ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな

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魔境のボスとリタイア勇者

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「冒険者……俺が?」
「違うのか?」
「全然違います」
「ふーん。では迷子か?」

迷子。情けない響きだが、寸分違わぬ迷子だから仕方ない。

「そ、そうです。突然来てしまってここが何処かも分からなくて……出口を探していたんです」
「おお、それで迷い込んだのが最奥とは、気の毒な。出口なら、ボスであるわしを倒さねば開かぬぞ」
「ボ、ボス?」

この子が?
俺はニコニコと見下ろす少女に目を剥く。
いや、言動からしてもう一般人でないのは察してたけど、モンスターの類って事か。全く見えない。

というか、ここが最奥って言わなかった?出口って設定したのに…何してくれてんだよあのナビ。不良品じゃん。

「そんなの無理です……」
「だろうな。わしも負ける気がせんわ。冒険者どころか、迷子の只人ではな」

どんまい、と言った感じで手を叩く少女。

「よし。わしを討伐しに来たわけでないのなら、いっそこのまま歓迎しようではないか。そうしようそうしよう」
「いいのか?」

突然車の影から男の声がして、俺は再び飛び上がった。
慌ててそっちを見ると、若い男が立っている。車の死角になるところに隠れていたようで、全く気が付かなかった。

背丈は俺と同じほどだが、恐らく年下だろう。落ち着いた茶色の髪に、緑色の目。知らない間に無表情で近くまで来ていたのは恐ろしいが、どうやら害意があるわけではなさそうだ。少女の保護者か?

「いいさ。非力で無害だ。そも突然現れた此奴には、わしの十八番が効かぬ。お主の時のようにはいかんからな」
「……わかった」

何やら納得した様子。

無表情マンを伺う俺の様子に気がついた少女が、彼を紹介してくれる。

「おお。此奴はお主の前の到達者だ。外の世界ではかつて『勇者』と持て囃されておったそうだぞ。まぁ、仲良うせい」

軽く会釈される。いい人そうだけど、今はそうじゃない。

「はい。あの、でも、外の世界へ出るにはどうすればいいか、教えてもらえませんか?」
「さっき言うた通りよ。…あのなぁ、ここは魔境で、わしはそのボスじゃぞ?帰りたいなどと抜かす愚か者に、懇切丁寧に教えてやる道理はないわ」
「す、すみません…」

呆れたように言う美少女ボスに、俺は平謝りする。

魔境のボスに、冒険者か。…なるほど。RPGでいうなら、「フハハハ!ここで朽ち果てるがいい!」と向かってくるボスキャラに「にげる」を選択してるようなもんか。大抵、「にげられなかった!」て出るやつ。

でも、その魔境というのがイマイチよく分からん。

「あの、俺はあまり物をよく知らなくて……魔境って何ですか?」
「はあ?」

少女ボスは本当に驚いたようで、ニコニコ顔がポカンと様変わりする。大きく見開いた紫の瞳が、宝石のようだ。
そんな彼女の代わりに、勇者くんが答えてくれた。

「進化したダンジョンの事だよ。世界に4つだけある。ここはその内の1つだ」
「ダンジョンっていうと…?」
「………ダンジョンも知らないのか?ダンジョンは生き物を誘き寄せて取り込む魔の空間。魔物の一種だよ」

彼の話はこうだ。
ダンジョンは洞窟や朽ち果てた遺跡などに発生し、モンスターを生み出す。そのモンスターを倒すとお宝が出現する。それもダンジョンが生み出すもので、それを目的に挑む者たちは大勢いる。
しかし、そのダンジョン内部で途絶えた命は養分として吸収されるため、影も形も残らない。恐ろしい場所だ。

そうして養分を蓄え育ったダンジョンは強大な亜空間となっていき、それが魔境と呼ばれる。
世界で確認されている魔境は4つで、そのうちの一つであるここは「空中都市」と呼ばれている。
因みにマチュピチュ的なやつではなく、空にドカンと浮いてるらしい。

はえー、と聞いていると、少女ボスがため息をついた。クソデカため息だ。

「そんな事も知らずにここへ辿り着いたと言うのか……ノコノコ迷い込んだ弱者のくせに」
「そんな訳ないだろう。迷子が来れる所じゃない。この人の実力だ」
「フン…確かに。今此処におる。その結果が全てだの」

すみません。普通にただの迷子です。
おっさんに問答無用ですっ飛ばされてここにいるだけです。
…なんて心の中で呟くも、どう説明すれば良いのかわからない。黙っとけ黙っとけ。

俺の心中なぞつゆ知らずな少女ボスは軽やかに飛び降りると、開けっぱなしの車のドアから中を覗き込んだ。

「どれどれ、見せてくれ…狭いのう。色々付いてるのう」
「あ、そこ運転席で危ないんで…助手席へどうぞ」

まるで知らないおもちゃを前にした子どものようだ。
俺は慌てて回り込んで助手席のドアを開けたが、少女ボスは運転席からズリズリと行儀悪く助手席へおさまった。サイドブレーキを思いっきり蹴飛ばして。危ねぇなおい。

「ほー、狭いが、座り心地は悪く無い。この毛玉は何だ?魔力があるな。お主、これでどうやって隠れたのだ?おい、どうだ、わしが見えとるか?」

ピコのティッシュカバーを抱えて、勇者くんに笑顔で手を振る美少女。側から見れば、長閑な光景だ。

「丸見えだ。これはその人のスキルなんだから、その人じゃなきゃ使えないよ」

勇者くんは冷静にそう答えている。

「金属製の箱にしか見えないけど…間違いなくこの人の魔力で作られてる。馬の襲歩以上の速さで走れるみたいだ」

ハニワを引っ張る少女を止めようとしていた俺は、その勇者くんの言葉に衝撃を受けた。

「なっ、何でそんなことが分かるの?!君、コレの事知ってんの?」

突然前のめりで大声を上げた俺にも、勇者くんは冷静だ。

「いえ、鑑定してみただけ。あなたのスキルも称号も、初めて見たから俺は知らない」
「か、鑑定ってどういうこと?車体価格出したの?」
「お主、さっきからラチがあかんの~」

何なら知っとるんじゃ、と呆れ果てた顔で少女は言う。表情の乏しい勇者くんも、若干引いてるような気がする。
俺は手に持っていた初心者マークを二人に掲げ、腹の底から声を出した。

「なんっにも知りません!教えてください!」

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