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 仕事を終えて約束していた酒場へと向かう。

 質の悪い酔っ払いが、女だと分かるや否や下品な様子で酔っ払いが声をかけてきた。

「あら、ビル。 お酒は控えないと」
「ウォリー、少し痛い思いをした方が節制できるかしら?」
「エドガー、結婚を前に節操が無いわね。 不幸になる前に奥様に注意を促すべきかしら?」

 人間と言うもの誰だって弱みの1つや2つは存在するものだ。 そう言う意味では、医師である私の立場は強い。

「女のくせに偉そうに」

 等と言われれば、今日の私は機嫌が悪いんですよね。 とばかりに肩をトンッと叩くと共に、関節を外して見せた。

 ぎゃぁあああああ。

 と言う叫び声があがれば、目的地をいかに回避しようかと考えている私に声がかけられた。

「エイファ!! こっちこっち、待ってたよ!!」

 溜息と共に薄汚い男をおしつけたレイの元へと向かった。 行きたくないが全く関係のないレイに迷惑かけていると思えば罪悪感を覚えると言うものだ。

「は~~、来ないかと思って心配したんだからね」

 口だけ動かしてレイは言う、この人ダメだね。

「ごめんなさい、仕事が長引いたの」

 患者の居なくなった病院を思い浮かべたのだろう、訝し気な視線がむけられたが、私は気にすることなく言い切るのだ。

「仕事が長引いたの」

「へぇ~~、そうなんだ」

 明らかに疑っているが、こういうのは気にしたら負けである。

「まぁ、うん、そうなのかもしれないね。 この男が余りにも下品で、一緒にいたくなくて長く感じたのかもしれない。 この貸しは大きいよ?」

 レイが悪戯っぽく笑って見せ、そして表情をしかめて男を振り返った。

 そうして向けられる視線の先には、高価なスーツが皺になり、汚れ、酩酊状態となっている男の姿があった。




 椅子から転げ落ち、酔っぱらった男はニヤリと嫌な笑いを私に向ける。



「喜べ、戦場で散々男を咥えこんだお前に朗報だ」



 この時点で、簀巻きにして川に放り投げたい気分になったのだけど……治療術師、医師、として世間に周知され信頼を得ている者として、どんなに腹が立っても人殺しは避けるべきだろう。

「だけど、まぁ……」

 両肩の関節を外すぐらいはいいでしょう。

「ぎゃぁああああああああ」

「大げさな」

「な、何をした」

 涙とよだれを垂れ流しながら男が言う。

「女性に対する配慮の無さに、女神様がお怒りになったのではありませんか? これでも、私は光の女神の信徒ですから」

「な、治せ!! 今すぐ治せ!!」

「時間外ですので」

「医者として、慈悲はないのか!!」

「女神の裁きを勝手に治す訳にはいけません。 明日、神殿に出向き女神様に祈りを捧げれば痛みが引くかもしれませんよ? その心があればですが……」

 一応、時限式で関節は元に戻るようにしてある。
 治るには3日かかるだろうけれど、まぁ、3日もあれば真剣に女神に祈りを捧げるくらいはするだろうと適当な事を考えながら、結局要件を聞いていない私は寝床にしている部屋に戻るのだった。

「懲りて帰ってくれればいいのだけど……」

 わざわざ声に出してみたが、どうせまた来るだろうと思っていた。 最後に会った時に見た時の薄汚れた格好とは違う恰好を見れば、既にアシュビー男爵は金を受け取ってしまったのだろう。

 うぅうううううっ

 叫びたいのを噛み殺した。

「どうして……」

 どうして、私が働いている場所が分かったのか……。 それだけの資金を出すだけの力のある後ろ盾を得たと言う事か……。

 動けるはずのない痛みなはずだった。
 なのに、アシュビー男爵は翌日も翌々日も、そのまた次の日もやってきた。

「このままでは仕事もままならないだろう」

 ニヤリと笑って見せられただけで、吐き気がして叫びたくなる。 これでも、昔はこの人とこの人の妻を恋しいとこの人達の元に戻りたいと思ったのだから、自分を呪いたくなってくる。

「でっ?」

「一度会ってみたらどうだ? いい男だ。 会えばきっと好きになるにきまっている」

「そこまで言うなら、何処の誰かぐらい話してもいいのでは?」

「薄汚い男共の中で生きてきたお前に、名前を言って何になる」

「そこまで人を馬鹿にしておいて、良く私が言う事を聞くと思うわね」

「聞けば条件の良さに、小躍りするだろう。 本来ならお前が近寄る事すら敵わない相手だからな」

 私の脳裏に思い浮かぶのは、私の王子様で……そんなあり得ない希望に私はアシュビー男爵の申し出に頷いたのだった。
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