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発せられた突飛な言葉に、イアニスは答えあぐねて固まってしまう。彼の糸目が珍しく開いて、アイスグレーの瞳が覗いていた。
「商隊の馬車を襲ったアホどもを駆除した際、荷物から転がった物だ。この僥倖は偶然などではない!いいか、これは」
「ん?あれ、ちょっと待った」
リヒャルトは嬉しそうに水晶玉の説明をしだしたが、イアニスが反応したのは、隣の地図だった。
「この地図、うちにあった物じゃないか?」
「そうだ。この間呼ばれてやった時に持って帰った」
「悪びれもなく窃盗を白状すな!怖いよキミ」
見覚えのある山や街の名に川の形…レダートの大して広くはない領地を詳細に記した地図は、書斎にあったはず。
先日、ひどくしつこく子爵家へ来たがったので執事を拝み倒して家に招いたのだ。そういえば、やけに長くトイレに入ってたなこいつ。
「リヒー…僕らの友情に亀裂を入れたくないんだ、何もなかったことにしてやるから、これは回収するよ」
「友情?笑わせるな、そんな物あるわけないだろう!」
「よく言った。検兵のところへ行こうか。一緒についてってやるから」
「まぁ待て。そして聞け」
机の上で地図の引っ張り合戦を始めながら、リヒャルトは話を続ける。
始まりはリヒャルトの祖母だった。
魔王が存在し魔族が世界を席巻していた時代を生きた祖母から、彼は伝え聞いていた事がある。
「良いか。あの国にはもう一つ、魔境となり得るダンジョンが生まれ出づる。人間どもの目に触れれば潰されかねん。我らが秘密裏に見つけ出し、守らなければならぬ」
敬愛するお祖母様からそんな事を教わったリヒャルトは長年その場所を捜索し、ついに見つけ出した。
「それが…うちの領にあるって?ダンジョンが?んなアホな」
すっかり貴族の物腰を崩して素を出したイアニスが半信半疑で呟く。
半信半疑どころか、全く信じていなかった。イェゼロフ領をはじめこの辺りに、ダンジョンは一つもない。各領主が目を光らせ毎年調査させているが、出てきたという話は聞いたことがなかった。あれば大ニュースだ。
ダンジョンは冒険者を呼び、財を成した冒険者がその地に金を落とす。それでどこも調査を行うが、残念ながら未だに発見された例が無い。
「正確にはまだダンジョンではないが、なりかけだ」
「ああ、やっぱり」
つまり、あるとすれば放っておいてもいずれ消えていくだろう小規模で弱いモノという事だ。
「そんな弱い場所が、どうして魔境になると言うんだい?」
「あの場所は異様だ。かつて集落でもあったのだろうが…何のためにあるのか分からんものがゴロゴロしている」
お前も一目見ればわかる。と自信満々に言うリヒャルトに、イアニスはため息をつく。見ないよ。行かねーよ。
…と言いたいところだけれど、なりかけとはいえダンジョンだ。未発見のものなら報告義務があるが、問題は情報源がこのお騒がせ厄介野郎だという事。そんな真偽不明な報告を、忙しい養父の耳に入れたくない。
跡継ぎでもない身軽な次男坊が確認しに行くのが道理だよなぁ。
この先の展開を既に予測してしまったイアニスは、我知らず天井を仰いだ。
「それで、こいつだ。あの地をダンジョンへと育て上げるにうってつけの物が手に入ったのだ!」
手のひらで机をバシバシ叩いて、リヒャルトは小さな台座におさまった透明な球体をアピールする。
その隙にイアニスはさっと地図を奪い返した。己のためというよりそれは、目の前の男のためであった。窃盗の罪が露見したらただでは済まない。
「魔導のオーブ。劣化版だが、充分役割は果たせるだろう」
「また貴重なマジックアイテムを……商隊の荷物じゃなかったのか?」
「私が命を助けてやったんだから、私のものだ!」
「返してきなさい」
「こいつで魔力の高い者を見つけ出し、ダンジョンもどきへ放り込めば、すくすく育つに違いない。すでに1匹、その辺にいた魔力の高いジジイを拾ってある!」
「そいつも返してきなさい!」
魔導のオーブは、鑑定アイテムとして有名なマジックアイテムだ。国が保有するレベルの物なら、スキルにレベル、年齢や種族、魔力や魔法の所有属性などあらゆる物を知ることができる。
今目の前に置いてある小さなオーブは、触れた物の魔力に関するものしか測れないらしい。
「もう分かるな?今はジジイ1匹で済んでいるが、これから回収した人間どもを囲っとく場所が必要になる。なんとか用意しろ!」
「こんのバカタレ…」
そんなことに手を染めれば、立派な誘拐補助。そして軽く言っているが、人間をダンジョンもどきへ放り込むという行為は立派な殺人である。しかも死体が残らない悪質なやつ。
そこん所わかってるのかこいつは。…どうでもいいんだろうな。完全に暴走してる。
「リヒー…残念だけど、僕にそんな物を用意できる甲斐性は無いよ。職権乱用ができる立場ではないんだ、ご存知の通り」
「ふん、役立たずめ…では人間の回収を手伝え」
「だからそれは、」
「関わらないというなら、ダンジョンの場所は教えられんな!」
「………あ~、もう」
まさかもう手を下していないだろうな。イアニスが恐る恐る尋ねると、リヒャルトはまだ人間をその地に食わせた事はないという。ホッとした。
「今までは狩った魔物を放り込み、小規模ダンジョン状態を維持してきた。だがそれでは、育つのに年月がかかりすぎる」
「そうか……僕はそれで良いと思うけどな。ダンジョンってそういうモノだろう?」
「バカをいえ!下手したら枯れてしまうではないか。それではいかんのだ。魔境にふさわしい、魔力の坩堝へと育てねばならんのだっ」
「商隊の馬車を襲ったアホどもを駆除した際、荷物から転がった物だ。この僥倖は偶然などではない!いいか、これは」
「ん?あれ、ちょっと待った」
リヒャルトは嬉しそうに水晶玉の説明をしだしたが、イアニスが反応したのは、隣の地図だった。
「この地図、うちにあった物じゃないか?」
「そうだ。この間呼ばれてやった時に持って帰った」
「悪びれもなく窃盗を白状すな!怖いよキミ」
見覚えのある山や街の名に川の形…レダートの大して広くはない領地を詳細に記した地図は、書斎にあったはず。
先日、ひどくしつこく子爵家へ来たがったので執事を拝み倒して家に招いたのだ。そういえば、やけに長くトイレに入ってたなこいつ。
「リヒー…僕らの友情に亀裂を入れたくないんだ、何もなかったことにしてやるから、これは回収するよ」
「友情?笑わせるな、そんな物あるわけないだろう!」
「よく言った。検兵のところへ行こうか。一緒についてってやるから」
「まぁ待て。そして聞け」
机の上で地図の引っ張り合戦を始めながら、リヒャルトは話を続ける。
始まりはリヒャルトの祖母だった。
魔王が存在し魔族が世界を席巻していた時代を生きた祖母から、彼は伝え聞いていた事がある。
「良いか。あの国にはもう一つ、魔境となり得るダンジョンが生まれ出づる。人間どもの目に触れれば潰されかねん。我らが秘密裏に見つけ出し、守らなければならぬ」
敬愛するお祖母様からそんな事を教わったリヒャルトは長年その場所を捜索し、ついに見つけ出した。
「それが…うちの領にあるって?ダンジョンが?んなアホな」
すっかり貴族の物腰を崩して素を出したイアニスが半信半疑で呟く。
半信半疑どころか、全く信じていなかった。イェゼロフ領をはじめこの辺りに、ダンジョンは一つもない。各領主が目を光らせ毎年調査させているが、出てきたという話は聞いたことがなかった。あれば大ニュースだ。
ダンジョンは冒険者を呼び、財を成した冒険者がその地に金を落とす。それでどこも調査を行うが、残念ながら未だに発見された例が無い。
「正確にはまだダンジョンではないが、なりかけだ」
「ああ、やっぱり」
つまり、あるとすれば放っておいてもいずれ消えていくだろう小規模で弱いモノという事だ。
「そんな弱い場所が、どうして魔境になると言うんだい?」
「あの場所は異様だ。かつて集落でもあったのだろうが…何のためにあるのか分からんものがゴロゴロしている」
お前も一目見ればわかる。と自信満々に言うリヒャルトに、イアニスはため息をつく。見ないよ。行かねーよ。
…と言いたいところだけれど、なりかけとはいえダンジョンだ。未発見のものなら報告義務があるが、問題は情報源がこのお騒がせ厄介野郎だという事。そんな真偽不明な報告を、忙しい養父の耳に入れたくない。
跡継ぎでもない身軽な次男坊が確認しに行くのが道理だよなぁ。
この先の展開を既に予測してしまったイアニスは、我知らず天井を仰いだ。
「それで、こいつだ。あの地をダンジョンへと育て上げるにうってつけの物が手に入ったのだ!」
手のひらで机をバシバシ叩いて、リヒャルトは小さな台座におさまった透明な球体をアピールする。
その隙にイアニスはさっと地図を奪い返した。己のためというよりそれは、目の前の男のためであった。窃盗の罪が露見したらただでは済まない。
「魔導のオーブ。劣化版だが、充分役割は果たせるだろう」
「また貴重なマジックアイテムを……商隊の荷物じゃなかったのか?」
「私が命を助けてやったんだから、私のものだ!」
「返してきなさい」
「こいつで魔力の高い者を見つけ出し、ダンジョンもどきへ放り込めば、すくすく育つに違いない。すでに1匹、その辺にいた魔力の高いジジイを拾ってある!」
「そいつも返してきなさい!」
魔導のオーブは、鑑定アイテムとして有名なマジックアイテムだ。国が保有するレベルの物なら、スキルにレベル、年齢や種族、魔力や魔法の所有属性などあらゆる物を知ることができる。
今目の前に置いてある小さなオーブは、触れた物の魔力に関するものしか測れないらしい。
「もう分かるな?今はジジイ1匹で済んでいるが、これから回収した人間どもを囲っとく場所が必要になる。なんとか用意しろ!」
「こんのバカタレ…」
そんなことに手を染めれば、立派な誘拐補助。そして軽く言っているが、人間をダンジョンもどきへ放り込むという行為は立派な殺人である。しかも死体が残らない悪質なやつ。
そこん所わかってるのかこいつは。…どうでもいいんだろうな。完全に暴走してる。
「リヒー…残念だけど、僕にそんな物を用意できる甲斐性は無いよ。職権乱用ができる立場ではないんだ、ご存知の通り」
「ふん、役立たずめ…では人間の回収を手伝え」
「だからそれは、」
「関わらないというなら、ダンジョンの場所は教えられんな!」
「………あ~、もう」
まさかもう手を下していないだろうな。イアニスが恐る恐る尋ねると、リヒャルトはまだ人間をその地に食わせた事はないという。ホッとした。
「今までは狩った魔物を放り込み、小規模ダンジョン状態を維持してきた。だがそれでは、育つのに年月がかかりすぎる」
「そうか……僕はそれで良いと思うけどな。ダンジョンってそういうモノだろう?」
「バカをいえ!下手したら枯れてしまうではないか。それではいかんのだ。魔境にふさわしい、魔力の坩堝へと育てねばならんのだっ」
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