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さらばベラトリア

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こうして、突然起きたゴタゴタは丸く収まった。

ハニワと魔石のおかげでガソリンメーターはだいぶ回復したが、フルではない。MPを完全に回復させたら、ついにこの魔境を出発する事にした。
決行日は明日だ。夜中に出発して、日の昇っている時間帯に地上を目指す。
日本にいた頃一度だけ夜の飛行機に乗ったことがあったが、窓の外が真っ暗で着陸間際になっても地面が見えずハラハラしたのをよく覚えている。あんな思いはしたくなかった。

「そうか。ダイコウはもういいのか?」
「はい、もう止めときます。いい加減怪我しそうだ」

ほかほかと湯気の上がるお茶を飲みながら、二人で色々と話をする。ラスタさんの淹れてくれるお茶も、これで飲みおさめだ。この金ピカゴブレットともお別れである。

ジズを代行できるようになった今、ドルトナへの所要時間は5時間弱になっていた。ハイスペック過ぎる。
これ以上欲をかいて、危険なレベル上げをする必要もないだろう。

「分かった。あとはドラグーンメイルでも、と思ってたんだが…シマヤがそう言うなら」

ラスタさんはどこか残念そう。いやいや、おかげさまで十分だから。
…ていうか、ドラグーンメイルにジズにヘルパピヨンって、覚えてるぞ。少女ボスがニヤニヤしながら立案した魔物狩りツアーと内容一緒だぞ。やっぱりスパルタじゃないか!

まあいいや。それは置いといて…。
5時間で到着するといっても、ジズになりっぱなしにはできない。街のそばにジズが出たとなれば、大騒ぎになるからだ。

「降りてしばらくは人気の無い谷だから平気だと思うが、街に近くなったら控えた方がいい」
「そうですか…」

この辺の地上は谷なんだな。ラスタさんは一体どうやって来たんだろう。

「あ、そうだ。すみません。俺さっき魔石を勝手に使わせて貰いました」
「魔石?」

ハニワ人形が魔石をMPに還元してくれる事を教えると、持ち合わせの魔石をいくつか融通してくれた。

「もともとあげるつもりでいた。ほら。これに色々見繕ってみたんだ」

そう言って、寝袋のような袋を俺に渡す。おわぁ!路銀!
ずしりとした布袋の中には、ミントグリーンの石が留まった魔力回復の指輪が3個、スクロールが20枚程、ポーション類が10本ずつ、そして詰めれるだけの金塊や宝飾品たちが入っている。
それとは別に、パンパンに魔石が詰まった巾着もくれた。

「お、多くないですか…?」
「問題ない。まだ欲しかったら言ってくれ」

ブンブンと勢いよく首を振る。「じゃあもう一袋ください」とか言ったら、平気でくれそうだ。
こんなに貰えるだけでも、どれだけホッとするか。暫くはこれで食い繋いでいける。ああ良かった。

「本当に、ありがとうございます」

大変ありがたく、受けとらせて頂きます。

何と、ラスタさんは餞別だと言ってお風呂を用意してくれるそうだ。サウナみたいなやつでなく、お湯を張るあのお風呂だ。ひゃっほい。風呂好き日本人、大歓喜である。

「思った以上に喜ぶな」
「命の洗濯です」
「そこまでか?」
「はい」

一人だと用意するのがめんどくさいから、あまりやらないらしい。
俺も面倒でシャワーだけの時とかはあったけど、濡らした布一枚で体を拭いて終わりというのは全く馴染みが無かった。だからこそありがたい。

隣の家へ移動すると、風呂場らしきタイル張りの部屋があって、大きな石作りの桶が置かれている。バスタブだ。
シンプルなバスタブを見ている俺に、ラスタさんは「はい」と何かを差し出した。

思わず受け取ったのは、短い杖。30センチくらいで、先端に拳ほどもある青い結晶がはめ込まれている。魔石かな。

「えっと…」
「ウォーターボールを撃てるマジックアイテムだ」
「こ、この中に撃っちゃっていいんですか?」
「どうぞ」

俺はバスタブめがけて杖をひょいと振る。
しかし、何も起こらなかった。悲しい。

「えーっと……」
「魔力を込めたか?」

そんな「電源入れたか?」みたいに言われても…。杖には勿論、スイッチなど付いてない。
そういえば、俺は魔力で車を動かしてるんだよな…しかし、車に乗っている時はただ運転しているだけで、魔力を使ってるなんて意識は毛ほどもないのだ。

困ったな。こうなったらもう、フィーリングでやるしかない。
伊達にマンガ大国、日本で25年生きてきたわけでない。魔法だの呪力だのオーラだのは、少年漫画で散々読んできた。こういうのはなんかアレだ、全身に巡らせてから、外に出すのだ。

子供の頃夢中になったマンガのシーンを参考に、イメージを膨らませる。全身に力が通うイメージ。それを右手と右手に持った杖へ巡らせるイメージ。

「ふんっ」

もう一度杖を振ると、結晶が光り輝いた。バスケットボールほどの水の球がその周りから生まれ、浴室の壁に勢いよく当たる。
やった!漫画オタクで良かった。

しかし、水の溜め方が意外だ。これって攻撃に使うものだよなきっと。
俺は狙いを定めて、バスタブの中へ水の球を繰り出す。バンッ、バンッと5・6回ほど撃って、何とか水がいい感じに溜まった。辺りはすっかりびしょ濡れだ。

「これくらいで大丈夫ですかね…とわっ!」

その時、指に衝撃が走って思わず奇声を上げる。見ると魔力回復の指輪が粉々に砕けていた。
今ので寿命だったようだ。

「凄いな。2、3日で使い潰せるものじゃないのに」
「えっ、すみません」
「責めてるんじゃない。シマヤの魔力量は凄いという話だよ。下手をしたら、魔族に間違われるかもな」
「魔族ぅ?」

魔族は、魔力に優れた種族で、魔物を使役したりヒト族には使えない魔法を使ったりできるらしい。魔物と同じく身体に魔石を有し恐れられて来たが、今では普通に人間の国でも暮らしている。
勇者がヒトや亜人種から出るのに対し、魔王は魔族から出るのだとか。

「フフフ!こんなしょぼいペテン師が魔族など、聞いて呆れるのう」

ひょい、と窓枠から身を乗り出して、少女ボスが現れた。どっから入ってんだ。

「ただのペテン師なら、ウォーターボールをこんなに何発も撃てないだろう」
「そんな事より、それも没収ぞ!」
「全部持っていく気かよ…」
「お主こそ、いくつ隠し持っておるのだ、いい加減にせんか!」

ラスタさんは苦々しげに呟くが、少女ボスは気にした風もなく一喝する。俺から杖を奪い取ると、さっさと行ってしまった。コンビニに戻ったのだろう。

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