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山荷葉の支配人
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「上階はこんなものか。1階の方がまだ広そうだったな」
「戻ろうか?」
そう話をしつつ2階の廊下をさまよっていると、突き当たりにあるドアが目に入った。
両隣は客室だ。位置的に非常階段へのドアだろうかと思ったが、それにも豪華な透かし彫りが入っている。ここもお風呂かもしれない。
開けると、中は明るかった。お風呂ではない。十畳ほどの小さな部屋で、三方向の壁に大きな窓がある。窓枠や天井、その天井から下がるランプにまで、お馴染みの花をモチーフにした透かし彫りが施されていた。
中央には立派なデスクと椅子が一脚ずつ。チェストやキャビネットもある。雰囲気からしてここは、偉い人の部屋だ。
「おっ…なんかありそうじゃないか?」
飛散した窓ガラスの破片をなるべく避けながら、部屋に入り込んで辺りを見渡す。今更だけど、まるで火事場泥棒のようだ。
家探しすること数分。キャビネットを探していたイアニスが俄かに声を上げた。
「二人とも、どうやら見つけたぞ…!」
彼がキャビネットから取り出したのは、年季の入った箱。全員が中央のデスクへ集まり、蓋の開けられたその中身を覗き込んだ。
そこに収められていたのは、きっちりと売り物のようにたたまれた着物だった。
淡いクリームがかった緑の生地に、白と黄色の流線が縫い込まれたシンプルな柄。箱の中に大事そうに収納されているけど…やはりこれが「装束」だろうか。
リヒャルトが無言でそれに手を伸ばす。だがそれは、全員が見ている前で煙のようにすり抜けてしまった。
「なんだ…?」
「あれ、触れないのか?」
奇妙な光景だった。見た目はなんの変哲もない布地なのに、リヒャルトが何度掴もうとしてもスルスルと手が通り抜けてしまう。イアニスや俺がやっても、おはぎコウモリがピョンと入り込んでも同じだった。まるで何も無いかのように、手触りひとつしない。
「認識阻害の魔術か…?にしては、中途半端な」
「そうか…。ダンジョンに取り込まれていってる影響かもしれん。ジジイがそう言っていた」
「成程、それか。…ジジイじゃなくてシャムドフ様な、この罰当たり」
二人の談義を尻目に、諦められずに箱の中をまさぐっていると、布ではない何かに手が当たった。
「なんか、底に別のもの入ってる」
「キキッ」
「おいちょっと、どいてくんない?」
邪魔くさいおはぎコウモリを箱の中から追い払って、着物の下から取り出してみる。
やや小さめの冊子だ。
「これは、手帳かな?」
「何か分かるかもしれん」
リヒャルトは俺の手から手帳をひったくり、ページを開く。まじまじと眺めていたが、程なくすると何故か俺につき返してきた。
「読めん。貴様の国の文字ではないか?」
「えっ、嘘!?」
リヒャルトから手帳をひったくり返して見ると、几帳面な日本語の文字が目に飛び込んできた。
二人に促されて、最初のページから読み上げていく。
ーーー
3年目・秋
こちらの世界へと飛ばされて、ようやく落ち着いて暮らせるようになってきた。
日記なんてマメなものを書き続けられる自信はないので、季節ごとにそれまであった事を書き残しておこうと思う。
これとていつまで続けられるか分からないが…
私は現在、コモンラド連邦国のイェゼロフという街で住み込みの職人?をしている。エンチャントという、物に属性魔法を付与する仕事だ。
初めはどうなる事かと不安だったこのスキルも、上手く使えていけそうで良かった。
街を上げての収穫祭で、この時期は大変賑わった。
3年目・冬
この国はだいぶ北に位置するようで、毎日凄く寒い。東京の冬では考えられない寒さと雪。青森とか、北海道並?どちらも冬には行ったことがないから、想像だけども。
この地域は、冬の登山はできなさそうだ。
駆け出し冒険者の子供たちが、頑張ってお店の前を雪かきしてくれる。
親方より、ギルドからの仕事も回してもらえることになった。隣国のダンジョンで踏破者が現れ、魔剣が見つかったのだとか。
嬉しいけど、そんなヤバいもんまで回してくるな、能天気ジジイ。ガハハじゃないわ。
3年目・春
雪がなくなって、とうとう魔剣の仕事に着手する。なんと、踏破者はあのテオドラさんたちのいる冒険者パーティーだった!
本当に凄い人に助けてもらえたのだと、改めて思い知る。
3年前に彼女がいなければ、私はあのままオオカミの晩ご飯となっていたろうし…この職場にも巡り会えなかった。感謝しても、しきれない。
にしても、相変わらずの風魔法フェチ。ダンジョン産の魔剣にすら風属性を付与させようなんて…。
仲間のチャラ男くんも相変わらずで、テオドラさんからの顔面グーパンを笑顔で受け止めていた。
とにかく、お元気そうで良かった。
3年目・夏
私はスキルの力でホイホイと魔法を付与できるが、本来は知識と技術の世界。いくら魔剣の付与師などと持てはやされても、職人とは言いがたい。
どうせならもっと勉強して、少しでも認められたいと考えるようになった。
何より、魔法陣の構築の面白いこと。理科の実験のようなワクワク感があるのだ。法則に乗っ取って好きな術式を組み合わせていけば、火も起こせるし氷も作れる。エンチャントとはまた違うけれど、全く別物というわけでない。
私のスキルと合わせれば、より良いもの造りができるかも。
とはいえ、仕事も大事。勉強しながらはどうしても業務に支障をきたす。流石の親方もガハガハ笑って許してはくれないだろう…ギルドの人に相談してみようかな。
ーーー
内容を読み上げていた俺は、そこで中断した。
本当は続きを確認したい。この日本からの転移者がどうやってこの世界で暮らしていったのか、気になる所が山積みだった。
けれど冷静になってみれば、他人の日記?など読むべきでないぞ。
その上、この調子で読み進めていても装束の手がかりは得られそうにない。それどころか、温泉も旅館も出てくる素振りはなかった。
ただ、1つ気になる名前が。
「イェゼロフって…あんたらのいた街じゃなかったか?」
手記にはコモンラド連邦国などと書かれているが、ここはモストルデン王国の筈だ。どういう事?
「コモンラドは…今から500年以上前に滅んだ小国だ…」
「ごひゃくねん?」
まさかの戦国時代。想像していたのよりとんでもない大昔じゃんか!
「戻ろうか?」
そう話をしつつ2階の廊下をさまよっていると、突き当たりにあるドアが目に入った。
両隣は客室だ。位置的に非常階段へのドアだろうかと思ったが、それにも豪華な透かし彫りが入っている。ここもお風呂かもしれない。
開けると、中は明るかった。お風呂ではない。十畳ほどの小さな部屋で、三方向の壁に大きな窓がある。窓枠や天井、その天井から下がるランプにまで、お馴染みの花をモチーフにした透かし彫りが施されていた。
中央には立派なデスクと椅子が一脚ずつ。チェストやキャビネットもある。雰囲気からしてここは、偉い人の部屋だ。
「おっ…なんかありそうじゃないか?」
飛散した窓ガラスの破片をなるべく避けながら、部屋に入り込んで辺りを見渡す。今更だけど、まるで火事場泥棒のようだ。
家探しすること数分。キャビネットを探していたイアニスが俄かに声を上げた。
「二人とも、どうやら見つけたぞ…!」
彼がキャビネットから取り出したのは、年季の入った箱。全員が中央のデスクへ集まり、蓋の開けられたその中身を覗き込んだ。
そこに収められていたのは、きっちりと売り物のようにたたまれた着物だった。
淡いクリームがかった緑の生地に、白と黄色の流線が縫い込まれたシンプルな柄。箱の中に大事そうに収納されているけど…やはりこれが「装束」だろうか。
リヒャルトが無言でそれに手を伸ばす。だがそれは、全員が見ている前で煙のようにすり抜けてしまった。
「なんだ…?」
「あれ、触れないのか?」
奇妙な光景だった。見た目はなんの変哲もない布地なのに、リヒャルトが何度掴もうとしてもスルスルと手が通り抜けてしまう。イアニスや俺がやっても、おはぎコウモリがピョンと入り込んでも同じだった。まるで何も無いかのように、手触りひとつしない。
「認識阻害の魔術か…?にしては、中途半端な」
「そうか…。ダンジョンに取り込まれていってる影響かもしれん。ジジイがそう言っていた」
「成程、それか。…ジジイじゃなくてシャムドフ様な、この罰当たり」
二人の談義を尻目に、諦められずに箱の中をまさぐっていると、布ではない何かに手が当たった。
「なんか、底に別のもの入ってる」
「キキッ」
「おいちょっと、どいてくんない?」
邪魔くさいおはぎコウモリを箱の中から追い払って、着物の下から取り出してみる。
やや小さめの冊子だ。
「これは、手帳かな?」
「何か分かるかもしれん」
リヒャルトは俺の手から手帳をひったくり、ページを開く。まじまじと眺めていたが、程なくすると何故か俺につき返してきた。
「読めん。貴様の国の文字ではないか?」
「えっ、嘘!?」
リヒャルトから手帳をひったくり返して見ると、几帳面な日本語の文字が目に飛び込んできた。
二人に促されて、最初のページから読み上げていく。
ーーー
3年目・秋
こちらの世界へと飛ばされて、ようやく落ち着いて暮らせるようになってきた。
日記なんてマメなものを書き続けられる自信はないので、季節ごとにそれまであった事を書き残しておこうと思う。
これとていつまで続けられるか分からないが…
私は現在、コモンラド連邦国のイェゼロフという街で住み込みの職人?をしている。エンチャントという、物に属性魔法を付与する仕事だ。
初めはどうなる事かと不安だったこのスキルも、上手く使えていけそうで良かった。
街を上げての収穫祭で、この時期は大変賑わった。
3年目・冬
この国はだいぶ北に位置するようで、毎日凄く寒い。東京の冬では考えられない寒さと雪。青森とか、北海道並?どちらも冬には行ったことがないから、想像だけども。
この地域は、冬の登山はできなさそうだ。
駆け出し冒険者の子供たちが、頑張ってお店の前を雪かきしてくれる。
親方より、ギルドからの仕事も回してもらえることになった。隣国のダンジョンで踏破者が現れ、魔剣が見つかったのだとか。
嬉しいけど、そんなヤバいもんまで回してくるな、能天気ジジイ。ガハハじゃないわ。
3年目・春
雪がなくなって、とうとう魔剣の仕事に着手する。なんと、踏破者はあのテオドラさんたちのいる冒険者パーティーだった!
本当に凄い人に助けてもらえたのだと、改めて思い知る。
3年前に彼女がいなければ、私はあのままオオカミの晩ご飯となっていたろうし…この職場にも巡り会えなかった。感謝しても、しきれない。
にしても、相変わらずの風魔法フェチ。ダンジョン産の魔剣にすら風属性を付与させようなんて…。
仲間のチャラ男くんも相変わらずで、テオドラさんからの顔面グーパンを笑顔で受け止めていた。
とにかく、お元気そうで良かった。
3年目・夏
私はスキルの力でホイホイと魔法を付与できるが、本来は知識と技術の世界。いくら魔剣の付与師などと持てはやされても、職人とは言いがたい。
どうせならもっと勉強して、少しでも認められたいと考えるようになった。
何より、魔法陣の構築の面白いこと。理科の実験のようなワクワク感があるのだ。法則に乗っ取って好きな術式を組み合わせていけば、火も起こせるし氷も作れる。エンチャントとはまた違うけれど、全く別物というわけでない。
私のスキルと合わせれば、より良いもの造りができるかも。
とはいえ、仕事も大事。勉強しながらはどうしても業務に支障をきたす。流石の親方もガハガハ笑って許してはくれないだろう…ギルドの人に相談してみようかな。
ーーー
内容を読み上げていた俺は、そこで中断した。
本当は続きを確認したい。この日本からの転移者がどうやってこの世界で暮らしていったのか、気になる所が山積みだった。
けれど冷静になってみれば、他人の日記?など読むべきでないぞ。
その上、この調子で読み進めていても装束の手がかりは得られそうにない。それどころか、温泉も旅館も出てくる素振りはなかった。
ただ、1つ気になる名前が。
「イェゼロフって…あんたらのいた街じゃなかったか?」
手記にはコモンラド連邦国などと書かれているが、ここはモストルデン王国の筈だ。どういう事?
「コモンラドは…今から500年以上前に滅んだ小国だ…」
「ごひゃくねん?」
まさかの戦国時代。想像していたのよりとんでもない大昔じゃんか!
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