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「ギィ~~ッ!!」
ホッとしていた矢先、至近距離で甲高い鳴き声が上がった。
おはぎコウモリだ。怒ったような声は俺の背中からして、腰を抜かしそうになる。こいつ、くっついてやがった!
驚いて振り払おうとするより先に、おはぎコウモリはやかましく飛び立つ。麻痺してうずくまるリヒャルトに向かっていき、その頭上をパタパタとまとわりついた。
「ギィギィ!ギィギィ!」
何やら怒っているのだけは伝わってくる。
そういえば、この小屋はこいつの住処なんだっけか…今や氷が溶けて水浸しだ。
「ごめんよ。そんなに怒らないでおくれ…そうだ、君が良ければうちに来るかい?うちの納屋はここより広いよ」
「ギギッ!」
「そ、そうか…ごめん」
イアニスが謝り宥めるも、おはぎコウモリはしばらく怒りをおさめなかった。
うるさがったリヒャルトが、ワナワナしながらもアイテムボックスからりんごとトマトを取り出すと、やっと落ち着きを取り戻すのだった。
「さて。こうなったからには、ダンジョンもどきの場所を教えてもらうよ。爺さんの身柄も諦める事。あ、ついでにこの人の持ち物も返してあげてね」
「うぐ………」
「聞き入れてくれないと、解毒薬はあげられないなぁ」
「…………おのれ…」
あ、良かった。俺の荷物のこと覚えててくれたのか。でもついでとか言うな。
うだうだとゴネるかと思われたリヒャルトは、意外にもすんなりイアニスに従った。よほど苦しいのだろうか…。
一方、木箱の裏に避難させられた老人は、この期に及んでガーガーといびきをかいてる。流石にちょっとおかしくないか?
解毒薬を飲み、毒が抜けるまでぼーっとしているリヒャルトを置いて、イアニスは老人を抱え起こそうとしていた。何となく手伝おうと、反対側の腕を持って俺も引き起こす。様子を伺うも、やはり具合が悪そうには見えない。気持ちよく寝ているだけだ。
老人はよく見るとズボンも羽織りも綺麗なものを身につけているが、霜のせいでビショビショだ。身体には刺青のようなものがあり、それがキラキラと光って見えるのだが……俺の目が疲れてんのかな。
「あのー、風邪ひきますよー」
「よほどお祭り好きなんだね…。シャムドフ様の衣装が台無しだ」
また聞き慣れない名前が出てきた。
リヒャルトはお祭りの日にこの人を見つけたと言っていたが、どうもこの土地に祀られた精霊様へ実りの感謝を捧げるお祭りだったらしい。それでこんな格好をしているのか。
お祭り大好き人間が精霊の本格的なコスプレしたあげく泥酔……俺の身内だったらと思うと辛いな、それ。
「仕方ない。リヒャルトが大人しい内に、村役を呼んできて任せるか。ひとっ走り行ってくるよ」
イアニスはそう言うと、「医者もいるかなぁ…」と思案しながらその場を後にする。
突然その場に取り残されてしまった俺は、さっきから一言も発さないリヒャルトの様子を伺う。彼がもたれ掛かる木箱の上では、おはぎコウモリが己の図体ほどもあるトマトに一生懸命かぶりついていた。
「おい、大丈夫か?荷物返して」
不遜な態度はなりを潜め、がっくりと消沈したリヒャルトは小さく唸るだけの返事をした。
正直、同情心など沸きようのない相手だ。しかしそれまでがあまりに偉そうで理不尽な言動をしていたせいか、こうして大人しくなってしまった彼を見ると逆に不安になるのだった。
友人を氷漬けにしようするこいつも、返り討ちにハチの毒をぶっ刺す友人も、二人ともどうかしてるな。
「魔族のケンカってあんななの?やり過ぎだろ…」
「……やつが………言うこと……聞かない、のが……悪い…」
ぼんやりしながらも辿々しく怒りを露わにするリヒャルト。
遅々として紡がれる言葉を根気よく聞いてみると、弱者は強者に従うというのが魔族の習わしなのだそうだ。だから勝った者は負けた者から幾らでも奪い取れて、身分や自由が手に入るのだとか。戦闘民族じゃん。
「…おのれ……おのれ…っ…あんな、やつに……遅れを……とる、なんて…」
ギリギリと悔しそうだ。そうか。敗者は勝者の言うことに従う--これから例の魔境になるというダンジョンもどきへ連行されるのだろう。
「大体なんで魔境なんてつくりたいんだよ?これ以上いらんだろ、あんな危険地帯」
「要るのだ……!要るから、つくるに…決まって……いるだろう…!愚か者め…!」
ずるずると動かしにくそうな身体を前のめりにさせて、リヒャルトは語った。
ふんふん、へぇ。どうやら目的は魔王だったらしい。魔境が7つ揃った時、新たに魔王が現れると。それで魔境を生み出すなんて狂ったことを言っていたのか。
魔王はもう数百年もの間、出現していないという話は聞いた。魔境は世界に4つしかなく、そうホイホイ生まれるもんじゃないという事も。
どう考えても、リヒャルト一人がどうにかできる規模の物とは思えなかった。
「あんたは魔王になりたいのか?」
「……わ、私が…?そうでは、ない……」
「違うのか?じゃあ、魔王なんて呼び出してどうしようってのさ」
「どうも…せんわ!……魔王がいて…魔族を、全ての…ものを、支配する……!それが、本来の…理だ…この世の、在るべき…姿だ」
何だよそれ。魔王ガチ勢め。
不毛なことになりそうだなと思いつつも、色々と気になってしまった俺はリヒャルトへ尋ねた。
「そもそも、なんで7つ揃うと魔王が出るんだ?」
「…は?……なんでって、そういう……言い伝えで…」
「魔境ってそういうパワースポットなのか?巡礼してパワーを集めて魔王になるってこと?」
「知らん…そんな事は……」
「知らんのかよ。じゃあ魔王って…」
「うるっせーな…!さっき、から……何だ貴様は…!あいつみたいに……聞けば何でも、答える……とでも…思ってんのか?……一緒に、するなっ!!」
リヒャルトはお冠だ。何も無いところからするするっと俺の荷物袋を取り出して、びしょ濡れの床へ投げ捨てようとする。おいやめろ!
「もう、良い……目障りだっ……!どこぞへ、行っちま……」
「待たれよ」
突然、知らない声が後ろから上がりリヒャルトの言葉を遮った。
ホッとしていた矢先、至近距離で甲高い鳴き声が上がった。
おはぎコウモリだ。怒ったような声は俺の背中からして、腰を抜かしそうになる。こいつ、くっついてやがった!
驚いて振り払おうとするより先に、おはぎコウモリはやかましく飛び立つ。麻痺してうずくまるリヒャルトに向かっていき、その頭上をパタパタとまとわりついた。
「ギィギィ!ギィギィ!」
何やら怒っているのだけは伝わってくる。
そういえば、この小屋はこいつの住処なんだっけか…今や氷が溶けて水浸しだ。
「ごめんよ。そんなに怒らないでおくれ…そうだ、君が良ければうちに来るかい?うちの納屋はここより広いよ」
「ギギッ!」
「そ、そうか…ごめん」
イアニスが謝り宥めるも、おはぎコウモリはしばらく怒りをおさめなかった。
うるさがったリヒャルトが、ワナワナしながらもアイテムボックスからりんごとトマトを取り出すと、やっと落ち着きを取り戻すのだった。
「さて。こうなったからには、ダンジョンもどきの場所を教えてもらうよ。爺さんの身柄も諦める事。あ、ついでにこの人の持ち物も返してあげてね」
「うぐ………」
「聞き入れてくれないと、解毒薬はあげられないなぁ」
「…………おのれ…」
あ、良かった。俺の荷物のこと覚えててくれたのか。でもついでとか言うな。
うだうだとゴネるかと思われたリヒャルトは、意外にもすんなりイアニスに従った。よほど苦しいのだろうか…。
一方、木箱の裏に避難させられた老人は、この期に及んでガーガーといびきをかいてる。流石にちょっとおかしくないか?
解毒薬を飲み、毒が抜けるまでぼーっとしているリヒャルトを置いて、イアニスは老人を抱え起こそうとしていた。何となく手伝おうと、反対側の腕を持って俺も引き起こす。様子を伺うも、やはり具合が悪そうには見えない。気持ちよく寝ているだけだ。
老人はよく見るとズボンも羽織りも綺麗なものを身につけているが、霜のせいでビショビショだ。身体には刺青のようなものがあり、それがキラキラと光って見えるのだが……俺の目が疲れてんのかな。
「あのー、風邪ひきますよー」
「よほどお祭り好きなんだね…。シャムドフ様の衣装が台無しだ」
また聞き慣れない名前が出てきた。
リヒャルトはお祭りの日にこの人を見つけたと言っていたが、どうもこの土地に祀られた精霊様へ実りの感謝を捧げるお祭りだったらしい。それでこんな格好をしているのか。
お祭り大好き人間が精霊の本格的なコスプレしたあげく泥酔……俺の身内だったらと思うと辛いな、それ。
「仕方ない。リヒャルトが大人しい内に、村役を呼んできて任せるか。ひとっ走り行ってくるよ」
イアニスはそう言うと、「医者もいるかなぁ…」と思案しながらその場を後にする。
突然その場に取り残されてしまった俺は、さっきから一言も発さないリヒャルトの様子を伺う。彼がもたれ掛かる木箱の上では、おはぎコウモリが己の図体ほどもあるトマトに一生懸命かぶりついていた。
「おい、大丈夫か?荷物返して」
不遜な態度はなりを潜め、がっくりと消沈したリヒャルトは小さく唸るだけの返事をした。
正直、同情心など沸きようのない相手だ。しかしそれまでがあまりに偉そうで理不尽な言動をしていたせいか、こうして大人しくなってしまった彼を見ると逆に不安になるのだった。
友人を氷漬けにしようするこいつも、返り討ちにハチの毒をぶっ刺す友人も、二人ともどうかしてるな。
「魔族のケンカってあんななの?やり過ぎだろ…」
「……やつが………言うこと……聞かない、のが……悪い…」
ぼんやりしながらも辿々しく怒りを露わにするリヒャルト。
遅々として紡がれる言葉を根気よく聞いてみると、弱者は強者に従うというのが魔族の習わしなのだそうだ。だから勝った者は負けた者から幾らでも奪い取れて、身分や自由が手に入るのだとか。戦闘民族じゃん。
「…おのれ……おのれ…っ…あんな、やつに……遅れを……とる、なんて…」
ギリギリと悔しそうだ。そうか。敗者は勝者の言うことに従う--これから例の魔境になるというダンジョンもどきへ連行されるのだろう。
「大体なんで魔境なんてつくりたいんだよ?これ以上いらんだろ、あんな危険地帯」
「要るのだ……!要るから、つくるに…決まって……いるだろう…!愚か者め…!」
ずるずると動かしにくそうな身体を前のめりにさせて、リヒャルトは語った。
ふんふん、へぇ。どうやら目的は魔王だったらしい。魔境が7つ揃った時、新たに魔王が現れると。それで魔境を生み出すなんて狂ったことを言っていたのか。
魔王はもう数百年もの間、出現していないという話は聞いた。魔境は世界に4つしかなく、そうホイホイ生まれるもんじゃないという事も。
どう考えても、リヒャルト一人がどうにかできる規模の物とは思えなかった。
「あんたは魔王になりたいのか?」
「……わ、私が…?そうでは、ない……」
「違うのか?じゃあ、魔王なんて呼び出してどうしようってのさ」
「どうも…せんわ!……魔王がいて…魔族を、全ての…ものを、支配する……!それが、本来の…理だ…この世の、在るべき…姿だ」
何だよそれ。魔王ガチ勢め。
不毛なことになりそうだなと思いつつも、色々と気になってしまった俺はリヒャルトへ尋ねた。
「そもそも、なんで7つ揃うと魔王が出るんだ?」
「…は?……なんでって、そういう……言い伝えで…」
「魔境ってそういうパワースポットなのか?巡礼してパワーを集めて魔王になるってこと?」
「知らん…そんな事は……」
「知らんのかよ。じゃあ魔王って…」
「うるっせーな…!さっき、から……何だ貴様は…!あいつみたいに……聞けば何でも、答える……とでも…思ってんのか?……一緒に、するなっ!!」
リヒャルトはお冠だ。何も無いところからするするっと俺の荷物袋を取り出して、びしょ濡れの床へ投げ捨てようとする。おいやめろ!
「もう、良い……目障りだっ……!どこぞへ、行っちま……」
「待たれよ」
突然、知らない声が後ろから上がりリヒャルトの言葉を遮った。
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