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今すぐ怒鳴り込み追い出してやろうとしたけれど……送迎を頼んでいる馬車の御者が可哀そうな者を見るように私を見ていた。
可哀そうな者……。
そして私は冷静さを取り戻した。
「良いわ、帰ってくれて」
「ですが……」
「大丈夫、私にも居場所はありますから」
そうして私のために作られた離れに向かったのだった。 誰もいない離れはガランとしている。 ダニエルは気遣って離れを作ったように言っていたけれど、貿易都市で与えられていた私室にあった高価なものの大半は私個人のものではない。
冷えた身体を温めるため風呂に入った。
風呂からあがり薄暗い部屋で髪を拭いながら、本館を見れば温かな明かりの中に見える人影と雨音の中に聞こえる音楽が楽しそうで……湯で十分で温まっているはずなのに……私は冷えていた。
「はぁ……」
私は狭いベッドに腰を下ろし、行儀悪く寝ころぶ。
流石に客人が居る中、怒鳴り込まないだけ冷静さを取り戻していた。 怒鳴り込めば貴族社会にまた嫌な噂が広められてしまうだけですからね……。
じっと耳を澄ませ、雨音の中の音楽を聴いていた。
いつの間にか眠っていて……そして夢に見たのは幼い頃、父がバイオリンを弾き、母と姉が楽しそうに歌い……私は村人に代わって草むしりをしていた夢。 絵画のように美しく……その中に自分が居ないのが切なかった……そんな思い出。
翌朝、客人が帰って行くのを確認して、私は本宅へと向かった。
「奥様……!!」
玄関先で私を見つけた侍女が悲鳴のような声を上げる。 私が知っているよりも侍女が多く、そして奥様と言う声に怪訝な顔をしている者が大半だった。
「ダニエルは何処?」
「ぇ……その……」
「ダニエルは何処?」
私が強く繰り返せば、はいと案内を始めた。
家族団らんのための部屋として作られた随分と広い居間へと向かう。 勢いよく扉を開けば……アシュビー男爵夫婦、その長女、ダニエル……それと? 夫人の腕の中には小さな2歳ぐらいの子供。
「ダニエル、コレはどういう事なの?」
私を罵倒するだけのアシュビー家の者達は最初から無視して、私はダニエルへと視線を向ければ、何時もの穏やかで優し気な表情が一変した。
「あ~ぁ、知らなければ、アンタも幸せだったろうにね」」
「どういう事と言っているのよ!!」
「アンタの金だけで、こんな立派な屋敷が立つと思っているのかい? 屋敷の代金の多くは、リリー様が王家から受け取った金から出ているんだ。 それに最初から言っているだろう? ここはアシュビー男爵家なんだって。 リリー様は王家によって尊い方の元に嫁ぐのが義務づけられてはいるんだから、君は未来の女男爵ではあるが、今は跡継ぎに過ぎない。 大人しくするんだな」
そう一気に言い切りニヤニヤと笑う。
立ち尽くす私に……夫人がゆっくりと歩み寄ってきた。
「会えてうれしわ」
汚物を見るように私は彼女を……いえ、そこにいる全員を見ていた。
「嘘は、調べればわかるものよ」
私は夫人を無視してダニエルに向かって言えば、表情が変わるのが見えた。 あぁ……コレは嘘だなと分かった。 屋敷の大半が男爵家から出ていると言うが、疫病対策で国内を巡っていたのだ……その時出ていた給与は、国からのもので決して小さな額の金ではない。 むしろそのすべてを何処に使ったのか? と言う話になる。
「せっかく!! 優しくしてやろうと言うのに、人の話を聞きなさい!!」
夫人が大声を上げれば、腕の中の小さな子が泣きだした。
「あらあら御免なさい。 おばちゃんが無礼だから……貴方は悪くないわミシェル。 よ~しよし。 まったく、こんな小さな子の前で恥ずかしくはないのかしら」
「貴方達の存在の方が、恥と感じております」
「何を!! リリーは王家の依頼によって嫁ぐんだぞ!!」
「それを聞いたのは2年前ですが、未だそのような話は聞いておりませんけど??」
姉は絶世の美貌の持ち主ではあるが、所詮は田舎の農村を預かる村長レベルの男爵家だ。 社交界、貴族社会とは無縁で、何より私が知る姉はその儚げな美貌とは違い野山を走り回り狩りをするのを好んでいる人だった。
「この2年、そんな事を言える状況では無かったのは、貴方が一番知っている事ではありませんの?」
リリーが静かに言えば、男爵がその会話に割って入った。
「それよりも、お前……この屋敷を勝手に孤児院にくれてやろうとしたそうだな。 全くなんて勝手な事を……」
「身勝手さにかけては貴方方に負けますよ。 私はこの屋敷を出て行くので、私の貯金は返してください」
「ふむ……ならば裁判でも何でもするがいい。 裁判官も世間も認めはしないさ。 お前は大人しく今まで通りの日常を送っていればいい。 何の不便も無かっただろう」
ムカつくが、それはそうなのだ……。
「で……あぁ、なるほどね……それで私との関係はビジネスだと」
冷ややかな視線を私はダニエルに向けていた。
広いソファに座るダニエルとリリーは隣同士……と言うには近すぎる距離だった。 ソファの背もたれの上に置かれたダニエルの腕はリリーの背にかかる位置にある。 私が来たからあわてて手を避けようとしたのだろう。
「何が言いたいのか分からないが?」
誰もがニヤニヤと笑っていた。
何が悪いのだと、全員が無言で圧力をかけてきていた。
可哀そうな者……。
そして私は冷静さを取り戻した。
「良いわ、帰ってくれて」
「ですが……」
「大丈夫、私にも居場所はありますから」
そうして私のために作られた離れに向かったのだった。 誰もいない離れはガランとしている。 ダニエルは気遣って離れを作ったように言っていたけれど、貿易都市で与えられていた私室にあった高価なものの大半は私個人のものではない。
冷えた身体を温めるため風呂に入った。
風呂からあがり薄暗い部屋で髪を拭いながら、本館を見れば温かな明かりの中に見える人影と雨音の中に聞こえる音楽が楽しそうで……湯で十分で温まっているはずなのに……私は冷えていた。
「はぁ……」
私は狭いベッドに腰を下ろし、行儀悪く寝ころぶ。
流石に客人が居る中、怒鳴り込まないだけ冷静さを取り戻していた。 怒鳴り込めば貴族社会にまた嫌な噂が広められてしまうだけですからね……。
じっと耳を澄ませ、雨音の中の音楽を聴いていた。
いつの間にか眠っていて……そして夢に見たのは幼い頃、父がバイオリンを弾き、母と姉が楽しそうに歌い……私は村人に代わって草むしりをしていた夢。 絵画のように美しく……その中に自分が居ないのが切なかった……そんな思い出。
翌朝、客人が帰って行くのを確認して、私は本宅へと向かった。
「奥様……!!」
玄関先で私を見つけた侍女が悲鳴のような声を上げる。 私が知っているよりも侍女が多く、そして奥様と言う声に怪訝な顔をしている者が大半だった。
「ダニエルは何処?」
「ぇ……その……」
「ダニエルは何処?」
私が強く繰り返せば、はいと案内を始めた。
家族団らんのための部屋として作られた随分と広い居間へと向かう。 勢いよく扉を開けば……アシュビー男爵夫婦、その長女、ダニエル……それと? 夫人の腕の中には小さな2歳ぐらいの子供。
「ダニエル、コレはどういう事なの?」
私を罵倒するだけのアシュビー家の者達は最初から無視して、私はダニエルへと視線を向ければ、何時もの穏やかで優し気な表情が一変した。
「あ~ぁ、知らなければ、アンタも幸せだったろうにね」」
「どういう事と言っているのよ!!」
「アンタの金だけで、こんな立派な屋敷が立つと思っているのかい? 屋敷の代金の多くは、リリー様が王家から受け取った金から出ているんだ。 それに最初から言っているだろう? ここはアシュビー男爵家なんだって。 リリー様は王家によって尊い方の元に嫁ぐのが義務づけられてはいるんだから、君は未来の女男爵ではあるが、今は跡継ぎに過ぎない。 大人しくするんだな」
そう一気に言い切りニヤニヤと笑う。
立ち尽くす私に……夫人がゆっくりと歩み寄ってきた。
「会えてうれしわ」
汚物を見るように私は彼女を……いえ、そこにいる全員を見ていた。
「嘘は、調べればわかるものよ」
私は夫人を無視してダニエルに向かって言えば、表情が変わるのが見えた。 あぁ……コレは嘘だなと分かった。 屋敷の大半が男爵家から出ていると言うが、疫病対策で国内を巡っていたのだ……その時出ていた給与は、国からのもので決して小さな額の金ではない。 むしろそのすべてを何処に使ったのか? と言う話になる。
「せっかく!! 優しくしてやろうと言うのに、人の話を聞きなさい!!」
夫人が大声を上げれば、腕の中の小さな子が泣きだした。
「あらあら御免なさい。 おばちゃんが無礼だから……貴方は悪くないわミシェル。 よ~しよし。 まったく、こんな小さな子の前で恥ずかしくはないのかしら」
「貴方達の存在の方が、恥と感じております」
「何を!! リリーは王家の依頼によって嫁ぐんだぞ!!」
「それを聞いたのは2年前ですが、未だそのような話は聞いておりませんけど??」
姉は絶世の美貌の持ち主ではあるが、所詮は田舎の農村を預かる村長レベルの男爵家だ。 社交界、貴族社会とは無縁で、何より私が知る姉はその儚げな美貌とは違い野山を走り回り狩りをするのを好んでいる人だった。
「この2年、そんな事を言える状況では無かったのは、貴方が一番知っている事ではありませんの?」
リリーが静かに言えば、男爵がその会話に割って入った。
「それよりも、お前……この屋敷を勝手に孤児院にくれてやろうとしたそうだな。 全くなんて勝手な事を……」
「身勝手さにかけては貴方方に負けますよ。 私はこの屋敷を出て行くので、私の貯金は返してください」
「ふむ……ならば裁判でも何でもするがいい。 裁判官も世間も認めはしないさ。 お前は大人しく今まで通りの日常を送っていればいい。 何の不便も無かっただろう」
ムカつくが、それはそうなのだ……。
「で……あぁ、なるほどね……それで私との関係はビジネスだと」
冷ややかな視線を私はダニエルに向けていた。
広いソファに座るダニエルとリリーは隣同士……と言うには近すぎる距離だった。 ソファの背もたれの上に置かれたダニエルの腕はリリーの背にかかる位置にある。 私が来たからあわてて手を避けようとしたのだろう。
「何が言いたいのか分からないが?」
誰もがニヤニヤと笑っていた。
何が悪いのだと、全員が無言で圧力をかけてきていた。
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