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 王都内にある大公家屋敷。
 私はそこで数日の間、ウィルの主治医として過ごしていた。

 ウィルが王宮に出向く間、散歩をする私に向けられる視線は絶える事は無く……やがてソレにヒソヒソとした会話が含まれるようになってきていた。

「主治医と言って、愛人を連れ込むなんて幻滅だわ」
「あらやだ、あんな年増女が愛人な訳ないじゃない」

 そんな声が私本人に聞こえるように囁かれ、私は頭をポリポリとかいた。

 戦場、疫病の前線、長くそんな場でいる間に婚期を逃しきったのは言い逃れ用の無い事実なのだから仕方がない。

「いいつけちゃえば?」

 背後からレイが急に現れ、耳元に囁きながら、にっこりと人懐こい笑みを無駄口をたたいていた侍女に向け手をひらひらと振りだすから、侍女達は罰が悪そうな表情と顔色で引きつった笑みを返していた。

 零れる溜息。

「いいわよ。 事実なんだから」

「でもさ、ずっと一緒に生きてきたんだ。 もうずっと妻のようなもんじゃないか、主張してもいいんじゃない」

「それだと私、7歳の頃に閣下の元に嫁いだ事になるわよ。 それに、それって勘違いした痛い女のする事よ」

 そう言えば、ちゃんと笑う事が出来た。

「では奥様、閣下がお帰りになりましたよ。 お茶にいたしませんか? と、おっしゃっておりましたがいかがいたしましょうか?」

 等とウィンク付きでレイは私に言うから、私は肩を竦めながらも笑うのだ。 何時だって彼は……いえ、彼等はこうやってふざけて来た。 だから、私は……妙な勘違いを何時だってしそうになって、必死に自分に言い聞かせる事になるのだ。

「あ~~、閣下がご結婚なされても、奥様が私を受け入れて下さればよいのだけど」

 そう言えば今度は、私がしたようにレイが肩を竦めて、そして苦々しく笑って見せたのだった。





「貴族の間で有名だと噂の菓子店で菓子を買って来たぞ、お茶にしよう」

 ウィルはそう笑いながら私を手招きする。

「レイ、お前も来い」

 私達にとっては幼い頃から彼はこうだったのだけど、やはりお茶の準備をしていた侍女は顔をしかめるのだ。

「それで、この間の侍女は?」

「あぁ、教育のなっていない侍女は必要ないと突き返してきた。 主とその客人を不快にさせる等ありえない、家門ごと俺に喧嘩を売っているなら受けてたとう。 そう言えば、文句を言いに来ただろう当主が震えながら頭を下げていたさ」

「「それはそうでしょうね」」

 思わず、私とレイは声を揃えて言うのだった。

「エイファ、屋敷の者が失礼をしたらちゃんと報告しろ? そんな奴等を身内に置いて置くつもりはないからな」

 今、お茶を淹れている侍女はヒソヒソ話をしていた者とは別人で、それでも顔を僅かにしかめた。

「ぁっ」

 私は声を上げる。

「なんでしょうか? お茶の淹れ方が趣味に合わなかったでしょうか?」

 侍女が振り返りざまに嫌味っぽく笑い、そしてウィルは顔をしかめた。

「顔が、気に入らない」

 ボソリと呟けば、不思議にも華やかに侍女は笑みを浮かべていた。 彼女は地味な侍女服が全く似合わない豪華な美女、余程自分に自信があるのでしょう。

 羨ましい……。
 私だって悪くは無いと思うのだけど……。

「侍女に何をお求めなのでしょうか?」

「俺に問いかける事が出来る間柄ではない事を理解できる知性、それと誠実さ、サッシの良さだろうか?」

「私にも一言言わせて頂いて宜しいでしょうか?」

「いいぞ」

「私がウィル様の側にいる人間に望む事は、お茶に毒物を仕込まないと言う事です」

「ぇ?!」

 叫びに近い声を上げたのは、ウィルでも私達でもなく、侍女本人だった。

「何を驚いているの? まさか……知らなかった訳? 貴方が今淹れているお茶は常人であれば一杯で倒れるレベルの代物よ」

「まさか、私はちゃんと指示されたものを!! 分かったわ私の美貌に嫉妬したのね。 閣下が私に興味を持たれたからって随分な言いようですわ」

 馬鹿にしたような、からかうような、嫌な笑いを浮かべる侍女。

「なら、貴方がソレを飲んでみなさい。 閣下に雇用されている以上、貴方がそれを飲み昏倒したとしても治療をしてさしあげますから」

「……」

 侍女は無言で沈黙をし、しばらく後に舌打ちをし、態度悪く語りだす。

「私は悪くない……交換条件としましょう。 私と私の一族を保護してください。 なら、私の知っている事は全部お話しましょう」

 彼女の語る話はこうだった。

 息子である王太子に王位を譲るために、ウィルが邪魔になるが2年前の戦争での勝利、領地を取り戻すだけでなく拡大させた事で、国内の物流が安定し、生活の質が向上、加えて疫病対策に尽力を尽くしたのが、私のようなウィルの配下だった者達となれば、政治的な求心力も多く、何らかの罪を作り上げる事も難しい。 だから、病に陥れようと考えたらしく、国王が大公家に配備していた人材の多くが、特別な教育を受けていると言う事だった。

「あなた……そんな事を話して大丈夫なの?」

 私は、明け透けに語りだす目の前の侍女に呆れながらも尋ねてしまう。

「アンタねぇ、考えて見なさいよ。 話さなければどうなるか。 あぁ、怖い怖い」

 ふざけた様子にイラっとさせられた。

「あんたねぇ……」

 私が怒りを抑えた声を出せば、侍女マリアは大口を開けて笑い出した。

「私はこっち側の人間よ。 流石に、私が管理する飲み物がすり替えられていたなんて思わなかったけど……って、信じていないって顔ね。 少し待っていてくれるかしら?」

 侍女らしくまとめた髪を勢いよく解いた女性は、背筋をしゃんと伸ばし堂々とした様子で部屋を出て行った。

「レイ、同行しろ」

「はいは~い」

 気軽な声で返事をし、頭の後ろに両腕を回しながらマリアの後をレイはついていく。

「何よ、アレ……」

「そう怒るな。 あの性格なら国王の前であっても承認となる事も辞さない……かもしれないだろう?」

 苦笑紛れにウィルは言う。

「閣下は、あぁ言う女性が好みなのですか?」

 そう問えば、私をジッと見つめて返すのだ。

「強い女性は好きだな。 アレはお前に何処か似ている」

「私は、あんなに下品じゃありません!! 閣下は趣味が悪いです!!」

 と、叫んでは見たものの……私はずっと戦場で育ち、きっと彼女は貴族として教育を受けて来たのだろうと思えば、切ない気分にさせられた……。

 そんな気持ちが表情に出ていたのかもしれない。 ウィルは子供の頃のように私の頭を撫でて来る。

「私は、もう良い年をした大人ですよ」

「俺にとっては何時までもカワイイ……女性だよ」

 そう笑って見せるから、私は笑い返すしかできなかった。
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