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ダニエル・ブライスは思い出す。
リリーと初めてあったのは侯爵家令息の成人と婚約を祝う夜会の場だった。
愛らしいドレスで身を飾った可憐なリリーは人々の視線を集めていた。
勝ち誇りながら彼女は歌う。
その日の主役である侯爵令息に熱い視線を向けながら。
甘い小鳥のような歌声。
切ない愛の歌。
春の賛美。
それは可憐で華々しく大勢の者達の賛美が向けられた。 だけど……全てではない……。 リリーの熱い視線の先にいる侯爵令息の腕には婚約者が腕を絡め、熱い視線を交わしながら、微笑みあっていた。
その瞬間、リリーの歌が乱れ、止まった。
周囲がざわつきクスクスと笑いだす。
貴族達の恋愛は奔放で彼女の身に何が起こっているのか想像ついた。 歌えなくなったリリーを助けたかった。
だから私はピアノを弾いた。
彼女の歌に合わせて歌った。
伯爵家の男が軟弱な趣味を持つ事を幾度となく非難されたけれど、私は音楽を止められなくて……だからこそ、リリーの存在が……リリーと出会った事が運命だと思ったんだ。
盛大な賛美。
だけれどリリーは、私に視線を向ける事無く、その日の主役である侯爵令息へと視線を向けた。
笑顔、消えた表情、失意。
そして後退り、走り逃げ出した。
……リリーは余りにも美しく……2人の間に何があったのか……そして勝ち誇った笑みをリリーに向ける公爵令息の婚約者の勝ち誇った笑み……それを見れば……何があったのかが想像ついた。
婚約者殿の友達も知っているのだろう、リリーを嘲笑うかのような声が響く。
そして、後に私の憶測が正しかった事を知った。
リリーは侯爵令息の恋人だった。
「なんて……残酷な……」
私は……泣いているだろう彼女……リリーの後を追いかけた。
「あの……」
「なによ、わざわざ私を笑いに来たわけ!!」
怒り……が露わに、だけど……彼女は泣いていた。 それはとても美しい涙だと思った。 綺麗で、綺麗で……その瞬間、恋をした。
リリーは、侯爵家の愛人として……馬鹿にされたけれど、それ以上に私とリリーの音楽は大きな賛美を受け、演奏の依頼がなされるようになった。
私達2人に向けられる賛美。
必要とされる私達2人。
運命だ。
私はそう思った。
だから……彼女のために全てを捨てて生きる事にした。
「軟弱な!! 何時までそうやって遊んで歩くつもりなんだ……いい加減、我が家に恥をかかせるのは止めろ!!」
軍事貴族としてのプライドを掲げる父。
ブライス伯爵家には採掘、生産、商業的な価値を持つ領地はない。 ブライス伯爵領の住人達は力自慢の武人だが、王太子の後始末としての戦争には参加しなかった。
国は大公が自分の物を取り返すのに国を巻き込むなと言ったが、我が家のような国のために武力を高め維持する事を目的としている貴族への資金提供が途絶えていた。
プライドだけの……!!
怒りが言葉にならない。
でも……。
「だけど、貴方よりは多くの稼ぎを得ている!! それに……貴方は……武人としての栄誉を語りながらも戦場に出る事も拒んで貴方の方が余程、恥じゃないか!!」
「お前は!! 出て行け!! 二度と帰って来るな!!」
幸福で豊かな日々が続いた。
大好きな音楽と、愛おしいリリーと優しい男爵家の者達との生活。
知らなかったんだ。
アシュビー男爵家の優雅な日々は、リリーの妹によってもたらされていたと言う事を。 そして戦争が終わると同時に失われるなんて……。 男爵家の者達、使用人達、そして私……誰もがリリーの妹を恨んだ。
「全てを取り戻すのよ……」
そうして、リリーを愛しているのに……いや、愛していたからエイファの良い夫のふりを何処までも演じた。
何より時代が後押しをし……それこそが……私とリリーの運命を神によって支援されているのだと……思っていた。
エイファと言う人間を知るまで。
リリーは私にとっての運命だ……。
だけど、エイファを知れば、彼女がアシュビー男爵家者達が言っていたほどの異常者には思えなかった。 いや、どこまでも人に対して献身的であり続ける。
本当に異常者か?
本当に悪人か?
想像を超える問題児なのか?
何処が?
迷いが生じた。
「あの子は、まともじゃないわ」
私の運命が、リリーが私に囁きかける。
「そうだ、アイツに金を持たせていたら、とんでもない使い方をするだろう。 だからこそ、私達が正しく使ってやらなければいけない」
そう男爵が語った。
違っている……そんな気がしはじめた。
屋敷にアシュビー男爵家の者達を招き入れた事をエイファに責められ、胸が痛かった。
エイファに嫌われるのが怖かった。
私は悪くない、騙されたんだと叫びそうになった。
リリーを愛しているのに、リリーを裏切りそうになって……あぁ、違う……私は、エイファが好きなんだ!!
冷めた視線、軽蔑、侮蔑、嫌悪、そんな視線が怖かった。
平伏し、謝罪の言葉を並べ尽くし許しを請いたいと思った。
嫌われたくない。
私に愛情を求める彼女を見るのは、とても気分が良くて……だけど私の運命はリリーだと思えば……勝者になったかの気分だった。
今なら許してもらえるだろう。
エイファは私を愛しているのだから。
「私は……」
部屋から去ろうとするエイファを止めようと、私は声をあげようとした。 だけど、掠れた声は言葉になっておらず、横合いから甘く切ない声でリリーが私に囁きかけ、腕をからめとってきた。
「なんて顔をしているのよ」
そう美しく微笑むリリーは可憐で美しかったはずなのに、魔女のように思えてしまう。 なにより運命を感じる鼓動の高鳴りがない。
「ここは彼女の屋敷ですよ。 彼女の許しなくこんな事をするのは間違っているのではありませんか?」
絡められる腕が柔らかな肉に触れ、温かな体温にとかされ……言葉が曖昧なものになる。
「違うわ、ここはアシュビー男爵家よ」
「だけど!! コレでいい訳ありませんよね? こんな騙すよう(な)」
「何が間違っていると言うの?」
……あんなに嫌がっているじゃないですか!! と言う言葉がリリーの甘い口づけで塞がれ……私の気持ちと言葉は少しずつ……弱いものになっていく。
「もう少し、仲良く出来ないのですか?」
「あの子が異常者である限り無理よ」
幼い子供を諭すように優しくリリーはダニエルに言う。 納得いかない……。 だけど、強い言葉で問いただし関係が破綻するのが怖かった。
私にはもう帰るべき場所はなく、拒絶されるのが怖かった。
翌朝。
「エイファ……」
彼女は何時ものように出かけようとする。
そして、私は何時ものように彼女を見送る。
「お帰りをお待ちしております」
私は何時もより神妙な気持ちと言葉で頭を下げた。
返されるのは何処までも冷ややかな瞳。
辛い。
息が苦しい。
私は、何を間違えたのだろうか?
リリーと初めてあったのは侯爵家令息の成人と婚約を祝う夜会の場だった。
愛らしいドレスで身を飾った可憐なリリーは人々の視線を集めていた。
勝ち誇りながら彼女は歌う。
その日の主役である侯爵令息に熱い視線を向けながら。
甘い小鳥のような歌声。
切ない愛の歌。
春の賛美。
それは可憐で華々しく大勢の者達の賛美が向けられた。 だけど……全てではない……。 リリーの熱い視線の先にいる侯爵令息の腕には婚約者が腕を絡め、熱い視線を交わしながら、微笑みあっていた。
その瞬間、リリーの歌が乱れ、止まった。
周囲がざわつきクスクスと笑いだす。
貴族達の恋愛は奔放で彼女の身に何が起こっているのか想像ついた。 歌えなくなったリリーを助けたかった。
だから私はピアノを弾いた。
彼女の歌に合わせて歌った。
伯爵家の男が軟弱な趣味を持つ事を幾度となく非難されたけれど、私は音楽を止められなくて……だからこそ、リリーの存在が……リリーと出会った事が運命だと思ったんだ。
盛大な賛美。
だけれどリリーは、私に視線を向ける事無く、その日の主役である侯爵令息へと視線を向けた。
笑顔、消えた表情、失意。
そして後退り、走り逃げ出した。
……リリーは余りにも美しく……2人の間に何があったのか……そして勝ち誇った笑みをリリーに向ける公爵令息の婚約者の勝ち誇った笑み……それを見れば……何があったのかが想像ついた。
婚約者殿の友達も知っているのだろう、リリーを嘲笑うかのような声が響く。
そして、後に私の憶測が正しかった事を知った。
リリーは侯爵令息の恋人だった。
「なんて……残酷な……」
私は……泣いているだろう彼女……リリーの後を追いかけた。
「あの……」
「なによ、わざわざ私を笑いに来たわけ!!」
怒り……が露わに、だけど……彼女は泣いていた。 それはとても美しい涙だと思った。 綺麗で、綺麗で……その瞬間、恋をした。
リリーは、侯爵家の愛人として……馬鹿にされたけれど、それ以上に私とリリーの音楽は大きな賛美を受け、演奏の依頼がなされるようになった。
私達2人に向けられる賛美。
必要とされる私達2人。
運命だ。
私はそう思った。
だから……彼女のために全てを捨てて生きる事にした。
「軟弱な!! 何時までそうやって遊んで歩くつもりなんだ……いい加減、我が家に恥をかかせるのは止めろ!!」
軍事貴族としてのプライドを掲げる父。
ブライス伯爵家には採掘、生産、商業的な価値を持つ領地はない。 ブライス伯爵領の住人達は力自慢の武人だが、王太子の後始末としての戦争には参加しなかった。
国は大公が自分の物を取り返すのに国を巻き込むなと言ったが、我が家のような国のために武力を高め維持する事を目的としている貴族への資金提供が途絶えていた。
プライドだけの……!!
怒りが言葉にならない。
でも……。
「だけど、貴方よりは多くの稼ぎを得ている!! それに……貴方は……武人としての栄誉を語りながらも戦場に出る事も拒んで貴方の方が余程、恥じゃないか!!」
「お前は!! 出て行け!! 二度と帰って来るな!!」
幸福で豊かな日々が続いた。
大好きな音楽と、愛おしいリリーと優しい男爵家の者達との生活。
知らなかったんだ。
アシュビー男爵家の優雅な日々は、リリーの妹によってもたらされていたと言う事を。 そして戦争が終わると同時に失われるなんて……。 男爵家の者達、使用人達、そして私……誰もがリリーの妹を恨んだ。
「全てを取り戻すのよ……」
そうして、リリーを愛しているのに……いや、愛していたからエイファの良い夫のふりを何処までも演じた。
何より時代が後押しをし……それこそが……私とリリーの運命を神によって支援されているのだと……思っていた。
エイファと言う人間を知るまで。
リリーは私にとっての運命だ……。
だけど、エイファを知れば、彼女がアシュビー男爵家者達が言っていたほどの異常者には思えなかった。 いや、どこまでも人に対して献身的であり続ける。
本当に異常者か?
本当に悪人か?
想像を超える問題児なのか?
何処が?
迷いが生じた。
「あの子は、まともじゃないわ」
私の運命が、リリーが私に囁きかける。
「そうだ、アイツに金を持たせていたら、とんでもない使い方をするだろう。 だからこそ、私達が正しく使ってやらなければいけない」
そう男爵が語った。
違っている……そんな気がしはじめた。
屋敷にアシュビー男爵家の者達を招き入れた事をエイファに責められ、胸が痛かった。
エイファに嫌われるのが怖かった。
私は悪くない、騙されたんだと叫びそうになった。
リリーを愛しているのに、リリーを裏切りそうになって……あぁ、違う……私は、エイファが好きなんだ!!
冷めた視線、軽蔑、侮蔑、嫌悪、そんな視線が怖かった。
平伏し、謝罪の言葉を並べ尽くし許しを請いたいと思った。
嫌われたくない。
私に愛情を求める彼女を見るのは、とても気分が良くて……だけど私の運命はリリーだと思えば……勝者になったかの気分だった。
今なら許してもらえるだろう。
エイファは私を愛しているのだから。
「私は……」
部屋から去ろうとするエイファを止めようと、私は声をあげようとした。 だけど、掠れた声は言葉になっておらず、横合いから甘く切ない声でリリーが私に囁きかけ、腕をからめとってきた。
「なんて顔をしているのよ」
そう美しく微笑むリリーは可憐で美しかったはずなのに、魔女のように思えてしまう。 なにより運命を感じる鼓動の高鳴りがない。
「ここは彼女の屋敷ですよ。 彼女の許しなくこんな事をするのは間違っているのではありませんか?」
絡められる腕が柔らかな肉に触れ、温かな体温にとかされ……言葉が曖昧なものになる。
「違うわ、ここはアシュビー男爵家よ」
「だけど!! コレでいい訳ありませんよね? こんな騙すよう(な)」
「何が間違っていると言うの?」
……あんなに嫌がっているじゃないですか!! と言う言葉がリリーの甘い口づけで塞がれ……私の気持ちと言葉は少しずつ……弱いものになっていく。
「もう少し、仲良く出来ないのですか?」
「あの子が異常者である限り無理よ」
幼い子供を諭すように優しくリリーはダニエルに言う。 納得いかない……。 だけど、強い言葉で問いただし関係が破綻するのが怖かった。
私にはもう帰るべき場所はなく、拒絶されるのが怖かった。
翌朝。
「エイファ……」
彼女は何時ものように出かけようとする。
そして、私は何時ものように彼女を見送る。
「お帰りをお待ちしております」
私は何時もより神妙な気持ちと言葉で頭を下げた。
返されるのは何処までも冷ややかな瞳。
辛い。
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