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大人2人分はあろうかという高さの沢を降り、断崖から逸れて渡っていく。えっちらおっちらと降りるイアニスを待って、先導した。
「本当だ。もうこちらからさっきの所には戻れないや」
ねずみ返しになった沢の上を見上げて、イアニスは言った。あらかじめロープでも垂らして降りればまた戻れなくもないが、リヒャルトもそうしたように普通なら引き返すだろう。
イアニスはアイテムボックスから布を取り出すと、近場の木にくくりつけている。道中は地図と睨めっこをし、度々車を停めさせては目印をこさえていた。すっかり測量士さんである。
周囲は殆ど断崖に阻まれておりナビはその内の一方を指している。ギアをAに入れて上昇していくと、おはぎコウモリもバタバタと着いてきた。
「お~い…置いてくなよ~?」
下からやや情けない声が上がったその時、岩壁だと思っていた場所に、広い洞穴の入り口がぽっかりと空いているのを見つけた。
洞穴というよりもそれは、岩石がうまいこと折り重なってできたトンネルのようだ。急勾配ながら、上へと続く坂道になっている。
「こんな所があったか」
「下からじゃ何にも見えなかったな…」
沢の下から見上げても断崖にしか見えず、降りる前にいた場所からはその断崖が死角となって確認できなかったのだ。上手いこと隠されているような所にある洞穴だった。
「キィー」
洞穴の入り口に着地した車(キラーバットだが)へスリスリすると、おはぎコウモリはパッと飛び立ってイアニスの元へ滑空した。洞穴を報告しているようだ。
「これを登るのかい!?」と今度こそ情けない声が下からするのを聞きながら、洞穴の中を覗いてみる。石塊だらけで足場が悪そうだ。ナビ画面だと、ここを伝った先の道はくねくねしていて、本格的な峠道になる。
案外あっさりと登ってきたイアニス(身体強化をかけたらしい。本当に便利だねそれ)に、もうひと頑張りしてもらい洞穴の坂道を抜ける。ややあって、ステルスモードでも通行できるような傾斜へと辿り着いた。
「驚いたね…ハァ……これは、抜け道だ……考えてみれば…あんな場所にあるなら……ハァ、誰も見つけられないに…決まってら…」
「ちょっと休むか」
「車の中で休めるだろう」
「いや鬼かよ…。この先はカーブも多いから、もし腹減ってるなら軽くなんか食え。車酔いするぞ」
「そうか…でも、食欲ないかな…」
「くだらん。乗り物酔いなどした事もないわ」
二人は先に進みたそうだった。水を飲み、イアニスの息が整ったのを見計らって出発する。
この調子だと、目的地に着くのは夕方だろうか。天気が悪いので、辺りはすでに薄暗い。
道はカーブに次ぐカーブだ。ライトとナビを頼りに、右へ左へを繰り返し登っていく。すぐ側が崖や溝で、ましてや標識もガードレールもない。ペーパードライバーにとって、恐ろし過ぎる悪路だった。なるべくスピードは出さず、ハンドルにしがみつくようにして運転に集中する。
数十分も過ぎたろうか。地面から転げ落ちないかだけを気にして進んでいると、道の先に妙なものを見つけた。
ライトに照らされ、行く先の木立に苔むした何かが立っている。ちょうど目の高さくらいにあるそれは、木々や藪しかない中で場違いに目立っていた。
「何だありゃ?なぁ、知ってるか?」
徐行して近づくも、助手席側にあってよく見えない。確認してもらおうとリヒャルトの方へ振り返ると、二人並んで死人のような顔色をしていてギョッとする。それどころでないのは一目瞭然だ。
「うわ、お前ら酔ったな!?今開けるから、もう少し我慢しろ!」
二人はうんともすんとも言わない。口を開いたら最後、とその顔が告げていた。
俺は大慌てでPに入れステルスを解除すると、撃沈している彼らを引きずり下ろした。車の傍にしゃがみ込んだ二人はほどなく「おえええ」の大合唱を繰り広げるのだった。セーフ!
「キキーィ?」
「お前は平気なのか…」
どしたん?とでも言うように、おはぎコウモリは車の中から二人を不思議そうに眺めている。流石コウモリ。普段から逆さまにぶら下がってるやつは、三半規管がつよつよなんだろか。
「うぶえぇ……この、私が……こんな…ぐえ」
「うううぅ、りひー…ほら、水……うぶ」
「よ、寄るなアホ…!」
ひどい有様だ。これじゃ進めないが、こんな森のど真ん中で立ち往生なんて大丈夫だろうか。魔物がやってきても、頼みの綱の二人がこれでは一溜まりもない。
「一通り吐けたら、車の中で休め。ほら」
「いやだ…!」
「ええ~…?」
ステルスモードでやり過ごしてもらおうと声をかけるも、リヒャルトはともかくイアニスまで駄々っ子のように渋りだした。まるで本物の男子高校生だ。
そんな風にぐったりしつつも、彼らは旅慣れた冒険者らしく野営の準備を始めた。少し早いけど、この際夜を明かすという。体調も回復して明るいうちに動けるから、と。
「魔物とか、大丈夫か?こんな所で…」
「うん。…もうここまで来れば…どこも一緒だよ。リヒー、そっちの木に、これかけて…」
「うう…おい、貴様……元気なら、これで…陣でも、張ってろ」
「コレ何?」
手慣れたように、次々と野営グッズが二人のアイテムボックスから登場していく。俺が手渡されたのは、なんと簡易的な魔物避けのスクロールだった。わー、お高そう。
「森での野営なら…常識的な装備だ…」
「持ってないのかい?」
「えーと、目くらましのスクロールなら幾つか買ったけど」
そういえば、ラスタさんから貰ったスクロールには魔物避けはなかったな。麻痺の他に索敵とか、物理・魔法攻撃軽減とかだった。大事に使いたいけど、いざという時身を守るのに役立てなければ意味がない。引っ張り出した方がいいのかな?
「魔物避けは…ダンジョンでは発動しないのが、殆どだけどね…持ってた方が、いいよ…」
「そうなんだ」
「貴様の、すてるすもーどとやらも…ダンジョンもどきでは、通用しないかもな」
「うそ!?」
そんな仕様なのか、ダンジョンてのは。でも魔境ではラスボスのお墨付きを貰うほど問題なく使えたぞ。
…着いたら試してみないと。ステルスモードが使えないなら、残念だが大人しく帰るしかない。
「わぁ、夢があるね…もし使えるのなら、ダンジョン潜り放題じゃないか…」
「そんな上手い話が、あるものか」
そう軽口を叩きながら、二人は青い顔で寝床を拵えていく。
「本当だ。もうこちらからさっきの所には戻れないや」
ねずみ返しになった沢の上を見上げて、イアニスは言った。あらかじめロープでも垂らして降りればまた戻れなくもないが、リヒャルトもそうしたように普通なら引き返すだろう。
イアニスはアイテムボックスから布を取り出すと、近場の木にくくりつけている。道中は地図と睨めっこをし、度々車を停めさせては目印をこさえていた。すっかり測量士さんである。
周囲は殆ど断崖に阻まれておりナビはその内の一方を指している。ギアをAに入れて上昇していくと、おはぎコウモリもバタバタと着いてきた。
「お~い…置いてくなよ~?」
下からやや情けない声が上がったその時、岩壁だと思っていた場所に、広い洞穴の入り口がぽっかりと空いているのを見つけた。
洞穴というよりもそれは、岩石がうまいこと折り重なってできたトンネルのようだ。急勾配ながら、上へと続く坂道になっている。
「こんな所があったか」
「下からじゃ何にも見えなかったな…」
沢の下から見上げても断崖にしか見えず、降りる前にいた場所からはその断崖が死角となって確認できなかったのだ。上手いこと隠されているような所にある洞穴だった。
「キィー」
洞穴の入り口に着地した車(キラーバットだが)へスリスリすると、おはぎコウモリはパッと飛び立ってイアニスの元へ滑空した。洞穴を報告しているようだ。
「これを登るのかい!?」と今度こそ情けない声が下からするのを聞きながら、洞穴の中を覗いてみる。石塊だらけで足場が悪そうだ。ナビ画面だと、ここを伝った先の道はくねくねしていて、本格的な峠道になる。
案外あっさりと登ってきたイアニス(身体強化をかけたらしい。本当に便利だねそれ)に、もうひと頑張りしてもらい洞穴の坂道を抜ける。ややあって、ステルスモードでも通行できるような傾斜へと辿り着いた。
「驚いたね…ハァ……これは、抜け道だ……考えてみれば…あんな場所にあるなら……ハァ、誰も見つけられないに…決まってら…」
「ちょっと休むか」
「車の中で休めるだろう」
「いや鬼かよ…。この先はカーブも多いから、もし腹減ってるなら軽くなんか食え。車酔いするぞ」
「そうか…でも、食欲ないかな…」
「くだらん。乗り物酔いなどした事もないわ」
二人は先に進みたそうだった。水を飲み、イアニスの息が整ったのを見計らって出発する。
この調子だと、目的地に着くのは夕方だろうか。天気が悪いので、辺りはすでに薄暗い。
道はカーブに次ぐカーブだ。ライトとナビを頼りに、右へ左へを繰り返し登っていく。すぐ側が崖や溝で、ましてや標識もガードレールもない。ペーパードライバーにとって、恐ろし過ぎる悪路だった。なるべくスピードは出さず、ハンドルにしがみつくようにして運転に集中する。
数十分も過ぎたろうか。地面から転げ落ちないかだけを気にして進んでいると、道の先に妙なものを見つけた。
ライトに照らされ、行く先の木立に苔むした何かが立っている。ちょうど目の高さくらいにあるそれは、木々や藪しかない中で場違いに目立っていた。
「何だありゃ?なぁ、知ってるか?」
徐行して近づくも、助手席側にあってよく見えない。確認してもらおうとリヒャルトの方へ振り返ると、二人並んで死人のような顔色をしていてギョッとする。それどころでないのは一目瞭然だ。
「うわ、お前ら酔ったな!?今開けるから、もう少し我慢しろ!」
二人はうんともすんとも言わない。口を開いたら最後、とその顔が告げていた。
俺は大慌てでPに入れステルスを解除すると、撃沈している彼らを引きずり下ろした。車の傍にしゃがみ込んだ二人はほどなく「おえええ」の大合唱を繰り広げるのだった。セーフ!
「キキーィ?」
「お前は平気なのか…」
どしたん?とでも言うように、おはぎコウモリは車の中から二人を不思議そうに眺めている。流石コウモリ。普段から逆さまにぶら下がってるやつは、三半規管がつよつよなんだろか。
「うぶえぇ……この、私が……こんな…ぐえ」
「うううぅ、りひー…ほら、水……うぶ」
「よ、寄るなアホ…!」
ひどい有様だ。これじゃ進めないが、こんな森のど真ん中で立ち往生なんて大丈夫だろうか。魔物がやってきても、頼みの綱の二人がこれでは一溜まりもない。
「一通り吐けたら、車の中で休め。ほら」
「いやだ…!」
「ええ~…?」
ステルスモードでやり過ごしてもらおうと声をかけるも、リヒャルトはともかくイアニスまで駄々っ子のように渋りだした。まるで本物の男子高校生だ。
そんな風にぐったりしつつも、彼らは旅慣れた冒険者らしく野営の準備を始めた。少し早いけど、この際夜を明かすという。体調も回復して明るいうちに動けるから、と。
「魔物とか、大丈夫か?こんな所で…」
「うん。…もうここまで来れば…どこも一緒だよ。リヒー、そっちの木に、これかけて…」
「うう…おい、貴様……元気なら、これで…陣でも、張ってろ」
「コレ何?」
手慣れたように、次々と野営グッズが二人のアイテムボックスから登場していく。俺が手渡されたのは、なんと簡易的な魔物避けのスクロールだった。わー、お高そう。
「森での野営なら…常識的な装備だ…」
「持ってないのかい?」
「えーと、目くらましのスクロールなら幾つか買ったけど」
そういえば、ラスタさんから貰ったスクロールには魔物避けはなかったな。麻痺の他に索敵とか、物理・魔法攻撃軽減とかだった。大事に使いたいけど、いざという時身を守るのに役立てなければ意味がない。引っ張り出した方がいいのかな?
「魔物避けは…ダンジョンでは発動しないのが、殆どだけどね…持ってた方が、いいよ…」
「そうなんだ」
「貴様の、すてるすもーどとやらも…ダンジョンもどきでは、通用しないかもな」
「うそ!?」
そんな仕様なのか、ダンジョンてのは。でも魔境ではラスボスのお墨付きを貰うほど問題なく使えたぞ。
…着いたら試してみないと。ステルスモードが使えないなら、残念だが大人しく帰るしかない。
「わぁ、夢があるね…もし使えるのなら、ダンジョン潜り放題じゃないか…」
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