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「キィッキィッ!」
「ぬわっ!」
背中におはぎコウモリがくっついてるのをすっかり忘れていた俺は、突然のキーキー声に飛び上がる。早くしろ、とでも言うようにそいつは目の前をパタパタ飛び回った。
イアニスと距離が開いてしまっているのに気づいて駆け寄る。お、良かった、リヒャルトも捕まえてる。
「全く。子供みたいむくれて単独行動しないの。学院の頃だってそれでえらい目に…」
「やかましい。そんな昔の話を蒸し返すな!王都のダンジョンとは違うのだ」
ガヤガヤと合流した所で、旅館内の探索が始まった。
渡り廊下を遡ると、エントランスに出た。チェックインカウンターらしき所にも、エントランスのドアにも、先ほど目にした透かし彫りの小さな花が施されている。嵌められた透明の花びらは、ガラスではなく水晶のようだ。
「ニホンの有名な花なのかい?」
「いや、俺は知らないや。桜ではなさそうだな…」
このお宿のシンボル的なものかもしれない。
そのカウンターから中に入り込んで、裏方へ侵入した。こういう場所の裏方に入るのは初めてで、場違いにもワクワクしてしまう。
ところが中は真っ暗で、ワクワクは一瞬で霧散した。こんな廃墟で明かりがつくわけもなく、窓のない場所はすぐそばも碌に見えないほど暗い。
ランプが要るぞ。やべぇ、荷物は全部車の中で、ポケットに入れっぱなしの魔力回復の指輪くらいしか持ってない。迂闊すぎる。
まごまごしていると、先頭のイアニスがすかさずランプを取り出し明かりをつける。そろそろ本格的にアイテムボックスが羨ましくなってきた。
「ここは雰囲気が違って…何かの作業場か?」
内装はthe・事務室という部屋だった。
かつては向かい合わせで並列していたであろう机たちが、横倒しになったり乱雑に並んでいる。ランプに照らされて壁際は見えにくいが、幾つかの出入り口が奥へと続いていた。
「紙まみれだ。あっ…」
リヒャルトは近場にあった収納ケースの上に置かれた冊子を手にしてめくろうとしたが、ページがくっついた挙句、角からペリペリと破れてしまった。
「ボロいな。何だこれ」
「何が書かれてる?」
「…イチゴ、ライム、プラムの個数と値段だ」
「仕入れの帳簿か?」
「やっす!」
イアニスは当時の値段に興味津々で覗き込んでいたが、リヒャルトは「くだらない」と吐き捨てて放り投げてしまった。
「なるほど、ここが裏方とやらか。この規模の宿なら管理する者も大人数いて…そいつらを束ねたのが、装束を着た主人だろう」
案外この辺りに転がっているかもしれんな、とリヒャルトは言う。暫く3人で家探ししたが、この部屋に目当ての「装束」らしきものは見つからなかった。
「にしても、装束ひとつでここの主人認定されるってちょっとよく分からないよな」
事務室を後にして先に進みながら、気になった事を口にする。
そもそも装束とはなんのためにあるんだろう。俺はなんとなく、女将の着物を想像していた (だとしたらリヒャルトが面白い事になる)。確かに形から入るのって大事かもしれないけど…
「ここの第一発見者はリヒャルトだろ?別に装束なんて着なくても、ここは私のものだ!て言い張れないのか?」
高慢ちきな声真似をしてそう言うと、後ろのリヒャルトがブスッとした調子で答えた。
「あのジジイが言っていたろう。今その装束は、ダンジョンに取り込まれつつあると」
「そんなこと言ってた…?よく覚えてるな」
「前から思っていたが、貴様の耳は飾りなのか?」
リヒャルト曰く、ダンジョンが吸収しようとするなら何かしらの魔力が込められたアイテムのはずらしい。少なくとも、ただの服なら取り込んだりしないと。
「えーと、ただの衣装じゃなくて、魔道具かもってことか?」
「そうだね。それも、ここの主人である証となるアイテムなら、何かしら管理に必要な物なんだろう。例えば、それを着ていないと認知できない場所があるとか」
「鍵でいいのでは…」
「それはそうだけども」
込めた魔力の持ち主でなければ作動しない。そういった仕組みの魔道具を作成しセキュリティを補完するのは、この世界ではありがちなことらしい。
ギルドカードもそうで、魔力を込めることで本人確認を行う。また、ダンジョンでは次のフロアへ進むためのギミックとなっている場合もある。所持してると隠し通路が開く、といったしかけだ。
キーアイテムってやつか。ゲームのアイテム欄でいう「だいじなもの」に分類されるあれだ。
「って、その理屈だと前の持ち主でなきゃ使えないよな。リヒャルトが手に入れても意味ないんじゃ?」
「ああ、確かにそうか。それで主人が決まらず、ここが打ち捨てられたのかもしれないね…でも、どうかな。持ち主が新しくなれば、その限りでないかもよ」
と、イアニスはあまり頼りにならなそうな仮説を立ててる。まぁ、実際どうかなんて誰にも分からないだろう。もうとっくに元の持ち主は亡くなってるのだ。
聞くところによると、ダンジョンを発見したらギルドへの報告義務があるらしい。その後も管理が厳重で、決して育ちすぎることがないよう制限される。見つけたからといって、その人が独り占めできるわけではないのだ。
「だから、その装束を手に入れねば。私が主人となってしまえば、ギルドがゴタゴタ言ったところで何もできまい。…人間どもの好きにはさせん」
「魔境温泉の責任者になってか?」
俺は襟のところに温泉マークが描かれた半被姿のリヒャルトを想像して、思わず笑ってしまう。しかし当人は真剣な顔つきで、俺の軽口に全く取り合わなかった。
「ぬわっ!」
背中におはぎコウモリがくっついてるのをすっかり忘れていた俺は、突然のキーキー声に飛び上がる。早くしろ、とでも言うようにそいつは目の前をパタパタ飛び回った。
イアニスと距離が開いてしまっているのに気づいて駆け寄る。お、良かった、リヒャルトも捕まえてる。
「全く。子供みたいむくれて単独行動しないの。学院の頃だってそれでえらい目に…」
「やかましい。そんな昔の話を蒸し返すな!王都のダンジョンとは違うのだ」
ガヤガヤと合流した所で、旅館内の探索が始まった。
渡り廊下を遡ると、エントランスに出た。チェックインカウンターらしき所にも、エントランスのドアにも、先ほど目にした透かし彫りの小さな花が施されている。嵌められた透明の花びらは、ガラスではなく水晶のようだ。
「ニホンの有名な花なのかい?」
「いや、俺は知らないや。桜ではなさそうだな…」
このお宿のシンボル的なものかもしれない。
そのカウンターから中に入り込んで、裏方へ侵入した。こういう場所の裏方に入るのは初めてで、場違いにもワクワクしてしまう。
ところが中は真っ暗で、ワクワクは一瞬で霧散した。こんな廃墟で明かりがつくわけもなく、窓のない場所はすぐそばも碌に見えないほど暗い。
ランプが要るぞ。やべぇ、荷物は全部車の中で、ポケットに入れっぱなしの魔力回復の指輪くらいしか持ってない。迂闊すぎる。
まごまごしていると、先頭のイアニスがすかさずランプを取り出し明かりをつける。そろそろ本格的にアイテムボックスが羨ましくなってきた。
「ここは雰囲気が違って…何かの作業場か?」
内装はthe・事務室という部屋だった。
かつては向かい合わせで並列していたであろう机たちが、横倒しになったり乱雑に並んでいる。ランプに照らされて壁際は見えにくいが、幾つかの出入り口が奥へと続いていた。
「紙まみれだ。あっ…」
リヒャルトは近場にあった収納ケースの上に置かれた冊子を手にしてめくろうとしたが、ページがくっついた挙句、角からペリペリと破れてしまった。
「ボロいな。何だこれ」
「何が書かれてる?」
「…イチゴ、ライム、プラムの個数と値段だ」
「仕入れの帳簿か?」
「やっす!」
イアニスは当時の値段に興味津々で覗き込んでいたが、リヒャルトは「くだらない」と吐き捨てて放り投げてしまった。
「なるほど、ここが裏方とやらか。この規模の宿なら管理する者も大人数いて…そいつらを束ねたのが、装束を着た主人だろう」
案外この辺りに転がっているかもしれんな、とリヒャルトは言う。暫く3人で家探ししたが、この部屋に目当ての「装束」らしきものは見つからなかった。
「にしても、装束ひとつでここの主人認定されるってちょっとよく分からないよな」
事務室を後にして先に進みながら、気になった事を口にする。
そもそも装束とはなんのためにあるんだろう。俺はなんとなく、女将の着物を想像していた (だとしたらリヒャルトが面白い事になる)。確かに形から入るのって大事かもしれないけど…
「ここの第一発見者はリヒャルトだろ?別に装束なんて着なくても、ここは私のものだ!て言い張れないのか?」
高慢ちきな声真似をしてそう言うと、後ろのリヒャルトがブスッとした調子で答えた。
「あのジジイが言っていたろう。今その装束は、ダンジョンに取り込まれつつあると」
「そんなこと言ってた…?よく覚えてるな」
「前から思っていたが、貴様の耳は飾りなのか?」
リヒャルト曰く、ダンジョンが吸収しようとするなら何かしらの魔力が込められたアイテムのはずらしい。少なくとも、ただの服なら取り込んだりしないと。
「えーと、ただの衣装じゃなくて、魔道具かもってことか?」
「そうだね。それも、ここの主人である証となるアイテムなら、何かしら管理に必要な物なんだろう。例えば、それを着ていないと認知できない場所があるとか」
「鍵でいいのでは…」
「それはそうだけども」
込めた魔力の持ち主でなければ作動しない。そういった仕組みの魔道具を作成しセキュリティを補完するのは、この世界ではありがちなことらしい。
ギルドカードもそうで、魔力を込めることで本人確認を行う。また、ダンジョンでは次のフロアへ進むためのギミックとなっている場合もある。所持してると隠し通路が開く、といったしかけだ。
キーアイテムってやつか。ゲームのアイテム欄でいう「だいじなもの」に分類されるあれだ。
「って、その理屈だと前の持ち主でなきゃ使えないよな。リヒャルトが手に入れても意味ないんじゃ?」
「ああ、確かにそうか。それで主人が決まらず、ここが打ち捨てられたのかもしれないね…でも、どうかな。持ち主が新しくなれば、その限りでないかもよ」
と、イアニスはあまり頼りにならなそうな仮説を立ててる。まぁ、実際どうかなんて誰にも分からないだろう。もうとっくに元の持ち主は亡くなってるのだ。
聞くところによると、ダンジョンを発見したらギルドへの報告義務があるらしい。その後も管理が厳重で、決して育ちすぎることがないよう制限される。見つけたからといって、その人が独り占めできるわけではないのだ。
「だから、その装束を手に入れねば。私が主人となってしまえば、ギルドがゴタゴタ言ったところで何もできまい。…人間どもの好きにはさせん」
「魔境温泉の責任者になってか?」
俺は襟のところに温泉マークが描かれた半被姿のリヒャルトを想像して、思わず笑ってしまう。しかし当人は真剣な顔つきで、俺の軽口に全く取り合わなかった。
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