34 / 116
ボンボンと令息
しおりを挟む
朝が来た。出発の日だ。
ベッドが名残惜しすぎるが、頑張って起き上がり支度をした。革の防具は見た目にそぐわすフリーサイズだ。「テオドラ」で教わった通りの手順でトレーナーの上に装着して、上着を着る。
ここへ来た時とは見違えるほど、旅人装束である。
朝食をとった後、奥さんの弁当を受け取って「花売りコカトリス亭」を出る。来た時と同じく、気さくな挨拶で見送られた。お世話になりました。
飲用水を補給した後、街の門へ向かう。入った時のとは別の、反対側にある門だ。
カードを見せたりすることもなく、レンガ造りの門をくぐって外へと抜けた。
門の外は賑やかだった。検問を待つ人の列が長く、辺りには屋台まで出てわいわいしている。反対側とは大違いだ。
「そうか…向こうは荒地があるだけだけど、こっち側は国の中央だもんな」
集落や村もポツポツと点在するから、そこから人が来るんだろう。屋台のいい香りの中を通り、やや整備された街道を歩く。
周囲はやはり見晴らしのいい平原で、林や木立が点在している。空はどんよりと曇って、今にも降りそうだ。
そんな空模様から視線を外し、遠目に広がる林に目をつける。あの中なら人目につかなそうだな。早いとこ車に乗り込むべく街道から逸れて歩き出した、その時だ。
「おい!そこの人間!」
嵐のような男に声をかけられたのは。
ーーー
時は遡り、島屋がドルトナの街を目指して疲労や尻の痛みに耐えながら車を走らせていた頃。
はるか東の街イェゼロフでは、一人の若者が賑わう通りを闊歩していた。
青みがかった黒髪に、宝玉のような深紅の瞳。貴族の装いを纏った若者はしかし共も付けず、不機嫌そうな顔を引っさげてずんずんと通りを行く。
やがて彼が入り込んだのは、学舎として解放されている建物だった。この街に数カ所あるうちの一軒だが、いずれもそうである様にここも閑散としている。
「うわっ、でた」
「また来たなー、じしょーきぞくおじさん」
「リヒャルト、じゃましないでよ」
数人の子供たちが授業から顔を上げて若者ーーリヒャルト・グウィストンへ言い放つ。
「黙れクソガキども。誰がおじさんだ」
「今年で46だろー?」
「おっさーん」
「ジジイ!」
「とうのたった独身中年」
「やかましい!」
子供たちに便乗しリヒャルトを中年呼ばわりしたのは、若い教師だ。柔和な笑みを浮かべ、子供たちに読み書き計算を教える彼もまたリヒャルトと同じ魔族だった。ちなみに年齢も同じくらいだ。
二人が実年齢にそぐわず10代後半の容姿をしているのは特別なことではなく、魔族が人より長寿の種族である所以だった。魔族としては若者でも、人間からしたら二人ともおっさんである。
「人間のガキ2・3匹相手に時間を割くなど、理解できん……おい、チビども。私はこの男に用がある。とっとと巣に帰って、人間らしく芋でも耕してろ」
「ブーブー!」
「ひっこめー」
「じゃましないでっ!」
「リヒー、せっかく来てくれて悪いけど、みんなの授業はまだ少し残ってるよ。よければそこにかけて、大人しく待っていてくれないか」
「そうだそうだー!すっこんでろ、ばーか」
「うん。つまりそういう事だね」
「貴様ら……!」
リヒャルトは憤慨した。
これだから人間の街は嫌だ。本来ならば家畜か奴隷程度の存在が、さも己が上位種であるかのように振る舞っている。挙げ句の果てには自分に向かって「おっさん」だの「ばーか」だの…!
つーか魔族のくせに何馴染んでんだこの男は!そういう事だね、じゃないわ!
「この私を誰だと思ってーー」
「できたよ、レダートさまっ、これあってますか?」
「どれどれ」
「あっ、わかった!レダートさまっ、オレもできたっ。今度こそぜったいあってるぞっ」
わやわやと3人の子供たちが、若い教師へ親しげに計算の回答を見せる。リヒャルトへ向けた辛辣な態度とは正反対で、きちんと尊敬しているのが伺える。
それもそのはずで、彼はこの国の歴とした貴族令息だ。イェゼロフ辺境伯家に連なる、レダート子爵家の次男イアニス・レダートは奉仕活動として子供への無料教室に従事していた。
対してリヒャルトは、かつて魔王の領地を賜った貴族の生まれだが…つまりは何百年も前に滅んだ魔王と共に、爵位はとうに失われている。
己を由緒正しい貴族だと信じているのは本人だけで、当然この国では認められていないのだった。
なのでイライラと席の一つに大人しく座り、しょぼ教師とチビガキ数匹のやりとりが終わるのを待つしかなかった。
相手は庶民の子供。文字や計算を教わる機会は、本人の強い意志でも無い限り訪れない。皆生活の為に働くのを優先するのが当たり前で、故に何処の学舎もスカスカなのが現状なのだ。
「じゃあなー、レダートさま」
「ありがとうございました、さようなら!レダートさま」
「レダートさま、またねー!」
「ああ、またおいで。みんな気をつけてね」
「はいっ」「はぁーい!」「はい!」
ボードとペンを教室の隅へ片付けると、子供たちは忙しなく帰っていく。パタパタと出ていく際「リヒャルトもあばよー」「レダートさまを困らせるなよ、おっさん」「ふーんだ」と傲慢ちきな魔族にも律儀に声をかけていった。
リヒャルトは舌打ちで返事をすると、胡乱な目でイアニスを見上げた。
「いつまでこんな時間の浪費を続けるんだ貴様は」
「勿論、許される限り続けるさ。みんな素直で可愛くてね、僕の癒しの時間だよ」
細い目をさらに細めて笑みを浮かべるイアニスは穏やかにそう言うと、リヒャルトの向かいの席に腰を下ろす。
こうしていると、王都の学院で寝食を共にしていた頃を思い出す。今と変わらず魔族である事を誇りとしていた友人は、今以上に浮いていた。せめて人間を貶すような態度さえなければ…と何度思ったことか。
「それで、今日はどうしたんだい?」
「これを見ろ」
リヒャルトは己のアイテムボックスから何かを取り出し、机の上に広げた。
それは年季の入った地図と、紋様の刻まれた水晶玉だった。
「ついに5つ目の魔境を生み出す時が来た!」
ベッドが名残惜しすぎるが、頑張って起き上がり支度をした。革の防具は見た目にそぐわすフリーサイズだ。「テオドラ」で教わった通りの手順でトレーナーの上に装着して、上着を着る。
ここへ来た時とは見違えるほど、旅人装束である。
朝食をとった後、奥さんの弁当を受け取って「花売りコカトリス亭」を出る。来た時と同じく、気さくな挨拶で見送られた。お世話になりました。
飲用水を補給した後、街の門へ向かう。入った時のとは別の、反対側にある門だ。
カードを見せたりすることもなく、レンガ造りの門をくぐって外へと抜けた。
門の外は賑やかだった。検問を待つ人の列が長く、辺りには屋台まで出てわいわいしている。反対側とは大違いだ。
「そうか…向こうは荒地があるだけだけど、こっち側は国の中央だもんな」
集落や村もポツポツと点在するから、そこから人が来るんだろう。屋台のいい香りの中を通り、やや整備された街道を歩く。
周囲はやはり見晴らしのいい平原で、林や木立が点在している。空はどんよりと曇って、今にも降りそうだ。
そんな空模様から視線を外し、遠目に広がる林に目をつける。あの中なら人目につかなそうだな。早いとこ車に乗り込むべく街道から逸れて歩き出した、その時だ。
「おい!そこの人間!」
嵐のような男に声をかけられたのは。
ーーー
時は遡り、島屋がドルトナの街を目指して疲労や尻の痛みに耐えながら車を走らせていた頃。
はるか東の街イェゼロフでは、一人の若者が賑わう通りを闊歩していた。
青みがかった黒髪に、宝玉のような深紅の瞳。貴族の装いを纏った若者はしかし共も付けず、不機嫌そうな顔を引っさげてずんずんと通りを行く。
やがて彼が入り込んだのは、学舎として解放されている建物だった。この街に数カ所あるうちの一軒だが、いずれもそうである様にここも閑散としている。
「うわっ、でた」
「また来たなー、じしょーきぞくおじさん」
「リヒャルト、じゃましないでよ」
数人の子供たちが授業から顔を上げて若者ーーリヒャルト・グウィストンへ言い放つ。
「黙れクソガキども。誰がおじさんだ」
「今年で46だろー?」
「おっさーん」
「ジジイ!」
「とうのたった独身中年」
「やかましい!」
子供たちに便乗しリヒャルトを中年呼ばわりしたのは、若い教師だ。柔和な笑みを浮かべ、子供たちに読み書き計算を教える彼もまたリヒャルトと同じ魔族だった。ちなみに年齢も同じくらいだ。
二人が実年齢にそぐわず10代後半の容姿をしているのは特別なことではなく、魔族が人より長寿の種族である所以だった。魔族としては若者でも、人間からしたら二人ともおっさんである。
「人間のガキ2・3匹相手に時間を割くなど、理解できん……おい、チビども。私はこの男に用がある。とっとと巣に帰って、人間らしく芋でも耕してろ」
「ブーブー!」
「ひっこめー」
「じゃましないでっ!」
「リヒー、せっかく来てくれて悪いけど、みんなの授業はまだ少し残ってるよ。よければそこにかけて、大人しく待っていてくれないか」
「そうだそうだー!すっこんでろ、ばーか」
「うん。つまりそういう事だね」
「貴様ら……!」
リヒャルトは憤慨した。
これだから人間の街は嫌だ。本来ならば家畜か奴隷程度の存在が、さも己が上位種であるかのように振る舞っている。挙げ句の果てには自分に向かって「おっさん」だの「ばーか」だの…!
つーか魔族のくせに何馴染んでんだこの男は!そういう事だね、じゃないわ!
「この私を誰だと思ってーー」
「できたよ、レダートさまっ、これあってますか?」
「どれどれ」
「あっ、わかった!レダートさまっ、オレもできたっ。今度こそぜったいあってるぞっ」
わやわやと3人の子供たちが、若い教師へ親しげに計算の回答を見せる。リヒャルトへ向けた辛辣な態度とは正反対で、きちんと尊敬しているのが伺える。
それもそのはずで、彼はこの国の歴とした貴族令息だ。イェゼロフ辺境伯家に連なる、レダート子爵家の次男イアニス・レダートは奉仕活動として子供への無料教室に従事していた。
対してリヒャルトは、かつて魔王の領地を賜った貴族の生まれだが…つまりは何百年も前に滅んだ魔王と共に、爵位はとうに失われている。
己を由緒正しい貴族だと信じているのは本人だけで、当然この国では認められていないのだった。
なのでイライラと席の一つに大人しく座り、しょぼ教師とチビガキ数匹のやりとりが終わるのを待つしかなかった。
相手は庶民の子供。文字や計算を教わる機会は、本人の強い意志でも無い限り訪れない。皆生活の為に働くのを優先するのが当たり前で、故に何処の学舎もスカスカなのが現状なのだ。
「じゃあなー、レダートさま」
「ありがとうございました、さようなら!レダートさま」
「レダートさま、またねー!」
「ああ、またおいで。みんな気をつけてね」
「はいっ」「はぁーい!」「はい!」
ボードとペンを教室の隅へ片付けると、子供たちは忙しなく帰っていく。パタパタと出ていく際「リヒャルトもあばよー」「レダートさまを困らせるなよ、おっさん」「ふーんだ」と傲慢ちきな魔族にも律儀に声をかけていった。
リヒャルトは舌打ちで返事をすると、胡乱な目でイアニスを見上げた。
「いつまでこんな時間の浪費を続けるんだ貴様は」
「勿論、許される限り続けるさ。みんな素直で可愛くてね、僕の癒しの時間だよ」
細い目をさらに細めて笑みを浮かべるイアニスは穏やかにそう言うと、リヒャルトの向かいの席に腰を下ろす。
こうしていると、王都の学院で寝食を共にしていた頃を思い出す。今と変わらず魔族である事を誇りとしていた友人は、今以上に浮いていた。せめて人間を貶すような態度さえなければ…と何度思ったことか。
「それで、今日はどうしたんだい?」
「これを見ろ」
リヒャルトは己のアイテムボックスから何かを取り出し、机の上に広げた。
それは年季の入った地図と、紋様の刻まれた水晶玉だった。
「ついに5つ目の魔境を生み出す時が来た!」
11
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説

神様の願いを叶えて世界最強!! ~職業無職を極めて天下無双する~
波 七海
ファンタジー
※毎週土曜日更新です。よろしくお願い致します。
アウステリア王国の平民の子、レヴィンは、12才の誕生日を迎えたその日に前世の記憶を思い出した。
自分が本当は、藤堂貴正と言う名前で24歳だったという事に……。
天界で上司に結果を出す事を求められている、自称神様に出会った貴正は、異世界に革新を起こし、より進化・深化させてほしいとお願いされる事となる。
その対価はなんと、貴正の願いを叶えてくれる事!?
初めての異世界で、足掻きながらも自分の信じる道を進もうとする貴正。
最強の職業、無職(ニート)となり、混乱する世界を駆け抜ける!!
果たして、彼を待っているものは天国か、地獄か、はたまた……!?
目指すは、神様の願いを叶えて世界最強! 立身出世!
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)

日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。
スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。
地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!?
異世界国家サバイバル、ここに爆誕!

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

平和国家異世界へ―日本の受難―
あずき
ファンタジー
平和国家、日本。 東アジアの島国であるこの国は、厳しさを増す安全保障環境に対応するため、 政府は戦闘機搭載型護衛艦、DDV-712「しなの」を開発した。 「しなの」は第八護衛隊群に配属され、領海の警備を行なうことに。
それから数年後の2035年、8月。
日本は異世界に転移した。
帝国主義のはびこるこの世界で、日本は生き残れるのか。
総勢1200億人を抱えた国家サバイバルが今、始まる――
何番煎じ蚊もわからない日本転移小説です。
質問などは感想に書いていただけると、返信します。
毎日投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる