでなく時間も飛び越えて来てしまうのか、異世界転移は。
…そもそも魔法やら魔王やら、神様やらが存在するくらいだ。時空がおかしい所で、今更ではある。
「で?そんな事が知りたいのではないぞ。さっさとこれに関しての記述を見つけんか!」
「あー、はいはい…」
偉そうにせっついてくるリヒャルトへ生返事をする。
これで目的は果たせた。ダンジョンに挑んだって感じはしなかったな。ただの廃墟巡りだ…あのスライムくんたちには悪いが。
もう帰るだけ。…せっかく来たのに、もう戻るのか。
「なぁ、まだ周ってない場所もあるだろ?そんなに危険なところでもなさそうなら、もう少し探索してみないか?」
「賛成」
「フン…長居はせんぞ」
イアニスは快諾し、リヒャルトも意外に大人しく頷いた。自分が見つけたダンジョンだもんな。
本当は、取り込まれつつあるという装束のことを考えるとさっさと立ち去るべきなんだろうけど…残りの温泉を見てみたいし、1階は半分も周ってないのだ。お土産コーナーの跡とかあるかな。
再びイアニスを先頭にして、粛々と階段を降りる。裏方のスペースを通り過ぎ、エントランスへと戻って来た。
「フロアマップがないかな?お客さんが迷わないように、こういう所には必ずついてるけど…」
「シマヤさんはニホンでこういった高級宿に泊まったのかい?」
「うーん。少し違うけど、何回かね。学生の頃とか、家族旅行なんかで…」
「本当に貴族ではないのだよね…?」
「フツーの一般家庭です。貴族制度とか無いし」
またもや質問が飛んでくる。なんだか、イアニスと先生の立場が入れ代わりつつないか?
チェックインカウンターから離れて壁際をウロつくと、壁から落っこちて倒れている案内板を発見した。よっこらせとひっくり返して、フロアを確認する。
1階は2階よりかなり広い。ロビー兼休憩スペースに、食事会場。客室は二つと少ないが、その代わりに大部屋が一つあって民宿のように雑魚寝するようになっている。
それは嫌だな…と思ったが、この世界の大きな宿だと一般的な構造らしい。
「それは嫌だな…」
「他人と同じ部屋で寝るなど、外で野宿の方がマシだ」
「二人して贅沢者だな。屋根があれば、充分だと思うけど」
なるほどマップで2つの客室を見てみると、広くて角にある。上階の4つの客室やここは、きっとスイートルームなんだろう。お値段跳ね上がりそう…。
うーん、贅沢を言える身ではないし、今後はこういう場所で寝泊まりするのにも慣れなくてはいけないか。貴重品は車にしまって身一つでいれば、盗難の心配はないけど。
色々考え込みつつ、フロアマップを眺める。1階には最初に発見した露天風呂の他にあと2つもめぐり湯があった。という事は、上階の3つと合わせて全部で6つのめぐり湯があるのか。
それぞれに名前がついている。どれどれ…
一階
露天風呂つき大浴場「千本橋の湯」
貸切風呂「花霞みの湯」
貸切風呂「霜裂き山の湯」
二階
大浴場「迷宮庭園の湯」
貸切風呂「鉱石蜘蛛の湯」
三階
展望露天風呂「巨神塔の湯」
これは…なんという独特のネーミングセンスだろうか。「花霞み」はすごくそれっぽいのに、「鉱石蜘蛛」は微妙だ。何か由来があるのだろうが、見当もつかないな。
「この風呂…」
首を傾げていると、それまで無関心そうにしていたリヒャルトが突然呟いた。珍しく戸惑った様な声色だ。
「海上の千本橋…花霞みの森……風呂の名が全て、かつてあった魔境の名前だ」
「うん?…ふぅむ、本当だ。幾つか見覚えが」
「魔境って…そんな縁起悪そうな」
「もしかしてここは、魔族にゆかりのある場所なのかな」
「こんな人間の国の片田舎にだと?…そんなはず」
リヒャルトは困惑している。
イアニスの言うように、魔族寄りに配慮した名付けをしているのだろうか。人間からしたらあまりに物騒だが、俺はある事を思い出して言った。
「そういや、魔物すらここへ遊びに来るって精霊様が言ってたろ。だからじゃないか?本当に分け隔てなく色んな奴が泊まりに来たのかも」
「ははは、それは大変そうだね」
「トラブル多そうだな…魔物って宿泊代ちゃんと払うのか?お前もここで暮らすんなら、管理するリヒャルトにすももくらい貢げよ」
「キィ?」
「……世界図書館がない」
困惑気味のまま、リヒャルトがマップに向かって低く呟いた。図書館?
「本当だね。一番有名なのに、何故かな?」
「それも魔境か?」
「そうだ。千年以上前の文献からすでに名前が存在する、最古の魔境だ」
「ほ、ほう…」
魔王が倒れると呼応するように魔境も消滅していくものらしいが、唯一「世界図書館」という所だけは、遥か昔からずっと残り続けている魔境らしい。
この温泉名になっている魔境たちはというと、現存していないようだ。一つまた一つと緩やかに消滅していった。
「コモン何とかだのいう国があったのが、500年前だと言ったな?…ちょうど、先代魔王がお隠れになったのもその頃の筈だ」
「無いものは仕方ないんじゃないか?厄介オタクみたいなこと言うなって」
「…は?侮辱している事だけはわかるぞ、クソ人間が!」
つい思った事をそのまま口にしてしまい、リヒャルトに舌打ちされる。
「しかし…そうだな。たかだか人間の作った宿の名など、深く考えても仕方ない」
そう言うと、興味を失くしたようにまたそっぽを向いた。
一通りマップを確認したので、足を動かす。エントランス近くの休憩所を通り過ぎて、大部屋へ向かった。
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